『トウフ』不可思議
私がトウフに苦戦していると、オーリが何かを差し出した。
「リンスィール。こいつを使ってみな」
「む? なんだね。それは……?」
「こりゃあ『トウフ掬い』ってんだ! レンに頼まれて、俺っちがこさえたもんさ。他のテーブルにも置いてある」
トウフ掬いは、ハリガネで作られた大ぶりの匙である。
構造は単純なので、オーリほどの職人ならば、さほど苦労なく作れるだろう。
試しに使ってみると……おおっ!
あれほど砕けやすかったトウフが、いともたやすく掬えてしまった!
トウフ掬いの名に恥じぬ性能だ。素晴らしい。
「な、なんと……。こんな便利な道具があるなら、すぐに出してくれればいいのに!」
私が口をとがらせると、オーリは苦笑しながら言った。
「すまねえな。こいつがなかったらどうなるのか、ちぃと見てみたかったのさ」
「む。まあ、確かに……いきなりこれで掬ったとしても、この感動はなかったろうね。そら」
私がトウフ掬いを手渡すと、オーリも自分の皿にトウフを取った。
「では……いざっ!」
取り皿に口を寄せて啜ると、口内にヒュッポンとトウフが飛び込む。
瞬間、私は目を見開く。
もちろん、柔らかいのは十分にわかっていた……。
けれど予想外だったのは、その『熱』である!
いくら熱々の汁で煮込まれてるとは言え、熱いにもほどがあるっ!
「ハフハフ……。ホ、ホーヒ、ハフイハ、ホイツハ」
「ホッホッ……。ハワ、ヒィ、ヒィンスィール、アフフヒフヘ!」
トウフは熱を塊に変えたような、苛烈な熱さを持っていた。煮えたトウフほど熱い食材を、私は知らぬ。
私とオーリはハフホフと、口の中でトウフを転がす。
火傷しそうなほど熱々で、ツルンとした舌触り。
歯に当たるたび、トウフは少しずつ砕けて形を変える。
やがて粉々になったトウフをゴクリと飲み込み、私はホッと息をつく。
「う、うむっ。もっとこう、はっきり味があるものと思っていたが……?」
私はその見た目から、『巨大なチーズを切り出した味』を予想していた。
しかしトウフの実態は、もっとずっと優しい……。
カッテージチーズより柔らかくて、ゼリーよりも遥かに崩れやすい。
サッパリしていてきめ細かくて、それでいてわずかにクリーミー。
『食べ応え』の観点で言えば、儚いとか、朧げとすら表現していいだろう。
しかし、味がないわけではないのだ!
淡白な旨味と、まろやかな後味、植物の香り。それらが飲み込んだ後も確実に舌に残り続けて、キムチとミソの濃い味を受け止めて、どこまでも穏やかに、それでいて静かに自己を主張する……。
純然たる、とでも言えば良いのだろうか?
オーリが、取り皿の汁をズズっと啜った。
「そのまま飲むと喉が渇くようなスープだが、煮込んだトウフと一緒に食うことで、塩気や辛さをちょうどよく、しかも長く舌に残すな……」
「うん、後味の伸びがすこぶる良いね! 『汁を味わう』という点で言えば、これはある意味でラメンのメン以上にスープを引き立てる食材かもな」
「さて、こいつが何でできてるかだが……」
私とオーリは、一拍置いた後で同時に言った。
「「豆だ」」
オーリが頷き、次いで首をひねる。
「……そう。豆だよ。植物だ! それは間違いねえ。けど、どうやって作ったのか皆目見当がつかねえ」
私も新たにトウフを掬い、ワリバシで切りながら言った。
「触れたら崩れる柔らかさなのに、熱にとろける様子が一切ない……。それが本当に不思議なのだよ」
オーリが、新たなトウフを掬いながら言う。
「トウフって響きで思い出したが、おめえんとこの女王様の誕生日に食った、アンニンドウフとよく似てるな?」
「おお! そうだな。ただ、食感はヴァナロの茶碗蒸しに近いぞ。滑らかなカスタードクリームを、そのまま四角くしたみたいな舌ざわりだ」
「熱で溶けないってことは、ゼラチンじゃねえよな?」
「ババロア、ムース……いや、もっときめ細かい。どちらかと言えば、ヨーグルトか」
そんな談義を重ねながら、私とオーリはキムチ鍋の食材をつまんでいく。
フロアの真ん中にはエールの大樽が置いてあり、皆が思い思いにジョッキで汲んでは飲み干している。
私とオーリのエールも、すでにジョッキ四杯目だ。
野営ならば普通のことだが、室内で煮えた鍋を前にして食事するのは、なんとも不思議な光景だ。
コンロの熱と立ち上る湯気にまみれて、酔ったオーリの顔がテラテラと赤く光っている。
きっと、私の顔も、同じように光っているだろう。
みっともないのに、なんだかとてもいい気分である。
「さて、そろそろラメンを入れていいかもな」
私が言うと、オーリが叫ぶ。
「おーい、レン! スープの味がかなり濃いぞ。このままインスタント・ラメンを入れたら、味がしょっぱくなり過ぎねえか?」
少し席の離れたレンが、椅子を傾けこっちを向いて返事した。
「ん? ああ、そりゃ大丈夫だよ。その麺には、味がついてねえから」
「味がついてない……?」
レンは一瞬キョトンとした後で、平然と頷いた。
「おう。取り出して、色を見てみなよ。白いだろ?」
オーリが袋からメンを出す。見てみると、確かに以前目にしたものより、色が薄い。
私は言う。
「なるほど。以前のインスタント・ラメンは麺そのものに味がついていたが、このインスタント・ラメンは、メンとスープが別々なのだな。先ほどの銀の小袋が、味の役目か。よし、メンを入れよう……オーリ?」
オーリは、真剣な表情で白いメンを見つめている。
「おい、オーリ、何をしてる! 早くしないと、スープが煮詰まるぞ!」
私が慌てて声をかけると、オーリはハッとしてメンを鍋に放り込んだ。
「うっ!? ……す、すまねえ、ちぃっと考え事しちまってな」
あけましておめでとうございます!
12月の初めに人差し指の先の骨にヒビが入ってしまいまして、装着具のおかげでキーボードが叩けず、困ってました
今回のお話もほぼほぼスマホで入力したのですが、いつもと勝手が違って倍以上に時間かかりました
2月半ばには回復する見込みですが、本当に注意一秒怪我一生ですね……
異世界ラーメン屋台のコミカライズ一巻、もうすぐ発売予定です。
今年も『ラメン』をよろしくお願いします!




