敵は誰だ
「【赤の騎士団】、調べれば調べるほど小物臭漂うゴロツキ集団だ。当局としては、トップの趣味趣向、家族構成から女性関係はもちろんの事、性癖やケツの毛の数まで把握していたが、とてもこんな大事件を起こすような組織ではない」
「背後関係は……?」
「西露政府が水面下で支援を。正確に言うならば【赤の騎士団」の上部組織を支援しているのは把握している、おそらくは今回の件は無関係だと思われる。そもそもが新興宗教への武器横流しの中継として利用しているくらいだ。メリットが何も無い」
「そういえば先ほどウチを通して西露駐日大使から政府に会談の申し入れがあったと聞いてます。もしかしないでもこの件ですよね」
「コントロールに失敗しての釈明か……、工作としては最悪の部類だな」
重苦しい沈黙が会議室内に満ちた。
【息吹】の権限喪失からすでに8時間が経過しようとしている。
マスコミは既に動き出し、前代未聞の拉致事件として、TVを付ければ首都TV以外のすべての局が報道特番で『局の顔』をズラリと揃えていた。
こんな異常事態に、いつも通り社会の責任追及や心の闇に迫るコメンテーターのアホさ加減に苦笑するしかないとしても、国営ダンジョンがハッキングされたという失態は覆しようもない。
会議室内で流しっぱなしにされている映像では、脂の乗り切った歴戦のアナウンサーが、後手後手に回る政府の対応を語気も荒く批判していた。
責任者がただ頭を下げれば済むというレベルはとうの昔に過ぎ去り、この部屋に集まる関係各省庁の実務者たちの顔色が悪いのは疲労だけではないだろう。事後に待っている監査や、事実究明に関する気の遠くなるような作業を想像すると、普通の感覚の持ち主ならば頭を抱えて当然である。
「公安さんはそこまで把握しているなら……」
「これはまだ機密扱いお願いしたいのですが、公安さんからの情報を元に、ダンジョン管理庁は自衛軍と連携して既に【赤の騎士団】の拠点制圧を済ませています」
その言葉に驚く者もいれば、自身の情報網から既に把握していたのか、無反応の者もいた。
軽いどよめきが収まるのを待って、公安の担当者が口を開く。
「ええ。当局が現地で確認した【赤の騎士団】の構成員の中には、【J】、あの映像で声明を語っていた人物も含まれており、当局は現時点において、【赤の騎士団】は事実上壊滅したと認識している」
ダンッ と、机が乱暴に叩かれた。立ち上がったのは内務省職員だ。
「ならばなぜ【息吹】はまだあの狂った状況を解除出来ていない!? 制御を取り戻したんじゃないのかッ!?」
「外務省としても聞き捨てならないですね。ダンジョン管理コードは概念認証でしょ? 制圧さえすれば何らかのデバイスが出てくるでしょう?」
スッと、公安の担当者が机に目を落とす。
内務省の職員は鼻息も荒く追及を続けるが、公安担当者は口をぐっ引き結び、眉間に皺を寄せたままだ。
何とも言えない沈黙が会議室に落ちる。猜疑心に塗れた視線がそこかしこで交錯した。
「それは……」
会議室に集まる10数人の官僚たちが、それぞれ何かを小声で囁きあう。
肌を鋁で擦られるような空気の中、ダンジョン管理局の室長が呻くように言った。
「ウチの専属冒険者が拠点を制圧した時には、既に【赤の騎士団】の拠点は壊滅していました……」
「どういう、事ですか……?」
「それは、その……」
口ごもる室長は突き刺さる視線で針の筵になったように身をよじらせる。
この期に及んで何を隠しているんだといった険悪な空気が充満し、緊張感も頂点に達しようとした時。
一人の男が口を開いた。
「……制圧した拠点には誰もいなかった」
全ての視線が一斉にその男に向く。机に置かれた札には『内閣情報調査室』の文字。
ガッシリとした体格、綺麗にオールバックへと撫でつけられた髪。1本たりとも剃り残しの無い髭と、1ミリの染みも無い真っ白なシャツ。
身だしなみにすら妥協を許さないその男―――八ノ宮瑛士は、まったく感情のこもらない瞳で周囲をぐるりと見まわす。
そして、困惑、猜疑、焦燥、苛立ち、そんな負の視線を一身に受け止め、まるで舞台役者のように優雅な所作で机の上で手を組んだ
「『誰もいなかった』って…… さっき公安さんが【J】を『確認した』と……」
全員の気持ちを代弁するかのような誰かの問い。公安の担当者がチラホラ向けられる視線を避けるように斜め下に目を向ける。
すると八ノ宮は、この険悪な空気の中、顔面の筋肉が鉄で出来ているかのような無表情で淡々と告げた。
「正確に言うならば、『生きた』人間は誰もいなかった。違いますかな公安さん?」
公安の担当者が目を瞑り、フウッと息を吐きだす。
「ええ、内調さんの仰るとおりだ。対象者はいた。しかし生存者は誰もいなかった」
「まさか……」
「幹部は全員殺害されていた。そしてその中には声明を発表した【J】も含まれる。肝心の死亡時期だが、死後3日と判断している」
騒然とする会議室。
再び机がダンッと叩かれ、内務省の男が唾を飛ばしながら捲し立てる。
「あ、ああ有り得ないでしょう! 【J】の声明は動画のアップロードの時間指定で説明できる! しかし、【息吹】がハックされたのは今日も今日、ほんの半日前だッ! しかもヤツはご丁寧に息吹内部の現状解説までやっているんだぞ!」
「そうです! 人質対応で経済制裁解除云々の圧力も高まってきているのに、肝心の相手がいないのであれば犯行声明の要求は一体何だったって言うんですかッ!」
敵は政治的主張を唱えるテロリスト。それが官民通じての共通見解だ
西露が支援する地下組織が日本の国営ガーデンをハックして東ロシアの外相を拉致。
対立する東ロシアの経済的枷を強めると同時に、4つもの階層権限を持つ日本に何らかの譲歩を引き出させる。これで東露との国交回復を狙う現内閣の足取りにくさびを打ち込み、更に世論を傾かせることが出来れば万々歳。
それがここに集まった官僚たちが想像する敵のシナリオであった。
なのに蓋を開けてみれば、当の地下組織は既に壊滅し、階層権限の行方も不明。
高ランクの冒険者から為る頼みの綱の魔導特務隊だって、敵が不明であれば成す術がない。
明らかにダンジョンに纏わる者――――冒険者が関わっている案件だというのに未だ冒険者ギルドは沈黙を保ったまま。
彼らは何をやっているのかと声を荒げるのは簡単だ。
しかし、それをしたが最期、日本は国家として守るべきプライドを失ってしまうだろう。
敵は誰なのか。チンケな地下組織の皮を被って何をしたかったのか。
そもそも理論的に不可能と言われていたダンジョンハックに至っては、誰が、どんな技術で行ったのだろうか。
喧々諤々の議論がそこかしこで巻き起こり、いよいよ収集がつかなくなってきた時、低くも高くもない、大きくも小さくもない、しかしはっきりと通る声が室内に木霊した。
「本件について、政府は既に冒険者ギルドと連携し動いている。現在はトップラインの冒険者4名が既に来日し、内1名は当の現場に潜入しています」
「――ッ!! 内調さん、ウチはそれは初耳ですよ……ッ」
「ダンジョン管理庁のキャパシティを超える事案だと我々は判断しました。ギルドより情報提供を受けてから公安さんと極秘裏に進めてきたプランです」
「そんな! 公安さんは……っ!」
ダンジョン管理局の室長が思わず公安担当者を見るが、公安担当者は頑なに目を合わせようとしなかった。全ての事情を理解した室長の顔が悔し気に歪む。
公安は最初から内調と結託しており、ダンジョン管理局を囮として躍らせただけだったのだ。
外務省の職員もモノ言いたげに八ノ宮に視線を向けるが、そんなもの考慮するつもりは無いといった風に八ノ宮は言い放った
「非公式に、【息吹】に関する全ての制御権を一時的に冒険者ギルドへ付託します」
「そ、それは外交的敗北です! あんたらは何の権限でそんなッ! 見返りなんて何もないでしょうッ!」
「本案件はギルドの不始末に端を発します。詳細は話せませんが、権限強奪者は【息吹】内にいる」
その言葉に全員がギョッと目を見開いた。
現在【息吹】の入場ゲートは完全に閉ざされている。助けに行きたくても助けに行けない状況、それが今の状況だ。
それなのに権限者が息吹の中にいるともなれば本当にもう手の出しようがないではないか。
しかも現在の【息吹】にはレベル制限が発生していると報告されており、レベル20以上の者は強制的に息吹の外に放り出されるという。
中に取り残された生徒や数人の中級冒険者だけでダンジョンハックをやってのける正体不明の敵をどうにかしなければいけないという事だ。
それは実質的に解決不能と同義である。しかし―――
「彼らは解決策を持っている。彼らに貸しを作る。これが見返りと思っていただきたい。そしてこれは政府の意思と思っていただいて構わない」
「そんな……ッ」
会議室内にいる職員たちの反応は様々だ。
ほとんどの者がホッと胸を撫で下ろしたり、満足そうに頷いているが、対照的なのはダンジョン管理庁と外務省だった。
当然である
ラブロフ外相を殺すのは日本ではない。外相が対立する西露が支援するテロ組織だ。
もともと経済制裁で死にかけている国が、外相1人の命くらいで対立行動に出るわけがない。むしろそれをダシに日本も解きたがっている制裁解除への足掛かりに使ってくるに違いない。
間違いなく政府は外相の安全よりも、ギルドへの貸しを優先させるだろう。
要人を危険に晒し、その生命も保証されない現状を抱える外務省の担当者は、これから訪れるであろうデスマーチを想像して頭を抱えた。
そしてダンジョン管理庁に至っては目も当てられないのは考える必要すらないだろう。
ダンジョン管理の根幹を為す管理権限が奪われ、今この瞬間にも100名近い国民の命が消えるかもしれないのだ。マスコミの追及は始まっているし、被害者親族の怒りは頂点に達している。
わかりきっていたことだが、待ち受ける地獄の事後処理では、国民の溜飲を下げさせるためのスケープゴートが必要である。
自分たちで解決したならばまだ道はあった。経緯を説明し、管理責任としてトップが頭を下げ、形ばかりの人事を経て時間が過ぎれば、喉元の熱さをすぐに忘れる日本国民である。庁の権威を保つことは可能だった。
しかし、その道は絶たれたに等しい。
この場にいる誰もが口には出さないが、しかし同時に誰もが引き攣る様に口端を釣り上げている。
いつも対岸で見て来たからわかる。それは安全圏を確保した者特有の暗い笑みだ。
内閣とて半数以上は国会議員。野党の追及を躱すには相応の犠牲が必要だ。
そしてその際に戦犯に祭り上げられるのは誰か。
間違いなくダンジョン管理庁である。
死人のように力なくうなだれる室長を一瞥した八ノ宮は、その鉄面皮を崩すこと無く口を開いた。
「本日中にもギルド戦力の突入が開始されるでしょう」
誰もがゴクリと息を飲み、会議室が三度静まり返る。
世界最強の武装組織、冒険者ギルドが既に介入している。誰もがその事実が持つ意味を噛みしめる。落とし所はどこか、着地点に居合わせるために何をすべきか。
国とは多頭竜だ。
対外的には共に戦い、そして隙あらば身内で喰らいあう。
互いを牽制するように顔を見合わせるこの会議室は、国家機構の縮図であった。
するとそのタイミングで、唐突に神経を逆撫でる音が響き渡った。
発信源は…… 付けっ放しにされたTV。
出席者たちは視線だけで映像を追う。
『緊急速報が入ってまいりました。ええ、たった今情報が入ってまいりました。本日発生した大規模拉致事件に関して動きがあった模様です。【赤の騎士団】の声明が発表されました。今ご覧いただいている動画がその声明です』
熱気が籠る会議室で、緊急速報のテロップと共に映る【J】の寒々しい笑顔。
既に殺害されているはずの【J】は、にこやかな表情を崩さないまま、まるで愛しい我が子に語り掛けるように優しく言った。
――――映像から分析をしているでしょうが、ご存知の通り未だ死者は1名も出ておりません。何も起きないままでは両政府も判断し辛いようなので、危機感を持っていただく必要があるようです。
フフッ そこで本日21時、ショーを開催します。皆さんが待ち望んでいる、危険なショーをね
外務省の担当者の思わず呟いたセリフが、会議室に虚しく響いた。
「何が、目的だ…… こいつは一体…… 何者なんだ……」




