第九章:新たな仲間 ―― 小さな訪問者
競馬好きのサラリーマン・圭介(35歳)は、交通事故に遭い、魔法と競馬が支配する異世界「エクウス王国」に転生する。 その王国では、魔法馬を駆使した競馬が経済の中心となっていたが、かつて名門だった競馬場「グリーンフィールド」は、経営難と騎手不足で倒産寸前の状態に。圭介は女騎士で支配人のリーナに頼まれ、競馬場再建を引き受ける。
競馬場「グリーンフィールド」に新しい仲間が。
1. 迷子の少女
「……ん?」
圭介は、グリーンフィールドの厩舎の入り口で、小さな影がこっそりと動くのを目にした。
「誰だ?」
声をかけると、その影は慌てて木箱の裏に隠れた。
「おい、隠れてないで出てこい」
圭介が近づくと、恐る恐る顔を出したのは、8歳くらいの小さな女の子だった。
「……あんた、誰だ?」
少女は薄汚れたマントを羽織り、乱れた髪の隙間から不安げな瞳をのぞかせた。
「こっちのセリフだよ。何してるんだ、こんなところで?」
「……ごはん、ないの」
「……ん?」
「おなか、すいたの」
少女はぎゅっとマントを握りしめ、か細い声でつぶやいた。
「……まいったな」
圭介は頭をかきながらしゃがみ込み、少女の目線に合わせた。
「とりあえず、飯でも食うか?」
少女は驚いた顔をしたが、すぐにうなずいた。
「うめぇっ……!」
競馬場の食堂で温かいシチューを口いっぱいに頬張る少女の顔には、さっきまでの不安の色は消えていた。
「おいおい、落ち着いて食えよ」
「いいじゃない、よっぽどお腹が空いてたんでしょ」
リーナが苦笑しながら少女の頭を撫でると、少女はむずかしそうな顔をしながらも、どこかうれしそうに目を細めた。
「それで、名前は?」
「……ティナ」
「ティナか」
圭介は優しく頷いた。
「じゃあ、ティナ。どうしてこんなところにいたんだ?」
「……わかんないの」
「わかんない?」
「気がついたら、ここにいたの」
「まさか迷子か?」
「……うん」
ティナは肩を落とし、スプーンを握ったまま視線を落とした。
「お母さんと、お父さんがいなくなって……」
「……そっか」
圭介はそっとティナの背中を撫でた。
2. ティナの秘密
「なぁ、リーナ」
食堂を出た後、圭介は小声でリーナに声をかけた。
「ティナのこと、どうする?」
「うーん……放っておくわけにはいかないし、しばらくここで面倒を見るしかないでしょ」
「それもそうだな……」
その時、ティナがふらりと蒼風の馬房に入っていった。
「おい、ティナ!」
慌てて後を追うと、驚くべき光景が目に飛び込んできた。
「……すごい」
ティナは蒼風のたてがみを撫でながら、にこっと微笑んでいた。
「この子、きれいな毛並みだね」
それまで人見知りがちだったティナの顔が、初めて穏やかにほころんでいた。
「お前……馬が好きなのか?」
「うん。お母さんが、お馬さんが大好きで……私もずっと好きだったの」
「へぇ……」
「でもね、お母さんがいなくなってから、馬を見てもなんだか悲しくて……」
「……そっか」
圭介は言葉を詰まらせた。
「それにしても、蒼風があんなに人懐っこくするなんて珍しいわね」
リーナが驚いた声をあげる。
「……確かに」
蒼風は、気難しい一面がある馬だった。リーナや圭介以外の人間に対しては、ほとんど心を開くことがない。
「もしかして、ティナ……馬と“通じる”力があるのか?」
「えっ?」
「魔法みたいなものさ。馬の気持ちがわかる奴がたまにいるって聞いたことがある」
「わかんない……でも、馬の目を見てると、なんとなく“言いたいこと”が伝わってくる気がするの」
「……すごい才能かもな」
圭介は感心しながらティナの頭を軽く撫でた。
「ねぇ、あたし……ここにいてもいい?」
「もちろんさ」
ティナの小さな笑顔が、競馬場の空気を少しだけ温かくした。
3. 新たな絆
翌日から、ティナは蒼風の世話を手伝うようになった。
「ほら、こうやってたてがみをとかしてやると、気持ちよさそうにするんだ」
「うん!」
小さな手で懸命にブラシを動かすティナの姿は、見ているだけで場の空気を和らげた。
「蒼風、今日も頑張ろうね!」
蒼風はティナの声に応じるように、穏やかに鼻を鳴らした。
「……あいつ、すっかりティナに懐いたな」
圭介がつぶやくと、リーナがくすっと笑った。
「ティナが来てから、競馬場が少しにぎやかになった気がするね」
「……ああ」
圭介は静かにティナと蒼風の様子を見守った。
新たな仲間――ティナの存在が、グリーンフィールドの未来に何か大きな変化をもたらす。
その予感が、心のどこかで確かに感じられた。