13話:お茶会黙示録
ようやく強化された身体能力にも慣れたアイリスと、元から十分すぎるほど力も体力もあるジュリアが交互に水を運べば、畑に水をたっぷりと撒くのはすぐに終わった。
……アイリスがあちこちに出来た魚の牙風味の生傷に傷薬を塗って、瞳が涙で潤んだままでなければ格好がついたのだが。
毎回湖まで水汲みするのも大変なので、そのうち貯水池か用水路を作るのを考えた方が良いかも知れない。
とはいえ、どちらも大規模な土木工事とその為の資金が必要になりますね、と考えるユキだった。
午後になって畑仕事も一段落したので、ユキが午前中に採集した成果を使ってお茶会が開かれた。
白茶草という、お湯で煮出すと上品なお茶になる草の群生地を見つけ、午前中に水洗いして岩に干しておく処理をしておいたのだ。
「では、次のお茶を煎れます」
「……!」
「…………」
ユキ、ジュリア、アイリスの3人が車座に座っているのだが。
午後のお茶会に似つかわしくない緊張感が溢れていた。
アイリスとジュリアはやや青ざめ、切羽詰ったな真剣な表情。
周囲に満ちる静かな緊迫感と気迫は、そして気弱な小鳥なら気を失ってしまうのではないかと思うばかりの濃度にまでなっていた。
場所は岩小屋のある湖の畔。
日頃魚を焼いている焚き火には石製の鍋が置かれ、湖から汲んできた水を温めている。
この湖の水は口当たりのやわらかな軟水の性質をしているので、飲料水や薬の素材として非常に優れているのだった。
お茶会が何故ここまで、命と大金を掛けた鉄火場のようになっているかと言えば、ユキの前に置かれた20本の小瓶。
それぞれ墨で1から20までの番号が書いてあるものが原因だった。
―――30分前―――
「アイリス、ジュリア、作業も一段落しましたからお茶にしましょう。
午前中の採集で茶草をとってきたので、水やお湯以外のものが飲めますよ」
「本当かい、ユキ!ずっとお菓子を食べてきて、あのお地蔵様から出てくるお菓子は美味しいし、日替わりで飽きないんだけど、ずっとお茶が欲しいと思っていたんだよ!」
愛らしい顔に喜色を浮かべて、目を輝かせるアイリス。
確かに地蔵が生成するお茶が欲しくなりそうな菓子類が多かった。
しかし、その笑顔が長続きする事はなかった。
「はい。お茶を準備しますから、昨日の続きをしましょう」
「……その、ユキ?
持ち上げてから落とすのは酷いというか、もうユキが酷い人だって分かっていたけど。
か、確認するよ、昨日の続きってあの薬草とかのスキル熟練度上げかい?」
薬草とかという表現の「とか」の部分に毒草が含まれているのは言うまでもなかった。
とはいえ酷い人扱いはどうかと思うユキだったが、酷い事の心当たりがありすぎるので何も口には出さない。
口には出さないが苦痛を伴う強引なスキル熟練度上げで、アイリスに多少感じていた遠慮や申し訳なさが薄れたのもまた事実だった。
「ええ、その通りです。良くわかりましたね、アイリス」
笑顔で頷いて褒めると、アイリスの顔色が若干青くなった。
「普通にお茶飲むのはいけないかな。ボクはたまには休憩とか休息が大事だと思うよ!」
「アイリスの薬草や毒草のスキル熟練度も少しあがったので、昨日よりはずっと楽な内容になると思いますよ。
頑張れば美味しいお茶を楽しめるような内容にするので安心して下さい」
「そ、そうかい、頑張るよ、ボクはすっごい頑張るよ!」
必死に意気込みを見せるアイリス。
昨日麻痺して体が動かせず、悲鳴を上げる事しか出来なかったアイリスに、ひたすら薬草と毒草のブレンドを飲ませた影響が残っているのだろう。
「(何はともあれ、やる気になるのは良い事です)」
確かにやる気に溢れていた。
追い詰められて絶体絶命になった小動物的な雰囲気を纏っていたが。
「それと、今日から薬品関係のスキル上げにジュリアも参加です。
アイリスと一緒に頑張りましょうね」
「…え!?」
近くに座り込み、アイリスへ「可哀想に」という優しさと同情をミックスした視線を送っていたジュリアが石化したようにびしりと固まった。
「待ってくれ、なぁユキ。何故アタシまで!」
「ここ数日の行動と畑での作業を見ていて分かりました。
ジュリアは兎角戦闘以外での生活力が足りません。
それに、戦闘する者として傷薬などの知識があるのは非常に有利です」
世界の黎明には生命力を即回復させる魔術や薬品の類はごく一部の例外を除いて存在しない。
そのごく一部の例外も薬であれば非常に希少な素材と、高いスキル熟練度とプレイヤーの技術が要求される。
生命力の即時回復回復魔術に至っては、難易度もさることながら消費する魔力量が異常に高いのだ。
逆に、傷口の再生や消毒に関する薬や魔術は豊富にある。
他のゲームだとHPに該当する、生命力を徐々に回復させるもの、傷口を塞ぐものなど多岐に及ぶ。
薬の素材となるものの種類とその組み合わせが豊富すぎて、完成した薬品ごとに管理するのは困難なので、薬の効能と効果の強度で分類されている。
生命力を徐々に回復させる薬でそこそこの薬師が作ったものの場合。
『生命力再生薬・強度3』
このように表記され、その上で作成者が命名した固有名詞が薬につくのだ。
ユキが作った生命力(HP)の再生(時間回復)と生命力ダメージ毒解除薬だと。
『生命力再生・強度4/生命ダメージ毒解除・強度5//薬品:キュリアスト』
AVRC上ではこのように表示される。
効果の強さは強度1が最低で、そこから効果が増える程に数字が上がって行く。
薬品は自分で材料を採集できるなら随分とコストが軽くなるし、素材を他のプレイヤーやAICから購入したとしても、同じ効果を発揮する魔術よりはずっと財布に優しい。
逆に回復魔術は薬のように前もって作成する手間が不要で、持ち運ぶのに重さを気にしたり、保管容器が割れないように気を払う必要もない。
魔力さえあればいつでも発動できるお手軽さが魔術の長所だが、使用するには技術も経験も必要なので、一般的に薬品と、薬品を作成できる薬師はどこでも重宝される存在だった。
「それはそうだけどさ、今はあっても困らな……」
なおも遠慮しようとするジュリアだったが、その台詞を最後まで言うことはできなかった。
がしっと、両の手でしっかりとジュリアの腰に抱きついたアイリスが、上目使いに涙目でジュリアを見上げていた。
雨の日の路地裏で震える子犬のように「見捨てるのかい?」とばかりの視線を受けて、断るには非常に困難だ。
「(あれはずるいですね。あの目で見られて断れる気がしません)」
ユキですら断れる気がしないアイリスの仕草。
「わかった、判ったよ。だからそんな目で見ないでくれ、お嬢…」
ジュリアが陥落するのに大して時間はかからなかった。
―――再び現在―――
お茶会のルールは簡単なものだった。
特に格式ばった作法とかも必要ない。
数字が割り振られた小瓶には、アイリスとジュリアの前で作った薬草類の濃縮液が入れられ、その上からお茶を注いだものを交互に飲むだけだ。
真剣な視線でユキの手元を見るアイリスのAVRCには、薬草知識や毒草知識のスキル熟練度が上がった影響で、ユキが石の乳鉢に投入した素材に情報タグがついて見えている。
『薬草:軽度炎症抑制・鎮痛効果』
『毒草:効能不明、形状からして毒草だと思われる』
『木の実:不明、落葉樹の木の実を乾燥させたもの』
知識系スキルは、インプランター対応のVRMMOなら直接記憶が書き込まれて自分の知識として覚えられるが、世界の黎明を運営しているMGS社系列のVRゲームでは、ゲーム内容等でのインプランターの多様による、脳への悪影響―――主に大量の情報を書き込む事によって、通所の生活をしていれば使い切る事がない脳の情報容量の圧迫―――を考慮し、知識系スキルを上昇させるとAVRCが補足情報を表示する仕様になっている。
アイリスはどの小瓶は安全で、どこが危険か真剣に見ている。
ジュリアはやはり薬物系のスキルが伸びてないのだろう、ユキの手元ではなく、ユキの手元はを見ているアイリスの表情の変化を見て、内容の推測をしているようだ。
「………なぁ、ユキ。さっきから気になっているんだけどな。
何で出来た薬は蛍光色してたり、黄色の中に赤い斑点が混ざっていたり、露骨に口にしたら危なそうな見た目してるんだ?
というかおかしい、おかしいよな?
なんで緑の草と茶色い種子と白い粉末をすり潰したらコバルトブルーになるんだ!?」
ジュリアの疑問にユキはああ…と頷いて。
「趣味です。特に意味はありません。
大抵の薬剤はすり潰して混ぜると地味な色のペースト状になるだけなので。
薬効を損ねず、変質させずに奇抜な色を付けた上で。
お茶を注いだら無色に変化させるのは、なかなか難しいのですよ?」
「そうか意味ないのか………………なんだその無駄な技術と労力!?」
「ははは、そんな褒めても何もでませんよ」
「いやユキ、それは何かおかしいぞ。ジュリアは絶対褒めてない」
実は『薬品作成』や『毒薬作成』よりも扱いが難しい『錬金術』の技術を使っているからこその理不尽な変化。
他の液体と混ざると透明になる薬というのは、ただの冗談や人を驚かせる為に出来た技術ではない。
要人の暗殺など毒薬が入っている事すら気が付かせないで混入する為の、技巧と精緻のおぞましい結晶だった。
……ちなみに、その技術を使えば味の調整などは、色の変化よりずっと簡単に出来るのだが、ユキは2人に教えるつもりはなかった。薬とはまずいものなのだ。
ごりごりごり…とすり潰し終わった蛍光ピンク色の液体を最後の小瓶に入れ。
「さて、準備が出来ました。交互に数字を言っていってくださいね。
いざと言う時の為に効果の強い解毒剤も準備してあるので、危ないと思ったら飲んで下さい。
少々パンクな味がしますが、頑張って飲み込んで下さいね」
数字の書かれてない小瓶を4つ置く。
小瓶の中では白い液体に黒い液体が何故か混ざらないでマーブル模様を描いていた。
子供でも一目で判る。あれは人が口にするものじゃないと。
『………』
張り詰めた空気のまま、顔を見合わせるアイリスとジュリア。
あれは飲みたくないという気持ちだけは一つになった。
『………!?』
しかし、あれを飲みたくない=毒薬の類を自分で飲まない=相手に飲ませないといけない。
そう気が付いたアイリスとジュリアの間に緊張とは別の冷たいものが混じる。
「お湯が丁度良い温度になってきました。
冷めないうちにお茶にしましょう。アイリスからどうぞ」
「…………!」
「………」
アイリスはじっと数字の入った小瓶を見渡し、ジュリアはアイリスの視線の先と微妙な表情の変化を読む。
「……うん、ユキ。5番が欲しいな」
素焼きの小瓶の表面に5と書かれた小瓶を手に取り、白茶草を1枚入れてお湯を注ぎ、綺麗に磨いた枝でかき混ぜる。
表面が虹色の光沢がある黒い液体がゆっくりと、透明に僅かに黄色い色が付いた液体へと変化していく。
ことり、と小瓶をアイリスの前に置く。
「本当にお茶の色になってる……うん、入れた葉っぱは栄養剤ばかりだったからこれで!」
小瓶に口をつけ、ごくりと人肌程度まで温度の下がったお湯を飲み干すアイリス。
「良かった、お茶の味だ………うん?……渋っ、渋いっ…うええええ」
口元を押さえて目に涙を浮かべてうずくまるアイリス。
その様子を見ていたジュリアの額から一筋の冷や汗が滑り落ちる。
「アイリスが今飲んだのは、二日酔いに効く薬品ですね。
栄養を補給しながらも胃腸の調子を整えます。
それを飲むくらいなら酒を飲まないと酒豪の方に言わせたいわく付きの品です」
どことなくほっこりとした顔のユキがAVRCをチェックすると。
『スキル上昇:薬草知識22→23』
『スキル上昇:薬品作成17→18』
『スキル上昇:薬品鑑定20→21』
アイリスの薬品系スキルはしっかりと上昇していた。
このペースなら今日中に薬師としての最低ライン、各種薬品スキル熟練度20は越えられそうだと頷く。
「さあ、ジュリアもどうぞ」
「お、おう。アタシは……14番を」
ジュリアは同じように準備された小瓶をやや震える手で持つと、ぐいっと一気に飲み干した。
「味は……普通、うん、普通……だな?当たりか、当たりだな!」
普通のお茶の味しかしなかったジュリアは喜びを隠せないでいると。
「大当たりですね。おめでとうございます」
「………むむぅー」
どことなく恨みがましい瞳のアイリスが睨んでいた。
「悪いな、お嬢。これも勝負ってや……ん?何かぴりっと?なんだ、肌の表面がぴりぴり来るぞ」
「大当たり、ですね。遅効性の神経系、生命力低下毒です。影響が薄いうちに解毒薬を飲んでおいた方がいいですよ」
「結局毒かい!……うっぷ、匂いも酷いけど我慢」
滑り込むように解毒薬の小瓶を一つ手に取り飲む干すジュリア。
喉が勝手に吐き出そうとする、発酵した野菜のような匂いがする液体を我慢して飲み込み。
「うぷ……こんな酷い味の薬あるのか。効果は抜群だけど、味が冒涜的すぎる。
確かに薬品系のスキル熟練度が勢い良く上がるけどさ…」
大きな声こそ出さなかったが、あまりの味に尻尾まで伸びた状態でべったりと座り込む。
「さあ二人とも。小瓶の数は後18個。
1人当たり9個ずつありますから、順序良く片付けてしまいましょう」
笑顔で言い放つユキの笑顔に、アイリスもジュリアも背筋に冷たい汗が流れるのを感じるのだった。
※普通は植物を僅かに口を含んで味見したりしてスキルを上げます。
2人とも辛い目にあってるのは強引なスキル上げの為です。




