勝負
パーティーも終わり、二日が経った。
フィリアは今、サージェントとの約束を果たすため訓練所の中央に立っていた。
「用意は出来たの?」
「ああ、バッチリだ。
フィリアこそ大丈夫か?
昨日、バルドにこってりしぼられたんだろ?」
「……その話はよしてちょうだい」
フィリアは露骨に嫌な顔をした。
そう、バークレイド侯爵に接近することをすっかり忘れていたフィリアとルークは、昨日バルドにことあるごとにその話を持ち出され、仕事の肩代わりを要求されたのだ。
お陰で今でも少し目の奥が重い。
書類の見すぎが原因であろう。
「ま、自業自得だな。
だがそれが原因で俺に負けたっていう言い訳ができるぜ?」
サージェントの言葉に、フィリアは凄絶に目を細めた。
「…あら、そっちこそ疲れた相手に負けるなんて、恥ずかしいことになってしまいそうで残念ね?」
周囲で観戦していた兵士達は揃ってブルリと震える。
二人とも、なまじ顔が整っているせいで迫力が半端ではなかった。
「お前もなかなか好戦的な奴なんだな。
少し驚いたぜ」
「これでも青の民の中で揉まれてきた身だもの。
こんなところで誰かに負けたとあっては、ヘルミナ様に会わせる顔がないし、アルとエルに笑われてしまうわ」
「――なるほどな。
それじゃあ、手加減無用ってことか」
「いつでもいいわよ」
言葉と共に、サージェントは跳躍した。
驚くべき速さでフィリアの背後に回り、剣を振るう。
しかし。
―――キィンッ
その刃は半透明の壁に阻まれた。
フィリアの足元には彼女を守るようにして魔方陣が輝いている。
「その程度の攻撃では、私の壁は壊せないわよ」
言って、フィリアは更に魔方陣を展開させた。
空中に無数に輝くそれらから、光の矢が降り注ぐ。
サージェントも負けずにそれを避け、避けきれないものは全て剣で叩き斬って対処した。
「さすが白の術師様、ってか?
魔力の使い惜しみってことをしないな」
「私は魔力量が多いから。
魔力切れを体験したことがないから、持久戦も負けないわよ?」
魔術師と戦う上で用いられる戦術としては、術を使われる前に速攻で決めるか、魔力切れを起こすまで持久戦に持ち込むか、が基本である。
魔力切れを起こした術師は、重度の枯渇状態に陥り、立っていることすらも難しい状態となる。
そこを狙って、敢えて大技を出させるのだ。
「別に、速攻か持久かだけが対魔術師用の戦い方じゃないぜ?」
ニヤリと笑うサージェントに、なにか仕掛けてくるつもりか、とフィリアは警戒を覗かせる。
サージェントは勢いよく剣を振り上げると、そのまま地に突き立てた。
グッと空気が震える。
「……まさか、貴方祝福持ち?」
「よく知ってるな。
俺には焔の祝福がある。
この意味、わかるだろ?」
祝福持ち。
それは無色の民の、選ばれた者にしか現れない力。
昔、まだ神が人と近い距離にいた頃――それこそこの国の初代国王の時代――神は自らの気に入った人間に祝福を授けた。
一説にはそれは、四色族と異なり特別な力を持たない無色の民への、神の温情だとも伝えられている。
「今もあるということは、血への祝福か、先祖がえりと言うことかしら?」
「ああ、俺は先祖がえりのほうだ」
祝福は基本的にそれが与えられた人間だけに作用する。
しかし稀に、本人は祝福を受けていないのにも関わらずその力を発揮できる者がいた。
1つは血への祝福を受けた場合。
これはよほど神がその人間を気に入った場合にしか与えられない、文字通りその血族全てに授けられる祝福である。
だが、血が薄まっていくと共に祝福の力も弱くなっていくという欠点があった。
もう1つが先祖がえり。
これはとても特異なことで、祖先の誰かに祝福が与えられている場合に、その子孫に再び祝福が表れる例である。
しかもこちらは力の弱まりがなく、受けた祝福の力をそのまま使うことが出来るのだ。
「この力があったから、俺みたいなやつが陛下の近衛なんてものをやってられるのさ。
――それじゃ、いくぜ」
サージェントが再び向かってくる。
元々守りの結界は発動しているが――
ゾクリと、肌が粟立ちフィリアは無意識のうちに防御の魔術を三重に展開していた。
魔術と剣が、ぶつかり合う。
甲高い音をたてて、防御の壁が全て砕け散った。
しかしサージェントの方も勢いを殺され追撃は出来ない。
フィリアは慌てて彼から距離をとった。
「なによその攻撃力。
上位攻撃魔術といい勝負じゃない」
「お褒めに預かり光栄だ。
だが、こんなもんじゃないぜ?」
うわ、とフィリアはあまり女の子らしくない悲鳴をあげた。
刃から炎が生じ、こちらに向かってきたのだ。
急いで水の魔術を使い火を消す。
「なにそれ!
魔術みたいなこともできるの!?」
「俺の先祖はなかなか神に気に入られていたみたいだからな!!」
会話の合間にも攻撃の手は止むことはない。
このままでは勝負がつくのは数日後だろう。
よし、とフィリアはある提案をした。
「ねえ、このままじゃ決着がつかないわ。
ここはお互いが出せる最高の技を出しあって、競り勝った方が勝ち、ということにしない?」
サージェントも攻撃をやめ、ふむ、と考える。
確かに、この他にもやりたいことはあるし、フィリアのことは今日一日しか借りることが出来ないのだ。
このままではそれらの計画が実行できなくなる。
「わかった」
お互いに頷き合い、適切な距離をとった。
意識を研ぎ澄まし、力を集中させる。
フィリアは五重の魔方陣を正面に描き、更にそれを囲むように三重魔方陣を五つ展開させた。
バチバチと、密度の高い魔力が反応し合い火花を散らす。
「怪我をしても私が完璧に治してあげるから安心していいわよ?」
妖艶ささえも滲ませて笑んだ。
対してサージェントは剣を正中に構えると、目を眇め先を見つめた。
その周囲には火の粉が飛び、剣をぐるりと大蛇が這うように焔が包む。
「そっちこそ、自分が怪我したんじゃ治療が出来ないから大変だぜ?」
ギラリと獲物を見つめる目を輝かせて獰猛に笑う。
周囲が軽く二人に怯えるなか、二つの技が正面からぶつかり合った。
―――結論から言えば、二人の勝負は引き分けた。
まずお互いの攻撃は競り合うと同時に周囲に激しい衝撃波をもたらし、訓練所の壁が一部崩れた。
それを見た観客として集まっていた兵士達もその様に慌てて安全な場所に避難した。
そして数分後、技同士がお互いの力で相殺されて消え失せるころには……周囲には何もなくなっていた。
そう、何もである。
訓練所で兵士達が休憩に使っていた建物も、周囲にいた人々も、挙げ句舗装された石畳までもが綺麗に無くなっていたのだ。
「――あー、これは、やっぱり…」
「やり過ぎ、かしら…?」
戦いが終わり、やっと周囲の状況が目に入った二人は顔を見合わせて曖昧な笑みを浮かべる。
もはや乾いた笑いしか出ない。
「……なにを、しているのです?」
声が聞こえて、びくりと飛び上がった二人は恐る恐る後ろを振り返った。
そこには案の定、顔をひきつらせたカインの姿が。
「あ、いやー、そう、少し訓練に熱が入って、な?」
「そ、そうなのよ…
ついね、つい」
「ほう…
私はどこの国の軍勢が攻めてきたのかと驚きましたよ。
城の廊下を歩いていたら突然窓が粉々に砕けましてね?
他国には素晴らしい力を持った方々がいるものだと、ねえ?」
城の窓。
そんなところまで被害が。
二人はサアッと顔を青くした。
「いや、全く大変なことですね。
今回の被害総額はなかなかのものになりそうですよ。
なにせ訓練所は全壊、城の窓はほとんど全て割れてしまいましたし、壁の一部にヒビが入ったという報告も…」
「っ、フィリア!!
お前の魔術でなんとかならないのか?
ほら、怪我しても治すとか言ってたし、こんなの簡単だろ?な?」
「えっ、私!?」
フィリアはぎょっとした。
ここで振るな!!と心の中で絶叫する。
しかし自分もこの事件の一端を担っている以上放っておくわけにもいかない。
頭の中の魔術の知識を全て引っ張り出して、フィリアは考えに考えた。
その時間、五分。
隣でサージェントは期待の眼差しを向けてくるし、カインは相変わらず極寒の空気を纏っている。
そうしてようやく、フィリアはひとつの手段を思い付いた。
「――いけるわ!!」
「ぃよしっ!!
さすがフィリア、信じてた!俺は信じてたぜ!!」
サージェントが歓声を上げる。
フィリアは目を閉じて意識を集中させ、大きく深呼吸した。
グッ、と彼女の足元に魔方陣が広がる。
それはどんどん大きくなり、城を包み込むほどにまで成長した。
フィリアが眉を寄せると同時に、目を開けていられないほどの光が陣から発され、それがおさまった頃には、壊れる前と全く同じ状態の景色が広がっていた。
ふう、と汗を拭いながら二人を振り返る。
「…どうかしら?
たぶんこれで大丈夫だと思うのだけど」
ポカーン、と二人はフィリアを見ていた。
しかしじわじわとサージェントはその顔に笑みを滲ませ――勢いよくフィリアに抱きついた。
「よっしゃー!
ありがとなフィリア!
これで怒られずにすむ!!
給料も引かれる心配もない!!」
「…いやはや、さすがは白の術師様と言ったところでしょうか。
けれどこれ程までとは」
カインも先程までの怒りようが嘘のように感心してフィリアを見つめていた。
「よし、これで文句はないだろ?
それじゃ次の予定もあるし、行くぜフィリア」
カインにどや顔で言い放つと―事態を解決したのはサージェントではないのだが―彼はフィリアを引っ張って次の目的地へと向かった。
言われたカインは、小さくなっていく二人の後ろ姿を眺めつつ、顎に手をあて考える。
「――確かに解決はしましたが、サージェントには陛下からのお説教が必要な様ですね」
そうして彼は今回のことを国王に伝えるため、謁見の間へと向かうのだった。




