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最終話「ステータス:00000000」

 永遠に続くかに思えたゆうたとツキルの死闘。それは意外な形で終わりを迎えようとしていた。

 ルナがワンダへスキル「譲渡」を渡し、それによってワンダはツキルへ「解除」を譲渡。

 ソル・パーンから譲られた魔法石に”解除”を使ったツキルは、ゆうたを道連れに弱体化の魔法を浴びることになった。


 イタヤ街の空は未だ赤く、だが数刻前と違うのは悲鳴がひとつたりとも聞こえないこと。それはヤクソクやカラクモが民間人の避難、救助を余すことなく終えたという証拠である。

 ”鬼赤子”キベンが遠方から政府よりもいち早く田中ゆうたの暴走を察知し、十怪メンバーへ手紙で知らせたことによって、打倒にこそ繋がらなかったが――彼らが立ち向かう事で注意をカイサ街から極力逸らし続けた結果、ほとんどの犠牲者を未然に防げていたのだ。


「てめェェエエエエ!!!!!」


 強大な弱体化魔法のベールが二人を包む中、ゆうたはついに切迫詰まり、右腕を上げた。そして拳をパッと開くと、未知の文字列がそこに渦を巻き、手に馴染むように槍を生成した。

 「鼠」である。


「死ねッ!!!」

 

 ゆうたは凄み、ツキルの脳天に槍の切先を振り下ろした。


(ルナ)に変わって」


 ツキルは拳を握り、振り下ろされた槍が届く前に下から殴りつける。


「お仕置きだ」


 殴りつけられた「鼠」は根元から粉砕され、ノイズのきらめきとなって宙を舞った。


「っ!?こいつ……!」


 ゆうたは驚いて後退った。だが諦めず、今度は手のひらの上に燃え盛る炎を作り出し、ツキルの全身を包み込ませた。


「ひゃはははははは!!!死ねよぉ!!!」


「温いな」


「!?」


 ツキルは全身を焼かれながらも、真っ直ぐな目線のまま動じない。


「なんだ……なんだよお前ェ!!!」


 ゆうたの炎の顔が、次第に青く染まっていく。

 今目の前にいるこの敵は自分よりも遥かに格上なのではないかという恐れと疑念が、この世界に来てから久しく忘れていた、恐怖という感情を再び呼び起こそうとしていた。


_____


(((シニア!)))


 田中ゆうたの体内に幽閉されたシニアへ、ツキルの意思が言葉となって聞こえてくる。


(((それでどうするんだ!?)))


 反響するツキルの声色からは、明らかな焦燥も伝わってきた。こうしている間にも弱体化の魔法は二人の膨大なステータスを少しずつ削っているのだ。時間の猶予はあまりなく、このまま二人のステータスが底をつけば、体内にいるシニアにも影響が及び、救出がさらに困難になるであろうことは容易に想像がついた。


 とはいえ考えもなしにこんな大胆な状況を作り出すほど、ツキルもワンダも愚かではない。


 二人は魔王であるシニアを、なによりも信頼していたのである。囚われてただ助けを待つのはか弱い姫の役回りであって、彼女は強大な魔王だ。弱体化していく檻から脱出の手段を一切講じれないような器の小さな存在ではないのだと二人は信じていたし、作戦の立案者であるルナ・ピューターも過去のデータからそれを確信していた。


(((慌てるでない。要は力関係を大きく逆転すればいいのだろう)))


(((でもこの魔法は体内にいるお前にもかかってる!)))


(((構わん)))


(((何か……企みがあるんだな?流石魔王!悪い顔だぜ!)))


(((褒めるでない。ククク……遂に我は全盛期の肉体を取り戻し、この世界を手中に収められるのだ。貴様の旅に同行したのもこれが目的よ、よくぞ利用されてくれたな!感謝するぞ!)))


(((シニア……)))


 そう話すシニアの怪しげな笑みを見て、その意図をある程度察したのか、ツキルの表情にも若干の安堵が差し込んだ。


(((今から)))


(((貴様らが無意味に吐き出しているこのステータスを)))


(((全てドレインしてくれるわ)))


____



 ゆうたはかぶりを振って、頭の中から染みつくような恐れを強引に追い出す。さらに手に力を込め、”根性”をもって己の全身にみなぎるパワーを倍加させた。

 ゆうたは「死」のパンチを放つ。ツキルの身体から頭が跳ね飛ばされている光景を確信しながら。

 

「死ねッ!」


「死なねぇ」


 だが、ゆうたのパンチは容易く手首を掴まれ止められた。そして、お返しにとツキルも拳を握って大きく振りかぶる。


「や、やめろ!」

 

 ゆうたは恐怖をもう隠しもせず表に出しながら、半ば悲鳴に近い制止を試みた。


「ぼきの中にはなぁ、お前が大事にしてるナシャたんがいるんだぞぉ!!」


「そうか?」ツキルは首を傾げる。


「ぁあ?何言ってんだお前ぇ!!……え?」


 ゆうたはその時はじめて、体内から立ち昇ってくるような違和感に気が付いた。

 何かが暴れている。


「なんだよ、これ……?おい!やめろ!!やめろよぉ!!!」


 己の中で何が起こっているのか理解できないまま、ゆうたはひたすらに絶叫した。

 主導権が身体から失われていくような感覚。一体彼の身体で、何が起こっているのか?

 

……


_____


 シニアは右手を天に向かってかざした。するとその手の中心から広がるように毒々しい光が溢れ、戦場の二人から拡散しているステータスが、眩い光のオーラとなって彼女へと吸い込まれていく。


(((力が……みなぎる)))


 他者のステータスを吸収して、己の糧に変えるドレイン魔法の叡智。魔族でも上位、さらにその中から一握りの者しか身につけることのできない秘儀。

 魔王が今行使しているのは、弱体化ドレイン最上級魔法、”ムノイザナイ”に他ならなかった。


_____


「頑張れ!魔王!頑張れ!頑張れ!」


 ツキルは心の中で語りかけることも忘れ、想いをそのまま口に出してシニアを激励する。こうしている間にも、弱体化とドレインの魔法は同時に二人を襲い続け、ついにあの膨大なステータスにも底が見えようとしていた。


(((オォォォ……グォオォッ!!!)))


 シニアはかつてない力の奔流にもがき苦しみながらも、それを己のものへと、徐々に、徐々に変えていく。


 それにつれ、ゆうたの中のシニアは急激に存在感を増し、彼は体内の彼女を幽閉しきれなくなっていく。


 シニアは朧げな視界の中、自らを閉じ込めていた檻が、いつの間にか脆くちっぽけな物に見えていることに気付き、含み笑いを零した。


 全て、上手くいく。


「ぁぁあああああぁぁあ!!!辞めろよぉおおおおおおおおおぉ!!!!!!!」


「ッ」


 ゆうたは最後の抵抗にと、力無くツキルの頬を殴る。最早”死の刻印”も”根性”も彼の身体には残っていない。

 打たれたツキルは頭を揺らして鼻血を出したが、拳を握る力に迷いは生じなかった。


「っ行けーーーーーっ!!!魔王ーーーーーーッ!!!!!!!」


「ぶぎゃっ”」


 田中ゆうたの頬が撃ち抜かれる瞬間と、お互いの力から抜けたステータスの殆どが、彼の体内にいる魔王アビシニアに集まるのは同時だった。


「やめろおおおぉおおおおおおぉぉぉおおおおおおぉぉお!!!!!!!!!!」


 パシン、と鋭い破裂音。


「!」


 間髪入れず、白目を剥いて気を失ったゆうたの胸から何かが飛び出した。

 それはまるで宝石のような、赤く光るひし形の物体。すなわち、魔王アビシニア・サタンの”核”。


「シニアッ!!」


ツキルは宙に舞う核に手を伸ばそうとした。だがその行為は不要だった。


『フフ!!!ハハハハハ!!!!!!!』


 魔王の高笑いが大きく辺りに響きわたり、”核”の中心から眩い光が放たれた。

 ツキルは思わず目を瞑る。


「ぐっ……」


 やがて光が止み、ツキルは目をしばたたかせながらゆっくりと開けた。”核”はどこにもなく、ゆうたが倒れ伏していること以外、先程と状況は変わっていないように思える。


「!」

 

 だがすぐにツキルは違和感に気付いた。

 懐かしい感覚。かつての彼の拳は、振るえば天を割り、山を破壊し、海をひっくり返すことができた。

 だが今の彼には、転生する前と同じ力しか出せない。拳を振るわずとも確信できる。


 知夏拉ツキルは、チートを遂に失ったのである。


「お、おれは……!!」


 心の奥から湧き上がる感動に、ツキルはわなわなと震えながら己の手を見つめた。旅の目的は、ついに達成されたのである。


 だが、シニアは?


「 」


 その時、白目を剥いてうなだれた体勢のまま動なかったゆうたの身体が、ぴくりと動いた。 


「くそ、くそ!!ナシャたんをとられた……!!なんで邪魔をぉおお……!!絶対に殺してやる、殺して、殺すぅ……!!」


 ゆうたは苦しむ芋虫のように身を捩らせ,両手掌を地面に付けて上半身をバッと上げると、血走った目で夢を叫んだ。


「ぼきはナシャたんをぉ!!!!!およめさんにするんだぁ!!!!!」


『 ナ シ ャ ? 』


「えっ」


 奈落の底から響き渡るような禍々しい声に、ゆうたは驚いて振り返った。そして目に飛び込んできたのは、見上げるような巨体。

 角、筋骨隆々な肉体、鋭い牙、蒼い双眼。古い絵画に描かれるような恐ろしい悪魔の姿で、”魔王アビシニア・サタン”はゆうたを見下ろしていた。


「な、なんだおまえぇ……!?!?」


『    魔王     』


「ひぃ!!!やめろ、いや、あ、やめてください……!!」


 魔王は蒼炎を燻らせる口を開けた。

 そこから”絶望”が吐き出され、ゆうたを、彼のの立つ大地を、完膚なきまでに燃やし尽くそうと迫った。


「あ……あ……あ……!!!!うわああああああああああ!!!!このぼきがあああああああぁぁぁあ!!!!!!!!!!!!!!!」


 そして田中ゆうたは、為す術なく炎に包まれ、その姿を塵芥へと変えるまで、苦しみ叫び続けるのだった。


「シニア」


 そんな一連の出来事を半ば唖然として俯瞰していたツキルは、思わず目の前の懐かしい魔王の姿へ呼びかけていた。


 魔王は、返事をする代わりにニヤリと笑う。

 

 そして、二人は一息置いて、口を揃えて同じ決め台詞を叫んだのだった。




      『「やったぜ!」』




__________


_____


___




 少し時間が過ぎた。

 イタヤ街の空に漆黒の帳が降りている。全てはしんと静まり返って、まるで突然起こった今日の災害に、街そのものがまだ状況を呑み込めていないような、不自然な静けさが辺りに立ち込めていた。


「……」


 荒れ果てた大地の上。瓦礫に囲まれた背景を背に、シニアは立っていた。身体こそいつもの猫耳少女の姿に戻っていたが――金色に変わった瞳、身体から発されているオーラ、圧倒的な存在感が、彼女のステータスの強大さを物語っている。


「シニアーーーーーっ!」


 そうやってシニアが立ち尽くしていると、聞き覚えのある声が空から降ってきた。彼女が声の方向へ首を動かすと、静寂と風を切り裂き、箒に乗った犬耳少女が手を振ってこちらへ向かってきているのが分かった。


「ワンダか」


 シニアは微笑を顔に貼り付け、飛んでくるワンダを迎えた。

 ワンダは晴れやかな表情だった。高度を下げ、ワンダは地面に足を付け、箒を片手に器用に着地した。


「上手くいったのね!」


「あぁ……魔王を見くびるでないわ」


 ワンダが笑顔がそう言うと、シニアは頷きながらも、無力感に打ちひしがれたような素振りで目を逸らす。


「それでツキルはっ?」


「……」


 シニアは答えることに躊躇した。


「どうしたの?」


 ワンダは首を傾げる。


「ワンダ。ツキルは……」


 薄暗い空を見上げていたシニアは、ワンダに作り笑いの笑みを向けた。


「……戦闘の影響でまた服が燃えてしまったらしい!今頃どこかで調達しているであろうな、相変わらず馬鹿な奴だ!」


「ええーっまた!?それはしばらく顔合わせられないわね……」


「ふふ、そうであろうな」


 それっきり、まるで吹き荒ぶ風に弄ばれていた蝋燭の火のように、シニアの顔からは表情が消えてしまった。

 訪れた僅かな静寂。


「シニア……?」


 心配になったワンダは呼びかける。

 俯くシニアの眼は、どこも見ていなかった。


「……だが、きっと」


「戻ってくる」


「……?」


 ワンダはそう神妙に呟くシニアの横顔を不思議そうに覗き、何か違和感を感じつつも、ただ首を傾げるだけだった。



_____



 そして。


 あの事件の日から、長い年月が過ぎた。

 

 だが、ツキルは帰ってこなかった。


 彼が現れてから、世界は大きな変革を迎えることになった。


 十怪のほとんどは引退、一部が行方不明となり、抑止力を失った世界の秩序は大きく乱れようとしていたが――不思議と、表立って行動するものはすぐにいなくなった。


 それは”魔王”と呼ばれる強大な存在が突然、政府側へと協力を始めたからである。


 彼女の圧倒的な強さは、各国の反乱分子に睨みをきかせるには十分すぎるほどだった。


 世界が元の姿へ戻るにはまだまだ多くの課題があり、長い時間が必要ではあったが……


 今日の今、世界は、どうにか平和を保っている。


_____


 

「理事長ーーーッ!!!」


 騒がしい絶叫と共に、長い渡り廊下を疾走してきた男性職員が焦り切った様子で豪華なドアをこじ開ける。


 午後の暖かな空気で満たされた室内。壁にあるガラスの飾り棚には、隙間が無いほどに何かしらのトロフィーや賞状が敷き詰められ、職員の視線上にあるこの部屋に一つだけの大きな事務机には、大仰な周りの設備からは少し浮いているようにも見える、猫耳の少女が座っていた。


「騒がしいな……何事だ」


 職員には目も暮れず、理事長と呼ばれた少女は爪切りを片手に持ち、自分の手を念入りに確かめながら適当に言葉を返す。


「大変です!その、信じられないかもしれませんが、あひ、あひるの軍勢が、街を!!」


「そうか。動ける十怪は?」


「現在”爆発兄弟”、”奇怪術士”の二人に連絡をとっていますが、到着には時間がかかりそうで……ん?」


 その時。慌てて説明する職員の声を次第にかき消すように、廊下をずかずかと音を立てて進んでくる足音が響いてきた。


「シニア!!」


 そして突然、職員の入ってきたドアが弾けるように開け放たれ、犬耳にとんがり帽子のやや暑苦しい格好の少女が現れた。

 シニアは視線を上げて、入室者を見る。口角が緩んだ。


「リーダー!?最悪龍の暴走に対処していた筈では……」


「片付けてきたわ!あとは戦闘バカどもの仕事。それで理事長さま!わかってるわよね、早く許可書を出して!行くから!」


「ワンダ。今日も忙しそうだな」

 

 シニアは予想していたと言わんばかりに、人差し指を突き出して既に捺印されていた許可証を浮かせ、ワンダの手元まで念動力で飛ばした。


「おかげさまでね!」


 ワンダは許可証を受け取るなり、そう言い残して暴風のように部屋から飛び出て行った。


「相変わらず忙しい方ですね……」


「おい。我も向かうから外に魔法陣結界を貼るように手配してくれ」


 立ち上がったシニアがこつこつと事務机から離れながら放った言葉に、職員は度肝を抜かれた。


「理事長自ら!?」


「たまには身体を動かさねばな、折角のステータスも使わねば無いに同じ……それに」


 シニアは、かつてカイサ街で破壊の限りを尽くしていた時と同じ高笑いを上げ、恐ろしい魔王としての一面と、頼もしい世界を守る強者としての姿を全面に見せながら、強く言い放つのだった。



「あやつらのような惰弱種族に、この地は勿体ないわ!」







        おわり









【ツキルの残りステータス:0】


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