穏やかな時間
ジェードの推し語りから解放された後。
「よし、こんな感じかな」
私は花壇に花の種を埋め終わる。
「あ、やば!もうこんな時間!準備しないと!」
私は慌ただしくリエンに身支度を手伝ってもらい、今日もやって来たエリオスを部屋に迎えたのだった。部屋に入って来たエリオスは、窓の外に目を向けた。
「…花を植えたのか」
意外にも昼間の話を覚えていたらしい。私は頷く。
「はい。二週間後には、芽が出るそうですよ」
エリオスは人の話には、意外と耳を傾けることを私は知っている。意見を聞くかは別として。ただ、こうして些細な話題も覚えていることは意外だった。
「…そうか。脱ぐからお前も手伝え」
エリオスがマントを脱ぐ。私は慌てて差し出されたマントを受け取る。
「その辺に置いておけ」
武具も渡された。手にずっしりと重みが乗る。私は丁寧に机の上に置いた。そうして軽装姿になったエリオスはベッドの上に寝転んだ。人のベッドの上で寛いでいる。
「来い」
私は呼ばれて前に立つ。すると腕を引かれてベッドの上に座らされた。
「え、何をっ…!?」
ーー私の膝の上にエリオスが頭を乗せたのだ。いや、何で?私は固まった。
「このまま話せ」
膝枕をしている状況下で話すの?暴君は無茶をおっしゃる。しかし、私に拒否権は存在していない為、物語を語るしか無い。
「えっと…今日は恋物語では無い方が、いいですか?」
私は以前、エリオスに恋物語を選んだ事に言及された事を思い出す。私の好きな話ばかり選んでいたが、エリオスを楽しませる為に話すなら彼が好みそうな話を選ぶべきだっただろうか。
「何でもいい。話せ」
冒険物語とかの方が良いだろうか。私は考える。
「で、では今日は…穴に落ちて不思議な世界に迷い込んだ少女の物語をお話しします」
今日は不思議な冒険の話をすることにした。エリオスは黙って目を瞑って聞いていた。
「そうして少女は目を覚まし、物語を読み聞かせていた姉のいる現実の世界に戻ったのでした」
エリオスが目を開ける。感情の読み取れない瞳と目が合った。
「その女王は、変な法律を作ったのだな。そんな法律ばかりでは、国は成り立たないだろう」
冒険の話を聞いて法律や統治論に行きつく人、初めて見た。身分違いの恋物語を語って聞かせた時も、王の政治に言及していたし、視点が王なのかもしれない。
「あはは、でもこうして話していると…物語の最後と似ていますね」
私は笑って言った。物語を聞いて夢の中で冒険していた少女は、目を覚ますと姉がいた。物語を語る私と、それを聞いているエリオスと姉妹が重なった。
私は、物語を聞いて独自の視点で感想を返してくれるエリオスとの会話が楽しく感じた。エリオスが私を見上る。
「何を笑っているんだ?」
「こうして話しているのが、楽しいと感じたんです」
エリオスは目を見開く。初めて聞いた、と言う様に私の笑顔を凝視している。
「話しているのが、楽しい…?」
彼は私の表情や声に嘘や媚びが無いか目で探していた。
「本気で言っているのか?」
「はい。楽しいですよ」
ちょっと人と視点がズレている彼が、面白く感じたのだ。違うことが、楽しくて面白い。
「…お前は、俺に媚びないし、求めない。なのに、本心の様に楽しいと笑う」
彼は手を伸ばして、私の髪に触れた。指先で髪を梳く。
「恐れていたかと思えば、呑気に笑う。…変な女だな」
ーーその時、エリオスが微かに笑った。傲慢な皮肉な笑みでは無い。自然と溢れた様な笑みだった。初めて見る表情。指先が髪から離れる。僅かな温度を残して。
「もう寝る。…俺も、退屈では無かった」
彼はそう言って頭を私の膝から退かして寝転んだ。私も寝ていい、と言うことだろうか。私は背中を向けた彼の隣に寝転ぶ。私は広い背中を眺めながら微睡に身を任せる。
目を閉じ、私が眠った後。ーー身を起こした彼が、私の頭を撫でていた気がした。
目を覚ました翌朝。私は髪に触れる。微睡む意識の中、頭を撫でられる感覚がしたけど、夢だったのだろうか。
「ステラ嬢、今いいかい?」
扉がノックされ、私は慌てて身支度し、リエンに扉を開けてもらう。部屋の前には、ジェードがいた。
「おはよう。あはは、寝癖ついてるよ」
寝癖を指摘され、私は恥ずかしさに俯きながら寝癖を治す。
「こんな朝からどうしました?」
リエンが私の代わりに尋ねる。ジェードが嬉しそうに言った。
「仕立て屋が来ているんだ!王が呼んだんだよ!君にドレスを仕立てろって!」
彼の後ろには、裁縫道具を持った人達が並んでいた。
「…へ?」
理解が追いつかない。一体、彼の中で何があってドレスを仕立てさせることを決めたんだろう。ジェードが仕立て屋さん達を指し示す。
「最高のドレスを作ってもらおう!」
リエンが輝く笑顔で言った。
「ステラ様!良かったですね!」
「いや、待っ…」
仕立て屋さん達が部屋に入って来て、私はあっという間に囲まれた。
「採寸いたしますね」
そう言って採寸される。仕立て屋さん達は私の身体に布を当てたり、デッサンを書いたりしていた。
こうして私は着せ替え人形の様にじっとしておかなければならない時間を過ごすことになったのだった。




