第2章 エピローグ 前編
クリスマスデスマーチから生還しました。
年末年始も戦争です。
遅くなって申し訳ありません。
以前、林間学校の打ち合わせをしたハンバーガーショップ、汗をかき過ぎたコーラ片手に貧乏ゆすりが止まらない。
後ろの方から聞こえる何度目かわからない大きな咳払いに、俺と小森ちゃんはビクリと反応した。
俺はチラリと視線だけで背後を確認すると、若干頬を引きつらせながらみんなと向き直る。
「て、ていう感じかな! 反省するところは色々あったけど、全体としては悪くなかったと思うぞ!」
「わ、私もそう思いますっ! 水も食料も何とかなりましたしっ!」
俺のセリフに小森ちゃんも大きく頷く。
すると、肌と同様、頭の中までこんがり焼けた万能戦士、多々羅が首を傾げて、人差し指を頬にあてた。
「でもぉ 最後の最期でぇ すんごぃ事になったけどねぇ~」
「ちょ、多々羅さんっ! しぃっ しィ~~~ッ」
「えぇ? なんでぇ?」
「そ、そうだよな多々羅! 『だーくねす☆えんじぇる』と『なまはげ』さんにはまいったよなっ!?」
「それもまいったけどぉ やっぱりぃ最後の誘拐じけ――――」
「ひぃっ 多々羅さんっ!!」
俺たちは多々羅の口を塞いでそろりと背後に視線を向ける。そして何も動きが無い事を確認してホッと胸を撫でおろした。なんで俺がこんなに気をつかわきゃならんのだ。
今は先日行われた林間学校の反省会、という名の打ち上げ真っ最中である。
メンバーの顔を見回すと、俺と同じように何とかしようとしてるのは小森ちゃんだけ。多々羅はいつも通りヘラヘラしてるし、旨鹿はまるで彫像のように固まったまま動かない。
そして茹でタコみたいに真っ赤な顔で俯いているのは弦月奏だ。
誰かが口火を切ってくれると淡い期待を持っていたが、考えてみればこのメンツでは最初から期待する方が悪い。
俺は覚悟を決めると、限界まで声を落として囁いた。
「おい、弦月、どうなってんのよ……っ」
「お、オレは『恥ずかしいから止めてくれ』って…… そしたら『わかった』って言ってたんだ……」
いつもは男に紛れて怒鳴り合っている弦月が、蚊の鳴くような声でポソポソと語る。
俺は背後を指さして言った。
「だったらアレは何だ」
俺たちからいくつかテーブルを挟んだ向こう、壁際のテーブル席に座り、こちらに背を向けて優雅にコーヒーを飲んでいるスーツの男がいる。
これだけだと、営業合間の休憩を取る普通のビジネスマンである。お仕事お疲れ様ですと敬意を払ったって良いくらいだ。
「あ、あれは、その……っ」
弦月がモゴモゴ何かを言いかけて、結局何も言わずに俯いた。
店内では暗黒騎士みたいな全身鎧の人が、嬉しそうにナゲットをヘルムのスリットに押し込んでいたり、両手斧をテーブルに立てかけた蛮族衣装の人がシェイクをチューチュー吸ってたりする。これらはある意味見慣れた光景だ。
しかしその男が、はち切れんばかりの肉体でパッツパツになったスーツを着たうえ、満を持して覆面を被っている時点で話は大分変ってくる。
しかも読んでいる新聞紙が逆さまだったり、時折、髪型を気にする風を装って手鏡を出したりと、さっきからやりたい放題だった。
「ねえ、トップランナーってヒマなの?」
「わ、私もっ、トップランナーは物凄く忙しいって聞いたことがあるんですが……」
俺が直接知り合ったトップランナーは2人だけ。
そのうち一人は身分を隠して3流高専に通い、昨日はアニメ見過ぎて授業中居眠りするほどのヒマ人だし、もう一人は御覧の通りだ。
なので忘れそうになってしまうが、普通のトップランナーはとんでもなく忙しい。
TV出演や講演、執筆活動に啓蒙活動、大会の参加やスポンサーとの調整、研究協力、慈善活動。武器調達とそして本職であるダンジョンアタック。更に冒険者ギルドで役職を持っていたりするともう目も当てられない。
専属のマネージャーやスタッフがいなければ、冒険者の体力をもってなお過労死してしまうだろう。それほどまでに高位の冒険者というのは忙しいというのに……
「ギルド、無期限謹慎処分だって、パ―――オヤジが言ってた……」
「おいマジか、ギルドだぞ!? 弦月さん最近ダンジョンアタックから離れてんだろ? 生活は大丈夫なのか!?」
「『クビになって困るのは社会の犬だけだ!』って高笑いを……」
「世界を敵に回す発言だなオイ」
想像以上に重い処分に俺たちは目を見開く。
ギルドの無期限謹慎処分という事は、実質的なクビ、要するに冒険者としての身分で活動するなという事である。弦月さんの年齢を考えたら実質的な引退だ。
なので当人は相当こたえていると思いきや、まさかの社会の犬発言。
とても無職の言う事とは思えないがそこは伝説の冒険者。実際に家族を養うアテがあってのセリフだから何とも言えない。
とはいえ、弦月さんほどの人物を引退させるなんて文字通り世界の損失だ。
もしかしないでも、そもそも引退自体は考えていたのかも知れないとふと思う。
弦月さん本人の意向があったとでも考えないと、静かすぎる政府や、重すぎるギルドの処分の説明がつかないからだ。
完全実利主義なギルドが、未だ処分を公表していないところをみると、近いうちに紙面を飾るであろう見出しについて、ギルド、弦月さん、政府の三者で落としどころを調整しているのだろう。
おそらくは『引退』とか『勇退』といった文字に落ち着くに違いなかった。世界的冒険者の「無期限謹慎」の文字が躍って混乱は起きても、得する人間なんて誰もいないのだから。
ともかく、冒険者としての身分で活動できなくなった弦月さんは、思う存分にパパとしての活動に勤しんでいるらしい。
首輪が無くなったパパほど恐ろしいものも無いと、俺はようやく硬直が解けて来た旨鹿に合掌した。
「ちょ、ちょっとオレ、ビシッと言ってくるっ!」
どんよりとした空気に耐えかねた弦月が、意を決して席を立つ。
俺と小森ちゃんは慌てて彼女を止めた。
「弦月さん早まらないでくださいッ!」
「そうよ娘さん! あの人ホント死んじゃうから! アンタ実績あるからっ!」
火竜すら単騎で屠る化け物が、娘の一言で実際にご臨終なされたのだ。
謹慎でも解雇でも何でもいいから殉職だけは勘弁していただきたい。
これ以上ないほど深いため息をつく。その後、益体も無い反省会を続けていると、ようやくいつもの空気に戻って来た。
俺もテーブルに広げられたポテトを咥えながら、そういえば今回は誰のレベルアップも見てないな、なんてぼんやり考えていると、弦月と旨鹿が同時にポテトに手を伸ばし、その手が僅かに触れ合った。
「あ」
「~~っ!!」
ビクンッと手を引いて真っ赤になり、俯く弦月。
普段ならばリア充ばくはつしろと正座を命じるところだが、今はただキリキリと胃が痛む。
モジモジと内股を擦り合わせる弦月に、旨鹿が焦ったように口を開いた。
「お、おい、なんだよ、怒るなよ弦月」
「お、怒ってない……っ」
「怒ってるじゃねえか」
「オレは怒ってない……っ!!」
―――――ガタンッ
「ちょ、巌さんやめろってっ! 次はマジ洒落になンねぇぞっ!!」
「放せアキラっ! あのガキはっ! あのガキは俺のカナちゃんに、ろ、ろろろろ狼藉をォっ!!」
全く無関係だと思っていた暗黒騎士さんが、覆面スーツの筋肉ダルマを必死に羽交い絞めにしていた。
暗黒騎士さんの名前に聞き覚えがあるが、まさか関係は無いだろう。
「お前にはわからねーのか!? あれは悪魔だ! 天誅を下さなきゃなんねえんだっ!」
「落ち着いて! 頭おかしい事言ってないで落ち着いて!」
思わず少しだけ埃がへばりついた天井を見上げた。
安全が保証された訓練用ガーデンで、別に失うものなんて無い俺たちだが、だからといって得るものも無いかと言えばそうじゃない。
技術やレベル、経験、その他にも色んなものが挙げられるがしかし、そんな大層なものはどうでもいいんじゃないかと最近思う。
俺たちには俺たちにしか得られない、そんなちっぽけなモノがきっとあって、だからこそ俺たちは大事な何かを得ているんじゃないか。
何を曖昧な事をと笑われそうだが、固まる旨鹿の向かいの席で、俯きながらもうっすらと弧を描く彼女の口元が全てを物語っている。
俺はそんな光景に苦笑しつつ、いつものように愚痴を吐いた。
「リア充ばくはつしろ」
◇ ◇ ◇ ◇
今日中に後編書きます




