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咆哮

 木々の合間を縫うように走る。

 先生二人は加減しながら走ってくれているが俺は全速力である。

 俺はまだ学生だからしょうがないと言いたいのだが、疲れなど少しも見せないで軽快に走る同級生二人の背中を見ていると、そうもいっていられない。


 斥候の尼子屋はともかく、身長よりデカいハンマー片手に走る葵さんの体力は一体どうなっているのか。

 アーニャさんはちょくちょく心配そうに俺を振り返るが、情けなくなってくるのでそんなに気にしないでほしい。ていうかアンタそんなキャラだったの? 


 とにかく、無駄なことを考えている暇はなかった。もう戦闘開始まであまり時間が無い。

 俺たちは目的地へと移動しながら来る火竜戦の作戦を練った。


 作戦は至ってシンプルだ。

 レイドボス相手に、勝とうなんてどだい無理な話である。

 しかし、俺たちの目的は火竜に『勝つ』事ではない。むしろ負けてもいいくらいだ。

 勝利条件はただ一つ、囚われたドリルチームの救出である。



 先生方が闘っている隙に、俺たちが4人を逃がす。

 俺たちが安全圏まで離れたら、先生二人が撤退する。

 言葉にすれば、それだけの作戦であるが、人生そんなうまくいかないことも俺たちは知っている。

 ある程度のダメージを与えなければ、一度に中級冒険者数十人を相手取る火竜が隙を見せるはずが無いのだ。


「今から行う戦闘は長期戦ではありません。中期戦でもない。短期決戦です。全員が助かるためにはそれしかありません」


 

 ということで、俺たちは囮役をすることになった。 

 そもそも、葵はともかく、俺と尼子屋の火力では火竜の防御力を抜けないのだから、当然の役割である。



「いいですか、あなた方では火竜のガードを抜けません。ただひたすら火竜の気を引きつつ逃げ回ってください。逃げる以外の事を考えてはいけない。欲を出した次の瞬間には死ぬと思って行動してください。火竜を受け持つ必要ありません。一瞬でも火竜の気が逸れたらそれでいいのです」


  

 レベル的に火竜の防御力を突破できる先生二人がアタッカー。経験豊富なアーニャが全体の指揮をとり、葵は遊撃、俺と尼子屋は囮だ。

 そして戦闘開始のタイミングは、ドリル達4人を目視次第に開始とのこと。

 敵を待ってやる必要は無い。格上の相手になぜこちらが合わせてやらなければいけないのか。

 奇襲だ。卑怯でも何でもいい。生き抜く可能性が上がるなら、なんでもやってやる。


 

 そうしてしばらく走ると、ついに目的地に到着した。

 現在潜んでいる林を抜ければすでにそこは指定ポイントだが、俺たちは目の前に広がる光景に絶句していた。なぜなら……



「廃墟…… いや、遺跡……? こんなものこの辺にあったっけ……?」

「いや、無いだろ……」

 

 石で出来た巨大な円柱が、規則正しく無数に立ち並んでいたからだ。もう何度も息吹には潜っているが、こんなコンセプトの建造物は見たことが無い。


 それはまるで打ち捨てられた古代神殿。ギリシャの宮殿にイメージが近いが、ただ朽ちかけた円柱が屹立しているのみである。

 荘厳な風景のようでいて、逆におどろおどろしい印象もある不気味なエリアだ。

 勝手に想像するギリシャの神殿と違うところは、エリアの四隅に、より巨大な円柱が聳え立っている事と、屋根のある建物が一つしか無いところだろうか。

 

 そそり立つ石柱群の数百m先に、一つだけ神殿のような平屋の建物があって、何かの舞台装置の様にも見える。動画で見るダンジョンでは見たことのない光景だった。

 階層権限っていうモノはここまで無茶苦茶なものなのかと、背筋に寒いものが走る。


「……火竜がいない」

「カノンちゃん達もいないね…… クリスちゃん、どうしよう……」

「下手に動くべきではありませんね。刻限までもうわずかです」



 俺たちは周囲の様子を伺うのと同時に、地形を頭に叩き込んだ。地形の重要性は、文字通りイヤというほど体に叩き込まれたので、意識しなくても出来るようになってしまったのだ。

 しばらくそのまま数分が過ぎ、そろそろ探索の範囲を広げようとした時だった。

 視界の奥、唯一の建物の屋上が赤く眩い閃光に包まれる。

 手を翳して光をやり過ごした後、何事かとそちらに目を凝らした俺は驚愕に目を見開いた。


「オイマジかよ、敵さんはそんな事まで出来んのか……」


 俺が光に目をやられていたのは数秒も無い。それなのに、再度屋上を見た俺の目に飛び込んできたのは、見えない何かで拘束され、屋根の淵に並ばされた4人の少女たちだった。そしてその横には悠然と佇む【J】の姿。

 どこかからやってくるとばかり思っていた例の男は、瞬きするくらいの一瞬でこの場に姿を現したのだ。


「転移魔法とか、チートにもほどがあんだろうよ……っ!」


 確かに転移魔法の存在は確認されていた。

 しかし、それを使える冒険者は、世界広しと言えども片手で数えられるほどしか存在しない。

 燃費が悪く使用条件が限定的で、使い勝手が悪すぎる上に魔導減衰が激しい魔法で、外の世界では使い物にならない事が大きな理由だが、それ以前に制御自体が極めて困難であるからだ。

 


「転移魔法じゃないよ。アレは多分、転移装置……」


 アーニャの呟きに、それはもっとタチが悪いだろ、という言葉をやっとのことで呑み込む。

 権限保有者が現れるという事は、その権限範囲内において、まさしく神の降臨と同義だ。

 外で高見の見物を決め込んでいるものだとばかり思っていたが、まさか【息吹】の中にいるとは思っていなかった。しかも、今はドリル達のすぐそばにいやがる。


「先生……っ!」


 指示を乞うべくクリスティナ先生に目を向けると、先生も身を強張らせていた。

 火竜をなんとかやり過ごしてドリル達を助けるという前提で作戦を組んでいたが、それらは既に無意味だ。ヤツが権限者だとしたら、彼女たちのそばにいる限り、俺たちは手も足も出ない。

 一体どうしたらいい。こんな時はどうすべきだ。


 ギリっと不穏な音に振り向くと、尼子屋が親の仇を見るような目でヤツを睨んでいた。状況を理解したアーニャも顔を青ざめさせ、まったく理解していない葵がキョトンと首を傾げた。可愛いなちくしょう。

 

 答えの出るはずも無い自問自答を繰り返していると、遠目で【J】が両手を空に掲げる。

 するとまたしても唐突に、空に巨大なスクリーンが現れた。

 ヤツの微笑みも見慣れた事に気付いて、何故か猛烈に腹が立つ。

 スクリーンにアップになった【J】は、その笑顔に喜色すら浮かべて語り出した。



『素晴らしい。世界中の皆さん。見ていますか? なんと、彼女たちを助けるために火竜に挑む挑戦者が現れました! 己の身を賭して他人を助ける、素晴らしい人間愛だと思いませんかみなさんッ! 私は少し泣きそうです』


 

 そう言って、ヤツは嬉しそうに俺たちがいる場所に目を向ける。気温が下がったような気がした。

 ゾワリと肌が泡立ち、こめかみに冷や汗が伝う。当たり前のようにバレていた。

 なぜ? なんていう無駄なことは今更聞くまい。

 他でもない、ヤツがダンジョンマスターに違いないのだ。

 

 エンドロールが終わった映画館みたいに、突然あたりが明るくなり、中でも強いスポットライトのような光が、俺たちがいる場所を捉えた。

 遠目ではっきりとはわからないが、屋上の淵に立たされた4人が目を見開いてこちらを見ているような気がする。

 もうコソコソ隠れていても意味が無い。俺たちはヤツを睨みつけながら木立から出て廃墟エリアへと足を踏み入れた。



『皆さん見て下さい。彼らの勇気に免じて、私は約束をしようと思います』


 

 すると、ウンウンと満足げに頷いた【J】が、突如として想像も出来ない事を言ってのける。



『火竜のブレスは、禁止致します』



「……は?」

「えっ?」



『せっかくこの場に来たのに、すぐに終わってしまっては場がシラけてしまいます。火竜のブレスは禁止します』



 俺たちが火竜と闘うにあたって、一番の懸念事項が『ブレス』だった。

 何度も動画で見たことがあるので知っているが、その威力は凶悪の一言に尽きる。

 ただデカいトカゲが口から火を噴いているだけに見えても、一瞬にして生きた人間の骨まで灰にする威力、無理ゲーとしか思えない程の効果範囲。


 近年の研究によって、ドラゴンのブレスは列記とした高レベルの魔導行使である事がわかり、対応策なども確立してきているが、何の準備も無くまともに喰らって無事でいられるはずが無い。少なくとも俺たちレベルならば即死である。


 それを禁止すると【J】は言う。一体コイツは何を言っているのか。罠か? それとも……

 あまりに突拍子がなさ過ぎて、一瞬思考が止まった。

 ブレスが無ければ、竜は空飛ぶデカいトカゲだ。

 ヤツの言う事が本当かどうかわからないし、いざとなったらブレスを使ってくるに決まってる。

 

 しかし、と、俺は同時に思った。


 これだけの舞台装置を『ショー』のためだけに用意し、この期に及んでも視聴者に対して語り掛ける姿勢。そして通告通りにしか焼き払われなかったフィールド。

 ヤツの本当の目的が何なのかはさっぱりわからないが、それでもわかる事はある。


 ヤツはヤツなりの目的を持って動いている。そしてこれは俺たちが一方的に得をするように見えて、おそらくはヤツの目的に叶う演出なのだ。

 ならばたとえ自分にとって不利なものだとしても、ヤツは自分の定めたルールを守る。

 そして、俺たちのすべきことは最初から決まっている。



『更に彼らが勝てば、4人を解放すると、ここに誓いましょう! もちろん解放した途端にまた拘束するなんて野暮な事はしません。安全圏まで確実にお帰りいただくことを、私はここに宣言します!』



 ブレスがあろうがなかろうが、やることは変わらない。

 ならば俺たちは、ご厚意に甘えて遠慮無くやらせてもらおうじゃないか。

 ははっ と俺は口端を釣り上げた。



「上等だよ……」

「……ミナト?」



 いい。とてもいいよ。よっぽどわかりやすくていいじゃないか。そうだろう? 簡単な話だ。

 偏差値最低、底辺校の(バカ)でもわかるぜ。

 火竜を倒す。4人を助ける。全員で帰る。

 そして寝る前にはいつも通りのレベルアップ(絶頂)動画鑑賞会だ。


 やめだ。ごちゃごちゃ考えるのは。

 迷うな。覚悟を決めろ。前に進め。

 一之瀬ミナト。お前は何のために生きている。




『さあ、ショーの始まりです』



 次の瞬間、ヤツらがいる宮殿と俺たちの中間点あたりで、赤い閃光が夜空に吹き上がる。

 もう手を翳して視界を絶つような愚かなマネはしない。戦闘中に目を閉じることは死と同義だ。

 薄眼で閃光をやり過ごし、そこにいるはずの敵をただ見据える。


 光が消えた後、当たり前のようにそこにいたのは、

 神話より現代に至るまで、人が思い描く力の権化であり続け、時には神の地位にまで昇華されたことすらある化け物の中の化け物。紅き竜。

 覇者に相応しき巨躯、鋼のような強靭な肉体、悪魔のような一対の翼、根源的恐怖を掻き立てる咢。

 神々しくすらある兇猛な化け物は、まるで己が存在を誇示するかのように、天に向かって咆哮した。




『戦いの前に教えてください勇敢なる挑戦者よ。あなたたちが何者なのかを』




 葵がハンマーを担ぎ上げ、アーニャがスラリとレイピアを抜く。

 尼子屋が腰から2本のナイフを抜き放ち、もも先生が大剣を構えると、クリス先生が太くて固いのを振りぬいて、近くの石柱を粉砕した。 

 そして俺は――――



「はっはっはっ 俺たちか? 俺たちが何者かってか……?」



 カシャン と、魔導ガンのスライドを引く。ぬらりと光る黒刃のナイフを、ゆっくりと逆手に握り込む。

 クリス先生が、言ってやれとばかりに顎を煽った。

 俺は嗤う。牙を剥き出しに。限界まで口角を釣り上げて。

 そして、俺は咆哮した。




「冒険者高専冒険科だバカヤロウッ!!」 


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