第二十話「解除」
「らぁッ!!!」
ゆうたは背中の筋肉をおびただしく盛り上がらせながら、ツキルの両手を掴んだ腕に力を込めた。
「うおおおおおぉっ……!!シニアァッ……!!」
ツキルもまた、あちら側に傾いた力の比重を戻すために渾身の力を込める。
お互いがお互いの握力に対抗し、それは不思議な調和となって、また完全な拮抗状態を作り出す。この繰り返しだった。
(((埒が開かぬな……!!)))
ゆうたの体内に囚われたシニアは、心の中で舌打ちをしてそう毒づいた。それは焦りから来る苛立ちでもある。
先程ツキルが叫んだ、”ゆうたを倒し、シニアを救う”という発言。それは確かに、考えられる限り最高のストーリーに違いなかったが、同時に酷く不合理な作戦でもある。
ゆうたが死ねば、体内に取り込まれたシニアも死に追い込まれてしまうのだ。
ツキルにゆうたを倒す心意気はあっても、シニアまで巻き添えにして倒す意思はない。
永遠に続くようにも思えたこの死闘。
ツキルは力を込め、ゆうたもまた力を出す。また拮抗が繰り返されると、誰もが思った。
「!」
しかしツキルは、この組み合いが今までのそれとは違うと瞬時に気付いた。
拮抗状態に戻ったと思った矢先、互いの力が外へ向き始めたのだ。
「ギギ……ドゥフ……!!」
見ればゆうたが、腕に込めていた力を徐々に外へとスライドさせていた。
このまま行けば、押し合っていた力は完全に外へ逸らされ、二人はお互いの手を離すだろう。それはこの組み合いの終わり、戦いは急速にテンポを速める。
勝負のターニングポイントが今、訪れようとしていた。
「「……!!」」
睨み合う勇者と化け物。
腕を大きく開いた体勢になった二人は震えながら、さらに力のぶつかりを外にずらしていく。
……そして。
「「ッ!!」」
ついに拮抗が解かれた。
弾けるように、二人は手を離しながら大きく体勢を崩す。
ツキルは相手に先んじるため、体勢を取り戻そうともがく。だが先に拳を握り込んだのは田中ゆうただった。
「オラァッ!!!」
ツキルは咄嗟に腕をクロスさせて拳を受けた。だがゆうたはそのガードをもろともせず、そのまま拳を振り抜いて、ツキルを空中へと吹き飛ばした。
「ッ!!!!」
ガード姿勢のまま、凄まじい速度で空へ飛ばされるツキル。
(((くそっ何とか……!!)))
「……ちょっと!?」
どうにか空中で体勢を立て直そうと身体を動かそうとしていたツキルのすぐ背後で、誰かの声がした。
驚いたツキルが目を開けて振り向くと、そこに犬耳の箒少女の姿が。
「ワンダ!?」
「ばっ――」
ツキルはすんでの所でワンダを回避しようと身をよじらせる。
「ツキルっ!」
しかしワンダは通り過ぎようとするツキルの手を、半ば反射的に掴んだ。
「何やってんだお前っ!?」
「助けるのよ!っわわっ!?」
飛ばされていたツキルの勢いが加わったために安定を崩され、箒はワンダを乗せたままぐるぐると勢いよく旋回した。ワンダは振り落とされないように、必死に箒とツキルの手を掴み続ける。
結局、何十回転としたところでやっと速度が収まり始め、ワンダはふらつく視界の中、箒へ魔力を込めてコントロール。それでようやく体勢を安定させたのだった。
「ツキル……!生きて、うぅ、生きてる!?」
「あぁ大丈夫だ!そして逃げろ!」
「今度は何!?」
時空が捻れているような禍々しい雑音が、ワンダの鼓膜を不快に震わせる。
音のした方向を見ると、ゆうたがこちらに向けて、黒い電流を束にしたような魔法の光線を放っていた。
「死ねよォッ!!!」
「!?だめ、間に合わな……!」
ワンダは急いで箒を急発進させようと魔力をまた込めたが、光線を避けるには時間が足りない。
ツキルも両手を光線へと伸ばし、いつもやっているように魔法を無効化するイメージを思い描いて腕に力を込めた。いつもならこれで何とかなっていたのだが、今回ばかりはそうもいきそうに無い。魔法を繰り出す相手もまた、チート能力者であるからだ。
「くっ……!」
その時である。眩い光線により視界がホワイトアウトしていく中、突如として歪な人影が目の前を遮った。
「任務を遂行します」
その影の正体は、”超絶機巧”ルナ・ピューターであった。
「ルナさん!?!」
ルナは槍を振りかざし、光線を迎え撃っている。
ワンダは思った。あまりにも無謀だと。
「ルナさ、だめっ」
「ワンダッ!」
反射的にツキルは、今にも飛び出しそうだったワンダを守るように抱きしめて制止した。
(……そんな。私たちのために……)
無力感とやるせなさがワンダの感情を一瞬で埋め尽くし、色々な思いが胸を交錯する。
そして彼女は、諦めたように目を閉じた。
やがて、二人は光線の轟音に容赦無く包み込まれる。
が。
”それだけ”だった。
「あれ……?」
予想していた風圧や痛み、意識の消失などにいつまで経っても襲われないため、ワンダは不思議に感じて目をゆっくりと開けた。
視界には目を閉じる前となんら変わりない光景が広がっている。ルナも、背後のツキルも、何事もなかったようにそこにいた。
「ツキル、私たち……生きてる」
「えっ?……あれ、ほんとだ!?あの光線は!?」
「ワンn/ダ・プrレーm&?リー!」
後ろ姿のルナがノイズ混じりの声でワンダを呼んだ。
「槍の力であの光線は無力化しました、しかし次はありません!あなたは早く例の作戦を実行に……」
「……!ルナさん!!後ろっ!!!!」
「!」
絶叫するワンダが指差すルナの背後には、禍々しいオーラに身を包まれた化け物、田中ゆうたの姿があった。
「てめェもしつけぇんだよ」
「ッ」
振り向きざまに胸を強く殴られ、ルナはひび割れた身体をガラスのように崩れさせながらも、ゆうたの右腕に槍を突き刺す。
「………comm」
「死ねッ!!」
しかしそんな抵抗も虚しく、ルナはゆうたに大きく蹴り払われ、鉄屑の雨となって宙に散ってしまった。
「雑魚が……!」
ゆうたは視線をワンダとツキルへと向けたが、それを引き止めるように右腕に突き刺された槍がバチバチと黒く放電した。
「チッ」
彼は舌打ちし、腕に突き刺さった槍を引き抜こうと引っ張った。だが、「鼠」の穂先は返のようになっており、少々手こずっている。
(ルナさん……)
そんな束の間の時間。ワンダは心を決め、ルナから提案された作戦を実行するため、まずは背後のツキルに真剣な眼差しを向けた。
「ツキルっ!」
「何だ!?」
「目、瞑ってて!」
「何でだ!?」
これからしようとしている行為への恥ずかしさから、捲し立てるように喋るワンダ。ツキルは状況が飲み込めていないようで、困惑している。
「時間がないの!!早くっ!」
「はいわかりました!!」
潔く目を閉じたツキル。ワンダは小さく息を吐き、そしてすっと大きく吸い込んで、言った。
「……私」
「はい!」
「ツキルが好き」
「はい!?」
ワンダはツキルの唇を素早く奪った。
「!?」
目を見開いて驚くツキル。紅潮したワンダの可愛らしい顔が視界に収まりきらないほどいっぱいに映っていた。
頭の犬耳をぷるぷると震わせ、恥ずかしさに耐えながら、ワンダは唇を重ね合わせ続けた。
(((これは……)))
すると彼の中へ、何かが流れ込んでくる。ワンダの熱情に混ざって入り込んできたそれは、”解除”のスキルであった。
「イチャついてんじゃねェよぉ!!」
怒声に二人が振り向くと、槍を抜き終えて殺意を剥き出しにしたゆうたが飛びかかってきていた。
赤く光る右腕を突き出し、ツキルとワンダを一突きで串刺しにしようと迫る。
「ガッ!?」
だがその時。繰り出したはずのゆうたの右腕が、不思議なことに肘関節から折れ、あらぬ方向へと曲がった。
「!?なんだよこれぇ!?」
ゆうたが折れた腕に気をとられている隙に、やっと二人は唇を離す。
スキルの譲渡は無事、完了していた。
「ツキルっ!!使って!スキルを!!」すぐさまワンダは叫んだ。
「!分かったっ!!」
ツキルは頷き、胸のペンダントを千切ると、金の額縁に収められた白い宝石を手の中へ握り込んだ。
パキ、と手中から割れたような音が聞こえ、指の隙間から紫の光が漏れ始める。
握った掌を開くと、既に宝石は紫の粘度のある反固形常に溶けており、辺りの視界を遮るほどの光量を放っていた。
ソル・パーンが魔力石の中に閉じ込めた”弱体化の魔法”が、解き放たれる。
「ワンダッ!離れろっ!」
「うん!!絶対、生きて……!!!」
ワンダは箒を翻し、ツキルと一瞬視線を交わした後、急加速して彼らから離れていった。
「――ッ!?」
解除され、解き放たれた魔法は、ワンダが言っていたとおり、”本人と、周りにいるもの”に降りかかった。
その効力は、ツキル当人の膨大な魔力が加算され、威力を急激に増大させる。
「ガッ……ぼきの、力が……!?」
力が抜けていくような身体の感覚から、ゆうたはこの魔法が弱体化の類であることを悟る。
さらにその勢いは、膨大なステータスを持つ彼ですら危機感を覚えるほどのものであった。
「ふざけるなよォっ!!ぼきにはなぁ、”特殊能力無効【神】”のスキルが……」
ゆうたは身体に大きく力を込め、息を吐くと、頭から爪先までに白い波紋が波打った。これはスキル無効の使用を意味しており、【神】にまで達する強大な干渉力を持つこの力が無力化できないものなど、ないはずだった。
しかし、彼はこの魔法を無力化することに失敗する。
「は……!?」
先ほどから彼の身に何かが起きている。それは、既に散った鉄くずの雨が彼に起こした影響だった。
ルナ・ピューターが満身創痍でカイサ街に現れた時に持っていた槍。それはジフォノ博士が数々の人体実験を行って実用化を目指していた、初期の「鼠」である。
その能力は一つしかなく、過去に彼女が振るっていた「鼠」に比べれば、応用性、汎用性は大きく落ちた。だがそれを差し引いても、この武器が持つ能力は圧倒的だった。
”拡張子変更”。
この槍で物体を突けば、存在自体を否定し、ねじ曲げることができる。自在に命令を書き込んで実行させたり、音だけ、姿だけの存在に無理やり変えてしまえるのだ。
ルナはこの槍を二度、ゆうたの右腕に突き刺した。はじめの一回で彼女は一度だけ腕のコントロールが効かないように命令し、先ほどの置き土産の一撃で特殊能力無効を一時的に無力化。耐性があったため、本来はできた相手の存在を捻じ曲げる能力は使えなかったが、命令を書き込むことによる干渉はなんとか行えた。
そんな強大すぎる能力の代償は大きく、ゆうたに止めを刺されずとも、ルナはその身体を崩壊させていただろう。
しかし彼女にとってこの戦いは既に勝ち負けではなく、全てを破壊した目の前の男への復讐。父親が最後に命を注いでいた発明品を用いて戦うこと自体が、弔いになるのだ。
そんなルナの姿は、亡き母親の意思を継ぎ、狂気の研究に身を沈めた父親によく似ていた。
「く、クソが、クソ!!!」
ゆうたは身を翻し、魔法の影響範囲から逃れようとした。
しかしそうはいかないと、彼の身体は急ブレーキをかけられたように引き止められる。
「逃がさねぇ」
ツキルは鬼の形相でゆうたの肩を背後から全力を持って掴み、彼の退路を絶っていた。
「こいつ……!」
_____
(((これは……!?)))
その頃。
ゆうたの体内に取り込まれたシニアは、体外で起こっている膨大なエネルギーの拡散に気付く。
彼らに降り注ぐ弱体化の魔法は、ツキルとゆうたのステータスを身体から強制的に分離させ、そのまま行きどころの失ったエネルギーとして大気中に放出させていた。
(((これを)))
シニアは無意識に口角を上げ、外に向かって手を伸ばす。少し遅れて、力への欲望が抑えきれない自分に気が付いた。
身体を失い核だけの存在となりながらも、彼女の”魔王”としての本質までは欠けていない。
例え体内からでも、魔法の行使が出来れば。
身体を大きな檻にしてシニアを幽閉しているゆうたは現在、とても他のことに気を回せる状況では無さそうだった。
(((シニア……シニアッ!!)))
(((ツキルか)))
(((お前、何とかして……)))
(((よい、よい。分かっておる)))
まるで世紀の大発明を思いついた科学者のような、自信に満ちた清々しい表情を顔に浮かべたシニアは、くつくつと笑ってツキルに宣言する。
(((面白いものを見せてやるわ)))




