最凶のヤンデレ
遅くなって申し訳ありませんでした
「お母さま、お茶をどうぞ」
「あらありがとうございます」
別人かと目を疑うほど一分の隙も無い動作で給仕する駄メイド。
何とも言えない上品な音と共に、赤と金で装飾が施されたティーカップの中、黒みがかった紅茶が湯気を立てる。
メイドが持つ吸い込まれそうになるくらい白く磨き抜かれたティーポットは、素人目で見ても高級品だ。
「まあ、黒みがかって深い色だわ。香りは穏やかなのね」
おふくろはひとしきり香りを楽しんでからカップに口を付ける。そして糸目を更に細めて手を頬に添えた。
「すごいわ。口の中で香りが解けるのね…… 美味しいわ」
「さすがは一之瀬様のお母さま。アッサムを主体にアールグレイ、ディンブラを加えた当家自慢のスペシャルブレンドにございます」
恭しく一礼したメイドが一歩下がる。
即席のお茶会と化したテーブルには、出所不明のテーブルクロスが敷かれ、中心にはお盆の代わりに高そうなバスケットが鎮座している。いつもは黒光りしている醤油煎餅の面影はどこにもなく、バスケットの中身は花の形を模したやたら本格的なお菓子だ。
おふくろがお菓子を手に取って一口。軽く咀嚼して飲み込むと、ホウっと熱のこもった溜息を吐く。
「初めて食べたけど美味しいわ。これはどこのお菓子なんですか?」
「お褒め戴き光栄に存じます。旧ポーランド領の伝統的な茶菓子、ポンチェキにございます」
影のように背後に控える駄メイドが口を挟むのは、本来仕えるべき主があまりに不甲斐ないからだ。
おふくろよりもよっぽど良いトコロのお嬢様であるはずのソイツは、おふくろの正面に座ってはいるがポンチェキをもっちゃもっちゃしながらヘラヘラしているだけである。
おふくろを認識した瞬間に超メイドモードに突入したタバサさんに対して、ミノタウロスのパジャマから着替えようともしないこの残念具合。
ちなみにシロは大きな目をキラキラさせながら、リスみたいになってお菓子を頬張っている。
「やっぱりウチのポンチェキは美味しいモ~」
「『美味しいモ~』じゃねぇンだよアホタレ……っ」
「え? なんで?」
「パジャマでウロウロすんな! おふくろが変な誤解しちまうだろ……っ!」
「え? どんな?」
俺は小声で叫んで頭を抱えた。
タバサさん咄嗟の機転で、わなわなと震えるおふくろを席に座らせたものの、問題自体は完全に先延ばしにしただけである。
今は紅茶と茶菓子に癒されているようだが、この薄氷上の均衡は長くは持たない。
息子の家に来てみたら、見知らぬ幼女がいたというだけでビックリするのに、着ぐるみパジャマの外国人と年頃の本格メイドが食器片手にメシをせがむの図である。混乱しない方がどうかしている。
「ところで、ミナちゃん……」
上機嫌そうに弧を描いていたおふくろの糸目が、僅かに開く。
来た。
そう思った時だった。
―――ピンポーン
おふくろの台詞を遮るように鳴り響くチャイム。
たまらず俺は席を立つ。
「だ、誰か来たみたいだな~」
わざとらしく言い放って、そそくさと玄関に向かった。
正直、おふくろは俺に甘々だが、何でもかんでも許してくれるわけではない。優しいながらも厳しい一面があったりする。
常識的に考えて年頃の男子の家に複数の女性が出入りしている事に良い顔するはずが無いし、最悪の場合、不健全だという事で一人暮らしは禁止されてしまう。
どうしたもんかと頭をガリガリ書きながらドアを開けた。
「はーい、どちらさまで――――」
「……来ちゃった」
「あっ ミナト君ッ 私、神城さんとはそこで会っ―――」
―――バタン
反射的にドアを閉める。
おかしい。絶対におかしい。
目の錯覚かと思って再度、おそるおそるドアを開けた。
「……ミナト怪しい」
「ま、まさか私に隠れてやましい事を―――」
―――バタンっ
ドアを閉めて深呼吸。
至極自然な動作でカギを閉める。念のためにチェーンもかけた。
チビっ子二人がいた気がする。おつぱい的に平原部族と山岳民族の凸凹コンビだ。
見なかったことにしよう。それがいい。ややこし過ぎる。
「ミナちゃーん。どちら様なのー?」
「な、なんでもない。配達の人だっ――――」
―――ヴンッ
異音に振り返ると、ドアからニョキっと生えた半透明の箱のような立方体がドアノブを包んでいる。そしてその立方体はドアノブごと外に向かってゆっくり移動し、立方体が消滅すると、落ちたドアノブがゴトリと音を立てた。
風通しの良くなったドアの穴から光が差し込む。
うそでしょ…… 結界ってそんな凶悪な術式だっけ……?
そして穴に可愛らしい指がかけられ、強引にドアが開―――かずに、チェーンが引っかかり、諦めたのかパタンとドアが閉められる。
すると今度は、穴から入ってきた手が手探りでチェーンを掴むと、一息で引き千切った。
この間僅か数秒。
唖然とする俺の目の前でゆっくりとドアが開く。
そこに立っていたのは二人の修羅だった。
「…………配達です」
「拘束します」
「聞いてくれ葵、小森ちゃん。きっと酷い誤解がある。建設的な議論が必要だと思うんだ」
ズイっと玄関に入ってきた葵は、視線を落として玄関に並ぶ靴を一瞥。数秒間、おふくろのパンプスに目を止める。
小森ちゃんは、完全に光彩が消失した虚ろな瞳を彷徨わせながら、スンスンと鼻を鳴らし、ビキリとこめかみに青筋を浮かべる。
そして二人は同時に俺を見た。
「……議論の余地はない」
「監禁しかありません」
世紀末オーラを噴出しておられる撲殺天使様が、いつの間にかハリセンを握っておられた。しかも徐々に後ろ足に重心を移行し始めておられる。
小森ちゃんは軟体生物のようなドス黒い結界を呼び出し、恍惚とした表情でベロリと唇を舐めた。
俺は思った。『あ、俺死んだな』と。
「ミナちゃんどうかしたの~?」
「ちょ、おふくろっ 向こうに行っ―――」
「……おふくろ?」
「おふくろです!?」
おふくろがリビングから顔を出す。
背後で息を呑む気配に振り返ると、無表情のままワナワナと震える葵さん。そして驚きに目を見開いて膝を震わせる小森さん
「ミナちゃん、その子達は……どちら様?」
幼女に始まり、メイド、着ぐるみ、そしてクラスメイトである。
ややこし過ぎる予感に頭を抱える俺。
しかし二人はなぜか鼻息も荒く言い放った。
「……はじめましてお義母様。今後とも末永くよろしくお願いします」
「お義母さまッ 孫は何人欲しいですか!?」
――――――――――
「お、お父さん大変よ……ッ! ミナちゃんのおうちに行ったら可愛い女の子がいっぱい―――そう! そうなの! 年上の美人メイドさんと、リカちゃんみたいに綺麗な子と、日本人形みたいに可愛らしい子に山脈みたいなバストのフワフワっとした子、4人も―――――え? ハーレム? 男の夢? 時代の流れ? おっぱいで餅つき? そ、そうなの? ご、ごめんなさい! あたしそういうのに疎いからちょっとびっくりしちゃって……ええ、今時の子は普通なのね。わかりました。ところでそれはお父さんもかしら? もしそうだったら念入りに『お仕置き』しなきゃいけませんけど―――」
寝室の方からおふくろの声が漏れてくる。何をしゃべってるのかはよくわからないがおそらく俺の事で親父に電話をしてるのだろう。
テーブルの方に視線を向けたら案の定、アーニャと葵がバチバチやり合っているし、小森ちゃんがオロオロしつつ、隙あらば結界を展開しようと印を組んでいる。
駄メイドに至っては『ああ奥様ッ 修羅場でございますッ!』などと天を仰ぐ始末だ。
「ったく…… まあ昼時だしみんなメシ食ってくだろ? 冷やし中華でいいか?」
「み、ミナト君が作ってくれるのッ!? はい! 食べます、いただきますッ!」
「冷やし中華イェ~~イ!!」
「……ごまダレでお願いします」
お菓子を食べて眠くなったのか、俺の膝枕でウトウトしているシロに誰も突っ込まないこの状況も大概だった。
俺の中でもとりあえず棚上げしている問題だけど、みなさん人化をスルーし過ぎでしょ。おそらくダンジョン史上初ですよ。シロですの一言で納得されても正直引くわ。
「そ、そんなに麺を啜る時の卑猥な音を聞きたいので!? ああっ いけませんミナト様! あなたのタバサは今、とてもゾクゾクしておりますッ!」
「あんたが食材勝手に買ってきたんだろ!」
先程、ちらりと覗いた冷蔵庫の中には、キュウリやトマト、中華麺やらハムといった食材があった。さも冷やし中華が食べたいと言わんばかりの材料群。
勝手に食べたい料理の食材を買って来ては、いつのまにか冷蔵庫に放り込んでいるのは他でもない駄メイドさんである。
俺はシロを起こさないよう気を付けながら立ち上がってキッチンに向かった。
「それはそうとミナトのお母さん、綺麗だモ~」
「……しかも若い。お姉さんに見える」
「う、羨ましいですっ 生まれる前のミナト君を、体の中に閉じ込めていたなんてッ!」
「確かに昔から変わってねぇかもな。あと小森ちゃん、猟奇的な表現をやめてくれ」
何となく記憶をたどって見ても、物心ついた時からおふくろは見た目が全く変わってない気がする。
40になった親父も年の割にはかなり若いと思うが、白髪が増えたり、笑うと目元に皺が出来たりと、記憶にある親父よりは確実に老けているというのに、おふくろは不自然なほど変化が無い。
統計的に、魔導の扱いに長けた魔導士は老化現象の進行が遅いと聞く。その象徴が【魔を司る者】ステルヴィア・セヴェリーノなわけだが、あそこまでいくともう妖怪だ。100歳を超えているというのに30代にしか見えないとか頭おかしい。
ともかく魔導士を筆頭として、冒険者たちは総じて老けにくいと言われているが、おふくろが冒険者だったとは聞いたことがないし、少なくとも俺が知っている範囲でダンジョンに潜ったりもしていない。
美容にお金をかけているわけでもないし、体質なのだろうかと首を傾げていると、アーニャが頤に人差し指を当てて唸った。
「う~ん、でもミナトのお母さん、どこかで見たことがある気がするモ~ 確か昔の雑誌か何かで」
「世間知らずのおふくろは何かに載るような人じゃない」
「でモ~ 糸目のおっとり美人な日本人…… あれ? 何かそんな世界的有名人がいたような……」
「ますます無ぇよ。せいぜい町内会とご近所さんレベルの知名度だって」
おふくろは地域のゴミ捨て場の掃除当番を請け負っているし、行事には必ず参加するのでご近所の間では名が知られているが、それだけである。
高専入学前、おふくろが俺にライジングをくれた時は、ただの主婦らしからぬ射撃技術を披露されたが、もしかしたら俺を生む前は冒険者だったりするのだろうか。
そんな事をぼんやりと考えながら食材をキッチン台に置いていく。トマト、キュウリ、ハム、紅ショウガ、卵焼き。中華麺に感想ワカメ……と、煎りゴマが用意してあるあたり、割とガチで作らなきゃいけないっぽい。
「……ミナト、私はごまダレ」
「へいへいわかったって。あ、やべ、無い」
苦笑しながら調味料棚を開けて酢が無い事に気付く。レモン汁で代用しようかと思ったら生憎レモン汁も切れていた。
酸味の無い冷やし中華は冷やし中華でに非ず。我が家では親父の言がそのまま家訓となる。
また、冷やしラーメンなるものもあるが、残念ながら昔から我が家では料理として承認されていない。
一之瀬家における冷やしラーメンは、大戦前の台湾と同じ位置づけだ。まさに一つの中華である。
幸いコンビニが近所にあるので、ひとっ走り行ってこようと財布を掴んだ時、寝室からおふくろが戻ってきた。
「もう、おかあさんびっくりしちゃったわ。今時の男の子ならハーレムは普通の事なのね。何も心配する事は無いってお父さん言ってたわ」
「俺は親父の頭が心配だ」
親父は割と頭がおかしいので、たまにろくでもない事を言い出し、おふくろは疑いも無くそれを信じてしまう。
そんな家庭で俺みたいにまともな常識人が育つのだから、世の中はわからない。
「お父さんの事そんな風に言っちゃダメよミナちゃん。それにお父さんの心配はちゃんとお母さんがするから大丈夫。ミナちゃんがハーレムを作ろうともお父さんはお母さん一筋なの。だってそうじゃなかったら殺すもの」
おふくろが糸目を更に細め、ニコニコしながら物騒なジョークを言う。これも我が家では聞きなれたジョークの一つだ。
もしここに親父がいたら、ははは……と乾いた愛想笑いをしているだろうが、俺は「はいはい」と流すだけ。
「おふくろ、俺ちょっと酢を買ってくるから野菜切っといて。冷やし中華7人分」
「ゴマはどうするの?」
「擦っといて」
俺はそう言って、防犯能力の全てを失ったドアを開けて走り出す。エレベーターを待っている時間がもったいないので階段を駆け下りた。
外に出た途端に襲い来るのはセミの大合唱と、アスファルトからの暴力的な熱気、そして肌を焦がす8月の太陽だ。
「夏……だな……」
思わず見上げた突き抜けるような青空はどこまでも高いというのに、綿飴みたいな入道雲がやけに近くて、手を伸ばせば届きそうだと錯覚して息を呑んだ。
中天を中心に、世界中を包み込む灼熱の大空は真夏のカレイドスコープだ。
肌を晒した道行く人々が、手をかざしながら恨めしそうに殺人的な太陽を見上げ、地面からユラユラ立ち上る陽炎が彼らの境界を曖昧にしている。
アイス片手にはしゃぎまわる子供たち。ハンカチ片手に子供たちのパワーに苦笑する大人たち。
シャツをびっしょり濡らしたサラリーマン。木陰のベンチで笑い声をあげる女子高校生。
耐え難い暑さの中でもこうして感じる日常の喧騒は、冒険者たちが命を懸けて勝ち取ったものだ。
我が身を顧みず、未知なる世界へと一歩踏み出した偉大なる先人たちのおかげで今、俺たちはこうして生きる事が出来ている。
何かの拍子に立ち止まった時、唐突にそんな想いに駆られる事がある。
その度、胸に沸々と湧き上がってくるのは、言葉にならない感謝の念と、そして次の時代は俺たちが切り開くという熱い想いだ。
ひよっこの俺に今出来ることは少ないのかもしれない。
しかしだからこそ、俺たちには俺たちのすべき事があると、俺はそう思うんだ。
遠くを見据えるにはあまりに無力な俺たちは、石に噛り付きながら一歩一歩進んでいくしかない。そして幸運な事に、俺たちにはそれが許されているのだから。
気になる事はたくさんあった。
【J】の言葉が未だ頭に残っているし、佐々木のババアのセリフが心に張り付いている。
なんでこんなクソ暑い日に俺はコンビニに走っているんだとか、なんで一人暮らしの男の家に女が6人も集まるんだとか、そんな事まで言い出したらキリがない。
でもまずは明日から始まる合宿だ。
そしてもちろん、ノルマが課せられたレベルアップだ。
どうやって女子どものレベルアップをじっくり眺めるか、それだけを今は考えよう。
「よし、なんか気合入ってきた」
後方に流れる景色にセリフを置き去りにして、俺は更に踏み込む足に力を込めた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
~女達の歓談 その1~
「自己紹介が終わったところで…… どなたがミナちゃんの本命さんなのかしら?」
「……っ!!」
「~~ッ!!」
「!!!!」
「ぱぱさまいないっ!」
「お父さんに言われてさっきハーレムは認めたけれど、でも正直良くない事だと思うの」
「……大丈夫。私だけが一之瀬を名乗る」
「お、おおお義母さま! わ、私が必ず孫の顔を……ッ!」
「ち、違うよ! ミナトはきっと私にぞっこんなんだモ~!」
「ぱぱさまどこいった!?」
「だって不健全よ。きっと精神衛生上良くないわ。好きな人が他の女にちょっかいを出すなんて……」
「……あり得ない。ミナトは私だけを見てる」
「み、ミナト君は『おっぱい』の『お』は、『大きい』の『お』だって言ってましたッ!」
「ミナトはいつでもご飯作ってやるって……」
「ぱぱさまどこ~!?」
「なのでこの中で一番見込みのある子にアドバイスする事にしました。そのために例題を出しますので答えてね? 10点満点です。それでは問題。恋人に色目を使う女の子が現れました。さてあなたはどうしますか? アーニャちゃんからいってみましょう」
「え? え? あの、わ、私は1番ならべつに―――」
「ぶっぶ~~~~ 0点」
「ええッ!?」
「それでは次、葵ちゃん」
「……ミナトにお仕置きする」
「ふんふん。それで?」
「……内臓がはみ出ないよう注意するのがポイント」
「う~ん…… 惜しい、7点かしら。一番大事な部分が抜けてるもの」
「……不本意な結果」
「それでは最後、くるみちゃんは?」
「えっ? え、え~と…… か、監禁しますっ! 私だけしか見れないようにっ!」
「ふんふん、それで?」
「あ、あのっ 女は突き落としますっ! 崖からッ!」
「まあっ! 個性的で良い発想だわ! 将来が楽しみね。9点あげちゃいましょう♪」
「あ、ありがとうございますお義母様っ!」
「惜しいわくるみちゃん、あと1点、ちょっと詰めが甘かったわね?」
「あの…… ちなみに10点満点の答えって……?」
「屠殺よ♪」
「……え?」
「え?」
「え?」
「ぱぱざま”ぁ”ぁ~~っ!」
本作最凶のヤンデレは母ちゃんでした
次話から合宿




