18話 再戦、牛若猛(終局)
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夜は【身体強化】で全身に魔力を流すと、猛との間合いを詰めるべく一気に地面を蹴る。
猛は正面からの攻撃にそなえて構える。
だが、夜は猛の間合いに入る直前に背後に一瞬で移動。
夜は刀を上段に刀を振りかぶる。
夜が突然自分の視界から掻き消えたことに猛は「何!?」と驚いた声を上げるが、背後に気配を察知。
後方へ振り返ると同時に素早く左腕を横薙に払う。
夜が振り下ろした刀は猛のガントレットの甲の部分に防がれることとなった。
だが、夜は攻撃の手を緩めない。
猛の防御されていないところを狙って刀を振るう。
ガントレットに防がれた途端、一瞬で再び背後に移動して追撃。
夜の強化された速力を生かした、超高速の一撃離脱戦法は猛を翻弄していく。
(なんだこいつ。【身体強化】の質がさっきまでの非じゃねえ)
その証拠に、猛は夜のスピードについていけず、歯を食いしばりながら一方的に防御に回っている。
これを少し離れた位置から見ているマグヌスには、幾十の夜の残像が猛を攻撃しているように見えている。
しばらく翻弄させると、夜は猛の背後に不意に現れ、逆袈裟斬りに刀を振り上げる。
猛はガントレットで防ごうと腕を後方へ振るう。
だが、それは猛にとって悪手となる。
夜は猛の動きを予測し、猛が背後へ気を向けた瞬間に正面に一瞬で移動。
そして喉元に突きを繰り出す。
本能的にそれを察知した猛は、後方に地面を蹴って夜から距離を取る。
喉元へ迫る突きは首を傾げて躱すと、バックステップで五メートルほど距離を取った。
そこへ、すかさず夜は間合いを詰めて上段から刀を振り下ろす。
猛は腕を交差させ、振り下ろされた刀を受け止めた。
その時、辺りに高い金属音が鳴り響きくと、地面に波紋状の土煙が広がる。
数秒、力が拮抗した状態になり、猛の足元の地面がべこりと凹むと、蜘蛛の巣状に亀裂が広がる。
猛は押し返そうと、ガントレットに魔力を通すと、ガントレットは発光しだす。
その時――
「そのまま押さえていろ!」
マグヌスの指示で、夜は猛を押さえつける力を更に強めると、横から紫色の魔法剣が超スピードで猛の背中に突き刺さる。
猛は苦悶の声を上げると、魔力をさらに【身体強化】にさらに魔力へ回す。
その瞬間、魔法剣が夜を巻き込んでドーム状に爆発した。
「やった!」
マグヌスはガッツポーズを取る。
「いや、この感じだったら無理だろう」
マグヌスの後ろに一瞬で移動した夜は土煙を見据えながら言う。
「それより、なんで俺も巻き込んだ。死ぬかと思っただろうが!」
「お前のその強化具合だと直撃でも無い限り問題無いだろう」
「ああ、確かに無傷だけど酷すぎるだろ!」
夜は腹立たしげに言うが、マグヌスは涼しい表情で「善処しよう」とあしらう。
夜はキッとマグヌスを睨み付けていると、前方の土煙から魔力の流れを感知した。
夜は【身体強化】で魔力を纏い、刀を正面に構えて土煙を見据える。
それに続いてマグヌスも魔法剣を右手に生成する。
次の瞬間に、猛が振るった拳で土煙が一気に晴れる。
すると闘牛のような突進で夜たちに接近しながら「夜ぅうううううぅう!」と怒りの篭った声を上げる。
夜はその突進を軌道からずれて躱し、すれ違う瞬間に刀を猛の脇腹に滑り込ませた。
その時――ガキンッ!
と硬い金属同士ぶつかった音が響き、夜の刀は猛の纏っている紅の鎧に阻まれることとなる。
猛はにやりと口元を歪めると、左手で夜の刀を掴む。
そして空いている右手を夜に向けて放った。
夜は右手だけを柄から離し、猛の拳をしゃがんで回避したが、そこへ猛の蹴りが迫る。
夜はそれを鳩尾に食らってしまい、「がはっ!」と苦痛の声と共に肺から空気が漏れる。
夜は蹴りの衝撃に堪えることができなかった。
左手を柄から離してしまい、サッカーボールのようにごろごろと地面を転がる。
その間、がら空きになった猛の背後をマグヌスが狙う。
マグヌスは魔法剣を心臓目掛けて突き刺そうと迫ると、猛は黒刀を放り投げると両腕のガントレットに紅色の魔力を流した。
そして魔法剣を右手で後ろ手に掴むと、振り向きざまに左ストレートを放った。
魔法剣はバキバキと罅が入り、ガラスが割れるような音と共に弾ける。
そのことにマグヌスは「なっ!」と驚愕の声を上げるもすぐに冷静さを取り戻し、回避行動に移る。
脚を強化させて後方に大きく踏み込む。このときに翼をはためかせることで猛から十メートルほど距離が離れる。
「よく躱したな」
「お前、どうやってワタシの魔法剣を破壊した」
「簡単な話だ。そいつはタウロスの【権能】だ」
「【権能】、だと」
マグヌスの言葉に猛はにやりと口元を歪める。
そのことにマグヌスは眉をひそめる。
「タウロスの【権能】は『破砕』と『怪力』。『破砕』はガントレットで握られたものは粉々に壊れる。何故かあいつの刀は壊れなかったがな。
そして、何よりも強ぇえのは『怪力』だ。俺が攻撃して力がぶつかった状態になっても、必ず俺が力押しできるというものだ」
「なるほどな。どおりでワタシやヨルが簡単に吹っ飛ばされてしまうわけだ」
「ああ、そういうことだ」
マグヌスは猛と会話しながらも、猛の後方で起き上がる夜に視線を向ける。
夜は右手の掌から魔力でできた鎖を生成させている。
魔力操作の修行でものを引き寄せるときに使用したものだ。
猛は後方の魔力の流れを察知し振り返る。
夜は魔力で生成した鎖を黒刀へと伸ばす。鎖が柄へ巻きつくと夜は鎖を引き寄せた。
だか、夜の手元まであと数メートルのところで、一瞬で移動した猛によって黒刀の刀身を踏み押さえられてしまう。
夜の狙いを封じた猛は数メートル先にいるであろう夜を見る。
だが、夜はそこにはいなかった。
猛はちらちらと周囲を見回した後、正面に視線を戻し驚愕の表情を浮かべた。
眼前には夜の左手の拳が迫っているところだ。
「もらった!」
猛の不意を突くことに成功したと確信し夜は声を漏らす。
――ベギャッ!
夜の拳と猛の顔面がぶつかった瞬間、何かが砕けるような鈍い音が両者の耳に響いた。
地面にポタポタと赤い染みができていく。
「……ぐっ! う゛ぅぅ……」
うめき声を上げて地面に膝を着いたのは夜だった。
猛を殴った左手はだらりと下がり、手首の骨が皮膚を盛り上げ、四本の指はあらぬ方向へ曲がっている。
「言っただろ? タウロスの【権能】をよ。俺には力押しの戦いは通じねえんだよ」
猛は蹲る夜を見下ろしながら、勝ち誇ったような口調で言った。
「じゃあ、終わりにするぜ」
猛は自身の右手を固く握り、大きく掲げると勢いよく振り下ろす。
眼前に迫る拳を、夜は表情を苦痛に歪めながらも何とか回避しようと身構える。
「ヨル・テンザキー!」
耳にマグヌスの声が入る。
チラッと目を向けると、マグヌスが魔法剣を投擲していた。
夜は即座に右に転がって、拳を間一髪のところで回避。
猛の拳はつい今まで夜がいたところに突き刺さり、地面を抉りながらめり込んでいく。
夜は攻撃を回避すると、即座に黒刀の柄へ手をかけて魔力を流す。
夜の右手の甲に、蛇遣い座の紋様が浮かびあがる。
すると、猛に纏っている紅色の魔力がガラスの割れた音と共に砕けた。
魔力操作を無効化する黒刀の能力だ。
「なにっ! ぐがっ!」
猛はそれに驚いた声を上げると同時に、マグヌスが投擲した魔法剣が突き刺さる。
猛の背中から胸にかけて貫通した魔法剣が、次の瞬間には発光しだす。
すると、地上から空にかけて紫光の柱が上がり、大きな爆発を引き起こした。
夜は魔法剣が発光しだしたところで強化した脚力で後方に下がる。
十メートル近く、距離を取ると爆炎を見据える。
そこへマグヌスが夜の隣に現れるといつも通りの凛とした声で言う。
「今のはかなりの手応えがあった」
「【身体強化】が無い状態で食らったんだ。あれで無事なわけが無い」
「本当に凶悪な能力だな。それより、左手を見せてみろ」
「どうするんだ?」
夜は言われた通りに左手を向ける。
マグヌスは右手に掌サイズの魔法陣を展開し、そこから小瓶に入った緑色の透明な液体を取り出す。
小瓶の線を抜き、液体を夜の手首や折れ曲がった指にどぶどぶとかけた。
「これは鎮痛剤のようなものだ。帰ったら治療術師に回復魔法を掛けて貰うといい」
「ありがとう。痛みが引いてきた」
「では、オリビア様のところに帰るとしようか」
オリビアがそう言って小瓶を出した魔法陣から掌サイズのクリスタルを取り出し、魔力を込め始める。
二人の足元に魔法陣が展開され、数秒後に【転移魔法】が発動しようとしている。
だが、【転移魔法】が発動することは無かった。
何の前触れもなく、突然魔法陣はガラスが割れるような音と共に砕けた。
「っ!?」 「なに!?」
二人が驚いていると、魔法剣の爆破によって生まれた土煙が急に雲散した。
「嘘だろ、あんなの食らってまだ立っているのか。しぶといにもいい加減限度があるだろ」
夜は苦虫を噛み潰したような表情をしながら言い、右手の黒刀を握りなおす。
魔法剣の爆撃をまともに食らったはずの猛が、胴に纏った紅色の鎧が壊れただけだった。
「おいおい、死ぬかと思ったじゃねえか」
そう言うと、口元に勝利を確信したような笑みを浮かべる。
【身体強化】をして夜たちに近づこうと一歩前に出た途端――
「う…………う゛あ゛あ゛ぁぁあ゛ぁぁっぁぁぁぁ!! あ゛あ゛ぁぁぁぁっぁぁあ゛あ゛ぁぁぁあ゛あ゛あぁあぁぁぁぁぁぁ!」
突然、猛は頭を抱えて絶叫する。
それと同時に空気中の魔力が猛の周囲に集まりだし、猛を中心に魔力の竜巻が発生する。
「どうなっているんだ?」
そう呟くと、夜は目つきを険しくして猛が絶叫し続けているのを眺めている。
「魔力が荒ぶっているのを感じて顕現してみれば、えらいことになっているな」
「アス、どういうことだ?」
「ヨルは『強大な力には代償がある』という言葉は知っているか?」
「ああ。何度か似たようなことを聞いた」
「まさにそれだ。【権能開放】には代償があるということだ。【権能】を酷使し過ぎると魔力が暴走して、神に人格を乗っ取られる」
アスがいい終えるのと同時に、猛を覆っていた竜巻状の魔力が雲散する。
そこに立っている猛は変わり果てていた。
黒髪黒目が赤髪と琥珀色の瞳に変化している。
そいつは両手を開閉させたり、地面の感触を確かめるように足をパタパタと踏んだりと身体を軽く動かしている。
「久々だな。この二本足で立つ感触は」
猛、否――タウロスはそう言いながらアスの方を見ると、嘲笑を浮かべる。
「ふんっ。タケルを追い詰めたのはどんなやつかと思っていたが、まさか蛇の契約者だったとはな。通りで軟弱なわけだ」
「お前の方こそ、頭が足りない腕っ節だけの人間を選んで契約したものだ」
「その方が都合がいいからな。こうして乗っ取ってしまえば我が直接戦うことができる。ただ戦いを見ているだけというのはつまらん!」
「我はそうは思わない。お前がそう感じるのは契約した人間は弱すぎるからではないのか」
アスはそう言うと、夜を尻目で見る。
勝利を諦めていない意思が篭った夜の目を見ると、アスは口元に微笑を作る。
アスと猛に乗り移ったタウロスが挑発し合っている間、夜は考えていた。
(片手を潰されたときの戦闘方法はないわけではない。
――雷の剣。
バラガンのときは成功したが、今回もうまくいくとは限らない。
だが、これしかない。うまく隙を突けばいける)
「マグヌス。魔力を込めていてくれ。俺が合図したらあいつに投げつけろ」
夜はアイテムポーチから刀身の半ばで折れた炎の魔剣をマグヌスに手渡した。
(隙を突くにはアスとのやり取りに夢中になっている今しかない!)
夜はタウロスを見据えると、【身体強化】で全身に魔力を流す。
地面を思い切り蹴り、一瞬でタウロスの背後を取り、がら空きの背中に魔力を思い切り込めた黒刀の突きを放った。
「やはり、そう来たか」
狂気に満ちた笑みを浮かべると、タウロスは素早く後ろを向く。
タウロスは左拳で魔力が思い切り込められた拳で突きに迎え撃つ。
その拳は魔力と共に【権能】が込められている。
まともに食らえば夜は先ほどの二の舞になるだろう。
切っ先に拳が当たる直前――
「はぁあ!」
黒刀に魔力を一気に流すと共に働きかける。
黒刀の鍔から切っ先にかけて超スピードで紫電が駆け上がっていく。
切っ先から放たれた紫電、否――雷光はタウロス身体ごと飲み込んだ。
この技はオークション会場でバラガンに放ったものと同じものだ。
だが、黒刀の新たな能力【魔力増幅】によってその威力は比べ物にならないものになっている。
雷光はタウロスと足元の地面を飲み込む。
さらにそれだけに留まらず辺りの地面を数十メートルの範囲で抉り、撒き散らし、破壊していく。
あらかじめ上空に位置取り、夜から頼まれた仕事をしているマグヌスはこの光景に目を大きく見開き、口をあんぐりさせている。
夜は爆炎が自身を飲み込む前に、空気中に魔力の足場を生成させ、超スピードで上空に駆け上がった。
「やったか!?」
マグヌスは明るい声で尋ねた。
「まだだ!」
夜は短く返すと頭を地面に向けるように方向を反転させると、真下の勢いを緩めない爆炎へ急降下。
夜は爆炎を刀の一閃で薙ぎ払い、タウロスの姿を確認する。
赤熱化した地面が点在し、その中心にはタウロスは立っている。
だが、身体中から煙がり、足元には大きな血溜りができている。
もはや立っているのもやっとの状態だ。
夜はタウロスの拳が届かない位置に着地する。
「おのれぇ! ヨル・テンザキぃ!」
タウロスは体中から血を撒き散らしながら、一歩夜に近づくと、右拳を放つ。
「速度が落ちているな」
夜は身体を左側にずれて躱し、右手の刀を腹から肩にかけて斬り上げた。
「うがぁ!」
タウロスは傷口から鮮血を散らしながらも、夜に掴みかかる。
夜はそれをバックステップ数メートル後退し、上空のマグヌスに叫ぶ。
「今だ! やれ!」
「ふっ!」
夜の合図と同時にマグヌスはタウロスに折れた魔剣を投擲する。
自身に飛んでくる魔剣を尻目に、タウロスは軽く体制を逸らして躱す。
だが魔剣はタウロスの足元に突き刺さる、と同時に魔剣が発光したかと思うとタウロスの足元が爆ぜる。
タウロスは地面から吹き飛ばされ、数回バウンドしうつ伏せに倒れた。
夜は一瞬でタウロスの元へ移動する。
「終わりだ!」
夜は力強く宣言し、黒刀を逆手に持ち替えてタウロスの心臓に突き刺すとそのまま紫電を放った。
バリバリと雷の音が周囲に響く。
夜は猛が動かなくなったのを確信し、黒刀を引き抜く。
「勝った……」
夜は肩で息をしながら呟くと、グラグラと夜の体勢が揺らぐ。
それと同時にマグヌスは夜の身体を支える。
「ありがとう、マグヌス。お前のおかげで勝てた……。それと、後は頼む」
夜はそう言うと意識を手放した。
「無理な魔力操作をし続ければ身体に負荷がかかるのは当たり前だ。
仕方ないからワタシがオリビア様のところへ運ばなくてはな」
マグヌスは夜を抱えると背中の翼を広げた。
そして勢いよく羽ばたくと魔王城へと向かった。
読んでくださりありがとうございます。
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