おてがる簡単『キムチ』鍋
レンが、サラに目配せをする。
サラが指をパチンと鳴らすと、コンロの火が次々と灯り、弱火で鍋を熱し始めた。
「本来、キムチ鍋には熟成が進んだ酸っぱいキムチを使うんだがな。今回は日本風の浅漬けキムチだから、それ用の作り方でいくぜ! まず、ツナ缶をオイルごと鍋に入れる」
レンは机の上から、小さな何かを手に取った。
オーリも、同じ品を手に取る。それは平べったい円筒で、上面には金属のリングがあった。
振ってみると中でタポタポと、液体が揺れる音がする。
レンがリングを引っ張って、蓋を開けた。オーリが同じようにしてみると、金属がメリメリとめくれてパッカンと開いた。
おおっ、そうやって開けるものなのか!?
中に入っていたのは、ベージュ色した何かの身の油漬けだ。熱を通してあるらしい。
ツナカンはおそらく、『瓶詰の金属版』である。密封することで、保存性を高めているのだ。我々の世界でも似た物は作れるだろうが、指で引っ張っただけで蓋が開くというのは、一体どういう原理か見当もつかない。
ドワーフのオーリも目を丸くしているから、かなり高度な技術に違いない。
後で、私も開けてみたいなぁ……。
「次に、キムチの葉っぱの部分を油で炒めて、香りを出す! 熟成キムチだと、ここで白い部分も入れて、弱火でよーく炒めて酸味を飛ばすぜ。それから、ニンニクと生姜のチューブをひと垂らし」
オーリがツナカンを鍋に入れて、キムチの薄い葉と、回ってきた生姜とニンニクの『チューブ』とやらを入れた。おそらく、おろし生姜とおろしニンニクである。
そこかしこのテーブルで、ジュウジュウと材料が焼ける音がする。
「豚肉だ。脂身が三分の一くらいの豚バラで、厚さは8ミリ前後だな。ちなみにこの肉は、ジュリアンヌからの提供だぜ」
ジュリアンヌが立ち上がり、優雅な一礼をしてみせた。
ふむ? てっきり、高笑いでもして、「オーッホッホッホ! わたくしが一流の豚肉を食べさせてさしあげますわー! 庶民の皆様、感謝なさぁい!」とでも言うかと思ったが……。
疲れてるのか機嫌がいいのか、今夜はずいぶん大人しいな。
オーリが豚バラ肉を入れる。
じっくり両面を焼くと、やがて全体に脂が滲み、端っこがカリカリに香ばしく焼けてきた。
「肉に熱が回ったら、水を一リットル。それから、残ったキムチと汁を加える。鍋のベースは、今回は味噌だ。机に置いてあるインスタントラーメンを開けて、銀色の小袋の中身を入れてくれ」
レンが掲げたインスタント・ラメンを見て、サラが歓声を上げた。
「で、出た~! サポ一っ! 机に置いてあるの、ずっと気になってたのよねえ」
レンが苦笑しつつ、尋ねる。
「サラさんは、インスタントはサポ一派かよ?」
サラは遠い目をして語りだす。
「大学の生協に置いてたのが、それだからね。青春の味だわ! 思い出すなぁ……深夜の研究室。誰が置いて行ったかわからない古ぼけた雪平鍋で、ラーメン作ってハフハフ食べたっけ」
銀の小袋には、褐色の粉末が入っていた。
鍋に振りかけるとあっという間にお湯に溶けて、スープに色がつく。
「最後に、野菜炒め用のカット野菜一袋と切った豆腐、今回は絹ごしだな。を入れて、味の仕上げは七味スパイスと塩コショウだ。この塩コショウにはアミノ酸、いわゆる化調も配合されてるぜ!」
指示通りに残った材料を全て入れて、軽く塩コショウ……。
インスタント・ラメンはまだ、入れないらしい。
鍋からは唐辛子の香りと湯気が立ち上り、材料がグツグツと煮えている。
作り手のオーリも、そろそろ頃合いと判断したようだ。
「よっし、もういいだろ」
と、声をかけた。
本当に、ビックリするくらい簡単だったな!
私がワリバシをパチンと割ると、他のテーブルでもパチン、パチンとワリバシの音が次々に鳴る。
さて、どれから食べるかな?
まずはメインの食材である、キムチの味を見てみるか!
熱が通って半透明のキムチを取り皿に移し、口に入れると……ほほう!
生の時とは違って、葉っぱはクタクタ、白い部分はわずかにシャッキリ。熱いスープをたっぷり吸い込み、噛むとジュワっとピリ辛の汁が滲み出る。
他に野菜類は、モヤシ、キャベツ、ニンジンに、タマネギとニラか……。
どれも一口サイズで食べやすい。ミソの塩気が、キムチの辛味やコクと良く合うな。
適度に熱が通っていて、しょっぱ辛いスープの中で野菜の甘さが際立っている。
お次は豚肉だ。おお、これは……!
脂身を前歯でサックリ噛み切ると、口の中で甘く脂肪がとろけるよっ!
スープの味がやや濃い目だから、この油っこさが堪らぬな。
赤身の部分はギュムギュムとして、噛むほどに肉の旨味が滲み出る。なんともワイルドな食感だ。
最後は『トウフ』。
実は、私が一番気になっていたのが、この謎の食材である。
こいつは一体、なんなのだ……?
真っ白くて真四角で綺麗にピンと角が立ってて、とても自然の物には見えぬ!
今は朱色のスープに煮立てられ、薄く色がついている。
ワリバシを伸ばして、掴み取ろうとすると……なんとっ!?
トウフは無残にも、中胴から真っ二つに千切れてしまった。
慌てて片割れを掴もうとすると、それもまた二つに割れた。
……こ、これは……困ったぞ。
トウフの身はあまりに柔らかく、食べたいのにワリバシで掴めぬのだ!
持ち上げようにも重さで崩れる。一応、砕けてスープに浮いた欠片くらいは、掬い取ることはできる。が……あまりにも量が少なくて、食べても味がよくわからぬ。
実体があるのに持つことができず、口に入るのはわずかな欠片ばかりとは……。
な、なんと幽き食べ物かっ! 理不尽すら感じるぞ!




