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新生活開始 3

 朝食には「片手で食べられるものを」とのことで、ローラはキッチンにある食材でサンドイッチを作った。

 シリル・ダンフォード侯爵という人は、人嫌いではあるが仕事は熱心にされているそうで、食事の片手間に書き物などができるほうがいいらしい。

 これまではどうしていたのかと訊いたら、丸パンをそのままとか、串刺しの肉を焼いたものとか、なかなかワイルドな回答がきた。


(いやまあ、おかげで「侯爵様にお出しする豪華な食事」を毎食作らなきゃ! っていう心配はなくなったけど)


 リドル男爵は締まり屋だから、客人を招かない普段の食事はとても経済的に作らされた。

 それゆえ、ローラはいわゆる貴族用に贅を極めた美食レシピに疎いのだが、そういったものを作る必要はなさそうで安心する。


 サンドイッチの具は、スタンダードにゆで卵とチキンの二種類。シリルの好みが分からなかったので、マスタードは別添えにした。

 二階の執務室には一応、休憩用のテーブルやソファーもあるそうだが、日中そちらに座ることは滅多にないとのこと。

 それなら、とニンジンのポタージュをマグカップで用意してみた。ボウルで出すのと違って、これならスプーンを使わずに片手で済む。


 フレディはちょっと意外そうな顔をしたが不満はないようで、なにも言わずに食事を運ぶ支度をする。

 驚いたのは、ローラも同じものを食べるように言われたことだ。


「この人数で別に用意するほうが無駄」

「そんな、侯爵様と使用人が同じメニューだなんて」

「使用人でもローラは男爵令嬢だろ。僕なんか平民だけど、シリルと同じものを食べてる」

「でも、フレディさんは執事ですし」


 元の身分はさておき、上級使用人である執事と下級使用人のメイドでは待遇が違うのが普通だ。それにローラは、紛うことなき名ばかり令嬢である。

 だがフレディは使用人の上下関係には興味がなさそうに首を横に振る。


「あのさあ、自覚ないかもしれないけど、客観的に言ってローラは痩せすぎ。突然倒れられても困るし、『侯爵家の使用人は食事も満足に与えられていない』なんて評判が立ったら、どう責任を取るの? 人付き合いはしてなくても、外聞ってのはあるんだから」


 呆れたようなフレディの言葉はそのとおりかもしれないが、主と同じものを食べるだなんてリドル家では考えられなかった待遇である。戸惑いながらも、念押しをされて頷いた。

 執務室に昼食を運ぶついでに、侯爵と同じくらい忙しいフレディも「仕事をしながら食べる」と自分の分を持っていってしまった。

 なのでローラはキッチンで一人、作り立てのサンドイッチを食べ始める。


「……おいしい」


 盛り付けも同じに用意するように厳命された。

 陶器の皿に載ったパンは甘い小麦の香りが漂い、スープからは湯気が立っており、デザートにベリーまである。最後の晩餐でもいいくらいの豪華さだ。


(昨夜のベーコンもそうだけど、材料がいいと料理のしがいがあるなあ)


 パントリーに置いてあったのは瓶詰めやベーコンのような加工品が多かったが、どれも質の良い高級品ばかり。おかげで軽く煮たり焼いたりするだけで十分なご馳走になる。まさか味見以外で自分も食べられるとは思わなかったが。


 ダンフォード家では、朝食は午前の遅い時間で、夕方に昼食相当のもの、そして深夜に夜食の三回が基本だそう。昼と夜が完全に逆転しているわけではないが、しっかりと夜型である。

 主がそうなら使用人も右に倣え、となる。

 つまり、ローラが訪れた夜中は就業時間中だったのだ。だからすぐにフレディが出てきたし、眠そうな様子もなかったのだと今さら納得する。


 時々、シリルがさらに夜更かしをして朝が遅くなることがあるが、基本的にこのタイムスケジュールが崩れることはないそう。

 もともと早朝だろうが深夜だろうが不定休で働いていたローラはむしろ、一日のリズムが定まることは良い変化だと言える。


(しかも、夜食を作り置いておけば先に就寝してもいいなんて。好待遇すぎない?)


 人間は順応する生き物だという。そのうち慣れてしまって、この恵まれた職場環境が普通になったら怖い気がする。

 助けてもらった恩を忘れないように、伯母たちやホイストン卿のことなど面倒を抱えているローラを雇って良かったと思ってもらえるように、一所懸命働こう。


(お菓子も焼けたらいいな)


 食材を始めとして、ダンフォード家の買い物は御用商人へ月に二度まとめて発注しており、ローラの希望が反映されるのは次の注文からになると聞いた。

 今あるような、手軽で日持ちする食材だけでなく、これからは新鮮な野菜や製菓材料も買ってもらうつもりである。


(ベーコンもおいしいけど、そればかりじゃ飽きるものね)


 リドル家では野菜や粉類、乳製品などそれぞれ価格の安い店を探して買うように命じられていた。

 固定の一店だけにすべてを任せる太っ腹さが上位貴族っぽいとも思うし、こういういところでも人付き合いを極力控えているのだと感心もする。


(……昨日の今頃は、伯母様の厭味を聞きながらホイストン卿を迎える支度をしていたのに)


 のんびり食事をしている今との落差が大きすぎて、まだ実感が湧かない。

 パクリともう一口、サンドイッチを頬張る。


「ん、こっちもおいしい。けど……」


 このメインキッチンは大きな窓があり、日差しがたっぷり入る空間だ。

 静かで明るくて、換気のために少し開けた窓からは鳥の声まで聞こえる。こんなに穏やかな時間はいつ以来だろう。

 リドル家ではまともな食事など縁遠かった。いつも時間に追われ、味など二の次でただ生き延びるためにだけ口に詰め込んでいたようなものだ。

 けれど――食べているものは今のほうが格段に豪華なのに、昨夜の焦げたベーコンのリメイク夜食に比べると少しだけ味気ない。


(……夜食は、またみんなで食べられるかな)


 フレディとあの犬と三人で、わちゃわちゃしながら食べた時間がとても楽しかったのだ。

 犬の姿を今日はまだ見ていない。食事を用意しなくていいのかと尋ねたら、普段はフレディが世話をしているから、キッチンに現れたときだけ食べさせればいいと言われた。


(そういえばわたし、あのワンちゃんの名前も聞き忘れてる。ふふ、覚えることがいっぱいあるなあ!)


 あの子はなにが好きだろう。昨夜の食べっぷりを考えると、次もたくさん食べさせてあげたい。

 

(犬用の食事を作ったことはないから、誰かに訊けるといいけど。どこかに本でもないかな)


 そんなふうに、新しい暮らしに期待を感じながら、ローラは遅い朝食の皿を空にした。




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