いつかの約束
マリアは、不満げな顔で唇を尖らせている……。
たぶん、なかなか進展しない義父の恋がもどかしいのだろう。
そんな彼女に、ブラドが言った。
「でも、マリア。タイショさんの命日にみんなで集まってラメンを食べたことで、気持ちの整理がついた部分があるからね。これからの二人に期待しよう!」
オーリが照れた顔で、鼻を鳴らす。
「……ふん。ま、久しぶりにナンシーとさしで、酒を飲むのも悪くねえ……つーか、カレーラメンには、『カンクォリ』と『ミソ』が入ってたのかよ!? ちっとも、気づかなかったぜ」
その言葉に、ブラドは頷いた。
「ええ、僕も驚きました。ミソとカンクォリ、どちらもクセの強い味ですからね」
私も顎に手をやり、思い出す。
「ふーむ? 思い返してみれば確かに、植物の焦げたような香りと苦みがあった。それに、様々な食材をスープに馴染ませてコクを与えていたのは、ミソの力だったのか……」
私は少し考えた後で言う。
「なあ、レン。確か以前、『ミソラメン』というのがあると言っていたな。それ、私たちに食べさせてもらえないだろうか?」
レンも考える顔をしながら言う。
「味噌ラーメンか……そうだな。醤油、塩、豚骨と作ってきたが、そういや味噌はまだだった。よし、次のラーメンは、味噌ラーメンで行こう」
「一緒に、テンザンも連れてきていいかね? 彼の故郷の『ミシャウ』とどう違うのか、味の感想を聞いてみたいのだよ」
「もちろん、いいぜ! っていうかそれ、面白そうだな。俺の世界の味噌とこっちのミシャウ、違いを知るのが楽しみだ」
私は大きく咳ばらいすると、訴えかける声で言った。
「ワガママついでに、もうひとつ……レン、頼みがある。今度また近いうちに、カレーを食べさせてくれないか? だって、一生に一度のカレー味なんて、あまりに寂しいよっ!」
カレーはラメンと同じく、記憶を基に再現するには複雑すぎる味である。
せめて、あと何度かしっかり味わって食べないと、我々の世界で似た料理を作る事すらできないだろう。
だけどレンは、顔を曇らせる。
「カレーを……? うーん。カレーと言えばライスかナン、チャパティだけど、俺はラーメン屋だからよ。屋台で出すのはラーメンにしたいんだ。カレーラーメンが続くのもどうだかなぁ」
私は、ガックリと落胆した。
「くっ。そ、そうか。ならば、無理強いはすまい……」
レンはニヤリと笑う。
「でもま、『屋台を離れて友達と遊ぶ』って名目なら、カレーを作るのは全然ありだぜ! 親父も異世界で、ラーメン以外に色々と残してたみたいだしな」
「お、おお……っ! では!?」
「ああ。作ってやるよ、とびきりのカレーをな! さっき、リンスィールさんが『グルメはシチュエーションが大事』って言ってたろ? カレーには、あるんだよ……みんなで食べるのに、最高のシチュエーションがさ!」
すぐさまレンに聞き返す。
「最高のシチュエーション? それは、どのようなものだね!?」
すると彼は、腕組み顎上げポーズで言う。
「その名は、『キャンプカレー』っ! 山や川にテントを張って焚火して、飯盒で白飯を炊いてカレーライスを食うんだ。下手に凝らずに市販のルーを使って簡単に作るんだが、大自然に囲まれてわいわい騒ぎながら食うカレーは極上だぞ!」
ブラドが感心した顔をした。
「へえー。つまり、野宿を遊びにしてしまうわけですか。面白い発想です」
「ああ、その通りだ。海はこないだ行ったから、次は川がいいかもな。まだまだ寒い季節だし、いつか暖かくなったら、みんなで行こうぜ!」
マリアが手を叩いて大喜びする。
「わあ、素敵っ! 楽しみだわぁ。早く春が来ないかしら!?」
それを見て、私は笑った。
「ふふふ。レン、君たちの世界は、とても平和なのだろうね……『野宿を遊びにする』なんて発想自体、治安の保たれた世界でしかありえないものだからな。我々の世界も、戦争が終わって三十年が経つ。魔王の魂はどこかで肉体を得てるのだろうが、幸いにも未覚醒でいるようだ」
私が生きてきた400年の半分以上は、魔族との戦乱の世であった。
父も母も戦争で失ったし、各地を旅する中で、惨たらしい破壊の跡も目にしてきた。
昨日会った人が今日亡くなるなんてのは日常茶飯事で、誰もが明日を生きれる保証がなかったのだ。
……『いつか』。
この言葉に、希望が持てる。
それが、どれだけ嬉しいことか!
私は万感の思いを込めて言う。
「タイショの事故は残念だったが……みなが生きてる前提で、こんな風に『いつかの約束』できるなんて、私はとても幸せだよ」
オーリも頷く。
「ああ。こうして深夜に集まって、美味い料理を落ち着いて食えるのも、平和な世の中ならではだな」
「うむ、文化や芸術と言うものは、伝えるものがいなければ廃れてしまう。豊かな時にあらゆる美食を味わって、広く後世に伝えることこそ、我ら美食家の使命だね!」
実は私は、今まで味わったグルメを事細かに記録し、本にして売っている。
いわゆる、美食のガイドブックだ。
評判は上々で、書店での売れ行きはそれなりに良い。
今はもっぱら、レンの作ってくれる『様々なラメン』について執筆していた。
まだ、本にはしていないが……タイトルはさしずめ、『異世界・ラメン・ヤタイ』と言ったところかな?
ブラドが真剣な顔で言う。
「タイショさんのラメンだって、下手したらこの世から消えてましたからね。義父さんやリンスィールさんみたいに、あの味を復活させようと頑張った人達がいてくれたから、ラメンはファーレンハイトの名物料理になったわけです」
マリアもうんうんと、何度も頷く。
「そっかぁ……。グズグズする余裕があるのも、今が平和だからなのよね。そう考えると、お義父ちゃんの煮え切らない態度も、なんだか愛しく思えてくるわ」
ふと、マリアが私の胸元を指さしてクスクス笑う。
「やだー! リンスィールさんったら、お行儀悪い。胸元に、カレーの染みができてるじゃない」
私は、慌てて自分の胸元を見る。
「えっ……あ!? 本当だ。よく見たら、茶色い染みがポツポツと……って、みんなもじゃないかっ!」
「ええっ!?」
私の言葉に、他の3人も一斉に胸元を見る。
「俺っちなんか、腹の辺りまで大きな染みができてやがるぞ」
「僕のシャツも汚れてますよ。次にカレーラメンを食べる時は、胸からナプキンでも下げた方がよさそうですね」
マリアも、ため息交じりで言った。
「あーあ……白いブラウスだから、目立っちゃう。これ、お洗濯で落ちるかしら?」
レンが申し訳なさそうに、頭を下げる。
「わりぃ。カレー麺には、こういうリスクがある事を忘れてた。紙エプロンを用意しとくべきだったな」
私は自分の染みを見つめながら、平然とした声で言う。
「なぁに、問題ないよ。もし染みが落ちなかったら、別の色で染め直せばいい。レンと里帰りした時に、エルフの染料を買ってきた。マリアにも、好きな色をわけてあげよう」
「わ、やったぁ! エルフの染料って、すっごく鮮やかな色が出るのよね。うふふ、カレーの染みに大感謝だわ。お義父ちゃんと兄ちゃんのシャツも、あたしが綺麗に染めたげる!」
こういうシチュエーションを、ニホン語では『禍を転じて福と為す』と言うらしい……。
ニホン語には、エルフの言い回しと似たような慣用句がたくさんある。
私は、そこが気に入っていた。
レンが白い歯を見せ、親指を立てる。
「そんじゃ、次のラーメンは三日後。味噌ラーメンだ。みんな、楽しみにしててくれよっ!」
リンスィール「それにしても、レン。カレーとは、まったく素晴らしい名前だね!」
レン「うん、カレーな! 素晴らしい名前って……ん?」
リンスィール「……ん?」
レン「……えっ???」
リンスィール「えっ。いや、カレーって名前だよ。華麗な味だから、カレーなんだろ?」
レン「うん? カレーが、カレー味だから……って、えっ? あ、ああ! わかる、わかる。それだよな!?(わかってない」
レンの屋台に残ったカレーラーメンは、あと2食分。
はたして、口にするのは誰なのか……?
次回、Another side 11
タイトル、少し変えてみました。
評判悪かったら、また別のにします。




