第一話 最強の剣は、抜かれる前から壊れていた
最強の剣が抜かれるまで、あと七秒。
抜かれてから壊れるまで、三秒。
そして壊れた瞬間、この大広間にいる百二十七人のうち、少なくとも四十三人が死ぬ。
俺の目には、それが見えていた。
「今より三百十二年前――」
白い法衣をまとった神官長の声が、王城の大広間に響き渡る。
「断界剣アークは、救国王レオンハルトの死とともに、この台座へと還られた。それから今日まで、王家の血を引く三十一名の勇士が、十年に一度の継承の儀へ挑んだ」
玉座の前には、一本の剣が安置されている。
金色の台座。
黒い鞘。
握る者を拒むように、複雑な紋様が刻まれた白銀の柄。
神造兵器《断界剣アーク》。
山脈を切り開き、十万の魔物を一夜で葬ったと伝えられる、王国最強の剣だ。
「しかし、剣は誰にも応えなかった」
神官長の言葉を、集まった貴族たちが息を潜めて聞いている。
「柄を動かすことさえ、かなわなかったのである」
三十一人の挑戦者。
誰も抜けなかった伝説の剣。
だからこそ、王国ではこう信じられている。
断界剣は、自らの所有者を選ぶ。
正しい王家の血。
英雄にふさわしい魔力。
民を守ろうとする強い意志。
すべてを備えた人間が現れたとき、断界剣は再び目覚めるのだと。
「そして本日、我々は三十二人目の継承者を迎えた!」
神官長が両腕を広げる。
台座の前に立つ金髪の青年へ、人々の視線が集中した。
ギデオン・アルヴァレス。
十八歳。
王弟の孫にあたり、王家の血を引いている。
保有魔力量は、王国の騎士の平均を大きく上回る。
十五歳で騎士団へ入団し、国境の魔物討伐でも功績を挙げていた。
王家の血。
強大な魔力。
目に見える実績。
断界剣に選ばれる者がいるとすれば、彼しかいない。
少なくとも、この場にいるほとんどの人間は、そう考えている。
俺を除いて。
「完全なる神造兵器は、今代の英雄を待っておられたのだ!」
神官長の言葉に、広間が拍手で満たされた。
完全なる兵器。
その言葉を聞くたびに、俺は気分が悪くなる。
病弱だった養姉のエルシアは、昔からよく言っていた。
――完璧だと言い張るものほど、見えない場所に壊れた部分を隠しているのよ。
姉はいつも穏やかに笑っていた。
熱で起き上がることさえできない日にも、他人の心配ばかりしていた。
だが、時折その笑顔が、ひどく恐ろしく感じられることがあった。
理由は、今でも分からない。
ただ、完璧という言葉を信用してはいけないという姉の教えだけは、間違っていなかった。
俺には、断界剣が完全には見えなかった。
むしろ逆だ。
剣の内部は、赤黒い亀裂で埋め尽くされていた。
《対象名称――断界剣アーク》
《分類――神造兵器》
《第一封印――条件未充足》
《第二封印――条件未充足》
《第三封印――接続待機》
《制御環――反転接続》
《起動後、魔力逆流まで推定三秒》
俺の能力、《不具合鑑定》。
物、建物、魔法、契約。
それらが、どのような条件で壊れるのかを見ることができる。
ただし、見えるだけだ。
直すことはできない。
強化もできない。
新しい物を生み出すこともできない。
十五歳の祝福の儀でこの能力を授かったとき、鑑定官は俺を見て笑った。
欠点を見つけるだけの能力。
戦闘にも、生産にも、治療にも使えない。
《不具合鑑定》は、最低等級のハズレスキルだと判定された。
その結果、俺が就職できたのは王宮倉庫管理局。
担当は、壊れた魔道具や、廃棄予定の備品ばかりを集めた第三保管庫だった。
今日この場所にいるのも、継承の儀へ招待されたからではない。
断界剣を地下宝物庫から大広間へ移送する際、台座と運搬器具の在庫記録を担当したからだ。
俺に与えられた仕事は、大広間の隅で儀式を見届け、終了後に備品の数を確認すること。
それだけだった。
少なくとも、数分前までは。
「王族警護、交代要員が到着しました!」
大広間の扉が開いた。
銀色の髪を持つ女騎士が、一人で入ってくる。
黒を基調とした騎士服。
腰に武器はない。
伏せがちな青灰色の瞳は、大広間の誰も見ていなかった。
背筋を真っすぐに伸ばし、周囲の視線を気にすることなく歩いている。
セラ・ヴァルク。
十九歳。
王国最強の騎士と呼ばれる女だ。
あらゆる武器を、握った瞬間から達人以上に使いこなす能力《完全適合》の持ち主。
強すぎる能力を警戒され、王城内では武器の携帯を禁じられている。
本来、セラは北門を警備する予定だった。
しかし、王族警護を担当する近衛騎士が直前に負傷し、代わりに呼ばれたらしい。
セラが大広間の敷居をまたいだ。
その瞬間。
カチリ。
台座の内側から、小さな音がした。
古い錠が外れるような、乾いた音。
周囲を見回す。
誰も反応していない。
神官長は儀式の言葉を続けている。
ギデオンも、剣だけを見つめている。
聞こえたのは、俺だけなのか。
断界剣を鑑定する。
表示が変わっていた。
《第三封印――管理権限接続》
《解除済み》
三つある封印のうち、一つが外れている。
なぜだ。
儀式は、まだ始まっていない。
ギデオンは、剣に触れてさえいない。
変化があったとすれば、セラが入ってきたことだけだ。
断界剣から一本の細い赤線が伸びている。
赤線は、ギデオンではなく、広間の後方へ向かっていた。
線の先に立っているのは、セラだ。
彼女は、自分に向かって伸びる赤線に気づいていない。
王族の近くへ移動し、その場で静かに立ち止まった。
「ギデオン・アルヴァレスよ」
神官長が呼びかける。
「汝は王家の血を継ぎ、王国を守る意志を持つ者であるか」
「はい」
「その命を、民のために捧げる覚悟はあるか」
「我が剣も、我が命も、すべて王国へ捧げます」
堂々とした答えだった。
貴族たちから、再び拍手が上がる。
ギデオンが台座へ近づく。
一歩。
二歩。
断界剣の内部で、魔力が動き始める。
まずい。
《第一封印――血統照合開始》
ギデオンが右手を伸ばす。
《照合完了》
《第一封印――解除》
王家の血。
これが一つ目の条件。
ギデオンの指が、柄へ触れる。
《第二封印――魔力照合開始》
《必要魔力量到達》
《第二封印――解除》
二つ目は、一定以上の魔力。
そして三つ目は、セラが大広間へ入った瞬間に解除されている。
断界剣は、英雄を選んでいたのではない。
鍵が三つ揃うのを待っていただけだ。
過去の三十一人は、王家の血や魔力が足りなかったわけではない。
第三の鍵が、その場にいなかった。
セラが初めてこの儀式へ立ち会った今日、三百十二年間閉じていたすべての錠が外れた。
ギデオンが、選ばれたわけではない。
偶然、最後に柄を握っていただけだ。
《全封印解除》
《神造兵器、起動》
《制御環への魔力流入開始》
《逆流まで、残り七秒》
「お待ちください!」
俺の声が、大広間に響いた。
拍手が止まる。
国王、王妃、王族、貴族、騎士、神官。
百人を超える人間が、一斉にこちらを振り返った。
ギデオンも、柄を握ったまま俺を見る。
「何者だ」
低い声だった。
それだけで、周囲の空気が冷たくなる。
俺は自分の服装を見下ろした。
灰色の上着。
黒いズボン。
胸元の小さな木札。
王宮倉庫管理局・第三保管庫。
豪華な礼服をまとった貴族たちの中で、俺だけが明らかに場違いだった。
「王宮倉庫管理局所属、トーマ・リードです」
「倉庫管理局?」
ギデオンが眉を寄せる。
後方から、小さな笑い声が聞こえた。
「なぜ倉庫番が、継承の儀を止める」
《逆流まで、残り六秒》
「その剣を抜いてはいけません」
広間がざわめく。
「断界剣アークに、重大な不具合があります」
今度は、何人もの貴族が笑った。
無理もない。
王国最高の鍛冶師と魔術師が、何度も調査した国宝だ。
対する俺は、十六歳の倉庫係。
しかも、壊れた物の管理しか任されていない。
神官長が、白いひげを震わせた。
「不具合だと?」
「はい」
「三百年以上にわたり王国を見守られた、完全なる神造兵器だぞ」
《逆流まで、残り五秒》
「完全ではありません」
笑い声が消えた。
「魔力を循環させる制御環が、逆方向に接続されています。剣を抜けば、蓄積された魔力が使用者へ逆流します」
「でたらめだ」
ギデオンが吐き捨てる。
「断界剣は、選ばれた英雄にしか抜けぬ」
「違います」
「何が違う」
《逆流まで、残り四秒》
「その剣は、選ばれた者にしか抜けないのではありません」
俺は断界剣を見る。
柄から伸びる赤い線が、ギデオンの腕へ入り込もうとしている。
「条件を満たした人間を、使用者として登録するだけです」
ギデオンの表情が険しくなる。
「つまり、私が条件を満たしたということではないか」
「三つの条件のうち、あなたが満たしたのは二つです」
「残る一つは何だ」
俺は答えられなかった。
答えを知らないからではない。
第三の条件が、セラと関係している可能性が高いと気づいてしまったからだ。
セラが、こちらを見ている。
青灰色の瞳。
感情を読み取れない、静かな目だった。
《逆流まで、残り三秒》
「ともかく、剣から手を離してください!」
「臆病者の妄言に、儀式を汚させるものか」
ギデオンが断界剣を引いた。
これまで三十一人が、わずかに動かすことさえできなかった剣。
その刀身が、何の抵抗もなく鞘から抜ける。
広間が歓声に包まれた。
「抜けた!」
「英雄だ!」
「断界剣アークが、ギデオン様を選んだ!」
ギデオンが勝ち誇ったように笑う。
「見たか。これが神に選ばれた者の――」
《逆流まで、残り二秒》
剣の内部で、制御環が回転する。
本来とは逆の方向へ。
俺の目には、魔力が刀身ではなく、柄へ集中していくのが見えた。
《残り一秒》
「剣を捨てろ!」
白い光が、広間を横切った。
音はなかった。
ギデオンが剣を振ったわけでもない。
それでも、彼の背後に立っていた石柱が斜めにずれた。
一本。
二本。
三本。
遅れて、切断された柱の上部が崩れ落ちる。
「逃げろ!」
大広間が悲鳴に包まれた。
騎士たちが王族を守ろうと走り出す。
その瞬間、断界剣から伸びた赤い線が、床を伝って騎士たちの足へ絡みついた。
「近づくな!」
俺は叫んだ。
だが、遅かった。
ギデオンを助けようとした騎士の一人が、突然膝をつく。
鎧の隙間から、白い煙が上がった。
「熱い! 身体が……焼ける……!」
断界剣アークが、周囲の人間を魔力経路として取り込み始めている。
助けようと近づいた者から、剣の部品に変えられていく。
「離れない!」
ギデオンが叫ぶ。
柄から手を放そうとしているが、指が動いていない。
右腕の血管が、青白く光っている。
剣が彼の魔力を吸い上げていた。
《一次脈動まで、残り二秒》
「全員、床の赤い紋様から離れてください!」
俺の声が届いたのか、王族を守っていた騎士たちが足を止めた。
直後。
一度目の脈動。
断界剣から白い光が放たれ、床に大きな亀裂が走った。
赤い線が、大広間全体へ広がっていく。
《二次脈動まで、残り四秒》
次に起きるのは、魔力経路の拡大。
その次が、制御環の破裂。
破裂すれば、剣に接続された人間の身体へ魔力が流れ込む。
俺の目には、四十三人の胸や頭へ到達する赤い線が見えていた。
「倉庫係」
女の声がした。
人々が逃げ惑うなか、一人だけ断界剣へ向かって歩く者がいる。
セラだ。
「お前には、あれの壊れる場所が見えるのか」
「見えます」
「なら、私が壊す」
「近づけば、あなたも剣に取り込まれます」
「取り込まれる前に壊せばいい」
「失敗したら死にます」
「失敗しなければ死なない」
「そういう問題ではありません!」
セラは、倒れた衛兵のそばに落ちていた儀礼用の槍を拾い上げた。
刃先の潰された装飾品。
実戦用の武器ではない。
だが、セラが槍を握った瞬間、立ち姿が変わった。
足の位置。
指の置き方。
穂先の角度。
初めて槍を手にした人間の構えではない。
何十年も鍛錬を続けた達人のように、すべてが完成されている。
《完全適合》。
噂以上の能力だ。
「指示を出せ」
「二度目の脈動まで、もう時間がありません」
「十分だ」
「根拠は?」
「私は強い」
「一番信用できない種類の根拠ですね」
「聞こえているぞ」
「聞こえるように言いました」
セラの口元が、わずかに上がった。
この状況で笑える人間を、俺は理解できない。
「鍔の下に制御環があります。ただし、今攻撃すれば蓄積した魔力が爆発します」
「いつならいい」
「二度目の光が消えた直後。制御環から刀身へ魔力が移る瞬間です」
「場所は」
「ギデオン様から見て左。鍔の付け根から、指二本分下です」
「私から見れば右だな」
「そうです」
「最初からそう言え」
セラが走り出す。
床を這う赤い線が、彼女の足元へ伸びる。
「線を踏まないでください!」
「見えないものを踏むなと言うな!」
「右へ二歩!」
セラが進路を変える。
「前へ三歩! 跳んでください!」
「命令が細かい!」
「事故を防ぐためです!」
セラが床に落ちた柱の破片を蹴り、赤い線を飛び越えた。
断界剣が反応する。
白い斬撃が、横薙ぎに広間を走った。
「伏せろ!」
セラは身体を倒して斬撃をかわす。
銀色の髪が数本、宙を舞った。
「危ない!」
「見れば分かる!」
ギデオンまで、あと五歩。
《二次脈動――開始》
断界剣アークから二度目の光が放たれる。
すべての窓ガラスが、一斉に砕けた。
セラは槍の柄を床へ突き立てる。
しなる柄を利用し、身体を宙へ投げ出した。
白い斬撃が、彼女の真下を通過する。
そのままギデオンの前へ着地する。
光が収束する。
制御環から、刀身へ魔力が流れた。
今だ。
「鍔の右! 今です!」
セラが槍を突き出す。
穂先が、鍔の下へ正確に当たった。
甲高い音。
だが、制御環までは届いていない。
固定具が歪んだだけだ。
「浅い!」
「なら、押し込む!」
セラは槍を引かなかった。
一歩踏み込み、石突きを掌で打つ。
槍の穂先が、鍔の内部へ突き刺さった。
制御環が台座から外れる。
断界剣アークの内部で、行き場を失った魔力が逆流した。
「剣から離れて!」
セラがギデオンの胸を蹴る。
ギデオンの指が柄から外れ、身体が後方へ飛ばされた。
次の瞬間。
断界剣アークは、刀身の中央から真っ二つに折れた。
白い光が消える。
広間に張り巡らされていた赤い線も、霧のように薄れていった。
静寂。
折れた刀身が、床へ落ちる。
三百十二年間、最強と崇められてきた伝説の剣。
その正体は、条件が揃えば誰でも起動できる、制御不能の兵器だった。
セラの身体が、わずかに揺れた。
「危ない!」
俺は反射的に駆け寄り、倒れかけた身体を支えた。
想像していたより軽い。
鎧を着ていないとはいえ、王国最強の騎士とは思えないほど細い身体だった。
「離せ」
「立てますか」
「立てる。少し魔力を吸われただけだ」
セラは俺の腕を借りながら、姿勢を戻した。
顔色が、わずかに青い。
「初対面の女性の腰へ手を回すとは、倉庫係は大胆だな」
「倒れそうだったから支えただけです」
「理由があれば触ってもよいと?」
「では、次から倒れるのを見守ります」
「それは困る」
「どちらですか」
「難しい問題だな」
この人は、さっきまで死にかけていた自覚があるのだろうか。
セラが、折れた剣先へ手を伸ばす。
「触らないでください!」
「もう壊れているぞ」
「壊れている物が安全とは限りません」
「面倒だな、品質管理員というものは」
「事故を起こす人は、大体そう言います」
「私は事故を止めた側だ」
「今回は、です」
セラが俺を見る。
怒ったのかと思ったが、青灰色の瞳は少し楽しそうだった。
「トーマ・リードだったな」
「そうです」
「覚えておこう」
「倉庫係の名前を覚えても、得はありませんよ」
「あるかもしれない。お前の指示は、悪くなかった」
セラが俺の肩へ手を置いた。
その瞬間。
俺の背中に、冷たいものが走る。
断界剣から伸びていたものと同じ赤い線が、セラの手から腕へ続いている。
俺は反射的に、一歩下がった。
「どうした」
「いえ」
「女に肩を触れられたことがないのか」
「あなたに触れられると、命の危険を感じるだけです」
「それは恋と似ているらしいぞ」
「誰から聞いたんですか」
「騎士団の女たちだ」
「信用する相手を選んでください」
セラが小さく笑う。
俺は笑えなかった。
赤い線は、彼女の胸の奥へ続いていた。
「負傷者を運べ!」
騎士団長の声で、大広間が再び動き始める。
ギデオンは意識を失っているが、命に別状はない。
魔力を吸われた騎士たちも、治療を受ければ助かるだろう。
国王と王族にも、けがはなかった。
安堵する間もなく、折れた断界剣アークが小さく震えた。
刀身の断面から、七本の赤い光が飛び出す。
一本は北へ。
一本は南へ。
残る光も、それぞれ異なる方向へ伸びていく。
光は大広間の壁をすり抜け、王都の外へ消えた。
《緊急停止を確認》
《統制機構との接続切断》
《代替起動信号――送信完了》
《接続対象――七》
嫌な予感がする。
非常に、嫌な予感だ。
前世でもそうだった。
一台の機械に重大な不具合が見つかったとき、同じ工程で作られた他の機械だけが正常である可能性は低い。
しかも今の光は、断界剣が壊れたことを、ほかの何かへ知らせていた。
しばらくして、一般の貴族や神官たちは大広間から退出させられた。
残ったのは、国王、宰相、騎士団長、セラ、そして俺だけだ。
人払いをした後に良い話が始まった経験は、前世にも今世にもない。
「トーマ・リード」
宰相が俺の名を呼ぶ。
「はい」
「お前には、神造兵器の欠陥が見えるのだな」
「欠陥というより、破損条件と、そこへ至る経路が見えます」
「修理はできるか」
「できません」
「強化は」
「できません」
「同じ物を作ることは」
「できません」
宰相は黙って俺を見る。
いつもの反応だ。
欠陥を見つけても、直せなければ価値がない。
事故が起きる前に止めても、何も起きなければ必要なかったと言われる。
だが、宰相が次に口にした言葉は予想と違った。
「壊れる前に、止めることはできるか」
俺は折れた断界剣を見る。
「条件が分かれば、恐らくは」
「そうか」
宰相が深く息を吐いた。
「陛下。これ以上は、この者にも事実を伝えるべきでしょう」
国王が重々しくうなずく。
「トーマ」
「はい」
「この世界には、断界剣アークと同じく神によって造られたと伝わる兵器が、ほかにも存在する」
予想していた言葉だった。
それでも聞きたくはなかった。
「いくつですか」
「断界剣を含め、八つが確認されている」
つまり、残りは七つ。
先ほど飛び出した光の数とも一致する。
「すべて調べろと?」
「そうだ」
「俺は倉庫係です」
「本日をもって、王命調査官へ任命する」
「辞退はできますか」
国王は穏やかに笑った。
「できると思うか」
「一応、確認しただけです」
隣でセラが俺の肩を叩く。
今度は、赤い線が見えても逃げなかった。
「諦めろ、品質管理員」
「あなたは関係ないでしょう」
「私も同行する」
「まだ命令されていません」
国王が口を開く。
「セラ・ヴァルク。トーマ・リードの護衛として、神造兵器の調査に同行せよ」
「承知しました」
返事が早い。
「少しくらい嫌がってください」
「旅は嫌いではない。各地の料理も食べられる」
「世界の危機より食事ですか」
「空腹では世界を救えない」
妙に堂々と言われると、反論しにくい。
「それに、お前は面白い」
セラがこちらを見る。
「私を怖がっているのに、危険になれば近づいてくる」
「仕事ですから」
「私を支えたのも仕事か」
「事故防止です」
「そういうことにしておこう」
セラは笑っている。
俺は、彼女の胸元を見た。
赤い線。
断界剣と同じ構造を持つ、魔力回路。
先ほどは一瞬しか見えなかった表示が、今度ははっきりと浮かび上がる。
《対象名称――セラ・ヴァルク》
《個体識別名称――未登録》
《分類――神造兵器・第九号》
《機能――統制鍵》
《管理状態――封印不完全》
《破損進行率――七十二パーセント》
《完全破損まで――推定百二十日》
国王は言った。
神造兵器は、断界剣を含めて八つ。
だが、俺の目の前には九つ目がいる。
人間の姿で。
自分が剣を目覚めさせたとも知らず。
自分があと百二十日で壊れるとも知らず。
何も知らずに笑っている。
「顔色が悪いぞ、トーマ」
セラが俺の顔をのぞき込んだ。
先ほどまでより、わずかに近い。
「私との旅が、それほど嫌か」
「そういうわけではありません」
「では、何だ」
答えられなかった。
あなたは人間ではないかもしれない。
あなたが大広間へ入ったから、三百十二年間抜けなかった剣が目覚めた。
そしてあなたは、あと百二十日で壊れる。
出会ったばかりの彼女へ、そんなことを伝えられるはずがない。
「少し疲れただけです」
俺は嘘をついた。
セラは数秒、俺の顔を見つめた。
すべて見抜かれたような気がしたが、彼女はそれ以上追及しなかった。
「なら、今日は休め」
「命令ですか」
「護衛としての助言だ」
「まだ旅は始まっていませんよ」
「細かい男だな」
「知っています」
この日、俺は最強の剣を壊した。
同時に、三百十二年間隠されていた封印を開き、眠っていた七つの兵器を目覚めさせた。
そして知ってしまった。
これから始まる旅で、俺が最後に止めなければならないものは、遠い国に眠る伝説の武器ではない。
今、俺の隣で笑っている少女そのものなのだ。
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