市川鈴菜 3話
「今日はありがとうー! また連絡するー! 以上!」と幹事が言って飲み会は終わった。
頭の中が回っている。立ち上がるとよろけてしまう。
「香奈美ちゃーん。私、お花摘みに行ってくるわん」
香奈美の顔がぼやけている。
「お花摘みて。じゃあ私ら先に外出てるから気をつけてよ」
「はいはーい」
トイレに向かって歩く。
「ていうか何で誰もついてきてくれないわけ? こんな酔っ払いを一人にして……一人にしないでよ」
トイレのドアを開け、鏡を見る。自分の顔がまともに見えない。
「もうメイク落ちてたらどうするの。とりあえずリップだけ塗るかぁ」
バッグからリップを取り出し塗った。赤い唇だけはっきり見えた。
「塗りすぎたかな。まぁいいや」
居酒屋のドアを開け、外に出ると、夜風が頬を撫でた。かすかにタバコの香りが混じっている。
タバコの香りをたどると、碧の後ろ姿が見えた。
煙が夜空に消えていく。
タバコ、美味しいのかな。
碧に近づいて、タバコを取った。
「路上喫煙禁止」
碧も伊織も何でこんなの吸ってるの。
ちょっとだけ、ちょっとだけ味見。
「ちょっとお前!」
タバコを思い切り吸った。
「ごほっごほっ。なんか味わかんない。ごほっ。やばい。涙出てきた」
味はよく分からなかった。ただむせて、涙が出る。
「お前吸ったことないだろ! 何してんだよ」
「はい返す」
碧がタバコをじっと見ている。
「何? 私が口つけたから汚いとか思ってんでしょ!」
「思ってねーよ」
むせてるわ、涙は止まらないわ最悪だ。
「大丈夫か?」
碧と目が合った。私は碧の頬に触れようと手を伸ばして止めた。
「だいじょーぶ!」
私は目を逸らして、笑った。泣いてるのに、笑って、自分でも訳が分からなかった。
「ごめん拭くものないや」
碧がTシャツで私の頬を拭いてくれた。
そのまま触れていてほしい。
私、今何を思った? 何で碧にこんなこと。
「あはは。Tシャツ汚れちゃうよ〜」
「洗えば大丈夫」
「碧は本当に優しいね〜私の癒しだよ」
碧、もうそれ以上は優しくしないで。
「癒しってなんだよ」
周りを見渡すと、みんながいない。
「あれ〜みんなは〜?」
「あ……帰った」
「置いてかれた〜ひど〜」
一人にしないでよ。碧と二人にしないで。
「送る」
碧がタバコの火を消した。
「いい、一人で帰る」
碧といたら私はおかしくなる。
もうどうなってもいい。
「そんなふらふらで一人とか心配」
「いいって」
碧の声が聞こえなくなった。碧怒ったかな。呆れたかな。
碧ごめん。言い方きつくてごめん。
涙が止まらなくて、手の甲で拭いていたらびしょびしょになっていた。
鼻水はすすってもすすっても出てくる。
「あらら、鼻水が止まんない」
鼻水を止めようとして、夜空を見ると星が輝いていた。
「見て〜星綺麗」
もう碧はいないか。涙がもっと溢れてきた。
本当は一人になりたくない。
誰かにいてほしい。
手を握られた。
碧が私の手を握って、「今日一つも星見えねぇぞ」と言った。
手を離さないと。そう思ったけれど、碧の手の温もりが心地良かった。
碧がさらにぎゅっと手を握ってきた。
ごめん碧。甘えていいかな。
「あったかいね」
私は握り返した。
空を見ると、碧が言っていたように星なんて見えなかった。でも星なんか見えなくても、碧の手の温もりで涙は止まった。
「あったかい」
「うん」
「あったかいね」
「そうだね」
玄関の前に着いた。
今からまた一人だ。でも、これ以上は。
手を離した。
泣くな。無理だ。また涙が流れる。
笑わなきゃ。
「碧、ありがとう、ごめんね」
碧の手、借りてごめんね。
「じゃあね」と言って家に入った。
その場でしゃがみ込んだ。
手の温もりが消えていった。
*
ベッドの上で、スマホを見つめる。
「よし、今なら消せる」
ラインのトーク画面を開き、元彼とのラインを削除した。
「できた……次、写真」
写真フォルダを開いて元彼の写真を削除しようとしたら、昨日の飲み会の写真が目に入った。
「私ちゃんと笑えてんじゃん。でもちょっと引き攣ってる。ははは」
最後の写真は碧と二人で写っていた。私の笑顔は引き攣ってない。
着信音が鳴った。碧からだ。
「もしもし」
碧の低い声で耳がじんわり温かくなる。
「碧、おはよ……」
「もう昼だけどな」
「うーん」
「昨日あのあと大丈夫だった?」
「大丈夫だったよ〜」
「昨日のこと全部覚えてる?」
碧と手を繋いで帰ったところは鮮明に思い出す。私は自分の手を見た。冷え切った手をぎゅっと握った。
「う〜ん。まぁまぁ」
「ふーん」
「ふーんて」
「あの、さ」
「何?」
「今度、二人で飲みに行こう。いや、二人でどっか行こう」
だよね。昨日のあれはそういうことだよね。でも、今はまだ……
「えっと……ごめん。彼氏いるから」
「えっ? 彼氏とは……」
ごめん、碧。
「分かった。またみんなで飲みにいこうな。じゃあ」
電話が切れた。
「ごめんね。碧」
今はまだ。
起き上がって遮光カーテンを開けた。眩しくて目を瞑る。徐々に目を開けると、青い空が広がっていた。




