12話:アルタイルの卵
岩小屋の近くの湖―――正式名はカナン湖という―――で、段々手馴れてきた慣れてきた魚取りをする。
昔旅歩いていた経験から、採取関係や釣りのスキル熟練度も多少は上げているが、そこまで私のスキル熟練度は高くない。
それなのにどうして毎食3人分。アイリスのは地蔵が生成する菓子もあるが、腹が満足できる位に膨れるかといえば。
湖の畔で、水に手を入れてかき混ぜるようにバシャバシャバシャと水音を立てると、あちこちから魚影が集まってくる。
運がいい。集まってきた魚影の中には1m近いのが混ざっていた。
リザードマンの集落で買ってきた白色の石の穂先がついた短槍で素早く突き刺す。
短槍は頑丈な鱗を突き破り、大魚をあっさりと串刺しにする。
他の魚に食い荒らされないうちに陸揚げするのがポイントだ。
気性の荒い肉食魚が多い物騒な湖だが、ちょっとした刺激でエサを撒かれた池の鯉のように集まってくる肉食魚達は実にちょろい相手なのだ。
―――
「うわぁ。昨日と違って全然体が軽いよ!」
畑で石のクワを振るうアイリスが驚いている。
1日で随分と筋力や体力が強化されたようだ。
文字通りゲーム感覚で体が強化・調整されるのは、現実世界での生体維持ポットの性能向上で、現実世界のアイリスの体がVR空間での経験を元に調整強化されたのが反映されているおかげだろう。
昨日色々飲ませた薬も効果を発揮しているようで何よりだった。
確かに飲ませた薬には疲労回復などの効果もあったのだが、実際には筋肉痛を感じる神経を麻痺させている所が大きいのは、言わぬが花というものだろうか。
「アタシも薬少し貰えば良かったかねぇ」
ジュリアは随分とだるそうで、腰の痛みを気にしながらクワを握っていた。
それでも体を動かす事は得意なのだろう、昨日に比べて随分さまになった動きをしている。
2人がリズムよくサクリ、サクリと土を耕すのを見届け。
「そのまま何度も耕しておいて下さいね。私はそこらの林で採集をしてきます」
声をかけて離れる。何の採集かは口にしない。
昼食用の山菜を集めるついでに、薬草や毒草の採集をしてきますと言ったら、アイリスに泣いて止められそうだ。
―――
「袋があっとう間に一杯になりますね。
今度買出しする時には背負い籠とかも仕入れたいものです」
キョードー丘陵の近場を回って薬草や毒草、山菜を集めて回ったが、収穫は予想のはるか斜め上を行っていた。
リザードマンの集落へと続いている獣道周辺だけでも、あれだけの種類の薬草に毒草の類が見つかったのだから、近辺の植物リソース類は相当豊かだろうと当たりをつけていた。
しかし、世界の黎明の中では恐ろしく希少な生命力の即時回復用水薬の原料となる、幻の花とも名高い背教者紅花の群生地を見つけた時は喜びを通り過ごして微妙な気持ちになれた。
また精製は極めて難しいが、巨大た体躯に飛びぬけた生命力を持つ魔物化した竜種すら地獄の苦悶を与えた後に絶命させるという、毒薬『ドラゴンベイン』の材料になる、彼岸花に似た日暮草が点在していたりと。
どうにも「幻の」や「希少」とか付く貴重な草花があちこちに生えている、熟練の薬師や錬金術師にとっては天国のような場所になっていた。
古い知り合いに錬金術馬鹿とも言える錬金術師がいるが、彼女にこの光景を見せたら呆けた後に狂喜し、寝食すら忘れて力尽きて躯になるまで採集を続ける事だろう。
何故ここまで植物リソースが豊かなのかは予想が付く。
世界の黎明において、土壌や鉱石、植物と言った各種天然リソースは緩やかなペースで変動する。
長く放置された廃鉱山から希少鉱石が出たり、豊かな土地が徐々に衰退し荒野になる事もある。
そのような天然リソースの変動の一因になるのが強力な魔物の存在だ。
一般的なファンタジーでは、希少な鉱石や薬草の近くにはそれを守護するように凶悪な怪物や魔物が住んでいる事が多い。
世界の黎明では逆に強力な魔物が存在するだけで、周囲の天然リソースを増大させる。
希少な素材の近くに魔物がいるのではなく、魔物がいるから希少な素材が取れるようになるのだ。
人間プレイヤーの生産者にとって、これほど頭を悩ますジレンマもそうそうないだろう。
もっとも、魔物プレイヤーにとっても頭痛の種でもある。
何せ希少な素材を求めて人間がたびたび侵入してくる訳だし、そんな人間達から自分を守る為に天然リソースを消費するのだから。
セタガヤ大森林は魔物の勢力圏の為に、魔物プレイヤーや魔物が多く住んでいるので、天然リソースは他の地域よりもずっと豊かだ。
そして、このキョードー丘陵には、竜種のアイリスが住んでいるのだから、希少植物が多く生成されるのは当然とも言える。
草花しか調べていないものの、恐らく地下では豊かで大規模な鉱脈が生成され、眠っている事だろう。
―――
「おー……はむ。うん、美味しい。団子みたいになるとまた違った料理みたいだよ。ぴりっとした味付けが良いものだね」
「はむ。むぐむぐ…ごくん。うーん。確かに美味いんだけどさ、何か変な風味がしないか?香草の類かなぁ」
昼食は魚のすり身と山菜のツミレを作った。
石の乳鉢のおかげで料理に幅が出来たのは嬉しい。
昨日薬を使った乳鉢を使ったので、薬臭いかもしれないが許容範囲内だろう。
ジュリアは妙に鋭かった。
だが惜しい、それはきっと香辛料に似た香りを持つ毒薬のものです。
『スキル上昇:毒薬鑑定12→13』
おっと。きちんと洗ったつもりだったのだけど、アイリスのスキル熟練度が上昇する程度には残っていたらしい。
大して強い毒ではないし、アイリスがシステムメッセージに気がつかない事を祈るばかりだ。
―――
昼食も終わり、ユキも手伝い畑を耕していくと。
畑全体を耕し直す事2回半と少し。
アイリスとジュリアがほぼ同時に、地形活用・変質系のスキルツリーの根元にある基礎スキル『開拓』から、土壌改良系の派生スキル『開墾』を覚えた。
「開墾スキルを覚えたんだが……
スキルを覚えてもシステムアシストすらないのは寂しいな。
なんというか面倒だ、もっと一発で広範囲を耕したい」
それは贅沢というものです、ジュリア。
2人の生活力の壊滅振りから、ジュリアも生活系のスキルは少ないだろうと思っていた。
思っていたし最初から諦め気味ではあったが、箱入りのお嬢様と大差なかったアイリスと同じレベルだったのは、意外を通り過ぎて頭が痛い。
武器スキルと同じように『開拓』や『開墾』にもプレイヤーを動きをサポートするシステムは、世界の黎明ではあえて実装されていない。
スキル熟練度が上がれば、クワなど道具を使った際の耐久度減少が緩やかになったり、耕した時に変化する土壌の性質変動値が向上する位だ。クワの取りまわしや扱い方などはあくまでプレイヤーが体で覚えないといけない。
ましてや日々の労働を楽にするスキルはそうそう簡単には覚えられない。
一応存在するのだが、ごく限られた生産プレイヤーに伝わる秘伝のようなものである。
何よりも、アイリスとジュリアに教えると楽をしてスキル熟練度が上がらないので、教える訳にはいかなかった。
アイリスとジュリアが『開墾』スキルを覚えてから、さらに全体をもう一回耕し直して、畑が作物を育てられる程度の土壌になった。
千切れた雑草が混じったり、石ころだらけだった昨日の畑からみれば別物に仕上がっている。
「土がふわふわだ。最初の時とは全然違うものだね」
すくい上げると、指の隙間からさらさらと粒子がこぼれる土を物珍しそうに見ているアイリス。
「これならあまり豊かな土地でなくても育つ作物なら、立派に育ってくれますね。
アイリス、ジュリアこれをどうぞ」
持っていた袋の中身を地面に開けると、乳白色をした小さな卵のようなものがごろごろと土の上に転がる。
「ユキ、これななんだい?卵…じゃない。ふにゃふにゃしてるけど弾力もあるね」
「昨日リザードマンの集落で購入してきた苗木です。
主に地下や湿地帯に水辺などに住む魔物プレイヤーの間で生育される事が多い『アルタイルの卵』という名のキノコの一種です。
人間プレイヤーにとての麦や米のように、魔物プレイヤーにとっては馴染み深いものです」
知ってますよね?とジュリアの方を見ると、露骨に目を背けられた。
……子供の魔物プレイヤーでも知ってるような有名な作物なのですが。
「その状態から3日位で成長して直径20センチ位の球形に育ち、収穫できます。
50センチ間隔位で畑に植えてみて下さい」
「うん、分かったよ!」
ただスキル熟練度を上げる為に延々と地面を耕すのではなく、作物を育てるという目的があるのが嬉しいのだろう。
アイリスは『アルタイルの卵』を集めると、見た目の年相応の無邪気さで目を輝かせながら畑へ入って行った
丈の長いロングスカートではないのですから、スカートの裾を使って物を運ばれると目の毒ですね。
元から大した広さの畑ではないし、苗の数もそんな多くないのでアイリスとジュリアが2人で協力すれば『アルタイルの卵』を畑に埋めるのはすぐに終わった。
「ユキ、このまま埋めておくだけでいいのかい」
「手入れも必要ですよ。これをどうぞ」
荷物の中から取っ手つきの木の桶を取り出し、アイリスとジュリアに2つずつ渡す。
「『アルタイルの卵』は光の差し込まない湿度の高い所なら手入れがいりませんが、地上の畑で育成する時は水を多くあげないといけません。
湖から汲んできて、水をたっぷりあげて下さい」
「分かったよ!」
元気に返事して湖へ駆け出していくアイリスと、やれやれと後を追うジュリア。
本当なら地下室を作って栽培所でも作れば手入れがいらなくて楽なのだけど、水をやったり手入れをすれば、『アルタイルの卵』の品質が上がって多少味が良くなるし、何より『農耕』系列スキルの『栽培』の取得と熟練度上昇が狙えて一石二鳥なのだ。
水を運べば筋力や体力の向上も狙えるし、アイリスも段々逞しくなって―――
「うわわわわっ、わー!」
まるで身体機能の向上に慣れてきっていなかったアイリスが、勢い良く湖に突っ込んだような、ザパーン!と大きな水音が聞こえるが、きっと気のせいだろう。
気のせいだと思いたい。
「お嬢ー!?早く上がらないと魚が、ほら早く手を取って!」
「魚、魚がっ、ボクは食べるほうで食べられる方じゃないぞ!」
遠くから聞こえる賑やかな声と水音に一つ溜息をついて、石の乳鉢を手元に置いて取ってきた薬草の中から生傷の再生と消毒作用のあるものを取り出し、ごりごりとすり潰し始める。
そのうち所々に魚の歯型がついて、涙目になったアイリスが戻ってくるだろうから…
投稿がやや遅れました。
体調不良により、暫く投稿時間・間隔が不定期になります。
登場人物や主人公周りに女性が多いので「ややハーレム気味」などタグをつけようか考え中です。
タグ周りは「なろう」に不慣れなので苦戦しております。
やっぱり渋い中年のおっさんと可愛い女の子は大事ですよね…!




