第四話
教会での礼拝が終わったあと、ディーン・タンバことジャスティナ&ハウディは教会の裏手に座っていた。
正面には湯気がもくもくと立ち上る温泉と、その手前に建てられた建物が見える。あのおばちゃんが番頭をしている脱衣所だ。
だがそれには目もくれずジャスティナは地面をじっと見つめ、彼女の指示でハウディは膝を抱えている。
「温泉で有力な情報が聞けそうなんだろ?オレだってアンタがあんまり汚い汚いって言うから水浴びのできる川を案内してもらおうと思ってたんだ。それが温泉と来た、願ったり叶ったりじゃねえか。むしろ何が不満なんだよ」
彼女の指示で地面の砂を指でいじり渦巻き模様を描きつつ、様子がおかしい顔担当に胴担当は優しく問いかけた。
騎士道精神あふれるジャスティナは唇を尖らせ、目をそらして回答を拒否しようとしたが、胴のコントロールを握られているいま無言の抗議は無意味と悟る。
「……見たことない」
「はい?」
「我は男性の裸など見たことがないって言っているんだ!!」
「うわ声でっけえ」
「き、貴様いま私のことを21歳にもなってき、きっ、生娘なのかって心の中で馬鹿にしているんだろう!」
「何にも言ってねえし思ってねえ!21歳なことも思ったより乙女なことも初耳だよっ!だいたい処女だって男の裸くらい見たことがあるやつの方が多い待って待って腕を噛むな腕を!馬鹿にしてない、馬鹿にしてないから落ち着いて騎士サマ一人称に素が出てますよっ!」
撫ですぎた猫のように怒気を口から漏らしまくっている首の噛みつきを顔ごと抑え込んで回避しつつハウディは叫ぶ。騎士って頭だけでもこんなに暴れることができるんだなぁと半ば感心しつつ格闘すること数分、顔も身体も汗だくになったところでようやくジャスティナは動きを止めた。
「落ち着いたか?」
「ウン……」
そして怒って暴れていたかと思えば、今度は胴まで伝わるレベルでしょぼくれている。
「アンタ騎士団所属なんだろ。同僚ってか、同じ騎士の裸くらい見たことねえのかよ」
「うるさいな。私は確かに騎士団の中じゃ珍しい女の騎士だ。だが、だからこそなのか、周りの騎士たちはみな私の前では気を使って裸にならないのだ。上半身すらも見たことがない」
「男の中に女がひとりでそうなるって、騎士はやっぱすげーな。性欲とかないのかな」
「し、知るか!だから私は男の裸なんか見たことない。まして男性の前で裸になるなど……」
「オレの身体だけどな」
「今は私の頭がくっついている!」
再び暴れ出しそうになる頭を胴は軽く抑えた。
流石のジャスティナも首だけで暴れるのには疲れており、すぐに大人しくなると、おずおずと口を開く。その顔は耳まで真っ赤に染まっていた。
「知っているぞ、男の、男の部分は見られると怒張し屹立するのだろう?」
「ドチョ、なんて?」
「『情熱のメリュジーヌと禁断の愛』にはそう書いてあった。本当なのか?」
「えっ騎士サマあのエロ本読んでるの?うわぁ~意外」
「わああああああああああんやっぱり馬鹿にしているんだぁ!」
「ま、待てよ泣くなって。謝るから、ほら目立ってるし、な?」
教会の裏手で一人泣いたり怒ったり暴れたりしているディーン・タンバを見て周囲の村人は哀れに思った。主人はよっぽどむごい殺され方をしたのだろうと。
ちなみに立派な美形の騎士ディーンが落ちぶれ、気が触れながらも主人の仇を取る小説がのちの世で執筆されたのはこの村での口伝が後の世に伝わったからであるとされている。
「私は怖いんだ。こんなに顔の良い私が男の人の身体を見て、大変なことになったらどうしようって」
「騎士ってだけじゃ説明がつかないくらい顔には自信あるよなアンタ」
「しかも今はこの身にオチン……男の部分がついている。貴様のような下賤な輩の身体がもし周囲の視線を浴びて怒張し始めたらと思うと怖いんだ。自分の知らない、制御できないことが身に起こるなんて想像できない」
「言っとくがオレは男の視線でドチョーもキツリツもするタイプじゃないし、それにアンタの元の身体でも制御が効かないことなんていくらでもあるだろ。まーでも、男のアレがちょっと怖いってのはわからなくもないな。結構グロいし。そんなエロ小説だけ読んで想像するならなおさら誇張されているだろうしな」
「エロ小説って言うな。メリュジーヌの身分違いの恋は大変なんだぞ……」
再びグスグス泣き始めたジャスティナ。
ハウディは何とかならんものかと思案し、思いついた。手を動かし、ズボンのベルトに手をかける。
それを見たジャスティナは小さく悲鳴を上げ首が折れるかと思う勢いで顔を逸らした。
「な、ななな何をしている急に!狂ったのか!?露出狂なのか!?あっそうかジャックの裸だけちょっと見たことあったかも」
「なんてタイミングで思い出してるんだよ。あんなちょっとはだけた程度の裸ですらアイツのしか覚えがないってのは本当に徹底してるな。その勢いでこれも見ちまえよ」
ジャスティナがほぼ真後ろを向いているので手だけを動かしてベルトを外しほら、と顔に声をかける胴。
「変態ッ!この変態!不埒者!露出狂!なんのつもりなのだ!?」
「男のアレはお前が思ってるのよりも全然ショボいって言ってんだよ。それに今はまだ下着の中に入ってる。とりあえずシルエットだけでも見てみろって」
「み、見てどうしろと!?ま、まさか」
「頭ピンク色のエロ騎士サマが想像しているようなことは起きねえよ!要は知らないから怖いんだろ?知ってしまえばなんてことはねえ。本当ならしかるべきタイミングってのがあるはずだが今は緊急事態だからな。腹くくって見やがれ」
わりとひどいことをしている自覚があるハウディは手で強制せず、ジャスティナが自力で見るのを待つと数十秒かけて首が前に向いてきた。まだ視界は空を見ている。
一方ジャスティナは人生最大の勇気を振り絞っていた。『銀の剣』の名を賜ったとき、王に謁見したあの日ですらこんなには緊張しなかった。なんか王に失礼な気がしてきたが、それが彼女の正直な感情だった。
(元の身体を取り戻すため元の身体を取り戻すため元の身体を取り戻すため)
自分に三回言い聞かせ、とうとう決心したジャスティナはチラッと下を見た。
そして思わず言う。
「ちっさ」
「そのめっちゃシンプルな感想すっげえ傷つくな」
「え、本当にこれがソレなの?」
「ま、まあ下着の上からだからあんまり正確な大きさじゃないかもだが、ドチョーだのキツリツだのしていないときの男なんてこんなもんだ。それにそうなるのはしかるべき時であって、温泉に入っているとき他人に見られたからってそうなるわけでもねーんだよ。な、別に怖くないだろ?」
「ウン」
荒療治中の荒療治ではあったが、ジャスティナは無事男性のアレに対する恐怖心を克服した。
思えば確かにメリュジーヌが相手している領主様のソレは作中でも散々大きい大きいと言われていた。アレはつまり通常よりも大きいという意味で特別な例だということなのだと納得した女騎士の生首は、こんなものを怖がっていたとは今までは一体何だったのだと拍子抜けしてしまった。
「さ、じゃあ大人しく連中が帰ってくるのを待つぞ騎士サマ。しまっていいか?」
「待て」
「え?」
「せっかくだからそのものを見せろ」
「……」
「早く」
「ハイ、どうぞ」
「……」
「……」
「これは特別小さい例とかそういうことはないんだよな?」
「知るか!」
メリュジーヌってやっぱりすごい女性だな、とジャスティナは尊敬の念を深くし、なんとしてでも身体を取り戻して下巻を読み二人の愛の結末を見届けようと決意を新たにしたのだった。
ちなみに後の世に出版される大ヒット冒険小説『ディーン・タンバの仇討ち』に収録される名シーン、気が触れた彼が自身のソレと会話をするシーンはこの時の目撃証言が元になったとされている。
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乞うご期待。