ドラゴン襲来
「どうやら、みんな試験を切り上げて集まってきているみたいだね」
「ああ、こんな状況だからな」
泉のほとりに到着した俺たちは周囲を見渡した。
既に多くのクラスメイト達が戻ってきているが、フラッグを3本集め終わっていないパーティも少なくない。やはり異変に気づき試験中であるにも拘わらず集合を優先したのだ。
何が起こるかわからないダンジョンを再現したガーデンと言えども、こんなのは見たことも聞いたこともない。俺たちは冒険者の卵とはいえ教育課程の子供である。異常時は何よりも安全を優先すべしと厳命されているので、試験放棄はむしろ正しい選択だ。
続々と集まってくる生徒たちが、モザイクの広がる空を指さし口々に不安を漏らしている。
クリスティナ先生はそんな生徒たちに落ち着くよう言い聞かせ、一か所に集めている。さすが本職の元冒険者はこんな状況でも冷静だが、その顔にはなぜか少しだけ焦りが滲んでいた。
ちなみに、もも先生は周囲の警戒と、まだここに来ていない生徒の捜索に出かけていた。
そういえばドリルチームの姿が無い。チラリと横目で尼子屋を伺うと、不安そうに視線を飛ばしていた。パシリに使われていたといってもパーティーメンバーだ。心配なのだろう。
「ゲートは封鎖されたはずでござったのに……」
「んなこと言っても開いてたんだからしょうがねぇだろ。ウチの学校以外の連中もチラホラ入ってきてたぞ。いつもよりは圧倒的に少ない感じだったけど」
「……モンスターも少なかった」
厳しい表情を崩さないアーニャが、俺たち生徒とは少し距離を置いたところで固まる集団に目を向ける。
先ほど、出会い頭に衝突しそうになった一団は相変わらず一人の老人を囲む形で周囲を警戒していた。
得体の知れない状況で、できる限りの安全を確保するため、高レベルの先生もいる俺たちのところにやってきたはいいが、変な威圧感のせいで完全に浮いている。
モンスターが徘徊するガーデンで、スーツ姿のゴリゴリスキンヘッドや、厳つい髭をはやしたマッチョ共が、どこかで見たことのある老人一人を中心におしくらまんじゅう状態である。
学校指定の防護インナーに、革鎧やらプロテクターやらローブやらとんがり帽子を装備している俺たちの方が世間一般の目にはおかしな恰好に映るだろうが、ここではむしろこっちが普通の恰好である。こんな場所にスーツでやってくる方がよっぽどおかしい。
ていうかあの中にいる爺さん窒息死しないよね?
「ていうかアーニャさん、あの人ラブロフ外相だよね? ニュースで【息吹】を視察するって言ってたけど何でアーニャさんが一緒にいるの?」
「うッ そ、それは…… さ、散歩中に! 食パン咥えた曲がり角で出会い頭にゴツーンてッ」
「試験サボって? ガーデンで? 転校生定番イベントをこなしちゃったの?」
「はうッ う、と、図書室で同じ本を同時にタッチして……」
「出会っちゃったの? 壮年男性と? 図書室はどこにあるの?」
「おい尼子屋やめてやれ、そいつは見た目だけの可哀想なヤツなんだ」
弱り切った様子でうなだれるアーニャ。
集合場所に来るまでにコソっと聞いた話だと、アーニャが今日学校を休んだのは、護衛の仕事があったかららしい。もちろん護衛対象はマッチョ共に今にも潰されそうになっている何とか外相だ。
そして本当ならば今日、関係者以外は【息吹】に入れない設定にしてあるハズだったらしい。他国のお偉いさんの視察なので万が一があってはいけないという、至極まっとうな理由である。
今日【息吹】で見た人の数を考えると、周知のようなものはされていたと思う。
道中、尼子屋が不審に首を捻っていたが、そうした事情があったのであれば頷ける。
しかし、ダンジョン管理機構の手違いなのか、なぜかゲート封鎖自体はなされなかった。だから周知を知らない、もしくはダメ元で、とゲートにアクセスした者だけが、今、【息吹】にいるのだ。
自分たち以外にも息吹に人がいる事にアーニャが気づいたのは、視察も半ばを過ぎた頃で転送ゲートからは相当離れた場所だったという。
念のため戻ろうと視察団の説得を開始した時、あの異常音が鳴り響き、空に亀裂が入った。そして周囲の警戒を始めた直後に俺たちが林から飛び出してきたらしい。
下手すりゃ撃たれていたかもしれないね、と屈託ない笑顔を浮かべるアーニャを見て、今晩の献立はヤツの嫌いな納豆にしてやろうと心に決めた。
「ううぅ~ どうしよう…… 何かあったら怒られるでござるぅ…… マネージャーにまた罵られるでござるゥゥ~~~っ!!」
「お前が一番経験豊富なんだから、お前が指揮取ればいいじゃん」
「拙者が指揮をとると、いつもすぐパーティー全滅するでござる…… その後には必ずマネージャーのお仕置きが……ッ ドSマネージャーの折檻が…… い、嫌でござるぅぅ~~~!!!」
うりんうりんと髪を振り乱す剣帝様。
東欧の至宝とまで謳われる彼女がまさかマネージャーに頭が上がらないとは誰も思うまい。
彼女に焦がれる少年少女たちには決して見せられない、残念極まりない姿だった。
とにかく今回はあくまで護衛だけが任務らしい。
人類最強クラスの彼女も、頭脳戦にとんと弱い残念戦士である事は、ここ数日で何となく知っている。
戦闘員としては優秀かもしれないが、指揮官としてはダメ子ちゃんだ。きっとギルドの偉い人もそれを把握しているのだろう。
「つーかさ、訓練中の俺たちはともかく、万が一があって困るお偉いさんなんだったら、さっさと緊急離脱させちまえばいいだろ」
訓練用ガーデンである【息吹】には緊急離脱機能が備わっている。
ダンジョンの厳しさをその身で体験する事をコンセプトとする一方で、訓練用と銘打ち、他国にも開放されている事情から安全性には過剰なほど配慮がなされ、いざとなったら死に戻りをしなくても外へ出られる仕様となっていた。
訓練用とはいえ、モンスターも徘徊するガーデンにお偉いさんが視察に来るというのは、そういった安全装置が確保されているからでもある。
「……できなかったでござる」
「は?」
俺はアホみたいな声を出して聞き返した。
「マジで?」
「何故か緊急離脱が出来なくなっているでござる……。全員試したけど間違いないでござる」
「う、嘘だろ!? そんな話は聞いたことも――――」
「本当でござる。あの先生方が焦った様子なのも、おそらくは緊急離脱が出来なくなっている事を知っているからでござろう」
俺は思わずクリスティナ先生に目を向ける。
不安をこぼす生徒たちを宥めつつ、時折、鋭い視線をもも先生が消えていった林に向けている。その表情に余裕は無い。
そして俺は重大なことに気が付いた。
実習中、いつも集合地点に指定された場所には、帰投用のゲートが設置されていたハズだ。教師の申請に基づき、ダンジョン管理官が指定地点にゲートを設置する。実習後は速やかにゲートをくぐり、点呼を済ませてゲートを閉じる。
これが戦闘実習一連の流れだったはずはずだ。それなのに――――
「ミナト君、気づいた……? ゲートが、無いよ」
尼子屋の呟きが頭の中を反響する。
俺は弾かれたように周囲を見渡す。ここは大人数が集まれるよう開けた平原になっているため全体が見える。少し丘になったところに移動して見渡してみてもゲートらしきものは影も形も見当たらない。
「実は拙者も予定帰投地点に行ってみたでござるがゲートは……」
「無かったのか……?」
真剣な面持ちで頷くアーニャ。
俺は尼子屋と顔を見合わせた。
俺たちだけじゃない。別口で入って、別口で帰り道を用意していた視察団も帰りのゲートが無かったという。しかも彼らはどこかの旅行会社とかそんなちっぽけな組織に属していない。
国という、直接ガーデンを管理する組織が用意したゲート、それが無くなっているというのだ。俺たちの学校みたいに、管理官が謝って済む問題ではなかった。
現に、他国の外相がこうしてガーデンに閉じ込められているという事実は国際問題になりかねない。
背筋がゾクリとした。
どこか、システムの不具合か何かだろうと軽く考えていたのだが、何かが違う気がする。見た事も無い誰かがどこかで高笑いしているような――――
そんな言い様の無い不安が背中に伸し掛かる。
「……ミナト、空が、もう…… 割れそう」
いつも平坦で感情の籠らない葵のセリフに焦りが滲む。
吊られるように俺も空を見上げた。
青空にシミのように張り付いていたモザイクは、今や空を縦断する勢いだ。そしてそのモザイクが空全体を侵食しようと触手を広げていた。
何が起きようとしているんだ。行き場のない焦燥感に背筋をくねらせた、その時だった。
――――――ザザッ ザザザザザッ
「またあの音か……ッ」
先ほどよりもさらに大きい音、それはすでに轟音といっても過言ではない音量で不快な音が響き渡る。
集まった生徒たちも不安げに周囲を見渡している。
そしてその直後、
―――――――ズズウゥゥゥンッ
「じ、地震!?」
「ガーデンで!? そんな事あるわけが――――」
「ミナト君、あれ見てッ!!!」
尼子屋が指す方に目を向け、絶句した。
「なんだ、ありゃ……」
空を侵食していた白黒モザイクが一気に空を覆いつくす。最早青い部分は一つもない。ブラウン管TVの砂嵐のような空、信じ難い光景。
だが俺が息をのんだのはそれが理由ではなかった。
―――――グオォォォォッ!
「……あれは、何……?」
葵がおびえた子犬のように体を震わせた。
尼子屋が無意識に一歩後ずさる。
「信じられないでござる、あれはこんなところにいていい種族じゃないでござる……ッ」
地平近くの丘の上に、ソレはいた。
ここから見てわかるほど、横に立つ木が割りばしのように見えるほどの圧倒的巨体。
一対の巨大な翼、岩をも容易に割り砕くであろう強靭な尾。岩のように厳つい赤い体表。
そして天を飲み込まんばかりに開かれた凶悪な咢
俺たちが呆然とその姿を眺めていると、ソレは、轟と火を噴き、周囲の木々を数秒で炭化させた。相当距離があるはずのこの場所に、ブワリと熱波が到達する。
「火竜…… 20階層の大規模戦闘ボスでござる……」
アーニャの信じ難いセリフにごくりと唾を飲み込む。
その圧倒的威容に、生物としての格を思い知らされ地面にへたり込む生徒たち。
空の変異、ドラゴンの襲来。
これだけでも処理しきれないほどの出来事だというのに、異常事態はまだ終わりではなかった。
再び空。
空に巨大なスクリーンが現れた。いや、空全面がスクリーンになったと言ってもいい。
スクリーンに映るのは、慈愛すら感じられる微笑みを浮かべた一人の男。広大な空一面にその男の姿が映し出される。
すると男は唐突に、場違いなほど穏やかな声で語りだした。
『はじめまして。私は【赤の騎士団】の【J】』
目まぐるしく変わる状況についていけず、呆然と空を見上げるだけの俺たち。
それをあざ笑うかのように、笑みを深めた【J】は言い放った。
『そしてさようなら。デスゲームにようこそ』




