裏切り
イリヤが数日前から報告をしてこず、連絡も返して来ない。
予定されていた大陸中央部のデータセンターへの出張期間は、もう過ぎてしまっている。
イリヤは上海で行われた第一回安藤子猫顔寄せ公式大会の視察団に参加し、視察団とは上海で別れ、イリヤと侍女と護衛、計四人でデータセンターへと向かった。
到着の連絡があり、伊吹もイリヤと直接電話で話している。その際に、予定している作業が膨大なので連絡が取れないかも知れないとイリヤから聞いていた。
が、元々予定していた滞在日数を越えて、なおかつ何の報告もなくなってから二日経った為、伊吹の妻達が異常事態であると騒ぎ出したのだ。
治ノ塔、副社長。
一般社員には聞かせられない内容なので、伊吹とVividColorsの中枢を担っている女性達のみが集まっている。
「やっぱりサラを同行させるのは早かったんじゃない?」
「……私が了承したせいですね。申し訳ないです」
燈子の問い掛けに対し、ジニーが責任を感じて謝罪を口にする。
今回のデータセンターへの出張の直前になって、イリヤがサラの同行を求めた。
伊吹はイリヤが必要と言うならと許可したのだが、藍子と燈子、そして紫乃達秘書は難色を示していた。
伊吹が普段からサラと共に仕事をしているジニーの意見を求めた際、最近の働きは目覚ましく、伊吹と会社の役に立つべく精力的に働いていると答えたのだ。
ジニーはサラの上司として、その能力を認めていた為、イリヤに同行しても問題ないと判断したのだ。
「ジニーだけのせいじゃないよ、僕もサラの同行には賛成したんだし。
イリヤだけでなくサラとも連絡が取れないままなの?」
伊吹の問い掛けに対し、藍子が答える。
「うん。データセンターの現地職員に問い合わせても、要領を得ないの」
「要領を得ない、とは?」
「イリヤとサラが今どこで何をしているか分からないって」
データセンターの敷地は広く、建物も一棟だけではない。
宿舎やオフィス、予備部品を置いている倉庫などがある。
しかしセキュリティがしっかりしているので、隠れようと思ってもそう簡単にはいかないはずなのだが。
「施設内は全てICカードで出入室管理してるんじゃなかったっけ?」
「管理ソフトで二人のIDを問い合わせても、宿舎から出ていない事になってるって」
「ICカードじゃないよ、いっくん。今は電子決済用交信指輪をICカードの代わりに使えるようにしてあるんだ。
つまり、イリヤとサラはケッコン指輪を悪用して、どこかで何かをしてるんだ!
いっくんの信頼を裏切ったんだ!! 絶対に許せない!!」
テーブルをバンッ! と叩きつけて、燈子が怒りを露わにする。顔を真っ赤にして怒る燈子を、伊吹は見た事がなかった。
伊吹はテーブルを叩いた燈子の手を握り、さすってやる。
「データセンターに集められていたという資材について、何か分かった事は?」
伊吹は冷静に現状把握を進める。自分が感情的になってしまったら、集まっている全ての女性へ悪影響を与えてしまうと自覚しているからだ。
先日、世界中で同時に停電が起こった数日後、データセンター宛てに大量の資材が送られている事が判明している。その事自体は何も問題がない。
恐らくその手配をしたのはイリヤだったのだろう。直前に、伊吹はイリヤの求められ、潤沢な資金と人材を自由に使う権限を与えている。
「現地ではすでに第二データセンターの建設が始まっているそうです。
大量の資材は、その第二データセンター建設が目的に集められたと見て間違いないでしょう」
紫乃の報告に対し、一同が驚愕する。
この場の誰も、そのような情報を把握していなかった。
イリヤにある程度の権限を与えているとはいえ、さすがに第二データセンター建設という大事業に関しては、イリヤの裁量を越えてしまっている。
「一体誰が許可したって言うの!? そもそも、データセンターを新たに作る資金なんてうちにはないよ!?」
藍子の言う通り、伊吹は資産は持っていても、今すぐに使える現金はそれほど持っていない。
データセンターを建設するには、数千億円という途方もない費用が必要となる。
「データセンターを増やす必要があるとは話し合っていたけど、ここにいる誰もその建設に向けて動いた訳ではない、と。
イリヤが建設に向けて動き出したのだとしても、何が目的でそんな事を?
うちのノウハウと資金を横領して全く別の土地、別の組織の管理下で建設するならまだ分かるけど」
「イリヤがサラに脅されて、仕方なく従っているだけ、って事はないでしょうか?
サラの目的に関しては、こうしてVividColors内部を混乱させる事こそが目的、とか……」
キャリーがそう発言するが、一同はいまいち腑に落ちない表情で黙り込んでいる。
イリヤがサラの脅迫に応じるとは思えないし、伊吹に染まり切ったサラがそのような行動を取るとは思い難い。
「例え脅されたとしても、私なら絶対にいっくんを裏切るような事はしない! ここにいるみんなもそうでしょう!?」
燈子の問い掛けに対しては、一同は大きく頷いてみせる。
しかし伊吹は、イリヤにしてもサラにしても、二人が自分を裏切っているとは思えないでいる。
しかしそれは伊吹の個人的な希望とも取れるので、客観的な視点で考える必要がある。
「もし、裏切っている訳じゃないとしたら、何をしているんだと思う?」
「伊吹!?」
「いっくん!?」
藍子と燈子が伊吹に対して声を荒げる。
「この状況でサラを信じろって言うの!?」
「イリヤもどこまで信用出来るか分からないんだよ!?」
この期に及んで裏切り者を庇うのか、と妻である藍子と燈子が伊吹へと詰め寄る。
伊吹は二人を抱き寄せて、落ち着くように促す。
「今この場でイリヤとサラの行動を問い詰める事も、止める事も出来ない。誰かが現地に様子を見に行く必要がある。
その前に、色んな想定をしておかないと。もしイリヤの行動の裏に、サラ以外の誰かがいるのであれば、今の僕達では対応出来ないんじゃない?」
伊吹の言葉を聞き、藍子と燈子は若干ではあるが落ち着きを取り戻した。
「そうだ、福乃さんなら何か知ってたりしないかな?
既存のデータセンター建設は福乃さん主導で動いていたから、今回ももしかしたら何か把握してるかも」
すぐに藍子が福乃へ電話すると、意外な情報がもたらされた。
「おば様は、いっくんからの電話で、第二データセンターの手配を進めたって言ってる……」




