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異世界古書店の片隅で  作者: つむぎ舞
38/41

逃亡

 俺とカンバスターは友情の腕組みを交わして互いの健闘を祈りつつ別れを告げた。

 魔国四天王カンバスターと魔国魔法少女隊一行は各地の戦場を北から南へと転戦中らしく次の戦場へと赴いていく。

 俺とトオルの二人は魔族女性二人に護衛される形で退却したファータル王国軍のいる辺りまで案内して貰い、そこで彼女達とも手を振って別れた。

 人間の軍は先の戦に一敗した事で軍の立て直しを行う混乱の最中にある。既に冒険者傭兵軍は瓦解しており、俺達がわざわざそこへと戻る必要もない。そしてこれはこの戦場から逃げ出す絶好のチャンスでもあった。


「さてトオル、どうやって逃げるかだが」

「こんなところから逃げられるなら、俺何でもやりますよ」

「じゃあ今回は『エシディシ』作戦で行く」

「エシ? 何ですかそれ?」

「お前ジョジョを見ていなかったか? 第二部なんだが」

「ジョジョは三部からっす」

「スタンダードとかマスタードみたいなお化けが出るってやつか?」

「スタンドっすよ。もしかしてリュウセイさんは一部二部至高派っすね。わかってないなあ」

「そんな派閥がどうとかはどうでもいい。いいか、計画を教えるぞ、ちょっと耳を貸せ」


(=緊急会議中=)


「それを俺がやるんすか~、リュウセイさんを背負いながら?」

「ああ、大丈夫だ。上手くいくさ」


          *          *


 サフィオ王国軍本体の駐留地。

 前線で敗れた敗残の兵達を集め、隊を編成し直す他、負傷者の手当や後送といった作業で現場は混乱の最中にある。仲間を失った冒険者達の悲しみの声や、同僚や友を失った兵士の嘆きもあちこちから聞こえてくる。

 そんな中、一人の血まみれの男を背負いながら歩く青年の姿があった。彼は整列する軍列を横目に後送されていく負傷者達の列を目指して進んでいる。

 背負っている男は片腕を無くすほどの重傷を負っているが、青年は無傷である。当然それを見た見回りの兵士は、青年をその場に押し止めて詰問する。


「おい、お前。何処へ行く」

「何処って、家に帰るんすよ。楽に稼げて功を上げりゃ出世できるなんてうまい話に乗せられて兵士になってみりゃこの有様。一人は残って家を継げって言った親父の言葉を守りゃよかった。バカだったよ俺達は、なあ兄さん」


 青年は兄と呼ぶ背負われた男に声を掛けるが、背の男は返答しない。そもそも生きているのか死んでいるのかもよく分からない状況だ。

 だが兵士は言う。「兄は傷病兵の輸送隊に渡して五体満足なお前は残れ」と。その言葉に青年はその場に膝をついて倒れ込み、両手を天に掲げながら大声で叫んだ。


「そおおんなあああああ~。あ~んまりだああああああああ」


 青年の目から溢れ出す大粒の涙。

「俺が帰らないと、親父の農場は誰が継いでいくんすか。兄貴がもうこんなじゃ、俺が帰るしかないじゃないですかああああ」


 いきなりの事に怯む見回りの兵士達。トオルの嘆く声は近くを通り過ぎていく負傷兵達の目にも止まり、自分達と同じ境遇の兄弟には同情の視線が、そして彼等を押し止めようとする兵士達には軽蔑の冷ややかな視線が集中する。

「兄さん、兄さん。ごめんよおおお」

「おっおい、俺達はそんな…」

 さすがに周囲の視線に耐えきれず、兵士達もトオルとリュウセイの演じる兄弟に「行って良し」と告げてその場を立ち去って行く。

 ぐずりながら歩き出すトオルとその背で目を閉じて動かないリュウセイ。俯いている二人だが、その口元はニンマリと笑っていた。


          *          *


「と、そんな感じで戻って来た」

「もう、リュウセイさんはいいっすよ。俺ずっとあんたをおぶって歩いたんですからね。あ~腰が死ぬ」


 ファータル王国の王都ヘリソンのランド子爵家の王都屋敷へと帰還した俺とトオル。

 すぐにイーサンとオリビアの二人が知らせを聞いて駆けつけて来て、彼等に魔の森で何があったのかを告げ、その場から命からがら脱走して来た旨を伝える。


「脱走ですか、でしたら早くこの王都からも離れた方がいいですね。既に脱出の為の手筈は整えてありますから、予定を早めて事を進めるとしましょう」 


 兄弟子イーサン・ランドからの提案に俺達も同意する。イーサンはすぐに屋敷の使用人達に命じて食料などの必要物資を買い出しに走らせ、遅くとも明日の早朝にはこの王都を出発する事にした。

 オリビアに連れられて屋敷の離れへと案内されると、そこにメイドのシャロンと獣人奴隷のロロルがいた。

「リュウセイ!」

「おお、ロロル。今帰ったよ」

 両手を広げたトオルの抱擁をヒョイと躱すと、ロロルは走る勢いのまま俺の胸の中に飛び込んでくる。倒れそうになりながらも何とか彼女を抱きしめたが、泣きじゃくる彼女の涙と鼻水でせっかく着替えた俺の服は台無しって感じだ。それにロロルは手や足に包帯を巻いているのが見える。怪我でもしたのか?

 それについてはオリビアとイーサン、そしてシャロンが申し訳なさそうな顔で俺に謝罪してきた。

 俺とトオルの不在の間、修行という形でロロルとシャロンは使用人達の中に入り働いていたそうなのだが、どうやらロロルはこの屋敷の使用人達から嫌われ、虐められ、時には酷い体罰なども受けていたそうなのだ。ロロルが何も言わないので屋敷を不在にしていたイーサンもオリビアもその事の発見が遅れ、それに気付いたシャロンの報告によってやっとそれがオリビアの耳に届いたという訳だ。

 そもそもファータル王国は未だに正教会の唱えるクソ教義、『人間至上主義』なる教えを信奉する者も多い国であり、獣人奴隷制度が普通に存在する国である。それに貴族家の使用人は選ばれたエリート達の職場。そこに奴隷の身分である獣人が入り込み、自分達と肩を並べて働くなんて耐えられない。そんな感情と怒りが彼女に向いたという事なのだろう。

 ロロルにその様な仕打ちをした使用人達は、結局注意勧告程度の処分で終わっており、それもこの国の事情を鑑みるならば仕方ないのかも知れない。

 そんな状況だったのでロロルとシャロンは離れに住むことにして使用人達とは距離を取り、そこでロロルはシャロンからメイドの仕事の色々なことを学ぶという事になったらしいのだ。

 まあ結論からいって、こんな居心地の悪い国からは早々に退散するべきだろうと俺もトオルも頷き合った。


 翌日早朝、日の出と共に開かれる王都ヘリソンの北側城門を抜けていく一台の貴族家の馬車。

 御者の男はロンド子爵家の使用人、そして馬車を護衛する二人の冒険者は俺とトオルである。馬車の中にはドレスで着飾ったオリビア、そしてその従者としてメイド服姿のシャロンとロロルが同乗している。

 出立の名目は「お忍びで来国中のリーン王国貴族家の者を祖国へと送り届ける」というもので、一応の確認という事で車窓の外から衛兵が申し訳程度に馬車の中を覗き込む。

「獣人のメイド?」 

 馬車の中にいたロロルを見て衛兵がそう声に出したので、周辺で検問している衛兵達の注意を俺達の馬車は引きつけてしまった様だ。

 すると、馬車の扉がゆっくりと開いてドレス姿のオリビアが姿を現し、彼にこう告げる。

「私の玩具が何か?」

「玩具…いえ、何でもありません。どうぞお通り下さい」

 ドレス姿のオリビアの風格に気押された事、彼女がロロルを『玩具』と呼んだ事でこれ以上この『貴族の悪趣味』に触れてはならないと感じ取った衛兵達は、視線をそっと逸らしてその場から立ち去って行く。俺達の馬車を臨検する衛兵も、この馬車にはあまり長く関わりたくないと思ったのか、それ以降は問題なくすぐに門を通して貰えた。

 俺達と馬車はしばらく北へと進んでそこで馬車と御者に別れを告げ、オリビアも身軽? な鎧姿へと着替えて本来の旅を続ける事にした。御者と馬車は数日時間を潰してから王都に戻る手筈になっている。


「さて、大陸南部を目指して出発だ」

「出発はいいが、どこか目的地でもあるのか? それとも当てのない旅を続けるのか?」

 俺の掛け声はいきなりオリビアのツッコミが入って勢いを削がれたが、一応目的地は決めてある。


「サフィオ王国の南に元ガーネッツ王国の王都だったロポッサワという街があるらしい。そこに知り人がいるから顔を出してみようと思う」

「リュウセイさん、それってリンちゃんですね」

「リン?」

「ああ、この旅の途中で俺とトオルが出会った不思議な感じのダークエルフの少女だ。何か困った事があったらロポッサワを訪ねてくれと言われてな。まあ、当てにしてはいないが挨拶程度に顔を出してみようかと思ってな」

「ほお、希少種のダークエルフとはまた、珍しいな。まあ、放浪の旅では無く目的地があるなら、私は問題ないと思う」

「南のパドール王国はロロルの故郷ではあるが、つい最近まで獣人奴隷制度のあった国。そこは避けてサフィオ王国経由で行こうとは考えている」


 俺の言葉にロロルが少し寂しそうな表情をしたので一応彼女に尋ねてみる。

「ロロル。途中でお前の村に立ち寄ってもいいが、どうする?」

 そんな俺の言葉にロロルは首を振る。

「まだ、お母さんには会えない。リュウセイと一緒にもっと一杯頑張って、お金をいっぱい稼いでから村に行くんだ」

「そうか、分かった。それじゃあ旅の道中も頑張ってポーション売って稼がないとな」

「うん」


 徒歩での旅はそこそこに俺達は途中で乗り合い馬車を捕まえて数日旅をしてゲール街道と呼ばれる大陸の南北を繋ぐ主要街道へと辿り着く。

 物流の主要街道って事で盗賊出現の心配もしたが、それは杞憂に終わった。なぜなら南から北へと向かう新生パドール国の兵士の列が延々と街道上を続いていたからだ。


「リュウセイさん。魔国との戦争も激しいものになっているみたいですね」

「しっかし獣人の兵士ばかりが多いな。奴隷解放令を出したっていうけれど、本当に彼等は解放されたのか? まあ確かめたいとも思わんがな」

「新生パドールに行くのは私もお勧めしないよリュウセイ」

「オリビア、何か知っているのか?」

「ああ、数年前にパドール王国はカオスドラゴンによって王都の半分が廃墟になってな、その後遺症は今も痛々しく残っているし、王族を倒して政権を掌握しているのは元ロムスガルヒ帝国軍だとも聞いている。アンデッド災害で帝国は滅びたが、ロムスガルヒ帝国を私は好かん」

「カオスドラゴンに襲われ、帝国に侵略された国か、トラブルの予感しかしねえ。近づかない方がいいな」


 そして俺達は乗り合い馬車旅の途中で不思議な光景に遭遇する。

 その日、一面の青空が赤く染まり、それ以降ずっとこの世界の昼夜の区別が無くなったのだ。最初は「何かミステリアスで綺麗ですね」何て言っていたメイドのシャロンもこの事態を不気味がり始めるし、乗り合い馬車の人々も皆口々に何かの災いが起きているのではと不安を口にした。

 その時俺達は何も知らなかった。

 それが魔族の国を滅ぼし復活した邪神の仕業である事も。そしてこの大陸を、この世界を守る為に邪神に挑み必死で戦っている者達がいるのだという事も。 

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