6話 ジェイド・アルメリア
この世界の魔法は、属性が違うからといって全く他の魔法を使えないという事はないのだという。
それでも、好きな属性を自分で決められるゲームとは違って、その瞬間までわからない、ほとんど運任せなのだ。紫苑は現実世界のガチャを思い出して、身震いした。勿論、リセマラだって出来ない一発勝負だ。
「この列に座っている人から順番に前に出て来てくれるかな」
エクレール先生に促されて、クラスメイト達が続々と教壇へと列をつくる。
「よっし! まずは、ジェイドからだね。頑張って!」
左の列に座っていたジェイドが、フリージアに背中を叩かれて立ち上がった。
「頑張るって言ったって、魔力込めるだけなんだけど……。この属性がいいとかも俺は別にないしな」
至って冷静な突っ込みをいれながら、ジェイドは教壇に続く列へと並ぶ。
「フリージア、魔法の属性ってこれなら当たり! とかこの属性はよくないとか、そういうのってないの?」
魔法といわれると、現実世界のゲームや漫画の先入観から、闇魔法は悪い魔法なのではないかと思ってしまう。
紫苑が尋ねると、フリージアは持っていた教科書を広げた。
「紫苑が思ってるようなのは、あんまりないかも。どうしても、光っていうといい意味に感じるし、闇っていうと悪い意味に感じちゃうけど、属性の呼び方の一つだしね」
「そうなんだ。ちょっと、ほっとしたかも。何がでても良いなら安心だー」
「何が不安だったの?」
「いや、闇の魔法使いだ! ってなったら、お前は犯罪者予備軍だ……! みたいな扱いされたら、どうしようかと思って」
「あー、そういうことね……」
フリージアが少しバツの悪そうな顔で、頬をかいた。
「え。ちょっと、何かあるわけ?」
「あるって程じゃないんだけど、やっぱり昔はそのイメージが強くて、闇魔法の子が虐められたり、仲間外れにされたりってことも多かったみたい。今はそういう意識も殆どの人は無いと思うけど……。勿論、私は紫苑が闇魔法でも絶交したりしないよ!?」
「やっぱり、ここでもそういう虐めとかってのはあるよね。もう、わかってるよー! 私もそんなの気にしない! フリージアはフリージアだもん! 何も分からない私に、最初に話し掛けてくれた大切な友達、だからね!」
「紫苑ー! もう、大好き!」
紫苑とフリージアが抱きしめあって、友情を確かめているうちに、ジェイドの順番がやってきた。
「それじゃあ、ジェイド。心を落ち着けて、魔法特性診断キットに手をかざして。ゆっくりでいいよ、魔力を注ぐイメージで……」
エクレール先生に言われるままに、ジェイドが手をかざすと魔法特性診断キットが淡く光り出した。
普段は優等生と呼ばれていても、いざ、自分の属性が決まってしまうと思うと、強い力が欲しいのだと人並みな欲望に心を乱される。
ジェイドの心の乱れに合わせて魔力が乱れたのか、光がゆらゆらと揺らいだ。
「ふぅ、なにしてんだ。俺らしくない。落ち着いて魔力を込めろ……今は、邪念を捨てろ」
ジェイドは自分を落ち着かせるように、小さな声で言い聞かせた。
ふと、記憶の中の幼いフリージアが、瞳にいっぱいの涙を浮かべて、ジェイドの後ろに隠れている姿が頭をよぎった。
これは、街に二人で出掛けた時に、運悪く暴れていた指名手配犯に遭遇してしまった時の記憶だ。
(あの時は、泣いているフリージアを後ろに庇うのが精一杯で、震える拳を握りしめるばかりで何も出来なかった。……俺に守る力があれば、フリージアが泣くことも、怖い思いをさせることもなかった)
自分の無力さを思い知った日のことを思い出して、ジェイドは気を引き締めた。
(俺は、あの日に決めたんだ。フリージアを守れるような、強い騎士になるって! その為に、力が欲しい。強い力が!)
ジェイドは深呼吸をすると、最大限の魔力を込めて、祈るように叫んだ。
「……俺は、もう誰も泣かせないように、人を守る為の力が欲しいんだ!」
眩い光を放って、魔法特性診断キットから溢れる緑の光が、辺り一面を包み込んだ。
「これは、凄いな……。凄まじい魔力量だよ、ジェイド」
他の生徒が魔力を込めた時、ここまでの光を放つ人は一人もいなかった。
エクレール先生は驚いた顔で、ジェイドの持っている魔法特性診断キットを手に取った。
スノードーム型のガラスの内側には、小さな竜巻が渦巻いていた。
「おめでとう、ジェイド。君は、風属性の操作型だ。強い攻撃魔法を使うことも、人を傷つけずに制圧することも出来る万能な力だ。君の望んだ、人を守る為の力だよ」
不安そうにしていたジェイドの顔が、ぱっと明るく輝いた。
「さっすが、ジェイド! あんなに広範囲で光るからびっくりしちゃった! あんなに光ったの、初めてじゃない? やっぱり、ジェイドは格好良いなぁ」
ジェイドはフリージアの心の底からの賞賛を受けて、照れくさそうにそっぽを向いた。
「おめでとう、ジェイド! やるじゃん! なんか、めっちゃ気合い入ってたね! おかげで私もやる気出てきちゃった!」
「おう! 紫苑もいい魔法が使えるといいな」
熱くガッツポーズをして駆け寄ってきて、拳を求めてくる紫音に自然と笑みがこぼれ、ジェイドはこつんと拳を合わせた。
「おっ、そろそろ私の番だ! 行ってくるねー!」
軽いノリで、ぴょんっ、と椅子から飛び降りると、フリージアは教壇の方へと走っていった。