第六章 聖都アル・メイダ・オルカダール(6)
「……何か、ルドクさん、家庭教師の先生に似てます」
アルフィナは小さく笑う。
「そうですか?大学時代、頼まれてちょっとだけしたことはありますけど」
「やっぱり」
得心したようにうなづくアルフィナにルドクは不思議そうな顔を向ける。
「何がです?」
「ルドクさんはいろいろなことをよく知っているから……たぶん、大学に行っていたんじゃないかなって思っていました」
各国に一つずつしかない『大学』は、どの国においても最高学府だ。
入学することは難しく、卒業することは更に難しい。
定められた歳月をただ勉強すれば卒業できるというわけではなく、卒業するに足る資格を有すると認められねば卒業することができない。
「……実は、あんまり成績良くなかったんですよ。すぐ趣味に走ってしまうので。……本当は研究とかしたいとも思っていたんですけど、僕は一人息子だったので、家を継ぐ為に普通に卒業して、奉公したんです」
「でも、卒業できるだけでもすごいと思います」
「実際には大学を卒業しただけでは商売には何も役に立ちません……僕が学んだのは歴史でしたから尚更です」
ルドクは苦笑する。
「ああ……でも……。いいえ。だから、いろんな古詩とかにも詳しいんですね」
「そうです」
「歴史の中でも。専門は天空の歌姫に関係することだった?」
「よくわかりましたね」
アルフィナの言葉にルドクは驚いていたが、アルフィナにしてみればわからないほうがおかしいというものだ。
イりだって予想はついていたのだろう。わかるというようにうなづいている。
「僕は、天空の歌姫の事跡について三人の仲間で研究していました。一人は大学にまだいるんじゃないかな……一人は貴族の若君で、やっぱり僕と同じ頃に家を継ぐ為に国に戻りました」
「どういう勉強をされていたんですか?」
「天空の歌姫だけじゃなく、魔法使いとか魔導師、伝説の英雄や、妖精や幻獣や、そういうものが出てくる古詩やお伽話を集めてましたね」
「集める?」
「大図書館の蔵にある古い書物を修復しながら解読したり、何人もの吟遊詩人の詩を書き集めたり、古い聖堂に残された古文書や石碑を写させてもらったり……それを自分なりの解釈を交えながら、資料にまとめていました」
(それで何がわかるの?)
イリの問いに、ルドクはちょっとだけ苦笑をのぞかせる。
「そういうものは、往々にして歴史の欠片なんです」
「歴史の欠片?」
「そう。例えば……皇国の北に広がるニカネイア大草原はかつて広大な森だったと言います。でも、竜王の怒りに触れ、その怒りで焼き払われた、と」
「『ニカネイアの光の歌』ですね」
それは、アルフィナやイリですら知っている有名な歌だ。
「そうです。吟遊詩人たちは『かつてニカネイアを治めていた領主が自らの地位を驕り、竜王の領域を侵してその怒りをかい、森はほんの一時で灰燼に帰した』と歌います。
僕も大学の時に参加したんですけど、ニカネイア大草原の古い地層には炭化した……広範囲に燃えた層があることが発見されています。
それが本当に竜王の怒りによるものかはわかりませんが、調査隊の学者の一人は言いました。
『通常ではありえないほどの高温の炎』に焼かれている、と。
……元が何だったかまではわかりませんが、発掘された石の上に金属が液化し蒸発した痕跡があるんだそうです」
ルドクは活き活きとした表情で熱心に語る。
アルフィナはともかく、イリまでもが真面目に聞いていることで余計に熱が入っているのだろう。
「蒸発?」
「金属は高温に熱せられると形を変える……でも、あまりに高温に熱せられると蒸発するんだそうです」
「魔術師が生み出す炎ではないんですか?」
魔術師の生み出す炎は、普通に得る火よりもずっと勢いが強い。特に攻撃魔術の火力というのは、術者の魔力によって桁外れのものになることもある。
「かつての魔術師は今いる魔術師達よりもずっと力があったといいますが、そんなものではおいつかない熱なんだそうですよ……だから、彼は言っていました。ニカネイアは本当に竜王の怒りを受けたのだろうってね」
(竜の吐く息?)
「ええ、たぶん」
『竜の吐く息』と呼ばれるそれは、一つの都市を1時間もたたずに焼き払うと言われる。
彼らは竜を直接見たことが無かったがが、その実在を疑うことはなかった。
竜は数こそ少ないけれども、未だ実在する生き物である。北の大国ラーディスは別名を龍の王国と言われていて、そこには翼竜とその騎乗者で構成された竜騎士団があるくらいだ。
「……真実は時の彼方にしかありませんが、そうやって状況証拠を積み重ねていくことで、より真実に近づくことはできます。僕はそういう勉強をしていたんです」
「なんか、おもしろいですね」
「そうなんです。……僕らは、吟遊詩人の歌や、その土地に伝わる古詩などでしか知りませんが、白の聖騎士アスガールは後にローラッドの皇帝になったし、青の魔導師と呼ばれたファラザスは確かに存在していて皇国をつくりました。それは歴史が証明しています。だから、戦神カブールの申し子たるジラードの剣は魔神を貫き、天空の歌姫がもたらした数々の奇跡を僕らは疑いません」
(だって、その結果が今もあるから)
「ええ、そうです。……『伝説』や『お伽話』とされていることは、歴史書には載らない……過去の真実の欠片なんです。僕はそれを知るのが好きでした。
彼らが同じ大陸で生き、そして、彼らがいたからこそ、僕らもまたここで生きている……そのことがとても不思議で何だか嬉してならなかった」
「……ルドクさんは、研究して学者様になれば良かったと思います」
本当に好きで仕方が無いという様子に、アルフィナは笑う。
「そうなりたいと思ったこともあったんですけどね……」
でも、そうはならないのだとアルフィナにもイリにもわかる。ルドクの中には、確固たる意思があるからだ。
「大学を卒業した後、役人になる道もありましたが、僕は家の仕事が嫌いじゃなかったんです。だから、何だかんだ言いながらも奉公先から飛び出すこともなく務めていました。まあ、家の仕事が嫌いじゃないっていうのも、後からわかったことなんですけどね」
ルドクはふと遠くを見やった。それは過去を振り返ったのかもしれないし、あるいは、点のように見える海鳥を見たのかもしれない。
まだ人生経験なんて言えるほどの時間をすごしていないアルフィナとイリに、それを推しはかる術はない。
しばらくの沈黙。
けれど、その沈黙を苦痛とは思わなかった。
むしろ、心地の良いひと時だっただろう。
「きっと、今度会うときは、二人とも叙階されているでしょうね」
ぽつりとルドクがつぶやく。
「……そうでしょうか?」
「ええ。……たぶん、2、3年は余裕でかかると思うんですよ、僕の旅」
(2年?それとも、3年?)
「さあ……もしかしたら、10年とかかるかも」
(……………)
イリの冷ややかな視線が突き刺さる。
「あー、手紙書きますよ。イリもアルフィナさんから教えてもらって字を覚えたでしょう?」
(うん)
「それに、必ず皇国に帰ってくることだけは約束します」
(……わかった)
納得はしていないものの、イりはしぶしぶとうなづいた。
自分がどうこうできることではないことはわかっているのだ。
「私も、お手紙、楽しみに待ってますね」
アルフィナは、この先、自分が皇国から出ることはまずないだろうと予想している。
だからこそ、外から届く便りは貴重なものになるだろう。
「はい。二人も手紙下さいね。……シェス様やイシュラさんに頼んでも絶対無理だと思うので」
(わかった)
「シェス様情報は、私達に任せて下さい」
ルドクの言葉に二人は勿論だというように大きくうなづく。
ここに、後々までに続く三者間の情報ルートが成立した。
勿論、当初、彼らにその自覚はまったくなかった。というよりは、後々であっても、彼らにそれが情報ルートである自覚はなかったかもしれない。
それは彼らにとってごく私的な近況を交す為のものでしかなかったし、彼らはそれを積極的に利用しようとは決してしなかった。
「あと、お二人がどうしているかもちゃんと教えてくださいね」
「はい。ルドクさんもですよ」
(わかった)
「ええ、勿論」
彼らの絆は、時を経ようとも、そして三人がどれほど立場を変えようとも、決して途絶えることはなかった。




