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第四章 旅の空の下(1)

「……リスタを出たときには、3人だったはずだったんですけど」


 カラカラと軽快な車輪の音が響いている。

 馬車こそ、何の変哲も無い荷馬車ではあったが、馬は上物だ。見た目はやや無骨であるが、乗り合い馬車のような疲れた老馬ではない。軍馬として調教されていた血統の良い馬だ。


「気にするな。いいじゃないか。馬車も手に入ったことだし……足が速ければ、それだけ賊に襲われる事も少なくなる」


 この馬車は、ガーナ伯爵リュガルトの姪に対する密かな愛情の賜物だ。

 アルフィナの旅立ちがいつ王妃の耳に届くかはわからない。

 だが、そこから人を動かすにしても多少の時間はかかるだろうという読みの元、少しでも距離を稼ぐために馬車を仕立ててくれたのだ。


 とはいえ、最初にリュガルトが用意した馬車はシェスティリエに速攻で拒否され……伯爵家の使う馬車は使用人が利用するものでも少々高級すぎた……今、彼らが乗っているこの馬車は、ルドクがリュガルトの出資の元、聖堂近くの農家から買い取ってきたものだ。

 外見は普通の荷馬車だったが、中にはふかふかのクッションやら、絨毯が敷かれていて、なかなか快適なしつらえになっている。行商人の馬車の程度の良いものだと思えばよいかも知れない。


「今度の賊は、いつもとちがって正規の軍人さんってこともあるんですよね?」

「どうだろうな……俺としては、追いつかないと読んでる。……たぶん姫さんもな」


 一段高くなった御者台から、後ろを見る。

 御者台の後ろに詰まれた長持ちの向こう側に、色違いの三つの頭が並んで見えた。

 左側から、金・銀・黒で、すなわち、アルフィナ・シェスティリエ・イリの順だ。


 シェスティリエは、外套を毛布代わりに昼寝をしているのだが、イリとアルフィナは、シェスティリエのすることを真似する傾向にある。

 今も一緒になって転がっている。

 当初は寝ているシェスティリエを挟み、二人でなにやら牽制しあっていたのだが、いつの間にか二人とも眠ってしまったらしい。

 常にゆれ続ける馬車で眠るのには、かなり根性がいるのだが、慣れというのはなかなかすごいものだ。


「だから、ここのところいつも寝てるんですかね?」

「ああ。……ついでに、万が一に備えて、魔力を溜めてるとも言ってたな」


 体力がそれほどないシェスティリエだったが、それでもこれまではこんな風に寝ていたことはなく、当初、イシュラはかなり心配したものだ。


「魔力?へー、魔力って溜められるものなんですね」

「そうなんだろ。姫さんがそう言うからには……」


 イシュラは、聖職者や魔術師をそれほど詳しく知らない。

 ルドクは、聖職者はそれなりに身近だったが、せいぜい治癒の術を使うところと魔力板を作るところくらいしか見たことがない。

 最も身近で魔力を持つ人間がシェスティリエなのだ。

 彼らは、シェスティリエが凡例にならないことにまだあまり気づいていない。


「あ、でも、できるのかな……。銀月のグラーダスの古詩を知っていますか?」


 それは伝説の騎士王の古いサーガだ。

 吟遊詩人に歌われるだけでなく、ちょっとした町の祭などでは、芝居に仕立てられて上演されることも多い有名なもので子供たちの人気も高い。


「ああ、知ってる。子供の頃に、芝居かなんかで見た気がする……ほら、騎士王の悪竜退治とか」

「ええ。僕もそうです。町のお祭りで見ました。僕、その手の話、すごい好きなんですよ」

「だろうな」


 ファンだという天空の歌姫の事だけではなく、伝説の英雄とか、魔術師とかに異常に詳しい。


「確か、その中で、グラーダスは月長石に十年の魔力を溜め続け、ついには、その月長石は命を持つに至ったっていう説明がありましたよ」

「覚えがねえなぁ」

「それで、その月長石を柄にはめこんだのが、銀月の騎士王グラーダスの愛剣『ディヴェヌ』なんです」

「……『闇を斬り、空をも切り裂くディヴェヌ』か……」

「ええ、そうです」

「確か、ディヴェヌはグラーダスの墓標代わりになってるって古詩の最後にあったよな?」

「ああ、そうです。……えーと、騎士王の最後は、誰も知らぬ辺境の泉のほとり、妖精に見守られながら息をひきとり、妖精達が彼を葬ったはずです。それで、剣を墓標としたって……。もし、騎士王が実在の人物だったなら、剣はそのまま残ってるってことですよね?他の剣なら朽ち果ててしまうでしょうが、命ある宝石が埋め込まれてるんですから」


 売り飛ばしたらさぞかし高く売れますよね……などと、いかにも商人らしいことを言う。


「どうなんだろうな……でも、眉唾だろ。グラーダスのしたこと全部並べると、少なくともグラーダスは二百年は生きていたことになるじゃんか」

「あ、それは実在を疑う根拠にはなりません。グラーダスは、魔導師だったんですから」


 ルドクは当然といった口調で告げる。


「……え?そうなのか?」

「ええ、そうです。魔導師が平均的に長寿なのは、イシュラさんもご存知ですよね?」

「ああ」

「僕の好きな天空の歌姫は、八百歳を越えたはずです。……でも、彼女は本来なら、もっと寿命が長かったはずなんです」

「八百歳越えててか?」

「ええ。……彼女は、大崩壊でその寿命の大半を削ったといわれてますから」

「へえ……」


 ちらりとイシュラは後ろに視線をやる。

 どうやら、シェスティリエは聞いていないらしいので安心した。


「……そういう魔導師だったら、きっと、僕らがこうしている距離も一瞬で移動できるんでしょうね」

「かもしれねえな……でも、魔術とか魔導とか、それほど便利なもんでもなさそうだぜ」

「……そうなんですか?」

「ああ。姫さん見てるとそう思う。……姫さんは魔力はあるけど、まだ子供だろ。だから、術を使うにもいろいろ制限あって大変らしい」

「へえ……まあ、とりあえず、早いところ国境を抜けたいですね」

「そうだな。国境を抜ければ、野営しなくてもいいしな」

「せめて、聖堂に泊りたいですよ。水浴びにはそろそろ寒い季節です」

「確かにな。……姫さんはともかく、アルフィナ嬢がよく我慢してる」


 本来、巡礼の旅は各地の聖堂を巡る旅でもある。だが今は、追っ手のことを考えて聖堂には立ち寄らない。

 馬をこまめに休ませるために小刻みに水場で休憩をとり、夜は野営することにしているのだ。

 時折立ち寄るのは街道沿いにあるちょっとした雑貨屋や大きな農家くらいのもので、リスタから王都に来た時の倍近くの速さで距離を稼いでいるだろう。

 かなり厳しい強行軍でありながらも、イリはもちろんのこと、アルフィナも決して文句を言わない。


(まあ、アルフィナさんは、自分の命の問題だしな……)


 それでも、弱音一つ吐かないところは、なかなか好ましいとルドクは思う。


「でも、お荷物の僕が言うのも何ですが、万が一、追いつかれたらかなりやばいですよね」

「別に。どうせ、俺が守るのは姫さんだけだ」


 はははは…、とイシュラが豪快に笑う。


「シェスさまが、庇うかもしれないじゃないですか」

「まあ、そうかもしれないっつーか、たぶん、そうするだろうけどな……。最終的には姫さんはちゃんと一線を見極められる人なんだよ」

「一線を見極めるって?」

「本当に危険なときに選ぶものを、姫さんなら間違えない。………もし、それでも姫さんが守るっていうなら、危険を侵してもそいつらが必要だってことだ」


 なら、オレはそれに従うだけだ、とこともなげに言う。


「イシュラさん、ほんっとにシェスさま馬鹿ですよね」

「だから、主持ちの騎士ってのはそういうもんだって」

「……イシュラさんみたいな人ばっかりなのかと思うと、騎士の見る目が変わりそうです、僕」

「はははは……でも、どっちかっていうと、オレは例外だろうな」

「なんでです?」

「オレほど、主に恵まれている騎士は他にいないからだ」


 イシュラがあまりにも真顔で言うので、ルドクはどこにも突っ込む事ができなかった。


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