第二話
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」
「うおああああああああああああああああああああああああああっ!?」
恐怖のあまり大声で叫んだジャスティナはすぐ隣から男の声を聞いた。
あまりにも奇怪極まりない状況だが、自分の声と男の声で我に返った女騎士の生首は男の声がした方へ目をやった。
ボロボロのローブに身を包んだ薄汚い格好の男が腰を抜かしてへたり込んでいる。このような身なりの男に助けを求めるなど恥辱極まりないが、背に腹は代えられない。というか背も腹もない。
ジャスティナは思い切って声をかけてみることにした。
「そこの民よ!我が化物に見えるだろうがどうか落ち着いてほしい!我はルヤイロ王国騎士、『銀の剣』のジャスティナ・トイスだ!奇怪な話かもしれないが、こんな生首だけになっても我は生きている!どうか我の頭を拾い上げ、周囲の様子を教えては頂けないだろうか!」
騎士の請願に腰を抜かしていた賊の男がピクリ、と反応した。男は恐る恐るジャスティナに手を伸ばし、その指先で髪を触ると慌てて手を引っ込める。
ジャスティナがその様子を訝しんでいると、男はくぐもった声で言った。
「騎士サマよ。あんたが言ってることが事実なら頭を拾ってやるのは別にいいんだが、その代わりオレの頼みも聞いちゃくれねえか?」
「もちろんだ!恩は必ず返すのが騎士の矜持、たとえそれが賊であってもな!申してみろ!」
「そのな、オレもヘンなこと言いたかないんだが……」
賊は言葉を濁しつつ、ジャスティナを覗き込みながら自分の首を指さした。
「俺の首、ここについてる?」
賊の男が指差す先には、しかし、宵闇のごとき漆黒の断面があるだけだった。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」
「うおおおおおおおおおおおおアンタいちいち声量がでけえんだよっ!こっちもびっくりするんだから勘弁してくれ!」
「だ、だだだだだだって貴様、く、首が!」
「あーやっぱり?まあそうだよなぁ何にも見えないし……」
頭のない賊の男は姿勢を正し、困ったように頭のあったであろう場所をぽりぽりと掻くフリをして、ハッと気づいたように手を戻した。
騎士としての精神的ショックの許容値を軽く振り切ってしまう事態にパニックになったジャスティナは半狂乱で叫びだす。
「どういうことだ一体!?だいたい貴様、なぜ首がないのに喋っている!ここはもしかして死者の国なのか!?」
「いーや騎士サマ、俺の予想が正しけりゃオレもアンタも正しく生きてるぜ。あの辻斬り野郎、妙な魔術を使いやがる」
「ならその声はどう説明する!口のない者がどう喋る!?」
「腹話術を少々かじってましてね」
「そういう次元を通り越している気がするのだが!?」
「それで言ったらアンタの方が不思議だろ。胴がない者がどうやって喋るんだ?」
「それはっ、たしかに、まあ、そうかも……」
「そうだろ?なあ騎士サマ、ちょっと試してみていいか?」
ジャスティナの狂乱が疑問によって沈静化してきたところで賊の男はため息をついて、というかそのような素振りを見せ、手探りでジャスティナの生首を抱えて立ち上がった。
「よっと」
「い゛っ!?」
そして女騎士の生首が何か言う前に、それを自身の首の断面に合わせるようにして肩の上に載せた。
瞬間、雷が走るような衝撃がジャスティナを襲う。瞬きをしてまぶたの裏に残った稲光を振り払うと、彼女の目にはジャックと戦った草原の景色が飛び込んで来た。首を軽く動かしてみると、試み通り普通に上下左右に動かせる。だが相変わらず手足の感覚はない。
そんな女騎士の目の前で賊の男、というか首から下にくっついている胴体が手を振った。
「おー成功したな。俺にもアンタが見ている景色が見えているみたいだぜ?」
「きっ、貴様まさか我の首をその薄汚い胴体にくっつけたというのか!?」
「アラヤダ失礼しちゃうぜ。水浴びなら一週間前にしたっての」
「うぅ……私の騎士道、汚されちゃった……」
「泣くなよ騎士サマ、素が出てるぜ。ワレとか言ってるよりそっちのがかわいいけどさ」
「泣いてなどおらんわ!貴様、これ以上我を愚弄すると許さんぞ!」
ジャスティナは賊の男の胴体を叩いてやろうかと思ったが相変わらず首から下のコントロールは効かない。逆に男の手が伸びてきて、ジャスティナの頬を伝っている涙をぬぐった。
「ほら前向けよ。とりあえず街に向かおうぜ痛い痛い噛むな!噛むなって!!」
「きっ、騎士道を、愚弄するからだ」
「アンタさては痛みを共有されているだろ。自分で嚙んだ指が痛いのか?」
「痛くなどない!騎士は痛みに屈しない!」
「やっぱ痛いんじゃねえかよ!とにかくだ、街に向かおうぜ。首がないさっきまでならともかく、今なら一応見てくれはギリギリ人間だ。聞き込みくらいはできるだろ?」
「こんなにも可憐な顔がこんなにもきったない身体についているのにか!?」
「そこはまあ超美形な男ってことにしようぜ。騎士サマのナルシズムとナチュラル差別はいったん流しといてやるから、とにかく前向いてくれって。歩けないだろ」
「ふんっ」
プライドがズタズタになってしまい涙目の騎士は男の言うことを聞くしかないと諦め、前を向いた。
すると男の身体が満月の夜道をヨタヨタと歩き出す。視覚が共有されているというのは本当らしい。
身体がない以上、せめてこの男が言うことを聞いてくれればいいのだが賊に期待などできない。つくづく散々だ。ジャスティナは深いため息をついた。
「騎士サマ、そろそろ元気出せって。オレのことそんなに信用できない?」
「名も名乗らない汚らしい賊の男をどうやって信用しろというのだ、グスッ……」
「あー確かに忘れてたな。オレはハウディ・タンバーン、賞金稼ぎだ。ハウって呼んでくれよ。アンタのことはスティって呼ぶから痛ってえ!だから涙を拭いてやってるときに噛むな!前も見えねえしお互い痛いしで最悪だろうが!」
「正義のない狩人気取りが気安く呼ぶなっ!」
「別にいいだろ略称くらい。むしろこんな男に本当の名前を呼ばれる方がイヤとは思わんのか?」
ハウディと名乗った男の言葉にジャスティナは少し考えてみた。
確かにスティというのは名前の一部でしかなく、こんな男に汚されたとてあとジャとナが残っている。この事態が解消されたあとに教会で文字にこびりついた穢れを払うなら汚れる文字は少ない方がいいはずだ。
騎士的に理性のある判断を下し、ジャスティナは頬の内側をギリギリと噛みながら、断腸の思いで言った。
「一理はあるっ……」
「そうだろ?じゃあ改めて街へ急ごう。早いところあの辻斬り野郎をとっちめて身体を返してもらわなきゃ。だからスティ、悔しいのはわかったからいったん頬を噛むのをやめてくれ俺も痛いんだから」
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