Another side 11
レンがヤタイを引いて歩いていると、前方から人影が二つやって来る。
と、片方がタタタタタと駆けだして、屋台のすぐ前でピョンピョン飛び跳ねながら叫んだ。
「わあああっ、この匂い、カレーでしょおー!? すっごーい! カレーだ……異世界で、カレーだよぉーっ!」
それは猫耳フードのパーカーを着た、メガネの女の子であった。
歳の頃は、中高生と言ったところか。
レンは面食らって、屋台を止める。
「な、なんだ、お前……? 初めて見る顔だなっ!」
「おおっと、申し遅れましたニャ! ボクの名前は、猫神コノミ! ゲーム実況系のユーチューバーをやってるニャア。チャンネル登録、お願いするニャア♪」
小首を傾げて片手を丸めて顔の横に、舌を出して非常にあざといポーズをとりつつ、そう言った。
語尾の『ニャ』が、アーシャに比べてわざとらしい。あちらは自然に出てる感じだったが、こちらは付け足してる気配がある……。
彼女は、フードを取って苦笑する。
「……なーんてニャ。ネットでチヤホヤされてたのも昔の話で、今は異世界で引きこもりやってますニャ。2年前にこっちの世界に迷い込んじゃって、アーシャって人に助けてもらって暮らしてるニャ!」
後ろから、黒い帽子に黒マント姿のアーシャがやってきて言う。
「コノミ! 夜道は暗いし、急に走ったら危ないにゃ」
「ごめんニャ、アーシャ。カレーの匂いに、大興奮しちゃったニャ!」
「カレー……? へえ、なんだか不思議な匂いにゃね!」
アーシャは、フンフンと鼻を鳴らす。
それから身を乗り出して、カウンター越しに残り少ない鍋の中を覗き、思いっきり仰け反った。
「げええっ! ウ、ウンコにゃあー!」
コノミが、平然とした声で言う。
「ウンコじゃないニャ。カレーだニャ。アーシャも、一緒にカレー食べるニャ」
アーシャは、ぶんぶか首を振る。
「いらないにゃ。うちは、ウンコ食べる趣味はないにゃ!」
「だから、ウンコじゃねーって言ってるニャ。食べれば美味しいから、勇気を出すニャ!」
「それは、出さなくていい勇気だにゃあ! どーして、ウンコ食べる勇気出す必要あるにゃ?」
「食べるのはウンコじゃなくって。カレーだからニャ」
「じゃ、なんでウンコ色してるにゃ!?」
「そ、それは……わかんニャいけど。むむっ、言われてみれば不思議だニャア。カレー味のウンコとウンコ味のカレー、どっちがマシかなんて議論が起こるのも納得の話だニャ……」
「コノミも、ウンコなんて食べたらお腹痛くなっちゃうにゃ。食べるのよして、一緒に帰るにゃ!」
少女2人に屋台の前でウンコ、ウンコと連呼され、ついにレンがブチギレた。
「おい、コラぁっ! 店の前で、下品な単語を連呼してんじゃねーよ! 小学生か、お前らはっ!?」
レンの怒号に、2人はようやく口をつぐむ。
しばらくしてから、アーシャが言った。
「……どーしても食べたいなら、コノミひとりで食べればいいにゃ。うちは、向こうで待ってるにゃ」
言いつつ、クルリと背を向ける。
尻尾を揺らしてスタスタと去って行く後ろ姿を見ながら、コノミがため息交じりで言う。
「まぁーったく、アーシャは強情だニャア。じゃ、お兄さん。カレーひとつ、お願いするニャ!」
レンは椅子を地面に置きながら、頷いた。
「よっしゃ。カレーラーメン、いっちょう!」
レンの作ったカレーラーメンを、コノミは大いに感激してズルズル啜り、追い飯を入れて綺麗に平らげた。
ニコニコと笑いながら、彼女は言う。
「2年ぶりのカレー、ほんっっっと美味しかったニャーっ! ありがとニャ、お兄さん。おいくらだニャ?」
レンは、屋台に貼ってある「ラーメン五〇〇円、ビール四〇〇円」の張り紙を指差して言う。
「ラーメン一杯、五百円だぜ」
コノミは、パーカーのポケットからマジックテープ式の財布を出して、ベリベリと剥がして金を取り出す。
「はい、千円ニャ」
レンは、五百円玉を返しながら言う。
「なあ。お前、元の世界に帰りたくないんだって?」
「……うん。もう、あっちには戻りたくないよ」
コノミは、暗く沈んだ声でそう言った。
語尾の『ニャア』が消えている……。
レンは怒るでもなく、咎めるでもなく、静かな声で尋ねる。
「そっか。だけど、家族にも連絡とらなくていいのか?」
コノミは目を細め、眩しく光る屋台の電灯を見つめながら言う。
「ボクの両親、小さい頃に死んじゃったんだよ。それで、親戚の家に世話になってたの。けっこう邪険にされてたし、あの人たちに連絡する気は起きないかなぁ」
レンは唇をへの字に曲げて言う。
「……お前、苦労したんだな」
コノミは、ニッコリと笑った。
「まあね。でもボク、こっちに来てから、すーっごく幸せなの! アーシャって、とっても面倒見がいいんだよ。ボクと同い年くらいに見えるけど、身体が成長してないだけで、本当は30歳ぐらいなんだって!」
レンは頷く。
「ああ、らしいな。面倒見がいいのはきっと、義弟や義妹がたくさんいたからだろう」
「野菜も食べろとか、食べたら歯を磨けとか、服を脱ぎ散らかすなとか、早くお風呂に入っちゃえとか……ボクを子ども扱いして、小言も多いんだけど。毎日ご飯食べさせてくれるし、体調が悪い時はとっても心配してくれるし、いっつもボクに優しいし!」
コノミは顔を赤くして、照れ臭そうに続ける。
「あのね。これ恥ずかしいから、アーシャには絶対ナイショだよ……な、なんかね。……お母さんが生きてたら、こんな感じなのかなって……えへへっ」
レンもつられて、優しく笑った。
コノミは、大きく手を広げて言う。
「だからボクは、ここにいたいの! この世界で、アーシャと仲良く暮らしたいの!」
レンは大きく頷いた。
「そうか。お前がそれでいいなら、俺はなんも言わねえよ。ただ、帰りたくなったらすぐに言え。相談できそうな人、知ってるからな」
「うん。ありがと、お兄さん! ボクも最近、ようやく言葉を覚えて、アーシャ以外の人ともやり取りできるようになってきたしね。そろそろ引きこもりやめて、こっちの世界でボクにもできることを探そうと思ってるのよ」
と、アーシャがテクテク歩いてきて言う。
「コノミ! ウンコ食べ終わったなら、そろそろ帰るにゃ。今夜は寒いし、風邪ひいちゃうにゃ」
コノミは立ち上がると、元気な声で言う。
「はーい。それじゃ、お兄さん! まったニャーっ!」
二人はギュッと手を握り、深夜の路地を去って行く。
仲良さそうな彼女たちを見送って、レンは呟く。
「あんなに手のかかる娘がいたんじゃ、アーシャもおちおち魔王に覚醒できねえだろ……当分、この世界も平和そうだな!」
それから椅子を片付けつつ、ぼやく。
「……カレーラーメンあと一食分、残っちまった。家に帰って、俺の晩メシにするか」
だが、椅子を持ち上げる手を止める。
「あ、いや。この空気、タイミング……来るなっ!」
バッと後ろを振り向くと、ちょうど銀髪隻腕の女魔術師、サラが虚空から現れるところだった。
彼女は、興奮しながらレンに言う。
「レンっ! これって、カレーの匂いでしょ!? もう、一嗅ぎしただけで口の中がヨダレでダラッダラよっ!」
「よう、サラ。こんばんは! 滑り込みセーフだな。ラスト一食、残ってるぜ!」
「や、やったー! りんーごとハチーミツ♪ とろーり溶けてるぅー」
サラは陽気に歌いながら、椅子に座る。
「それじゃ、レン。とびきりのカレーラーメン、食べさせて!」
ズルズルと麺を啜るサラに、レンは言う。
「……そんでよ。次のラーメンは、味噌ラーメンにしようって事になったんだ。で、よかったらサラ、みんなと一緒に食べないか?」
サラは驚いて、顔を上げた。
「えっ。私が……?」
「ああ。ほら、冷やし中華の時はサラさん寝てて、みんなに紹介できなかっただろ? それに、北海道出身だって言ってたじゃねえか。旭川醤油や函館塩もあるが、北海道ったらやっぱ味噌だろ。だから、味噌ラーメンが懐かしいんじゃないかと思ってよ」
サラは、丼に追い飯をぶちこみながら言う。
「うん……そうね。いいかもしれない! あなたのお友達にも、ぜひ会ってみたいもの」
「じゃ、決まりだな。三日後の夜、あっちの路地でもう少し早い時間に合流だ」
レンゲでカレー飯を口に運びながら、サラは尋ねる。
「ねえ、カザンちゃんも誘っていい?」
「かまわねえぜ。椅子を多めに用意しとくよ」
食べ終えたサラは立ち上がり、屋台のカウンターに空の丼とボロボロの百円玉を5枚乗せた。
「数十年ぶりのカレー、とっても美味しかったわ。ごちそうさま、レン! 三日後の味噌ラーメンも、楽しみにしてるわね」
レンは親指を立てて、ニカっと笑う。
「おう! 極上の味噌ラーメン、作って待ってるからな!」
彼が百円玉を握り、ふと顔を上げると、すでに彼女の姿は消えていた。
次回。
味噌ラーメンを食べに、リンスィールがテンザンを、レンがサラを、サラがカザンを誘う……。
深夜の路地で、一体なにが起こるだろう?




