第三話
時に転びつつ、時に首を落としながら歩き続け、多少は二人三脚ならぬ二人一頭で歩くのにも慣れてきた二人はすっかり朝になってからようやく丘のふもとの村に着いた。
ジャスティナがジャックとの対決の前に滞在した村では面が割れてしまっているため、丘を挟んで反対側にある別の村である。
それなりに栄えているようで、ジャスティナが村の入り口から周囲を見れば教会や大きな酒場、その周辺で夜通し酔いつぶれる村人を発見できた。村の奥の方では野焼きでもしているのか、煙が立ち上っているのも見える。
「酔っぱらって外で寝るなど、なんとだらしのないことか」
「騎士サマにはそう見えるだろうが、どこの村の酒場もあんな感じだぞ。人が集まるだろうからとりあえずあそこで聞き込みしたいが、朝になっちまっているからな……スティどうする?酒場が開く夜まで待つか?」
「そのように悠長にしていられるわけがなかろう。すぐ聞き込みをするぞ」
「なに?まさか村の家々を一軒ずつ訪ねて回るとか言い出すんじゃないだろうな」
この脳騎士女(脳ミソまで騎士道が詰まっている女、の意)ならやりかねないという危惧からハウディが懸念を表明すると、骨の髄まで騎士道が詰まっているジャスティナはそれを一笑に付した。
「ハウディよ、貴様はやはりバカのようだな。人が集まるのは何も酒場だけではあるまいよ」
「はいはいバカですよ。そう言う聡明な騎士サマには何か考えがおありで?」
聞き返す胴体に首は教会の方を見て、顎でクイと指し示した。その入り口にはたくさんの村人が列を作っている。
「幸い今日は礼拝の日。朝であれば村中の人間があそこに集まり、神に祈りをささげた後もしばらくとどまっているだろう。そこで聞き込みをすればよい」
「アアーナルホドキシサマカシコイ」
「そうだろう?我は『銀の剣』、王国に名高い騎士なのだから当然だ」
ふっふーんと鼻高々な騎士の生首の扱い方が早くも分かってきた賞金稼ぎの胴体はとりあえず気分を出すために腰に手を当ててやった。だが同時に、先に忠告しておかなければないことがあると気がついた。
「スティ、俺らは今お互いのどちらでもない人間だ。二人きりの時ならともかく、村人に名乗るときは注意しろよ。まさか本名を名乗るつもりじゃないよな?」
「抜かりはない、安心しろ。互いの名前から適当に取って……ディーン・タンバとでも名乗ればよかろう」
「えーっと?アンタの名前がどこにも見当たらないのだが」
「ィ、がそれだな」
「それはオレにもあるでしょお!?」
「ふん、キサマで我の名前をこれ以上汚すわけにはいかんのでな。さあ行けハウディよ、貴様がとっとと歩かねば教会にはいつまで経っても着かんぞ」
「いっそ肥溜めにでも飛び込んでやろうかな」
「……そして神に祝福されし精霊の子らよ、汝らに祝福あれ。メンナス」
牧師が経典の最後の一節を読み終え、祈りの言葉で結ぶと長椅子に座った村人たちも一斉にメンナス、と唱え礼をした。
その列の最後尾には身なりは汚らしいが超美形の男旅人が座っており、同じく頭を下げる。
「では、以上で本日の全体礼拝は終わりです。みなさん、次の礼拝の日にも必ず来るように。神がきっと導いてくださるでしょう。旅の方も、行く先での祈りを忘れずに。あなたの旅に神の祝福のあらんことを」
牧師の言葉にディーンは再び頭を下げ、少し遅れて胴体も折って深々とお辞儀をした。牧師が出ていくと、ディーンの胴体、ハウディが小さく悲鳴をあげる。
「ぐええ、アホらし。神に祈る連中って十日に一回これやってんのかよ、正気の沙汰じゃねえな。あ~腰痛ぇ」
「貴様のような愚か者には神のご加護など一生分かるまいよ。それより聞き込みを始めるぞ。私が目で指示するからその通りにしろ、そしてあまり喋るな」
「へいへい」
胴体が黙ると、騎賊融合旅人ディーンは話したそうに近寄ってきた村人のおばちゃんに目線を合わせた。頭は二回瞬きをして胴体を向き直らせる。
「ちょいとあんた!ディーンって言ったっけ、そんな身なりだから教会に何しに来たのかと思ったら、ちゃんと神様へ祈ってんじゃないのさ!あたしゃビックリしたよぉ、最初は盗賊か何かだと思ったのにさ!」
「不安を抱かせて申し訳ない。だが生まれて今まで、礼拝を欠かした日はないのだ。いかなる時も」
「なんか顔もかっこいいし、言葉に品もあるし、まるで頭と身体が別々みたいだねぇ!」
ギクゥ!と顔が引きつるのを感じ、胴体担当のハウディは腿を思い切りつねった。
痛みで涙目になりつつも、顔担当のジャスティナはどうにか取り繕おうと試みる。
「いや!アハハ、お、おれってば神様の御前、いや神サマの前だとキンチョーしちゃって!いつもはこんな感じの、乱ぼ、フツーの感じで、喋ってるから、別に身体がヘンとかそんなことはないぜ!?顔だって、いつもはもっとこの身体みたいに、汚く、ううっ」
「だ、大丈夫かい?なんだか苦しそうだよ?」
「問題ない!ちょっと無くしたものを思い出しちゃっただけだから……」
喋ってる途中で突然泣き始めるイケメン浮浪者のディーンに困惑するおばちゃんへ向け顔担当は見かねた胴担当の力を借りて手で無理やり笑顔を作った。
(おいアンタ、なに泣き始めてるんだ!やるならちゃんとやれ!)
(貴様にこの屈辱が分かるものか!こんな垢だらけシラミだらけの身体にくっつけられる騎士の屈辱が!)
(あーもう対策は考えておくから今は聞き込みに集中してくれ!)
(……絶対だぞ。騎士との約束を違えたら後が怖いんだからな)
「ねえ、あんた本当に大丈夫かい?」
対面しながら突如独り言まで繰り出し始めたディーンを少し疑い始めたおばちゃんの疑念を晴らすべく、ジャスティナはハウディの対策とやらに希望を見出して腹をくくった。
狼藉者たちの汚らしい言葉遣いを思い出し、騎士として訓練した自己暗示技術によって落ちぶれた元騎士の旅人としての振る舞いを身体にインストールする。
「す、すまねえ。実は俺は元々さる貴族に仕えていた身でな。時々騎士として生きていた頃のクセが出ちまうのさ。今は主人の仇討ちのために旅をしている」
「あれまぁそれはすまないことを聞いたねえ。お気の毒に」
「いいんだ。それより、ちょっと聞きたいことがある。俺が探している主人の仇がこの辺りにいると聞いてきたんだ。東洋風の服を着て顔を隠していて、刀を持っている。無口で声を聞いたことはないが、おそらく男だ。昨晩この辺りを通ったはずだが、見覚えはないか?」
ジャスティナの問いにおばちゃんはウーンと首を傾げると、周りにいた別のおばちゃんたちを呼びつけ全員に聞いた。が、その全員が首を横に振る。
「すまないねえ、力にはなれそうにないよ。私たちが見たことなけりゃ、村の男衆なんかは昼はずっと畑を見て、夜は酒場で酔っぱらってるだけだからあいつらも知らないはずさ。そんなにヘンな格好をしているなら、見たらすぐわかりそうなもんだがねぇ……」
「そうか。それならいい、迷惑をかけたな」
申し訳なさそうにするおばちゃんたちを相手にあっさり引き下がる顔担当の女騎士に胴担当の賞金稼ぎは小声で待ったをかけた。
(待て待て待て!こいつらが何か隠している可能性はないのか?もうちょっと脅すなりして聞き出そうぜ)
(馬鹿か貴様は、馬鹿だったな。ここで村人の信用を失えば更なる情報が出てくる見込みはなくなる。それに、騎士として民を脅すなど死んでもできるわけがなかろうが)
(けどよぉ……)
ブツブツと独り言が止まらない仇討ちで少し気が触れてしまっている哀れな元騎士ディーンをおばちゃんたちが見ていると、最初のおばちゃんが何かを思い出したようにポンと手を打ち合わせた。
「そうだ!そろそろ行商に行っていた連中が帰ってくるころだよ!」
「行商?」
「この村でとれた野菜なんかを村の若い連中で大きい街に売りに行くのさ。そろそろ帰ってくるはずだから、もしかしたら道すがら何かを見ているかもしれないよ!」
「本当か!ならその人たちとはどこで会える?」
目を輝かせて聞く美形の仇討旅人男ディーンにおばちゃんは笑って答えた。
「私が番をやってる温泉なら確実だね!小さいけど湯が沸いててね、この村一番の自慢さ。行商に行った連中は帰ってくるなり温泉に来るんだよ、疲れているからね!私が話を通してやるから、昼過ぎに来な!温泉はこの教会の裏手だよ!」
「オン、セン……そ、それは男女一緒に、入るという、あの?」
「何言ってんだい良い顔してスケベだねあんた!男女別だけど、行商に行ってる連中はみーんな男さ!あんたと一緒!それとも私たちでよければ見せてやろうか?あんたくらいの男前ならいくらでも見せてやるよ!」
ワッハッハ!とおばちゃんたちが笑う中、顔担当のジャスティナはひとり冷や汗をかいていた。
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