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吸血霊鬼のレイカさん  作者: ラティーシャ
【銀血】編
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第五十七話【シャルハロッテ・ジゼルモンド】

 ブルートロート・ジゼルモンド。

 それは一千四百年間人類を脅かし続け、なお討伐される事無く世界を暗躍し続けた最悪最古の大魔族、【銀血】(シルバリオブルート)の本当の名だった。

 それと同時にこの私、シャルハロッテ・ジゼルモンドと共にこの世に生を受けた双子の兄だった。


「……生きていたのか、シャルハロッテ」


 ブルートロートは先程まで自らの胸に突き刺さった杭を抜こうと必死にもがいていた手を離し、ただまっすぐに私を見た。


「おかげさまでな、私に生きる理由を与えてくれて感謝するよ」


 もちろん皮肉だ。私がこいつを殺す為だけに生きてきたのは事実だが感謝なんて毛ほどもない。


「お前は昔から狡猾で、生き残る為なら手段を選ばない情けない奴だったからな」


 実際にブルートロートは先程も姿を消し、追跡者の記憶を消し、何が何でも生き残ろうともがいていた。

 少し前まで上位種が何だの血族が何だのと騒いでいたくせに、死が直面すると私達吸血霊鬼と何も変わらなかったと言う事だ。

 だがそれはとても厄介な事でもあり、結局こいつにとどめを刺すにはブルートロート・ジゼルモンドという本当の名をこいつ自身から聞かされている必要があった。

 狡猾な【銀血】がそんな事する訳は無い。だからこいつが【銀血】になる前から知ってる奴が、こいつを殺すしかなかったんだ。

 【銀血】とまともに戦えて、【銀血】の本当の名を知っている者。

 そんなものはもう、この世に私しか居ないんだから。


「……他の家族(れんちゅう)は?」

「死んだよ。とっくの昔、千年以上昔に」

「ハハッ……当然か。どいつもこいつも逃げてばかりの軟弱ものばかりだったからな……」


 ブルートロートは空を見上げながら自嘲気味に笑った。

 顔に似合わず過去に思いでも馳せているのだろうか。


「……私は、間違った道を歩んだとは思っておらんぞ」


 急に笑ったかと思えば、今度は睨みつけるように私の方へ向く。

 しかしどこかその怒りは私ではなく、私を通して別の物を見ているような視線だった。


「……人間は愚かだ。弱く醜く、群れなければ生きて行けず、力を手にしたらしたでより危険なものを排除して回る。救いようのない種族だ」

「そうだな」

「お前も見ただろう、シャルハロッテ……私達の時代に、人間が吸血鬼に対して何をしたか」

「…………そうだな」


 こいつの言う通り、人間は力を手にすれば使わずにはいられない。だから大義名分の為に危険な物の排除を始める。

 それは私達が生まれ育った時代も変わらなかった。




()()()()()。我々の数多の同胞や友、家族を奪われ、生き残った者は散り散りに逃げ惑うしか出来なくなった」




「…………」


 こいつの言っている事は事実だ。

 実際に私の家族も、友人も、吸血鬼狩りによって命を落とした。


「何故そんな奴らが勝手に定めた法に従う必要がある? 何故そんな種族の生命を尊重してやる必要がある? 私達の方が強い、私達の方が賢い。そして奴らは私達の食糧でしかない。巣にかかった蝶の言い分を聞く蜘蛛が居るか? 居ないさ。今から食われるだけの奴が何を思おうと捕食者には何の意味もない」

「……お前の言い分もわからなくは無いよ」


 実際私も吸血鬼狩りには心が煮え滾るような思いを抱えていた。

 友を殺されて怒り狂ったし、視界に映った人間を皆殺しにしてやろうかと思った事もあった。


「でもそれじゃダメだったんだよ」


 今の人間と吸血霊鬼の比率は大体百対一とされている。私達の時代はこれが二十対一程度だったはず。相当数を減らしたが、それでも種族は生き残ったのだ。

 人間は弱く狡く、そして賢い生き物だ。地球上で種を存続させる為にはこの人間と共存するしか道は無かったんだ。

 だから吸血鬼は何年も何十年も逃げ続け、隠れ続けた。

 いつか心優しい人間が吸血鬼に手を差し伸べてくれる時代が来るまで。


「私達は人間に受け入れてもらい、私達も人間を受け入れた。だから今の平和な時代が作れたんだ。確かに犠牲はあった、お前みたいに人を許せないまま長い時を過ごしてしまった奴も居た。それでもほとんどの人間と吸血鬼……吸血霊鬼にとってはいい時代だよ、今は」

「……フフフ、時代が変わった……か」


 ブルートロートは再び笑い、自らの手をまじまじと眺めた。


「何を言われようと私は自分の意思を曲げん。今ここで滅びるとしても、この憎しみの炎は地獄まで持って行ってやろう」

「…………お前」


 その言葉に私は妙な違和感を感じていた。


「何でそんなに落ち着いてんだよ。さっきまであんなに取り乱してたくせに」


 こいつはさっきまで、持てる力の全てを利用して生き延びようとしていた。

 死んだふりまでして、姿を消して記憶を消して、ボロボロの身体を引きずってでも生き残ろうともがいていた。

 それが今、こいつは私の前でなんとも不思議な顔をしていた。

 怒りと悲しみ、そして少しの諦めが内包されたような、何とも言えない顔で眉をひそめていた。

 納得はいっていないながらも受け入れる、そんな感じの顔を。


「……フフ、私は自分を完璧な存在だと思っていた。誰よりも強く、美しく、全ての人間と吸血鬼の頂点に立てる存在だと」

「チッ、イカれたナルシストが」

「だがな、たったひとつだけ……自分が愚かだと思ってしまったのだよ」


 ブルートロートは私を見つめると、とても悲し気な表情を浮かべていた。




「あれだけ血統に誇りを持っていながら……ああ、私はたった一人の妹の顔も忘れていたのか、と」




「━━サラサラッ……」


 ブルートロートの足が徐々に灰になり始めた。

 吸血鬼、吸血霊鬼特有の、命が尽きるサインだ。


「言い訳はしまい。私が姿を変えてもお前は私を見付け、私が兄だと気付いていたのだからな」

「…………バカだな、お前」


 私だって顔が変わったこいつを見て一発で兄だと理解したわけじゃない。

 過去に一度、魔族狩りの途中で鉢合わせた時に声を聞いて、それでようやく気付けただけだ。

 自由に変われるのは外見だけ。瞳と内面はどうあがいても変わらないからな。


「私は声で気付いたよ。顔じゃわからないっての」

「それは声を覚えていたと言う事に他ならない。教えてやろう妹よ、他人の記憶で最初に消えるのは声だそうだ」

「チッ…………」

「随分と兄思いの妹だった様だな」


 クスクスと笑いを溢すブルートロートに、私は気味が悪くなって鳥肌が立った。


「……で? 妹の顔忘れて、自分は酷い奴だーって反省してたのか? そんな殊勝な奴じゃないだろお前は」

「手厳しいな。確かにその通りだが……」


 ブルートロートは足と同じ様に崩れ始めた手の指先を眺め、柔らかく微笑んだ。


「私を看取るのがシャルハロッテだというのなら、そこまで悪くもないかと考えていただけだ」

「っ…………」


 なんだそれ。

 一千四百年間も悪行を繰り返しておいて今更ただの兄のような事を言いやがって。

 私がお前を止める為にどれだけ苦労したかわかってるのか。

 これ以上家族の悪行を許しておけないと、どれだけの時間をかけたと思っているのだ。


「……最期に一個だけ聞かせろ」

「なんだね、妹よ」

「……一千四百年前、お前がまだ誰も殺してない頃、私がやめてって言ったら……一緒に行こうって手を伸ばしていたら……お前は私と来てくれたか?」

「…………ククク、フハハハハハハ!!」


 ブルートロートは腹を抱えて笑った。

 笑いの振動で灰になる速度が増してもお構いなしに笑った。

 そして満足したのか、ブルートロートは兄ではなく【銀血】の様な顔で私を見て、妖しく口角を上げた。


「貴様になんと言われようと、私は歩みを止めなかったよ」

「ケッ、それを聞いて安心したよ」

「私は私の生きたい様に生き、死んでいくのだ」


 聞けたかった事は聞けた。後はこいつが灰になるのを見届けるだけ。

 そう思ってただ黙ってブルートロートの顔を見つめていた。

 …………だと言うのに。




「だからお前もお前の思うように生きろ。シャルハロッテ」

「ッ!?」




「━━サラサラサラ……」


 ブルートロートの身体は、全て灰となり崩れ去った。

 最後の最期に、忘れかけていた兄の様な表情を遺して。


「…………はぁ~っ」


 ブルートロートの胸に刺していたヒールのかかとをこつんと鳴らし、白くなりつつある空を仰いだ。




「……余計なこと聞くんじゃなかった」


 もうすぐ太陽が昇る。

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