神さま、葬る。
人間は修練をしなければ気配探知が使えないのに、魔物は生まれながらにして使えるとでも言うのだろうか?
たいした音は出していないと思うのだが、水魔蚱の淡い光も、角骸鯨達が鳴らしている地響きも、俺達の方へと寄り道する事なく、真っ直ぐに向かって来ている。
見た目がでっかいクラゲとイッカクなのだから、大人しく海中の生物でも食っていろと言いたくなる。
なんでわざわざ陸地に住む人間を捕食するのだろうか。
ヒトは魔物より弱いだろうが、小さいし食い出も無い。
長距離を移動してまで、わざわざ食べに来る必要は無いと思うんだ。
しかも魔物の個体数に対して、コッチの人数は今現れたカノンを足しても、七人しかいないんだよ??
絶対にお腹を満たせないじゃない。
無意味な事ってすべきじゃないと思うんだ。
「愚痴は後回しにしろ」
ブチブチ文句を言っていたら、側頭部にチョップを食らった。
確かに俺達は死にかけ一名と、戦力にならない四名というお荷物を抱えた状態だ。
接近されてから倒すとなると、少しばかり手間に感じる数の魔物が向かって来ている。
ならば遠く離れた位置から、大規模な術で一掃してしまうのが楽なんだよね。
なにせこの後暫くの間は吹雪の予報になるという事だ。
だから沢山狩りをするぞって、オッサン達が言っていたんだもんね。
つまりラクサリス村の面々は、地下に籠るんだろ?
ならば湖面の氷が割れようが、何の問題も無いって事だもんな。
どんな術を使おうが、怒られる事は無いだろう。
カノンは方陣の補助ナシで転移術を使った弊害で、結構な霊力を消耗している。
ならば余力のある俺が対処をするのが、一番手っ取り早いし確実だ。
「空飛ぶ石版の制御、任せて良い?」
「浮かせた後なら承ろう」
カノンは颯茉と直接契約をしているので、風精霊術の霊力消費量が少なくて済む。
苦手な地精霊術で石版を作るのを丸投げされるのは分かるが、ソコに霊力を巡らせて浮かせるまでやれと言われるとは思わなかった。
何かあった時のために、霊力を温存しておきたいのかな?
カノンも颯茉と契約した事で、また一段と霊力の総量が上がったと言うのに。
慎重な性格なんだろうなぁ。
俺の大雑把さ加減を分けてやりたい。
まずは寿司桶やタライのような見た目の石版を、精霊術で作ろう。
土があれば消費霊力が少なくて済むのだが、残念ながらココは湖の上だ。
土がないので一から手作りしなければならない。
……そういえば地響きって、氷上でも使う表現なのだろうか?
はて??
指で空を何度かなぞり、大きさを決める。
徐々にではあるが、確実に戻っていっているトシの顔色を伺っていた青年達の足元に石版を出現させ、そのまま宙に浮かせた。
回復体位を崩さないように操作をしたので、揺れたり傾いたりしなかったせいか、青年達は自分が今空を飛んでいる事実に、全く気付いていない。
そのまま何も気付かずに大人しくしていてくれると、とても助かるのだが。
「なんだ、この変な形は」
「速度出す時に掴まれる所があった方が良いでしょ?
それにトシの意識が回復した時に、暴れでもしてバランス崩れて転げ落ちでもしたら、危ないじゃないか」
こんな物に乗りたくないと、今度はカノンが文句を言い出した。
結構カノンって見た目に拘るよね。
神依の時の格好は特に苦言を漏らさなかったのに。
俺の場合は、ビジュアルよりも利便性優先になる。
安易に俺の申し出を受け入れるからこうなるのだ。
石版に捕まってよじ登ったら危ないからと、カノンは精霊術を使って浮いて盥の上に移動した。
コレで俺は空飛ぶ石版の制御を手放して大丈夫だね。
言われずともトシの容態を看ていて欲しい事と、この後俺が無茶をする事と、シッカリ理解してくれているのが有難いね。
さすが付き合いが長いだけある。
氷の精霊が眠っていなければ、湖面の氷そのものを使って、上の大行進中の魔物の群れも、下の集まって来ている水魔蚱の群れも、全て串刺しに出来るのに。
氷の精霊じゃなく、浅葱でも同じような事は出来ただろう。
なのにアイツも、瑞基に名前を呼ばれてしまったせいで眠ってるんだよね。
姉弟揃って使えないヤツ等である。
信仰心がない人達の心を掴む、ここぞという見せ場だろうに。
タイミングが悪いのだろうね。
ヤレヤレである。
闇の精霊と相性の悪い精霊の術の威力が落ちるのならば、ヤツ自身の精霊術の威力は上がるんだよな。
少なくとも、鑑定眼の精度は上がっているし。
ならばヤツの力を使った 如影従形を使って、半径五km以内の範囲にいる魔物を全て倒してしまえば……
……イヤ、あの術は無遠慮に魔物を食い散らかす術だ。
辞めておこう。
精霊術発動の途中で辞めれば、影に引き寄せられた魔物を集めるだけに留められる。
しかしタイミングを見誤り、最後まで発動しきってしまった場合、文字通り何も残らない。
影が喰われた時に飛び散った、地面にこびり付いた血痕で氷を溶かした跡が少し出来るくらいじゃなかろうか。
どうせなら肉も素材も、村へ行く時の手土産にしたい。
第一印象は大切だもんね!
コレだけ距離が離れていると、そのタイミングを掴むのは非常に難しい。
というか、ほぼ無理と言える。
なので別の術にするべきだな。
闇の精霊の術を使う、その感覚ならば掴んでいる。
だから固有の詠唱や発動するための術名が無い闇属性の精霊術でも使う事は出来る。
闇の精霊に頼んで、魔物を近くに寄せて貰えば良い。
良い、のだが……
他の精霊――四大精霊と言われる、地水火風の精霊と違って、闇の精霊・光の精霊・時の精霊は、低位の精霊がいない。
あの三人はボッチなんだよね〜……
同属の精霊がいないのだ。
如影従形で魔物を喰らっているのは、闇の精霊本人ではないから眷属くらいはいるのだろうが。
闇の精霊術を使うとなると、闇の精霊本人の力を借りる事になる。
アイツとパスが繋がる感覚を、こう何度も味わうのはなぁ……
イヤ、ソレでアイツの気配に慣れておいて、いざ対面しなければならない時のために心構えをしておくべきなのかもしれない。
うん、きっとそう。
そう、なのだろう。
名前の付いていない精霊術を使う時は、明確なイメージが必要になる。
精霊に自分が起こしたい現象を過不足なく伝えなければ、どれだけの霊力が必要なのかのやり取りすら出来ないからね。
家を建てる時、どれだけの土地面積を用いてどんな間取りにするのか。
建材は何を使用し設備の仕様をはどのようにするのか。
諸々の詳細が記載されていない工事内容を提出されても、見積もりが出せないのと同じだ。
霊力のやり取りは、金銭による取引みたいなものだからね。
俺は底なしレベル……と言ったら流石にふかしすぎか。
まぁ、精霊神となった皆に一歩及ばず程度の、人間離れした霊力量を誇る。
精霊が霊力を世界の秩序を守るために使用している事も知っているので、欲しいなら幾らでも持って行って良いよ、のスタンスでいる。
けれど本来はそんな適当な取引をするものではないし、霊力が無くなれば死んでしまうので、大雑把などんぶり勘定はすべきではない。
だから完全なオリジナルの術は、信頼のおける契約をしている精霊としかしない。
カノンが回復薬を作る時に使う、水の精霊の術なんかもそうだ。
ソレを踏まえた上で、俺が、闇の精霊を、信用……
……う〜ん。
無理だな!
記憶を持っているのだからある意味当然の事かもしれないが、精霊の皆は生前の頃と殆ど変わらない。
この世界の神に精霊として転生させられた時、行動の制限を設けられ縛られてしまった。
そのせいで、話せない事は多いし思考にブレーキが勝手にかかる事もある。
しかし根っこの部分は、変わっていない。
ソレを考えると、闇の精霊も生前と根幹は変わっていないのだろう。
クズでゲスな、人を使い捨てのモノとしか見ていないようなヤツだった。
そんなヤツを信頼して、自分の生命力と同等の価値を持つ霊力の使用権限を明け渡すなんて事は出来ない。
吸い尽くされて死んだら嫌じゃん。
精霊となった今、そういうヒトを害す行動は出来なくなっていたとしても、ヤツは志半ばで俺に裏切られて殺されている。
‘’地球再生計画‘’を隠れ蓑にしたヤツの本当の願いは、植物状態になって寝たきりだった、生前の稜霓の復活だった。
しかし俺が闇の精霊の意に反して、神の名を冠する「スキル」持ちである基未達を生かす事を独断で決めてしまった。
そのせいで計画に必要な生命エネルギーが不足する恐れがあった。
だから琥珀達にしたように、稜霓と闇の精霊の二人を殺して、生命エネルギーを根こそぎ奪っている。
俺からしてみれば、血の繋がった、しかし情のない両親よりも、友人達の方が大切だったし優先させたかったからね。
二人の「スキル」も持っていなかったし。
願いが叶うと信じていたのに、あともう一歩という所で、まさか何をしても反抗しなかった俺に、土壇場で裏切られてしまったのだ。
その恨みを原動力に世界の理を捻じ曲げて、俺を殺す機会を虎視眈々と狙っている可能性だってあるワケじゃん。
命を預けるような、信頼関係が築けるワケがない。
う〜ん、そうなると……
「――其は魂を看取る破滅の凶刃
我が放つは漆黒の刃
葬刃霊臥!」
腰に差してある刀を構え、珍しくキチンと詠唱文を唱え、居合のように抜刀をした横薙ぎの一撃に、その精霊術の効果を乗せる。
その術の効果範囲は、俺が指定した扇状前方に三km程先まで。
その距離より向こう側に魔物はいないし、ヘタに遠くまで術の効果を広げてしまうと、陸地で絶賛狩りの真っ最中の人達を巻き込んでしまいかねないからね。
葬刃霊臥は槍や剣のような武器に付与をするタイプの術で、効果は術者の動作と指定範囲によって異なる。
俺が今行ったのは、抜刀と共に刀を横一文字に振り抜いただけだ。
つまり、空気を切っただけになる。
ヒュンッ!と、とても良い音がしたよ。
しかし葬刃霊臥を付与した事によって、ただ格好付けただけに見えるその動きは、意味のある行動になった。
その横薙ぎの動き、またその動作によって生じた衝撃が、指定した効果範囲内にあるモノ、全てに伝わったからだ。
腰を落として抜刀したから、湖面から一m程の高さに横一直線に、三km程先の最後尾にした角骸鯨まで全て、斬ってやったという事だ。
つまり今、氷上の魔物は全滅した。
指定した範囲内の全てのモノに例外なくその衝撃が伝わってしまうので、巻き込みたくない対象がいたら使えない、非常に使い勝手の悪い術だ。
ホント、闇の精霊の術って、鑑定眼以外は使い勝手が悪いよね。
納刀をしながら、ヤレヤレとひとつ、溜息を吐いた。




