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なんかへんな引き寄せる力。


 夜風はまだまだ肌寒くて、わたしは薄手のストールを首にグルグルと巻きつけてから歩きだした。


 いつも通り閉店ぎりぎりまで、飲んで喋って食べての数時間。

 千歳さんの旦那様がお迎えに来る頃合いで、飲み会はつつがなくお開きとなる。

 今夜もずいぶん飲んでいた千歳さんだけど微塵も酔った様子を見せずに、寡黙でちょっと強面の旦那様と仲良く並んで帰っていく。

 本当に少しも酔っぱらってない千歳さんを、それでも気遣うように歩く隣の大きな背中にふたりの仲のよさをありありと感じてため息がでる。……うらやましい。

 千歳夫妻に向けるいじましい視線を引き剥がすように、ムギさんがわたしの頭を反対側にくるりと回した。


「じゃ、ヒヨコちゃん。ムギくん。またね~」


 すっかり桃色な頬をゆるませて、芹野さんはひらひらと手をふるとゆったりとした足取りで歩いていった。

 飲んだ分だけ確実に酔っている芹野さんだけど、ここから自宅が一番近くて、五~六分くらいで帰れるから心配はない。


「ほら、帰るぞ」


 アルコールの匂いをまとったムギさんに促されて、わたしはムギさんと歩きだす。

 酔ってないとはいえ、深夜ともいえる時間帯に一人歩きは危ない。いちおう女子だし。……という理由のもと、ご丁寧に飲み会の後は毎回ムギさんが自宅前まで送り届けてくれていた。ムギさんとわたしは、帰る方向が同じなのでついでにという感じなのだけど。

 まだまだ賑やかな駅前繁華街を後にする。ここから十分と少し歩けば、わたしのアパートだ。


「それで、どうするんだ?」

「え?」

「セリに頼むのか?」

「あぁ。それですか。……どうしたらいいんですかねぇ?」

「え? 迷ってるのか? いつもの猪突猛進はどうした?」

「だって、あれだけクギを刺されたら、さすがに足踏みしますよ」


 わたしの気弱な声を聞くと、ムギさんはクツクツと笑った。


「やっと学習能力を身につけたか」


 ややひどい言われように、わたしは大げさにため息をつく。そんなわたしをムギさんは、また面白そうに見て笑った。

 繁華街を抜けてしまうと住宅街に入り、人通りはとたんに少なくなる。

 ムギさんは、歩きながらタバコに火をつけた。

 その様子を隣に見て歩きながら、わたしは思い出す。あのカウンター席に座った人のことを。



 奇跡的な偶然で二回目の再会を果たしただけではなく、しかも知人の知人ということまで発覚した時。

 わたしは騒がしい居酒屋の中で、ドーナツの方との運命のファンファーレを聞いた気がした。


 爆弾発言をした芹野さんに、その場の三人の視線が集まる。


「えぇー? 本当に?」

「まじで?」


 千歳さんとムギさんが勢いよく芹野さんに向き直ると同時に、オーダーしてあった料理がどどんと届けられた。

 おろし唐揚げに砂肝のピリ辛炒め、大葉サラダとチーズフライがテーブルに並ぶ。 

 出来たての料理を前に、芹野さんは嬉しそうにお気に入りのチーズフライに箸を伸ばす。


「チーズフライはー、揚げ立てが一番ビールに合うんですよねー」


 そう言っていつものように熱々のチーズフライを口に運んで、ビールジョッキを傾けるの繰り返しを始めた。

 しばらくそれを見守ってから、痺れを切らした千歳さんとムギさんが芹野さんに身を乗り出す。


「ちょ、ちょっと、セリノくん!?」

「まじで? 知り合い?」

「え? あぁ、そうなんですよー。顔見知り程度なんですけど、すごい偶然ですよねー」


 にこにこと笑う芹野さんの後ろに後光がさして見える。これを運命と言わずとして、何と呼ぶのだろう。

 気がつけば、わたしは両手を祈る形に握りしめて芹野さんを見つめていた。


「おい。運命だとか思ってるんじゃないだろうな?」

「思ってるに決まっているじゃない、この顔は!」


 呆れ顔のムギさんと千歳さんがわたしを見るけれど、わたしはすっかり夢見心地だった。


「だって、だって……。こんな、奇跡みたいな偶然が起こるなんて。すごくないですか?」


 はぁぁ。と大げさなため息を落として、ムギさんは軽く眉を寄せる。


「セリも空気読めよ。ったく、ヒヨコも少し学習しろよ」

「あー。そうだね。あはは、ごめん、ごめん」


 芹野さんはおっとりと笑ってから、またひとつチーズフライを食べてビールを飲んで。あぁ、せっかく差していた後光が消えてしまう。

 わたしはムギさんの苦言はスルーして、芹野さんにぐいっと詰め寄った。思い浮かぶ順に、わたしの口がぺらぺらと動き出す。

 だって、知りたい。あの人のことを。


「芹野さん! 知り合いなんですか? どんな知り合いなんですか? お名前とか知っているんですか? 歳はいくつなんでしょう? それからーー」

「はい。いったん落ち着きなさーい」


 ぐいぐいと芹野さんに迫っていたわたしを、千歳さんが元の席へと引っ張り戻す。

 ムギさんの手で、少し雑に注がれたウーロン茶のグラスが前に置かれる。飲んで落ち付けってことなのだろう。

 落ち着いている場合じゃないけど、ひとまずわたしはウーロン茶を飲んだ。アルコールを取っていないのに、なんだか体温が上昇していた。


「ヒヨコはね、いつも、いろいろと焦り過ぎよ。ちょっとは落ち着きなさない。逃げないから」


 諭すように言う千歳さんに、ムギさんは深くうなずき、芹野さんはにこにこと笑う。


「うんうん。大丈夫。僕は逃げないよ」


 芹野さんがおっとりそう言うのにわたしはうなずく。そしてカウンター席を見る。

 確かに芹野さんは逃げないし、連絡先だって普通に知っている。けど、あの人は違う。

 目を離しているうちに、帰ってしまうかもしれない。そうしたら、もう二度と会えない可能性だって大いにある。

 初めて会った。とういうか見た時は、わたしが仕事に戻らなくてはならなかったから泣く泣くその場を後にした。バイトを終えてドーナツショップの前に行った時には、もうその姿は影も形もなかった。……まぁ、あの状態で何時間も同じ場所にはいられないとは思うけど。


 居酒屋のカウンター席で、ビールグラスを片手にどこか不機嫌そうに煙草をくゆらせるその姿に胸が高鳴る。

 すっとその姿を見ていたし。できれば隣に座りたい。この気持ちを恋と言わなくてなんと言うのだろう。

 酔客に阻まれたこの数メートルがもどかしい。居酒屋の盛大な喧騒に、ドーナツの方は私の熱視線はまったく届かない。

 せめてもと、焼きつけるようにカウンターの姿を凝視しているわたしの横で、千歳さんはため息交じりに首を振る。


「だいたい、そんな息巻いたところでねぇ。実際、ヒヨコはなんもできないじゃないの」

「まぁ。たしかにそうだな」

「そうでしたね。ヒヨコちゃん、告白したコトとかなかったですよねー」


 なぜかしみじみとする三人に、わたしはカウンターから渋々と視線を戻す。

 三人は、なにか少しカワイソウなモノを見る目で私を迎えてくれた。

 確かに、これまで好きになった人は何人もいたけれど、自分から行動を起こしたことなんてなかった。それをもちろんこの場の方々は知っている。


「……確かに、そうですけど。そうですけど。今度はちゃんと……」

「まぁ、ヒヨコは、なんかへんな引き寄せる力? っていうのあるみたいだから、もしかしたら向こうから来るかもしれないわね」

「え?」


 千歳さんが一人納得するようにうんうんと頷きながら言うのに、わたしはすぐさま色めきたった。

 それは顔にもばっちり出ていたようで、ムギさんの冷たい否定がすぐさま入る。


「いや、そこは喜ぶとこじゃねーし。同じことが起きるってことだぞ」

「そんなの。ドーナツの方からこちらに来てくれるなんて歓迎ですよ!!」


 同じことが起きる? 前みたいに?

 それは、わたしが「好きだな」とか、「いいなぁ」とか、思って片思いしているうちに、想い人から接近してくださり、告白とかしてくださるってことだ。

 そんなの歓迎だ。大歓迎に決まっているのに……。


「いやいや、同じことが起きちゃダメだと思うよ僕は」

「はぁー。つまりね。告られても、即日ふられるってとこまでセットかもしれないのよ?」


 にわかに浮かれていた思考は、一瞬でクールダウンすることになった。

 そうだ。そうだよ。そうでした。同じことって、そこまで同じになってしまったら意味がない。たとえ相手から一時的に好意をもらえても、結果振られてしまうのなら残るのはただただ辛い思いだけだから。

 千歳さんの言う「なんかへんな引き寄せる力」なんてまったく意味がない。

 まだ好きだと自覚し始めたばかりなのに、なぜかもう振られた気分になってくる。そのまま、すがるようにカウンターを見れば、そこはすでに空席だった。

 帰るの早すぎませんか!? 一杯飲みに来ただけだったのか、ドーナツの方はあっさりと姿を消していた。

 空のビールグラスとお通しの小鉢そして灰皿、というドーナツの方が確かにそこに居た痕跡も、働き者の店員さんによってすぐさま片付けられていく。

 じゃっかん涙目になって、わたしは髪をかき乱していた。奇跡の再会を棒に振るなんて、わたしはなにをやっているんだ。なんで、行動をとらなかったんだ。自分の弱腰が情けない。


「こら! 取り乱すな!」

「ど、ど、どうしましょう!? チャンスだったかもしれないのに!!」

「落ち付きなさいって。だいたいチャンスってなによ? なにかするつもりだったの?」

「……なにかする?」

「そうよ。たとえば、話しかけるとか。アドレスわたしてみるとか……」


 自分でぼさぼさにした頭の中で、千歳さんが言うようななにかがデモ再生される。

 ドーナツの方に話しかける!? ドーナツの方にアドレスを渡す!? それらを実行するには彼の近くへ自ら行くということで、至近距離でお話しするということで。

 ……あの人は、どんな声をしているんだろう? どんなふうにわたしを見るんだろう? そこまで思考して、わたしの脳内は激しく加熱して停止する。

 一人勝手に赤面するわたしに、ムギさんがグラスにまたもや雑にウーロン茶をだばだばと注いで寄こす。頭を冷やせということだろう。わたしはそれを一息に飲み干した。


「僕が知ってることなら、教えてあげられるからさ」

「芹野さん!!」


 慰めるように微笑んだ芹野さんに後光が再び見えた。

 泣きつく勢いのわたしに眉を下げながら、芹野さんはおっとりと二人にお伺いを立てる。 


「ね? 教えるのは、別にいいよね?」

「そりゃ、止めねーよ。人の恋路を邪魔する趣味はないからな。……ヒヨコ、骨は拾ってやるからな」

「そうねー。慰める会は、北口の香港亭にしない? 最近行ってないし」

「ムギさんも千歳さんも、決めつけないで下さいよ。わたし、三度目の正直をお見せしますから。では、芹野さんよろしくお願いします」

「いやー。僕、情報提供しかできないと思うけどねぇ」

「ヒヨコ。お目の三度目はもう過ぎてるだろうが。これは四度目だろ」

「ムギ君、それは黙ってなさいよ」



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