第三十五話【二日目終わり、おやすみなさい】
大騒動だった旅行二日目も終わりを迎える。
寝る前には帰ってくると言ったレイも宣言通り部屋に戻り、昨日と同じ様に三組の布団を並べて横になった。
「えっへへ……ヒナちゃ~ん♪」
「…………」
はず、だったんだけど。
「ちょっとレイカ……んもう!! そんなくっついたら浴衣ずれちゃうでしょ!」
「…………」
何故だろうか、昨日とは並び順が違っていた。
「レイ、ヒナ、俺やっとお前らの気持ちがわかったよ」
三人仲良かったはずなのに、自分以外の二人の仲の良さを見せられた時に感じる疎外感。
なるほどこんな気持ちなんだな。確かにちょっと寂しいと言うか、置いて行かれるような気分になる。
「つーか、マジですごい仲良くなってるね、君達」
「うん!!」
「なってないわよ!!」
元気よく返事をするレイと、元気よく否定するヒナ。
いつも通りの二人だ。
「ヒナちゃんね、あたしの事妹みたいって言ってくれたの!」
「言ってない!!」
言ったんだろうなぁ。
「それでね、あたしの事好きって言ってくれてね~」
「いっ……言ってない」
これも言ったんだろうなぁ。
「そしたらね、ヒナって呼んでいいって言ってくれてね」
「いっ……うぅ……」
「ヒナちゃんって呼ぶことにしたんだ!」
「よかったじゃねえか」
あーあー、全部バラされてヒナのお顔が真っ赤じゃないですか。
中途半端なごまかしがレイの前で有効な訳ないだろう。
「ね、ヒナおねーちゃん♪」
「うぐ……!?」
「おねぇちゃ~ん?」
「や、やめてよもう……やめてったら!」
お、妹モードのレイだ。
ヒナの反応を見る感じ、同性相手でもあの攻撃は有効みたいだな。流石レイ、可愛い事はヒナも認めてたしな。
「……もう! やめなさいレイカ!」
「や~ん!」
レイの拘束から這い出る様に逃げるヒナは俺の布団に潜り込み、俺を盾にしやがった。
「も~、そうやってカイトの後ろに逃げるなら……今度はカイトにぎゅってしちゃおっかなぁ?」
「なっ!?」
「お前本当に魔性の女だな」
あれだけ散々甘えておいて、相手が居なくなったらまた別の相手だなんて。
しかもこれを天然でやってると言うのだから本当にこの吸血霊鬼は恐ろしすぎる。
百年後にはレイも国を傾けてるかもな。
「……あ、そうだ。ヒナちゃんにちゃんと言っておこうと思ってたんだ」
「私に?」
「そう!」
レイはそう言って俺とヒナ、二人の手を握った。
「あたしの名前」
「名前って……レイカでしょう?」
「うん……そうだよ」
レイはヒナの言葉に頷き、その深紅の瞳をまっすぐヒナに向けた。
「……あたしの名前は麗華。麗しい華で麗華だよ」
「っ……あなた、それっ!?」
「レイ、お前……?」
驚く俺とヒナを見て、レイはにっこりと笑っていた。
自分の行動は過ちでなく、自分の行動に後悔はない。そう言い切るかのように。
「……はぁ、まったく」
ヒナは退魔師、いわば吸血霊鬼の専門家だ。その知識はかじった程度の俺より深いだろう。
ならば吸血霊鬼本人から伝えられる名前にどんな意味があるのか、知らないはずもないだろう。
「退魔師に名前を言うなんて、随分無防備なんじゃない?」
「ヒナちゃんだから教えたんだよ。それにね……」
レイは俺越しにヒナの頬に手を伸ばした。
「……もしあたしが裁かれる時が来たら、ヒナちゃんがいいなぁって」
「うん!!?!?!?!?」
ヒナはレイの普段のイメージからは想像できなかったであろう粘っこい視線を向けられて大層困惑していた。
「そうか、お前こういうレイ見たの初めてか」
「初めてって言うか……え!?」
「レイはこういう奴だぞ」
人見知りで、人懐っこくて、甘えたがりで、臆病。
そして心の奥底まで見せた相手には自分の全てを委ねる。全てを欲しがる。
その全てを百パーセントで出力してくる。それがレイという女だ。
「でもよ、レイ」
「カイト?」
レイがそこまで信頼できる相手が増えた事は純粋に喜ばしい話だ。
だけど同時に寂しくもあった。
「俺だけがレイのそういうとこ知ってんの、嬉しかったんだけどな」
「ひゃ……」
なんてちょっとだけ恨み節を吐いてみたりなんかして。
「わーっ、カイトが独占欲出してる……!」
「ちょっとだけな……重かった?」
「ううん! むしろ嬉しい……えへへ」
独占欲か、確かに俺はレイにそれを持っていたのかもしれない。
前にじいさんに向かってレイの肩を抱きながら絶対返さないって言い切った事もあったし。
あれ、俺って結構重いのかな。
「……カイト」
「あっ、なんでしょうヒナさん」
レイとただ見つめ合っていたら、背後から随分低い声で名前を呼ばれて背筋が伸びる。
「なんで二人共そんな視線がじめじめしてるの? カイトの家カビ生えちゃうよ」
「大袈裟だな。レイはじめってるけど俺はそこまでじゃねえよ」
「あたしじめじめしてるの!?」
「……………………まあ、二人が良いなら良いけど」
ヒナはそれだけ言うとまたするすると俺の布団を這い出て自分の布団に戻っていった。
なんなんだ、一体。
◇
「この際だからカイトにもちゃんと言っておきたいんだけど」
俺とヒナで真ん中にレイを挟み、二人でレイに手を握られながらヒナが切り出した。
「私、これからレイカの前でも容赦なくカイトの事奪いに行くわ」
「ブッ!?!?」
「やーん! きたない!」
ヒナが急にとんでもない事を言うので盛大に噴き出してしまった。
レイごめんな。
「おっ……お前急に何言って……」
「レイカとも話したのよ。いくら相手の事が心配だからって我慢した果てに衝動的なアプローチばかりしてたら、私達だけじゃなくてカイトももたないって」
「……まぁ」
ヒナが言っている事は正しい。
レイとヒナがお互いどれだけ大切な存在になっていたかは今日これでもかってぐらい見せてもらった。
そして、その我慢してた感情が爆発するとどうなるのかも見せてもらった。
こんなのが定期的に発生されたら俺はそのうちキャパオーバーになるだろう。
「だからね、レイカには先に宣言しておいたわ。私がカイトを落としたらレイカの事も面倒見てあげるって」
「これまた随分さっぱりしてるって言うか、もはや男らしいなお前」
懐が深すぎてマリアナ海溝ぐらいある。
「逆にね、あたしがカイトと付き合っても諦めないんだって」
「それはすっごく困るんじゃねえのか俺」
それってレイが俺の彼女や奥さんになっても、ヒナは俺の事を誘惑してくるって事だよな。
なんて奴だ不倫前提じゃねえかよ、男らしくもなんともなかった。女なんだけど。
「それを言ったら「じゃあ一生独身だね」とか言い出したのよこの女ァ!!」
「ひぃ~~ん!! いひゃい~~~!!」
「えっ、いや、お前…………それはしばかれても文句言えねえよ」
思い出し怒りだろうか、ヒナはレイの頬を思い切りつまんで引っ張っていた。
しかしなレイ、その発言はお前が百悪いよ。
レイがとても辛そうにしていたが、助けてあげようとは微塵も思わなかった。
「まあ、だからねカイト、そういう事だから……」
「……ん? ヒナ、なにし……て!?」
「レイカの目の前でこういう事もしちゃうわけ」
不意にヒナの顔が近付く。
本当に不意打ち気味だったので素直に照れてしまった。
「ほらカイト、顔こっちに寄せて……」
「わーーっ!! だめだめだめ!!」
「んむっ! 離しなさいよレイカ……」
「やだ!!」
ヒナに面食らって動けないでいる俺の代わりにレイがヒナの顔を必死に押し戻していた。
助かった。あのままだったら普通にそのままキスされてたかもしれない。
「油断も隙も無い!!」
「油断する方が悪いのよ!!」
「はぁ……もう遅いんだから大人しくしてろよ」
二人を宥めるが、相変わらず俺を巡って言い争う事に変わりはない様だ。
こいつら本当に仲良くなったんだよな?
争いの原因は俺だって言うのもわかってるんだが。
(っていうか、これからは今みたいな不意打ちもどんどんかましてくるって事だよな……)
相手への遠慮を捨てて相手が居てもお構いなくって事は、裏を返せば居ない所でも容赦なく襲い掛かって来るっていう事だ。
学校が始まれば家はレイの独壇場になるだろうし、学校での時間はヒナの物だ。
(これ、むしろ今まで以上に俺の気苦労が絶えないんじゃ……)
じゃあさっさとどっちかを選べと言われたらまさにその通りではあるんだが。
そう簡単に答えを出せるならとっくに出してる訳で。
そんなに早く判断できていれば今日みたいな事は起こらなかった訳で。
(……でも、いつまでも先延ばしにする訳にもいかねえよな)
紗霧ちゃんには、俺がその気になるまでただ待てばいいと言われていたけど。
いつかは決断しなきゃいけない日が来る、そんな気がしていた。
◇
「すぅ……んんっ……」
しばらくして、静かになったなと思ったら寝息が聞こえてきた。
今日は先にヒナが落ちたようだ。
「レイ、起きてるか」
「おきてるよ~」
小声で俺に背を向けるレイに声をかけた。
レイも俺に会わせてひそひそ声で返事を返してくれた。
「ヒナちゃん寝ちゃったね」
「まあ今日は心身ともにかなり疲れただろうから」
この季節、ほぼ丸一日外に居たって考えればそれだけ体力を奪われているはず。
むしろよくさっきまであんなにはしゃいでいられたもんだ。
「マジで、今日はめっちゃ困らせちまったからな……」
手を伸ばし、ヒナの前髪を掻き分ける。
綺麗な肌だ。まつげも長いし、起きてる時の強気な態度からは想像できない様なあどけない顔をしている。
寝たふりをしていた時とは大違いだ。
『……きすしてくれなきゃおきない』
「ぷっ……」
ふと、前回寝たふりをしていた時のヒナの寝言を思い出してしまった。
あの時はこんにゃくを俺の唇だと思い込んで、本当に面白かった。
さっきはとうとう本当にヒナとキスをしてしまったんだけどな。
「……そうだな」
別にヒナを起こしたい訳じゃないけれど。
相変わらず唇にするのは申し訳ないけれど。
これまで感じた感謝と愛おしさを込めて、これくらいなら良いかな。
「…………ちゅっ」
「ぁ!!!!!!」
俺は前髪を掻き分けてあらわになったヒナの額に軽くキスをした。
レイとヒナの両方と唇でのキスをしてしまい、その辺りの判断が緩くなっている自覚はあった。
それでも、こんな俺を好きで居続けてくれるヒナに、これくらいは返しても良いと思ったから。
「いーなー、あたしには~?」
「えぇ? お前は今日の騒動の一番の原因だしなぁ」
「……うぅ」
「じょ、冗談だっての!!」
ちょっとからかってやろうと思ったら割とガチ目に凹んでしまったレイに慌てて弁解する。
「悪かったって。一番悪いのは俺だから」
「そう言って欲しいわけじゃないけど……」
「ほら、デコ出しな」
「……あい」
俺に言われて前髪を全部上げて可愛らしい額を全部見せてくれたレイ。
その額に向かって先程ヒナにしたのと同じ様にキスしてやった。
「いつもありがとな、レイ……ちゅ」
「……~~っ♪」
された方はこんなので喜んでくれるのかって思う部分もあったが、レイの反応は良好だったので間違いではなかったようだ。
「……ねえねえ、かいと」
「なんだ?」
「……今日はあたしの番じゃない?」
「何が」
「こっそりギュってするの」
「…………ほう」
なるほど、贔屓は良くないもんな。
レイにゆっくりと手を伸ばした。
「……あ゙ーっ!?」
そして思い切りこめかみをギュッとしてやった。
「これで満足か?」
「チガウ……チガウ……」
「なんだ違うのか、しょうがねえな」
俺はレイが求めたものを提供したつもりだったが、違うと言うなら仕方ない。
早々に手を離してやった。
「あぅー……」
「流石に今朝の二の舞になるのはごめんだからな。デコちゅーで我慢しろ」
「うえーん……」
だが実際昨夜の事を引き合いに出されると、特にレイに言われると弱い部分もあった。
その後キスして来たじゃないかと言う言い訳も、さっきヒナとしてしまった事で使えなくなっている。デコちゅーも平等に二人にやった。
そう考えると確かにアレの埋め合わせはしてあげていない気もする。
(…………あれ?)
もしかして俺、二人の過度なアプローチに対して埋め合わせ埋め合わせって言って、どんどんガードが緩くなってないか?
今更だ、考えない様にしよう。
「ヒナが居るここじゃ、また面倒な事になるかもしれない」
「うぅ……めんどくさくなったあたしには何も言えない……」
「まあ、だからさ」
「……ふぇ!?」
ヒナは寝ているし、この距離じゃ意味ないかもしれないが、一応レイの耳元で小声で囁いてやった。
「……家帰って、二人きりの時な」
「っ!!?!?」
旅行も明日には終わる。ずっとヒナと一緒だった時間も終わり、言ってしまえばまたレイのターンな訳だ。
そうなれば実は見られてました、拗れましたなんて事にもならないだろう。まあその辺の話を今日つけてきたって事だったが、一応念の為だ。
っていうかこいつ、今回の件こそ騒ぎになったけどよく考えたら毎日家で抱き着いて来てたじゃねえか。問題点はそこじゃなくて、俺からヒナを抱きに行ったって所なんだろうけど。
あ、そうなると家に帰ったら俺からレイを抱き締めてやらないとか。参ったな、ちょっと恥ずかしい。
しかしレイの為だ。こうして約束もした事だし、言った事はきちんと……。
「……あれ、レイ?」
などと考え事をしている間、レイの声が一切聞こえなかった。
いつもみたいに喜んだりニヤニヤしたりしてるもんだと思ってたのに、反応が全く帰ってこない。
「んー? …………ん!?」
レイの顔をよく確認してみた俺は、思わず声を上げてしまった。
「あ…………ふ……ぇ……」
レイは鼻血を垂らし、顔を真っ赤にしてオーバーヒートしていた。
「えっと、あれ? お前こんなに耐性なかったっけ……いやそんなわけ……」
レイの鼻血を拭いてやりながら、過去のレイの行動を振り返る。
普段から飛びついて来たり抱き着いて来たり、試着室でブラのホックを外させても問題なくて、見せつけディープキスまで出来る奴がこれしきの言葉で気絶するほど初心な事があるか?
あれだけの言葉がそんなに刺さったのか? それとも囁かれた事か?
いやいや、それくらいの事今までだって何度も……。
「…………」
無かったかもしれない。
頭を撫でたりはする。だが言葉にして素直に褒めたのなんてデートの時くらいだろうか、囁いた事も無いかもしれん。
俺から抱き締めたのはレイに名前の話を聞いた時とレイのメンタルがヤバい時だけだし。
レイとの接触はほぼ全てレイからの物だ。
「俺、もしかしてあんまりレイを甘やかしてやった事無いのか?」
吸血の時頭を撫でるのも膝に乗せるのももう習慣だ、サービス的な意味合いはない。
可愛いなと思ったり偉いなって褒める時は頭を撫でたりもするが、逆に言えばその程度か。
対してヒナには結構している気がする。保健室のアレ、ピアス穴の時、昨日のアレだって。
デートだってヒナとは最後まで出来たけど、レイのは早々に中止で家デートに変更になったし。
「……はぁ~」
何が贔屓は良くないだ。そりゃレイも不安に感じて当たり前だ。
最初はレイが有利だと思ってたからある程度ヒナを優遇するつもりだった。でもこれじゃまるっきり逆じゃねえか。
「こりゃ真面目に、帰ったら思いっきり甘やかしてやらないとダメかもな」
そのまま眠ってしまったレイの頭を優しく撫でながら、レイはどうされると喜ぶのか今の内から考えをまとめ始めていた。
白銀陽向(シロガネ=ヒナタ)・2
真面目なフリをして超肉食系なツンデレ。
カイトにはもはや愛と呼べるほどの好意を抱いているが、恋敵であるはずのレイの事も妹の様に思っており、家族に向けるものと遜色ない好意を向けている。
ファーストキスをレイカに奪われた辺りから彼女の中で何かがおかしくなっている。
押しに弱い。
自覚ありの結構なM。




