第四十三話【銀の弾丸】
「ヒナタさん、吸血霊鬼の腕力はもっと強いですよ」
「はいっ!!」
天国流退魔道場を訪れていた私は、師匠である天国真昼に徹底的に指導されていた。
「正面から受けてはなりません、相手の力の流れを読んで受け流すのです」
「はぁ、はぁ……はい!!」
退魔術にも様々な流派があるが、天国流は中でも相手の力を利用する戦い方、合気道に近かった。
人間と吸血霊鬼では力の差が大きい。その為護身術としても知名度の高い合気道をベースに進化したのは理に適っていた。
それと関係してか、師匠は退魔術だけでなく合気道の選手としても全国に名を馳せていた。
「ではもう一度行きますね」
「どうぞ!」
師匠がまっすぐ私にとびかかって来る。と言ってもさっき逆月先生を仕留め……いや、救済しようとした時ほどの勢いではない、私の訓練になる様に合わせてくれていた。
「……ふっ!」
「きゃっ!」
私に向かってまっすぐ伸ばされた腕を避け、勢いのまま床に組み伏せる。
杭を持っていると想定して、拳を師匠の胸の前に突き出した。
「はぁい、よく出来ました♪」
「はぁっ……はぁっ……よ、ようやく一本……」
訓練を初めて早一時間。
師匠は私に合わせて動いてくれているにもかかわらず、やっと一本を取る事が出来たのだ。
やはり持っている技術と経験が根本的に違いすぎる。
「たかが一本、されど一本ですよ~? この道場で私から一本取れる方は、ほとんど居ませんからね~」
「そう言ってもらえると少しは自信になります……ふぅ」
一息ついて、師匠の上から身体をどかす。
「……隙あり~♪」
「えっ? ひゃっ!?」
そう思って力を緩めた瞬間、今度は師匠に馬乗りにされてしまった。
「だめですよ~? 訓練では一本かもしれませんが、実戦ではどうなるかわかりません。胸に杭を刺しても動ける吸血霊鬼が居るかもしれませんからね~」
「えぇ~? 流石にそんな訳は……」
「何が起こるかわからないのが実戦ですよ~」
師匠はそう言いながら私の胸を指先でつんつん突いた。
「うふふ、おっきいですねぇ、やわらかいですねぇ……」
「……師匠?」
何故か何度も突いた。
「はぁ……ヒナタさん、実は私、ちょっと寂しかったんですよ?」
「え、師匠が?」
師匠はいじけた顔で眉を下げながら私の胸を突いた。
いや、突き過ぎでは?
「私、ヒナタさんの事を密かにお姉さまと慕っておりましたのに。この三年間一度も会いに来てくださらなかったんですもの」
「それは申し訳ないと思いますけど……え、お姉さま?」
なんか、空気の流れが変わったような気がした。
「三年ぶりに会ったヒナタさんはそれは美しくなられて……私、一目見ただけでうっとりとしてしまいました……」
「そんな、師匠に比べたら私なんて」
「そんな事ありません!」
「ひゃ!?」
美人な師匠に美人と言われ、嬉しさを感じつつも謙遜した所、すごい剣幕で否定されてしまった。
「誰かを守ろうとする強い思い、決して訓練で妥協しないストイックさ、そしてすべての吸血霊鬼を救済しようとしていたあのギラついた瞳……師でありながら思い焦がれていましたわ……」
「……………………」
師匠の顔がだんだん近づいてくる。
ちょっとまって、これ、前にもあった。
「ままま、待ってください師匠!? 落ち着いてください私には心に決めた人がッ!!!」
慌てて自分の顔を隠す。
もう初めてのキスを大事に抱える身でもないけれど、これからは全てカイトに捧げるのだから。
「うふふ、わかっておりますわ」
「……へ?」
ところが、師匠は私が思っていたよりも冷静で。
どこか悲しげな顔で微笑んでいた。
「先程ヒナタさんは仰ってましたよね、心に決めた人が居ると」
「は、はい……」
「それを聞いてショックでしたわ……ですが、ヒナタさんは意志の強いお方。一度心に決めたなら何としてでも貫く、そういうお方ですもの。一人を心に決めたのなら、もう何をしても振り向いてはもらえないと悟りました」
「…………」
非常に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
だって初めて師匠に会った時から、私はカイトの事が好きだったから。
絶対に叶う事の無い思いを抱かせていたのだと知ったら、いたたまれなくなった。
「私とヒナタさんは女同士、元より叶わぬ思いと忘れるつもりでしたが、実際にお会いしたら思いが溢れてしまいました。申し訳ありません、ヒナタさん」
「……いえ」
「実は三年前、おじい様に無理を言ってヒナタさんの担当になったのも、ヒナタさんに近付きたかったからですの」
「そうだったんですか……」
なんて行動力だ。というか小学生の身でそれを実行して、私を立派な退魔師に育て上げてしまった手腕にも恐れ入るが。
「……それはそうとヒナタさん、随分汗を掻いてしまった様子ですね」
「そういう師匠は汗ひとつ掻いてませんね……」
私を見下ろす師匠の額には汗ひとつ流れていなかった。
やはりこれが圧倒的な実力差のなせる業か。
「せっかくですから、シャワー室で一緒に汗を流しましょうか♪」
「え? でも師匠は汗掻いて……」
「汗を流しましょうか♪」
「いや私一人で……」
「一緒に♪ シャワー♪ 行きましょう♪」
「…………はい」
師匠の圧に負け、私は師匠と共にシャワー室へと向かった。
やたらとボディタッチが多かった気もするが、寂しい思いをさせてしまった手前強く断る事が出来なかった。師匠、とても可愛いし。
もしかして、私やレイカに迫られてる時のカイトもこんな気持ちだったのだろうか。
ちょっとだけカイトに優しくしようと思った。ほんのちょっとだけ。
◇
「ヒナタさん、これを」
シャワー室から帰ってきた私は、師匠に木箱を手渡された。
何だろうか、ずっしりと重みを感じる。
「開けてみてください」
「はい…………って、うわ!?」
師匠に促されるまま木箱を開き、中身を確認した私は思わず声を上げてしまった。
「これ……拳銃ですか!?」
そう、中に入っていたのは拳銃。
引き金を引いて弾丸を放つ、あの拳銃だ。
「国に選ばれた退魔道場の各流派、その歴代当主にのみ使用を許可される特別な拳銃です。通常の拳銃では扱う事の出来ない弾丸を放つ為に作られたもので、重要なのはその弾丸です」
「弾丸……」
師匠は拳銃を持ち上げ、その下から弾丸を一発取り出した。
「銀の弾丸。凶悪な魔族が相手の場合のみ一発だけ携帯する事を許されています。日本は銃国家ではありませんからね」
「でもこれ、何発かありますよ?」
「保管する場合はその限りではありませんので♪」
師匠はそう言って全ての弾丸を取り出すと、一発だけ拳銃に装填し、箱に戻した。
「これをヒナタさんに預けます」
「えっ!?」
とんでもない事を言いだす師匠。
流石の私も声が裏返ってしまった。
「ちょっと待ってください! 当主にしか使えないんですよね!? 跡継ぎでもない私がこんな、受け取れないですよ!!」
「もちろん差し上げる訳ではありませんよ~? ただ【銀血】という強大な相手を前に、丸腰で弟子を送り出すほど私は愚かでは無いと言う事です」
師匠は手の中に残る銀の弾丸をカチャカチャと鳴らしながら見つめていた。
「必ず返しに来てください。ヒナタさんならそれが出来ると信じたからこそ託すのです」
「でも、師匠や師範が怒られるんじゃ……」
「【銀血】を救済できれば賞賛でおつりが来ますね~」
「それに私銃なんて撃った事……」
「後ほど軽く訓練しましょうか。当主用の射撃訓練場もございますので♪」
「…………」
どうやら受け取る以外に選択肢は無い様だ。
歴代当主しか持つ事を許されない貴重な物。それを躊躇いなく私に預けてくれた師匠。
期待が重くのしかかると同時に、活力に変わる気がした。
「わかりました。少しの間、お借りしておきます」
「大切にしてくださいね」
「はい!!」
私は元気よく返事をした後、拳銃の入った木箱を鞄にしまった。
そして、師匠と共に射撃訓練場へと向かった。
……銃の撃ち方を教わる際に妙に耳に息が当たるなとか、距離近いなとか、身体に触って来るなとか思ったけど、全て飲み込んだ。
◇
「本当にもう帰ってしまわれるのですか?」
最低限の射撃術を叩き込まれた後、私は道場を出ようとしていた。
まさか本当に帰りは一人になるなんて。逆月先生……いい人ではありませんでした。
「夕食をご一緒したって……なんなら一晩泊まっていっても良かったのですよ?」
「えと、外泊するかもとは家族や知人に伝えてはいましたが、用事自体は全て済みましたので……」
本当は私も一晩くらいはお世話になるつもりで着替えも持って来た。
しかし、師匠からの異様に熱のこもった視線を浴びながら、おそらくは同じ部屋で一晩共にして、朝まで貞操を守れるか心配だったのだ。
本当にすみません、私にはカイトが居るんです。
「そうですか……叶うなら私もご一緒したいですが……」
「師匠にはこの地域を守る役目もありますし、学校だってあるじゃないですか。心配しないでください」
「……そうですね。ではそちらはヒナタさんに任せましたよ」
師匠は優しく微笑みながら私の頬に手を添える。
くぅ、本当に綺麗な人だなぁ。
「胸を張ってください。貴女はこの道場で私の次に強い退魔師なんですから」
「……は、はい!」
え、そうなんですか? とは聞ける流れでは無かった。
もしかして師匠から一本取るのって本当に凄い事だったのだろうか。
「ああ、それとこれも差し上げます。お守りとでも思ってください」
師匠は自分の手の指全てにはめられた指輪の中から、右手の薬指の指輪を外した。
「十字が彫り込まれた純銀の指輪です。これをつけて触れるだけでも効果はあるでしょう」
「何から何まで……ありがとうございます!」
師匠の私物までもらえるなんて、私は本当に良くしてもらっていると思った。
さっそく私は師匠の指輪を右の小指にはめた。決して私の指が太くて入らなかった訳じゃない、師匠の指が細すぎるんだ。
「……薬指にはめて貰いたかったですのに」
ぼそっと何か聞こえた気がする。重いですって師匠。
「マヒルには随分世話してもらったみてぇだな」
「はい。師範も手を回してくれてありがとうございました」
「気にすんな。結局白銀ン所には大した助力も出来てねぇ……あ、そうだ」
師範は何かを思い出したように懐から一枚のメモを私に手渡した。
「駅に着いたら読んでくれや。絶対電車乗る前に読むんだぞ」
「は、はい……?」
よくわからないが師範がそう言うなら、私はメモをポケットにしまった。
「それでは師匠、師範。次は借りたものを返す時にまた来ます」
「おう、しっかりやれよ」
「最も大切なのはご自身の命です。それをお忘れなきよう」
私は最後まで応援してくれる二人に再度頭を下げ、道場を後にした。
私は本当に師匠に恵まれた。いずれ恩返しをしなければ。
「ところでよぉマヒル、借りたものって言ってたけどなんか貸したのか?」
「うふふ、政府公認の銀の弾丸をお貸ししましたわ」
「あーあれか……………………えっ?」
◇
「さてと」
駅に辿り着いた私は師範に言われた通り、ポケットに入れておいたメモを開いた。
「えっと、何々……「同行者は駅で合流しろ」……これだけ? 同行者って言うと逆月先生の事よね」
私は顔を上げて辺りをキョロキョロする。
まだ近くに先生の姿は見えない。
「師範、どうして先生の事を……やっぱり先生の言ってた旧友って師範の事だったのかしら」
先生の事を知らなければこんなメモを私に託す必要は無い。
わざわざメモにした理由はまあ、隣に居た師匠の事を考えればわからなくもないけれど。
「……ん? あれは……」
などと考えていると、私の来た方向からずいぶん遅れて大きな鞄を持った逆月先生が歩いてきた。
日差しにやられているのか、随分とゆらゆらとスローペースで歩いている。
「ぜぇ……はぁ……」
「大丈夫ですか先生」
「あっ……白銀生徒ではないか……」
駆け寄ると、先生は今にも倒れそうな顔で私にもたれかかった。
「あ、あづ……」
「はぁ……とりあえずさっさと電車乗りましょうか。荷物持ちますか?」
「い、いや……これは大事なものだから自分で持つよ……お気遣い感謝する……」
かなり大きな鞄だ。革製の高そうな鞄だが、アタッシュケースの様に大きく頑丈そうなつくりをしている。
それだけで中の物がいかに貴重品であるかを物語っていた。他者に任せたくないというのも納得がいく。
「……なんで私、ここにきて先生の介護してるんだろう」
ふと我に返ってしまった。
元々一人で訪れるはずだった場所に勝手に付いて来て、姿を消したと思ったらふらふらと戻ってきて今にも倒れそうになっている。
これ私の仕事か?
「本当に助かるよぉ……白銀生徒が居なかったら、この旅はどうなっていたか……」
「…………ふーん」
まあいいか。
普段は色々気に食わない人だけど、ここまで弱々しくなりながら感謝してもらえるなら悪い気はしない。
ちょろいのかなぁ、私。
「ほら先生、掴まってください。早くしないと電車来ちゃいますから」
「そ、それは困った! この辺り田舎だから乗り損ねたら四十分は待たないといけなくなる……溶けてしまう」
「なら早く!」
一人でサクッと言って帰ってくる予定だった短い旅は、行きも帰りも騒がしいまま幕を下ろしたのだった。
「アッ、右手、右手はやめて……」
「え? ……あっ! 指輪!?」
本当に最後まで騒がしかった。




