第四十一話【カレーなる食卓】
「「いただきま~す!!」」
俺の作ったカレーを前に、嬉しそうに手を合わせるレイとヒナ。
レイはいつもと変わらないが、ヒナもまるで子供の頃に戻った様な顔をしている。
「美味いか?」
「うんっ!」
「すごく美味しいよ」
「ならよかった」
レイもヒナも俺のカレーを食べて無邪気に答えてくれる。
こうして手の込んだ料理を振舞った側になるのは久しぶりだったが、やっぱり自分の料理で誰かが笑顔になるのは嬉しいな。
(……今なら良いかな)
さっきの保健室での会話で大魔族だのなんだのと気になる事は山ほどあったのだが、とてもじゃないが聞ける雰囲気ではなかった。
だが今の落ち着いてカレーを頬張るヒナになら訊ねてみてもいいだろうか。
「……なあヒナ」
「聞きたい事あるんでしょ?」
「聞きたい事が……あぇ!?」
言おうとした言葉が先回りされてしまい、一瞬言葉を失ってしまった。
「ずーっと何かが気になってるって目で私の事見てたもんね」
「う……だって聞きたくても聞けねえだろ、あんな雰囲気じゃ」
「いいよ、カレーのお礼に答えてあげる」
「カ礼!?」
「レイ、静かに」
クソ程くだらない事を言っているレイを黙らせ、正直にヒナに質問してみた。
「紗霧ちゃんが言ってた大魔族って、そんなにヤバいのか?」
紗霧ちゃんは、大魔族は魔族の中でも飛び切り悪い奴ら、国際指名手配されるような奴らと言っていたが。
「もしかして、俺の知らないだけでいっぱいいるの?」
「そうね……海外となれば居るでしょうけど、国内で今も捕まって無いのは二人だけかしら」
「二人……」
その人数が多いのか少ないのか、俺にはパッとわからなかった。
人間よりも遥かに高い身体能力を持つ指名手配犯が潜伏している人数と考えたら危険な気もするが。
「と言っても、私達が警戒するべきなのは逆月先生も言っていた【銀血】だけね……長いから銀血でいいかしら」
「どっちでもいいけど、もう一人の大魔族は危なくねえの?」
「私達人間にとってはね」
ヒナはそう言ってカレーを何口か頬張った。
どういうことだ? 大魔族と言う事は銀血と同じ様に指名手配されてるって事だよな。そんな奴が危なくないなんて事あるのか。
「ああでも、レイカの為にも教えておいた方がいいかしらね」
「レイの為に?」
「そう。もう一人の大魔族の名前」
ヒナは皿にスプーンを置いて、両手を合わせた。え、もう食ったのかよ早すぎだろ。
それとも話しやすいようにさっさと平らげてくれたのだろうか。悪いな好物のカレーなのに。
「もう一人はね、カーマインプフロックって言うの。日本語では【赫い杭】」
「【赫い杭】……杭?」
杭と言うのはあれだろうか。吸血鬼伝説だと吸血鬼の胸に撃ち込んで退治するっているあの。
吸血霊鬼も杭は苦手なはずだが、それを二つ名に付けられるってどういう事なんだ。
俺はヒナの続く言葉を待った。
「【赫い杭】はね、魔族でありながら同じ魔族にしか手を出さないの。人間はおろか普通に暮らしてる吸血霊鬼に対しても無害な存在よ」
「なんだそれ、いい奴って事か?」
「そうとも言えないわよ。魔族を狩るなら正式に退魔師になればいいのに、それをしないんだから。正義感と言うよりは個人的な目的で魔族を裁いてるって印象ね。そうして付いた二つ名が【赫い杭】。またの名を【同族狩りの赫】」
「うわ、直球だな……」
だがそれが本当ならば確かに人間である俺やヒナにとっては警戒対象ではないだろう。
そのうえでレイの為に説明したというのも頷ける。
「レイカも表向きは一般吸血霊鬼な訳だけど、やった事だけで言えば魔族一歩手前だった訳でしょう?」
「うぐっ!?」
「関係者全員が和解して何事も無く解決したけれど、もしその情報が【赫い杭】に入ってたらどうなってたでしょうね~?」
「ひっ、ひぁぁぁぁ~……」
意地悪な顔を浮かべるヒナの言葉に弱々しく震えるレイ。
過去の話を出されてもガチ凹みしなくなったのを成長ととらえるべきだろうか。
しかしなんだこの光景は、早く寝ないとお化けが出るぞと子供を脅す母親みたいだ。
「かいと~っ!」
「大丈夫だって、なんかあっても俺とじいさんが弁護してやるから」
「ふふっ。こうは言ったけど、今の今まで無事ならきっと大丈夫でしょう」
「うぅ~、ヒナちゃんのいじわる」
「レイカを見てるとつい虐めたくなっちゃうのよ」
わかる。
「んでさ、銀血が銀髪なんだろ。んじゃ【赫い杭】だの【同族狩りの赫】だの呼ばれてるって事はさ、やっぱそいつは赤髪なのか?」
「そうね、赤い髪の女性らしいわ」
「赤い髪の女ねぇ……」
最近似たようなものを目にして、いや思い出してナーバスになった事を思い出した。
赤い髪の吸血霊鬼。レイの母親も赤髪ってじいさんが言ってたし、ちょっと前の世代ではメジャーな髪色なのかな。
「銀血が出没した今、そんなありがたい存在が居るんだとしたらぜひ力を貸してもらいたいけれどね」
「おろ、ヒナは【赫い杭】の方は肯定的なんだ」
「立場上真っ白と言う訳にもいかないけどね、個人的な恨みで魔族を倒すって言うのは……私も同じだから」
「「ヒイッ!?」」
急にハイライトが消えた目でにっこりと笑うヒナを前に、俺とレイは身を寄せ合いって悲鳴を上げた。
「冗談よ。銀血以外には昔ほど負の感情を抱いてないから。どっかのお気楽な吸血霊鬼のおかげでね」
そう言ってヒナはレイを見て微笑んだ。
「紗霧ちゃんの事?」
「…………本当にお気楽ね」
「うん??????」
何を言われているのか理解できていない様子でレイは首をかしげていた。
「……丸くなったな、お前も」
レイとヒナの初対面の頃がもう懐かしいとさえ思えた。
あの頃のヒナはレイを問答無用で祓おうとして、レイもヒナの顔を見るだけでガタガタ震えてたって言うのに。
「……身体の話してる?」
「中身の話だよ!!」
太ったと言われていると思ったのか、自分の腹を隠しながらヒナに睨まれてしまった。
俺はヒナぐらいが健康的で良いと思うけど、気にするぐらいなら元気よくカレーに飛びつくんじゃないよ。
◇
「そうだ、カイトにはちゃんと伝えておくね」
帰り際、ヒナは靴を履きながらそう切り出した。
「明日一日か、もしかしたら数日、ちょっと遠出してくるから学校もお休み貰うね」
「遠出って……週末じゃダメなのかよ。そんなに大事な用でもあんのか?」
「ごめんね、でも一日でも早い方がいいの」
ヒナはそう言うと胸元から十字架を取り出し、手に取って俺に見せた。
「私、退魔師になった時に色々教えてくれた師匠が居るって話したっけ」
「ああ、優秀な退魔師の所で修行受けたって程度は」
「そう、その師匠の所に行こうと思ってるの。銀血の話をして、ついでに私が鈍ってないか軽く見てもらって、上手くいけば協力もしてもらいたいから」
退魔師の修行か。
確かに、いつ銀血が現れるかもわからない状況なら、一日でも早くその情報を共有した方がいいだろう。
「ただ、師匠が住んでる場所が電車で二時間は揺られないといけなくて、どうしたってその日は学校を休まざるを得ないのよ」
「仕方ないんじゃねえか。ちゃんと連絡入れれば問題ないだろ」
こういう時優等生はズル休みを疑われなくて便利だよな。
それもこれもヒナが勝ち取った信頼あっての事なんだが。
「だからその間お弁当は作ってあげられないけど、ちゃんとお昼ご飯食べる事。わかった?」
「あーそっか、そっかぁ……致命的だぁ……」
そうだよな、ヒナが居ないと言う事はヒナの弁当も無い。
つまり自分で昼飯を用意しないといけないと言う事。
「なるべく早く帰ってきてね」
「カイト……私がお弁当作る前はどうしてたのよ」
「ヒナの弁当に慣れたら購買のパンになんて戻れねえよ~」
「ふ、ふん。虫のいい事言っちゃって」
照れ隠しに腕を組んでそっぽを向くヒナ。
なんだよ、満更でもなさそうな顔してるぞ。
「無事に帰ってきたら、またとびっきり美味しいお弁当用意してあげるから待ってなさい」
「……え? 死亡フラグ?」
「私、帰ったらカイトと結婚するの。だからもう何も怖くないわ」
「縁起でもないからやめて!?」
「ヒナちゃんは独身!!」
「うるさーーーーーーーーい!!」
隙あらばヒナを煽るレイと律儀に返事をするヒナ。
途端にやかましくなった玄関から逃げ出す様に、ヒナは家を出て行った。
実際帰ったら結婚するって言っても、相手の了承を得てないんだからただのヤバい奴なんだよな。
「さて、ヒナも帰ったしそろそろ風呂にでも……」
「か、かいと~……」
「うおっ! なんだよレイ?」
さっきまでヒナに威勢のいい煽りをかましていたはずのレイが、震えながら俺の腕を抱き締めていた。
「あの~……カイト、一緒にお風呂入ってくれないかなーって」
「はぁ!? ダメに決まってんだろ!!」
「だ、だってぇ~!」
「…………はは~ん?」
急に一緒に風呂に入ってと懇願するレイ。何かに怯えるように震える身体。
何となくだが読めたぞ。
「さてはお前、ヒナが言ってた【赫い杭】にビビってんだろ」
「ひぅっ!?」
どうやら図星のようだ。
その名前を出した瞬間俺の腕に込められた力が増した。
「大丈夫だって言ったろ。あれは悪い吸血霊鬼の所にしか来ないって」
「で、でもぉ……あたし魔族一歩手前だったし……」
おいヒナ、レイが引き摺っちゃってるだろうが。ちゃんと最後まで面倒見てから帰れ。
「だからかいと~! 一緒にお風呂入って、一緒に寝て、寝る時もぎゅってしてて~っ!!」
「風呂はダメ!! 本当にダメ!! 他はまだいいけど風呂だけは何とかしろ!!」
「そんなぁ~!!」
最近はレイと寝る事も多く、寝ながらハグするくらいならギリギリ理性を保てなくもない。
風呂はダメだダメに決まってる。流石にお互い全裸はレイを一人の女の子と意識してしまっている今じゃもう無理だ。
そもそも一度だって風呂に突撃してくることを良しとした事は無いんだけどね?
「お願いかいと~! 先っちょだけでいいから入ってきてぇ~!」
「先っちょってなんだよ!! つかあんま玄関でそういう事大声で言うな!! 誰かに聞かれたらどうすんだよ!!」
「あたしの事好きにしていいから~!!」
「っ……!! …………!? うっ……くっ……!? ァ……ダメだダメだ!!」
危なかった。今マジで理性の紐がプツンと千切れる所だった。
これ以上引っ付かせてるとまずい、とっとと引き剥がさないと。
クソッ!! 離れねぇ!! 力が強すぎる!!
「どさくさに紛れて自分を売るな!!」
今まで散々ヒナやレイに自分を売ってきた事を棚に上げて説教する俺。
男子高校生と女の子じゃ身体の大切さが違うの。
「ぶえぇぇぇ~ん!! かいとぉ~~!!」
「ダメなもんはダメだーーーッ!!」
結局二人の意見の間を取って、レイが風呂に入ってる間俺が扉の前で話し相手になってやることで手を打った。
正直薄い扉の真後ろで裸のレイがシャワー浴びてるって思うだけでだいぶ苦しい所があったが、一緒に入るより何倍もマシだっただろう。
その後、今度は俺が風呂に入ってる時に度々レイが扉を開けようとしてきたのは本当に焦ったが、それはまた別のお話。
◇
「さて……明日の準備しないと」
学校を休む事をカイトに伝え、両親にも学校にもちゃんと説明を終え、後は荷物をまとめるだけだ。
荷物と言ってもそんなにかさばる物は無い。退魔師の道具一通りと、一応一日分の着替えを鞄に詰める。
「プルルルルルッ!」
「あら? 電話?」
珍しく通話アプリではない通常の着信が入り、スマホの画面に番号が映し出される。
「知らない番号……」
企業やフリーダイヤルではないが、イタズラ電話の可能性も高い。
別に出なくてもよかったのだが、その番号をぼんやりとどこかで見た事あるような気もして、通話をオンにした。
「……もしもし?」
『あっはっはっは! さっすが白銀生徒! ちゃんと出てくれたねぇ!!』
「…………は?」
電話口からは今日の昼にも聞いた、胡散臭くて軽薄そうな女性の声。
「……逆月先生?」
『いかにもたこにも! 保健室の紗霧ちゃんだよ!!』
どうしよう、凄くイライラする。何だこのテンションは。
今すぐこの通話を切りたいけれど、あの人の事だから用事が済むまではいくらでも掛け直してきそうだ。
怒りに震える手でスマホをしっかりと握り、疑問を投げかける。
「何か用ですか」
『もちろん! 用もないのに白銀生徒に電話するなんてお姉さんには怖くて出来ないよ!!』
「ならとっとと話してください。私、忙しいので」
『つれないねぇ……まあいいさ、お姉さんも長話するつもりは無いからね』
逆月先生はこほんと一回咳払いをすると、さも当然のようにしれっと訊ねて来た。
『明日は何時の電車で出発するんだい?』
「……………………」
今、なんて言ったこの人。
なんで私が遠出するの知っているんだろうか。
『ふむ、その沈黙は……「どうしてこの人、私の予定知っているの!?」って考えているね!』
「えぇ……きも」
『きも!?』
しまった、つい口が滑ってしまった。
しかし気持ち悪いだろう、こんなウキウキで心を見透かされなんてしたら。
『【銀血】の件もあるし、白銀生徒も顔を見せるのではないかな? アマクニの所へ』
「……どこまで知ってるんですか」
『誰かから聞いた訳ではないよ。ただ白銀生徒が無意識にしている構えや立ち振舞が知人に似ていてね』
「……知人?」
『そうだとも。いや、知人達と言うべきか……まあ細かい事は良いじゃないか』
逆月先生は適当に話を切り上げると、さぞ楽しそうな声で恐ろしい提案をしてきた。
いや、提案と言うよりはもはや決定事項のつもりだろうか。
『という訳で、明日お姉さんも一緒に行くからよろしく頼むよ!!』
「……………………」
何を言っても上手く言いくるめられてしまいそうだ。
電話の向こうで誇らしげに鼻を鳴らす逆月先生の姿が見えるようだ。
「はぁ…………」
苦手な教師と二人きり、片道二時間の旅が確定した瞬間だった。




