第十章:少女の涙と決意
競馬好きのサラリーマン・圭介(35歳)は、交通事故に遭い、魔法と競馬が支配する異世界「エクウス王国」に転生する。 その王国では、魔法馬を駆使した競馬が経済の中心となっていたが、かつて名門だった競馬場「グリーンフィールド」は、経営難と騎手不足で倒産寸前の状態に。圭介は女騎士で支配人のリーナに頼まれ、競馬場再建を引き受ける。
1. ティナの過去
「ねぇ、ティナ……お前、本当に覚えてないのか?」
夕暮れの厩舎。馬たちが静かに草を噛む音だけが響く中、圭介はそっとティナに声をかけた。
「……なにが?」
ティナは、蒼風の首筋を撫でながら小さくつぶやいた。
「お前の両親のことだよ。ちゃんと探せば、何かわかるかもしれない」
「……ううん、いいの」
ティナはかぶりを振った。その横顔には、無理に笑顔を作ろうとするぎこちなさがあった。
「ティナ……」
「ここにいれば、お母さんのこと、思い出さなくてすむの」
「……それで、いいのか?」
「……うん」
ティナは消え入るような声で答えた。
圭介はそれ以上何も言えなかった。
その夜、圭介は事務所の机でリーナと話し込んでいた。
「ティナの家族について、俺なりに調べてみたんだけどな……」
圭介は机の上に地図を広げ、ある場所を指差した。
「このあたりに、ティナの名前に関係する記録があった。どうやら、ノルデン村って場所の出身らしい」
「ノルデン村……王都からずいぶん離れた田舎ね」
「ああ。最近、盗賊団の襲撃を受けて村が壊滅したって話だ」
「……もしかして、ティナの家族も……」
「……そうかもしれない」
その言葉に、リーナの表情が曇った。
「でも……」
圭介は地図に手を置き、力強く言った。
「何か手がかりがあるかもしれない。俺はノルデン村に行ってみるつもりだ」
「……私も行くわ」
「いや、リーナは競馬場にいてくれ。ティナと蒼風の面倒を見てもらわないと」
「……わかったわ。でも、気をつけてね」
「おう」
圭介は小さく笑って立ち上がった。
2. 荒れ果てた村
翌日、圭介は馬を走らせてノルデン村へと向かった。
だが、そこで目にした光景は、想像以上に悲惨なものだった。
家々は焼け落ち、畑は荒れ果て、村人の姿はどこにもなかった。
「……ひどいな」
圭介はゆっくりと歩を進め、焦げ跡の残る家屋を覗いた。
「何か手がかりが……」
倒れかけた棚の隙間に、破れた布切れが引っかかっていた。
「これは……」
拾い上げると、それは子どもの上着の切れ端だった。裾には、かすかに**「ティナ」**と刺繍された文字が残っていた。
「やっぱり、ここにいたんだな……」
その時だった。
「何をしてる?」
突然の声に圭介が振り返ると、黒いマントを羽織った男が立っていた。
「お前……ゴールデンアリーナの関係者か?」
「……さあな」
男はにやりと笑い、懐から短剣を取り出した。
「消えてもらうぜ、知りすぎた男にはな」
3. 圭介の窮地
「くそっ!」
男の短剣が圭介の腕をかすめ、鈍い痛みが走った。
「……意外とやるな」
男が舌打ちし、次の一撃を放とうとした瞬間――
「止めろっ!」
鋭い声が響いた。
「リーナ……!」
馬に乗ったリーナが駆けつけ、その背には蒼風がいた。
「リーナ、ティナは……?」
「競馬場に預けてきたわ。さぁ、やるわよ!」
「おう!」
圭介が飛び退くと、リーナは蒼風を駆けさせ、男を弾き飛ばした。
「ぐっ……!」
男は呻きながら立ち上がり、こちらを睨みつけた。
「チッ……まぁいい。覚えておけよ……」
男はそう言い残し、闇に消えていった。
4. ティナの涙と決意
「……これ、ティナの上着か」
圭介が布切れを差し出すと、ティナは静かにそれを受け取った。
「やっぱり、お母さんもお父さんも……もういないんだね」
ティナの小さな声が震え、涙が頬を伝った。
「……ごめん、ティナ」
「ううん……」
ティナは涙を拭い、ぎゅっと上着を抱きしめた。
「でも、あたし……ここにいたい」
「え?」
「だって、ここには蒼風がいて、リーナお姉ちゃんがいて、圭介おじさんがいるから……」
「……おい、誰がおじさんだよ」
圭介はわざとらしくむくれ、ティナはくすりと笑った。
「お母さんとお父さんのこと、忘れたくない。だから、ここであたし……もっと馬のことを覚えたいの」
「そっか……」
圭介は、ティナの小さな背中に手を置いた。
「なら、これからは馬のこと、もっと教えてやるよ」
「ほんとに?」
「ああ、もちろんだ」
ティナの笑顔は、どこか母親を思い出させるような、優しさと強さをたたえていた。
「よし、それじゃあ……明日から本気で働いてもらうぞ?」
「うん!」
空には柔らかな夕焼けが広がっていた。
その光は、ティナの小さな背中を優しく包み込んでいた。




