百々目鬼(2)
「ちょっと! こんなガキんちょ寄越してどういうつもり!?」
今日の仕事は数日前に血相を変えて相談所に飛び込んできた派手な化粧の依頼人に、東雲から預かった道具を渡して注意事項と使い方の説明をするだけの簡単な仕事だったはずなのに。と、携帯片手に怒鳴り散らしている派手な化粧の女を見ながら英二は盛大な溜息を吐き出した。
「話になんないわ!」
そう吐き捨て女が荒々しくベッドに腰を下ろした。年上の女性とワンルームの部屋に二人きり、しかも女性が座ってるのがベッドという思春期の少年なら夢のようなシチュエーションではあるが、英二としてはさっさと帰りたい。たとえ、黒い布着れのような何かがチラチラ見えていても。
「とりあえず、仕事終わらせていいすか?」
その言葉に女からの返事はないが、英二は背負っていたバックを降ろすと中から透明な液体の入った二リットルのペットボトル二本と四枚の御札を取り出した。
「まず、この御札を部屋の四方に貼って下さい」
「シホーってなによ? ちゃんとわかるように説明しなさいよ!」
ソレくらいわかるだろと突っ込みたい衝動を抑えつつ、こっそりと溜息を吐き説明を続ける。
「四方ってのは、東西南北の事っす。この御札で部屋に結界を張ります」
「めんどくさ、アンタやってよ」
「そりゃ無理っすね。この結界の中に居るのはおねーさんだけじゃないとダメなんで俺が帰った後にやってもらわないといけないんすよ。んで、今日風呂に入る時にこのペットボトルの中身を全身にかかるように頭からかけてください」
女の目玉がギョロリと英二の方を向いた。女の体中にあるいくつもの目玉が一斉に。
「おねーさんに憑いてんのは百々目鬼って怪異っス。これは手癖の悪い人間に憑くモノなんすけど、心当たりあります?」
淡々と説明を続ける英二に彼女に対する同情は微塵もない。憑かれた原因は彼女自身なのだから。
「それから、目玉が消えるまでは外に出ねー事、誰も部屋に入れない事。ま、おとなしくしてれば二、三日で目玉は消えるっス」
ベッドに座ったまま英二を睨んでいる彼女を尻目に玄関のドアを開け、一度振り返る。
「あ、言い忘れてました。二回目のお払いはかなりキツイみたいっすよ。まあ、次があるかどうかはおねーさん次第っすけど」
ぺこりと頭を下げ、部屋を出る。閉まったドアに何かがぶつかる様な音がしたが、気にする事無く英二は歩き出した。




