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魔王と囚われた王妃 ~断末魔の声が、わたしの心を狂わせる~  作者: 長月京子
おまけ短編:失われた過去の馴れ初め

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0−5:恋い慕う

 自分の思い違いで、ルシアはとんでもない失態を犯したことを悟る。


 ディオンは怒ることもなく話を聞いてくれたが、ルシアは彼の前から逃げ出したくてたまらない。

 

 穴があったら、さらに地底(ガルズ)まで掘りつくして潜り込みたい気持ちになっていた。ディオンがレイアを望んでいないのなら、自分を身代わりに差し出す意味など全くない。


 これでは、まるで自分の気持ちを告白するために訪れたようなものだ。無意味で無謀な突撃になり果てている。恥ずかしくて死んでしまいそうだった。


「ルシア」


 ディオンに呼ばれてルシアはおそるおそる顔をあげた。


 怒り狂うことがなくても、さすがに叱責くらいはされるのかもしれない。怒られる覚悟とは裏腹に、ディオンは微笑んでいる。ゆっくりと気配が近づいて、大きな手がルシアの手に重なった。


「私はおまえを傍に置きたい」


 ルシアは聞き間違いをしたのかと、ディオンの顔を見た。


「申し訳ありません。良く聞き取れませんでした。今、なんと仰いましたか?」


「……おまえを望むと言った」


「――え?」


 どういう意図の説教なのだろうかと、ルシアは必死に考えを巡らせる。罰として自分を召すということだろうか。ディオンの寝所に侍ることは多くの女神が望むが、たしかに自分には荷が重い。


「ディオン様には、心に想う女神はいらっしゃらないのですか?」


「だから、今おまえを口説いている」


「――え?」


「まるで自分には縁がないと言いたげな顔だな」


「わ、私がディオン様に見初められるような理由がありません! レイアならともかく!」


「おまえはレイアの威光に隠されているが、私は見逃さない。ずっとおまえに意識を向けてきた。慕われているのなら、もう容赦はしない」


 重ねられていたディオンの手に力がこもる。


「私はおまえが欲しい」


「――!」


 ルシアは強い力に翻弄され、間にあった卓の上に身を投げ出すようにして彼に引き寄せられた。


 悲鳴を閉じ込めるような勢いで、唇が重なる。


 太刀打ちのできない力で抱きすくめられて抗えない。乞うように深く求められ、与えられる。ルシアは声を上げることもままならない。


 時折力が緩んでも、息継ぎの呼吸をするのが精いっぱいだった。貪るような口づけと呼吸の合間に彼の名を呼ぼうと試みるが、すぐに深海に引き込まれるように溺れた。声が途切れ、あえぐように小さな声が漏れるだけだった。


 優しいのか激しいのかもわからない。


 熱に溺れるような一時からようやく解放されると、倒れた杯から溢れた果実酒がルシアの衣装を染めて、白い肌を濡らしていた。


 ディオンは果実の鮮やかな色が移るのを気にも留めず、ルシアを抱き寄せて膝の上に招く。彼のたくましい足に跨るように促されて、見つめ合う形になった。ディオンの手がさらにルシアの腰を引き寄せる。


「ディオン様……」


「ようやくおまえの肌に触れられる」


「お衣装が染まります」


「かまわない」


 熟れた果実の色に染まり、濡れたルシアの肌を、ディオンの舌が果実酒を舐めとるように辿る。肌を犯す熱に翻弄されて、ルシアは身をよじった。


 こんなふうにディオンに望まれることなど想像したこともなかったのだ。まるで熱に浮かされて夢現を彷徨っているように思える。


 ディオンの柔らかな気配が、やむことなく肌をたどる。ルシアは耐え切れなくなって声をあげた。


「――っ! どうか、それ以上はお許しください」


 さらりと彼の癖のない白金髪(プラチナブロンド)が揺れる。跨るルシアの顔を仰ぐディオンの青い瞳には、息を飲むような色香が滲んでいた。


「なぜ?」


「お、恐ろしいです」


 彼が触れるたびに、自分が失われてしまいそうな危うさがこみあげてくる。このまま身を委ねると、はしたない声をあげて、途轍もない失態を犯しそうな気がした。


 ディオンの望みに背くためらいよりも、感じたことのない刺激への戸惑いが勝ってしまう。

 ルシアの眼を見つめていたディオンが浅く微笑む。


「――そうだな。処女神であるおまえに、私の配慮が足りなかった。今はこれ以上を望むのはやめておこう」


「……申し訳ありません」


「謝ることはない。私もルシアには嫌われたくない」


「決して、嫌ったりなどはしませんが……」


 ディオンが小さく笑いながらルシアから手を離す。


「次は容赦しない。私と会うときは覚悟をしたほうが良い」


「わ、わかりました」


「着替えを用意させよう」


「ありがとうございます」


 立ち上がったディオンの背中を見ながら、ルシアはほっと息をつくが、まだ鼓動が高鳴っている。


「ルシア」


「は、はい」


「今日はここまでにしよう。レイアとの問題は次に会った時に必ず話す」


「――あ、はい」


 言われてようやく、まだ肝心な話を何も聞いていない事を思い出す。ディオンに心を奪われてすっかり忘れていたのだ。


(私は、レイアのためにここに訪れたはずだったのに)


 ルシアは自分が浅ましく思えてますます恥ずかしくなった。ディオンが立ち去ると、衣装を召し替える者が入れ替わるようにやってきた。


 用意された美しい衣装に意識が向いたが、果実酒に染まった衣装を脱いだ瞬間、ルシアは声をあげそうになった。自分の体に刻まれた跡を見て、再び頰を染めた。






 その後、ルシアはレイアが人界降嫁を望んでいる事を知り受け入れるが、同時に長く天界(トロイ)で語り草になる事件を巻き起こす。

 ディオンの私殿へ召した夜、あまりの戸惑いに寝台の燭台を倒し、さらに慌てふためいた結果、ルシアは王の寝所を火の海にした。

 その出来事は豊穣(スクリングラ)の大火と言われ、長く天界(トロイ)で語り継がれることになった。






 全てが、今はもう失われた昔日。

 眩い火(ヴァルハラ)に負わされた宿命を知るまでの、幸せな想い出の一欠片(ひとかけら)



 おまけ短編:失われた過去の馴れ初め おしまい

ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました <(_ _)>

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