吸血鬼狩り①
軍と冒険者ギルドによって上級吸血鬼の討伐が行われた事で、統制を失った下級吸血鬼達は散り散りに逃げたが、まだその幾らかは神聖タミナス内に潜伏している。
吸血鬼に対する目先の脅威が消えた事で貴族家の関心も無くなり、それ以降の吸血鬼被害に対しては冒険者ギルドがその都度依頼という形で対応していた。
吸血鬼化したトウマの行方を追うミヤコは、そんなギルドの待ちの姿勢にイラつきながらも吸血鬼の情報を得る手段が他に無かった為にタミナスの街の冒険者ギルドで燻る日々が続いていた。
彼女のそんな状況に変化があったのは、正教会が本腰を入れて吸血鬼討伐に乗り出したという話を風の噂で耳にしたからだった。
ミヤコはすぐにタミナスの街の冒険者ギルドを出て東のテアッドの街に拠点を移し、正教会の動向を覗ったのである。直接彼女が総本山セリムテンプルの門前街を訪れなかったのは自分が正教会から追われる立場の人間だからである。
正教会が召喚した勇者ハラグチがアンデッド災害に敗れたという事実の隠蔽。正教会の権威を揺るがしかねないその出来事を、勇者召喚の儀式を執り行なったという事実自体を文字通り「無かった」事にする為に、彼等はセリムテンプルから出て行ったリュウセイ、トオル、ミヤコ、トウマの四人の召喚者達の口封じを行おうとしていたからだ。
テアッドの街に拠点を移して数日、正教会が国内に潜む吸血鬼討伐に本腰を入れているのは間違いないらしい。神聖騎士団は正教会を統べる法王ラムゼスの勅命を受けて動いており、テアッドの冒険者ギルドにも吸血鬼捜索の特別依頼が舞い込んできていた。
この特別依頼は吸血鬼を討伐するのではなく彼等の潜伏場所を捜索する任務であり、討伐そのものは神聖騎士団が行う。それ故に戦闘では無く探索向けのスキル持ちがかなりな高額報酬にて募集されていた。
身バレの危険はあるがミヤコはこの募集に応募する事に決めた。
なぜなら冒険者ギルドに来る吸血鬼討伐依頼には高額の報酬が必要で、その大金を用意できる裕福な町や村からのものしか受け付けられていないが、実際にはもっと多くの吸血鬼被害が出ている筈で、そういった細かな情報を握っているのは間違いなくその土地で布教を行っている正教会であるからだ。
正教会の募集を受ければその情報が共有されるに違いなく、トウマ捜索の確率も格段に上がるに違いないと彼女は踏んだからである。
募集依頼の紙をギルドの受付に持ち込むと「二日後に来て下さい」と言われ、指定の日時にギルドを訪れると自分を含めて五人の男女がギルドマスターの執務室へと通された。
「この依頼、報酬額がいいが一応警告しておく。今回の募集は三度目になる。その意味が分かるか?」
ミヤコとすぐ隣の男性冒険者はその意味をすぐに理解したが、その他の三人は互いに顔を見合わせていた。そんな冒険者達の姿に溜息をつきながらギルドマスターが言う。
「過去二度の応募者は誰も戻っては来なかった。つまりはそれ程に危険な依頼だという事だ。神聖騎士団は君たちを捨て駒にして帰らぬ者が出た場所を吸血鬼の巣と特定して討伐を実施していると俺は考えている。正教会の正式な依頼を蹴るわけにもいかないから掲示してはいるが、あくまで俺個人の意見として正直に言えば、貴重な人材を失いたくは無いのでこの依頼を辞退して欲しい」
このギルドマスターは良い人だ。
ミヤコは彼の心遣いに感謝したが、自分にはトウマを見つけ出すという使命がある。その為ならどんな危険にだって飛び込む覚悟がある。だから彼女はギルドマスターの目を見つめたままその視線を動かさなかった。
五人のうちの一人の冒険者だけが高額報酬に釣られて軽い気持ちでやって来たのか、辞退を申し入れて退出していったが、残り四人はこの場に留まった。そんな私達を見てギルドマスターは再び深い溜息をついたが、それ以上私達には何も言わず各々が持つ依頼書に『認可』のハンコを押すと「無理はするなよ」の一言だけを残して私達を執務室から追い出したのだった。
* *
リュウセイ達と別れてもう一年か、それ以上か。
正教会神聖騎士団お抱えの吸血鬼探索者として働くミヤコはまだ生き延びていた。彼女と一緒に参加した冒険者達は既に亡くなり、今ミヤコは五度目の募集に応募してきた冒険者達と組んで仕事をしている。
いくつもの死線を生き延び、酒場でも一種異様な雰囲気を纏わせて人を近づけない彼女。そもそも顔が認識出来ない程に深く被ったフードに全身を覆い隠すマント。そこから少しだけ見える傷だらけの筋肉質の細腕。一見すると彼女が女であるという事すら疑わしく見える。
ミヤコが一人生き延びることが出来たのはリュウセイ達と同様に後付で彼女に現われたスキルに影響する所が大きい。
スキル『同化』
カメレオンの様に周囲に溶け込む隠密技能であり、自身の体温もまた周囲に同化するため『熱感知透視』にも反応しない。
そして当初は自身の目の前で死んでいく仲間の姿を隠れ潜み震えながら見ているだけの彼女だったが、この一年の死と隣り合わせの探索任務は彼女を優秀なバンパイアハンターへと変貌させていた。
これまでの働きを評価された彼女は正教会から支給されたクロスボウを操り、発射される法儀式済みの水銀矢は下級吸血鬼にも大きな損傷を与えることが可能であり、『同化』とクロスボウによる狙撃でこれまで何体もの下級吸血鬼を葬ってきている。
今日も酒場の奥の席で一人人々の噂話に耳を傾けているミヤコ。
自身の担当した目的地はハズレだった。街外れの廃屋は既にもぬけの空、何日も前にその場所は放棄された様だった。トウマの姿も情報も未だ何も掴めていない。
しかしその日は隣の席で酒を飲みながら騒いでいたガラの悪い三人組の冒険者風の男達の一人が立ち上がり、彼女にちょっかいをかけてきた。
「辛気臭え奴が側にいると酒が不味くなるってんだよ」
男はその太い腕でミヤコの被ったフードを毟り取る。そして現われた彼女の素顔を見て急に目を輝かせた。
「おお、女。しかもなかなかにマブい姐ちゃんじゃねえかよ。俺達と一緒に飲もうぜ。そんでその後のお楽しみも一緒になあ、げへへへへ」
酒臭い息を吐きながら下品に腰を前後に振ってみせる男の足をヒョイと払ってミヤコはその男を転倒させると、無言のまま席を移動して彼等と距離を取る。その後もしばらく酒場で時間を潰して宿への帰路につくと、彼女は背後から近づいてくる複数の気配を感じ取った。
(酒場で絡んで来たあいつらか、面倒くさい)
夜の闇の中、三人を撒こうとミヤコは路地へと入り『同化』を使って周囲に溶け込み彼等をやり過ごす事にした。案の上彼等はミヤコが消えた路地へと駆け込んできて、姿の見えない彼女にイラつきながらミヤコに何をしようと考えていたのかをその場で口にする。
「「くっそ、あの女どこに行きやがった」」
「あのスカしたアマ、裸にひんむいてたっぷり可愛がってやる。その後殺してもう一回犯してやる」
当初はそのままやり過ごすだけのつもりだったミヤコは、その台詞を聞いた途端に目を細めて方針を変更する。彼女はぬるりと移動すると腰の短剣を引き抜き音も無くまず二人の男達の喉を引き裂き絶命させる。そして最後まで残しておいた自分に絡んで来たあの男の前に姿を現す。
「おっ、いやがったな。見つけたぞ、おい」
男は二人の仲間にそう告げるも彼等の姿はそこには無い。酔った足元がふらついた拍子に路上にへたり込む男。地面についた彼の手がぬるりとした液体の感触を感じ、手に付いたそれの臭いを嗅いでそれが大量の血液である事を知るのである。
「血、何が。おい、お前達どこだよ?」
彼の言葉に答える者はいない。男は近づいてくるミヤコの姿に恐怖の表情を浮かべたが、暗闇の中でその表情は読み取れない。
「止めて、おい。助けてく…」
腰の剣を抜くことも忘れてその場で命乞いをする男に対してミヤコは無表情のまま短剣を振り抜き男の首を斬り裂く。鮮血がほとばしり力なく男はその場に沈んでいった。
宿に戻ると部屋のドアの内側に小さなメモが差し込まれていた。床からそれを拾い上げて書かれているメッセージを確認する。
『赤き花畑に散る』
その短い文章でミヤコは全てを理解する。
『赤』は吸血鬼、『花畑』はその巣を意味する隠語であり、そこに調査に向かった誰かが戻らなかった場合に『散る』という言葉が使われ、この文章は現任務を放棄しての集合を意味する。
つまりは当たりを見つけたというメッセージだ。
そこには探索者を始末した奴らが存在するという事。今すぐにもミヤコはそこに向かいたい衝動に駆られるが、夜は吸血鬼の独壇場となり不利な戦いを強いられる。よって神聖騎士団が動くのも翌早朝からという事になる。
ミヤコは少しだけ部屋で仮眠を取るとまだ暗い内からテアッドの街の正教会の教会に併設する神聖騎士団の詰め所に赴くと、すでに完全武装の騎士団員三十名程が出撃の準備を整え終えていた。
そこで冒険者仲間達と合流し情報を共有する。
殺されたのは仲間の中でも古参の冒険者でありかなり慎重な行動をする男だった。そんな彼が帰らなかった。今回の吸血鬼は手強いかもしれない。
目的地は神聖タミナスを囲む城壁の内側だが、城壁近くでアンデッド災害を恐れた村人達が遺棄した廃村の一つ。
吸血鬼討伐の神聖騎士団を率いるのは聖騎士ルイン。
正教会の『聖騎士』とは神殿騎士の中でも信仰心が特に厚く武技に抜きん出た孤高の戦士に送られる称号であり、騎士団組織の中でも特別な存在として扱われている騎士である。
そして討伐軍は日の出前には目的地の村を包囲し、吸血鬼達が最も嫌う日差しが強くなってから村の建物を急襲し検索を開始し始める。
ミヤコ達冒険者も神殿騎士達と共に一つ一つ荒れ果てた民家をへと侵入して隠れ潜む吸血鬼の検索を開始する。
久々の当たり物件、本格的な吸血鬼狩りが始まったのだ。




