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新生活開始 1

 ふわふわと温かい夢を見て目が覚めた。

 夢の内容は覚えていない。胸に残る満ち足りた感覚が消えるのを惜しむように毛布を巻き込んで寝返りを打つと、天井から下がる花の形の明かりが目に入る。


(かわいいシェード……)


 ぼんやりとしたまま瞬きをして、見知らぬ部屋に現実感なく視線を漂わせる。

 壁紙は地味だが、シミや汚れはない。ドアは濃い色の木で、家具らしいものはローラが横になっているこのベッドとチェストが一台だけ。

 全体的にあっさりとしているが、冷たい感じはしない。窓枠がちょっとした棚になっているから、あそこに花でも飾れば、ぐっと素敵になるだろう。


(あー、いい夢を見て……?)


 ローラの寝床があるのは、屋根が斜めになった薄暗く狭い物置部屋だ。こんな、静かで明るい空間ではない。

 まだ寝ぼけながらベッドから下りようとして、足がツキンと痛んだ。


「あれ? なんで怪我して……はっ! しまった、寝過ごした!?」


 痛みで意識が覚醒し、怒濤の昨日を思い出す。


「い、今って何時――うわわわわっ!」


 チェストの上にある小さな時計は九時を指している。完全に寝坊だ。


(朝食を作るように言われたのに!)


 リドル家から逃げ出して、なんやかんやあってダンフォード侯爵家で雇ってもらえることになった。

 台所を片付け終わったあとは、掃除道具を渡されてこの使用人部屋に案内された。

 夜中に騒がしくするのも憚られて、軽くはたきと箒をかけ、さっと床を拭いただけで休んでしまった。時計も見なかったが、夜明けも近い時間だったのは間違いない。


 さすがにくたくたに疲れていたし、横になるなり気絶するように眠りに落ちた。

 疲労と心労が重なっていたところに久し振りの満腹、そしてこのベッドの寝心地の良さ。おかげでたっぷり休めたらしく、悔しいくらいに元気が戻っている。


 リドル家では、日の出前に起きだして掃除を始めないと仕事が回らなかった。なんなら仮眠しか取れないような日もあったが、それでも寝過ごすことなんてなかった。

 そんなローラが、初めてのお宅で完全にリラックスモードで熟睡である。


(わたしってこんなにふてぶてしかった? いや、いいから早く起きて支度しないと!)


 勤務一日目から寝坊なんて、せっかく採用してもらえたのに解雇を言い渡されてしまうではないか。


「やだ、もう……」


 泣きそうになりながら、大急ぎで侯爵家のお仕着せに着替える。昨夜、執事のフレディが毛布と一緒に渡してくれたものだ。


「……使用人の制服も立派だなあ」


 心は焦るが、新しい服に袖を通すと素直な感想が口をつく。

 デザインそのものはリドル子爵家とそう変わらない。どちらも黒っぽいワンピースに、白い襟とカフスがついた、スタンダードなスタイルだ。


 けれど、生地が上質で着心地には雲泥の差がある。それに、腰から着けるタイプのエプロンは柔らかくふわりと広がり、裾はフリルで飾られている。リドル家の実用重視のゴワゴワしたエプロンとは大違いである。


(解雇されたら、この可愛い制服ともお別れになっちゃう……)


 しょんぼりしつつも勢いよく扉を開けたところ、フレディがまさにノックする寸前の姿勢で立っていた。


「お、おはようございます!」

「うん、おはよー。起きてたんだ、早いね。寝てたら起こしてあげようと思ったのに」

「寝過ごしましたすみません! ――って、早い?」


 きょとんと目を丸くするローラに、フレディが軽く首を傾げる。


「早いでしょ。昨夜、何時に寝たと思ってんの? 僕も同じくらいまで起きてたし、そもそもシリルが夜型だから、いつも朝はこんなもんだよ」

「そ、そうですか」


 寝坊をしたメイドを怒りに来たのかと思ったが、どうやら違うらしい。


(だ、大丈夫そう? よかった、助かった……!)


「……少しは顔色が良くなったかな」

「えっ? ごめんなさい、聞こえなかったです」


 即日解雇はなさそうなことに盛大にほっとして、フレディが小さく呟いたことを聞き漏らした。問いかけると、ごまかすように大げさな笑顔を向けられる。


「いーや、なにも。さてと、キッチンと使用人部屋以外はまだ教えてなかったから、先に案内するよ。朝食の支度はその後でね」

「えっと、はい、お願いします!」


 くるりと背を向けられ、ローラは慌ててフレディの後を追いかけた。





 侯爵邸はローラが思ったよりも何倍も広く、そして立派だった。

 どっしりと重厚な造りの屋敷内には、やはり格式高そうな調度品が並んでいる。

 全体に漂う雰囲気には余裕や風格が感じられ、人目につくところの見栄えだけを優先しているリドル家とは大いに違う。


(ふわぁ、これが侯爵位の家……!)


 フレディに案内されるローラは、目を丸くしっぱなしだ。

 この屋敷は地下一階と地上三階、それに屋上という構造だ。ここに比べるとこぢんまりとしているリドル家しか知らないローラには、とんでもない豪邸に感じられる。

 しかし、立派は立派なのだが、どこも薄暗く、掃除が行き届いていない。


(使用人も少なそうだし、全部を綺麗に保つには手が足りないんだろうなあ)


 まあ、埃を被っていたって、エントランスの広間に吊されたシャンデリアが相当高価なものだと分かるが。


 ――なんとなく、だいぶ前で時が止まったような印象を受ける。


 廊下の曇った窓を全部拭き上げて床を磨いたら、どれだけ明るくなるだろう。


(ちょっと、がんばってみたいかも)


 掃除によって寂れた屋敷が息を吹き返す様子を思い浮かべ、メイドとして前向きな思いを抱いているうちに邸内ツアーは終了し、キッチンへ向かう。


「それにしても広いですね。迷子になりそうです」


 この屋敷の一番古い部分は、もう百年以上前に建てられたのだという。

 何度か改築や増築をした結果、隠し通路のような階段があったり、逆に廊下が繋がっておらず大回りをしないと辿り着けない部屋もある。

 廊下の雰囲気はどこも似ているし、窓の外の風景も代わり映えしない。方向音痴ではないローラでも、覚えるのが大変そうだ。

 そんな心配などお見通しというように、フレディが軽く鼻で笑う。


「とりあえず自分が使うところを覚えればいいよ。昨夜話したとおり、しばらくは屋敷の中だけで働いてもらうし」

「そ、そうですね!」

「慣れたら庭も案内するけど、その前に一人で勝手に出て遭難しないように。わざわざ探しにいくほど僕も暇じゃないからさ」

「いや遭難って。そんなに広いお庭なんですか?」

「貴族街のこの区画では、ダンフォード侯爵家が一番の敷地面積だねえ。使用人が少ない分、警備員代わりに罠とか仕掛けてるから、それにも気をつけなよ」

「おお……」


 広いだろうとは思ったが事実広かったし、物騒である。ひとまず「庭へは行かない」と心に誓うローラだった。



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