第六話:姫君の悩み
「先生はどちらのお家の方?」
「わたくしは家を出た身です。どうぞその質問はお許しを」
久しぶりに使う貴族の言葉は舌をかみそうだ。
長ったらしくて遠回しでいらいらする。
「でも貴族なのでしょう?」
「…ええ。一応は」
一代貴族とも言われる准男爵、地方の一町長とも言われる男爵と違って子爵家は伯爵の代理も務められるれっきとした貴族だ。…それほど地位が高いわけではないけれど。
「お兄様とはどちらで知り合われたのかしら?」
「姫様…」
さっきから隙を見てはこの質問だ。
答えようがない質問ばかりで困ってしまう。
本当に昨日であったばかりで口をきいたこともない。
「じゃあ、先生にとっておきの秘密を教えてさしあげるわ」
「はい?」
「わたくし、もうすぐ隣国の王家に嫁ぎますの」
思わず目を見開いていた。
「なぜ侯爵家の娘がとお思いでしょう?」
こくこくとうなずくとふふと笑ってメイドが煎れた紅茶を口にする。その仕草も優雅なものだ。
「本来なら王族に嫁ぐのは王族と決まってますもの。まして当代は陛下にはお二人の姉妹がおいでです」
数年前に即位された国王陛下はまだご結婚されておらず、ご姉妹がいらっしゃる。
御年24のオルガ・ソランジュ様と御年16になられるミシュリーヌ・コレット殿下だ。
「わたくしだってなぜと思いましたけれど、姉君のオルガ・ソランジュ姫様は新しく任ぜられた宰相閣下に嫁がれましたし、妹君のミシュリーヌ・コレット姫様は《塔の魔法使い》に嫁がれることが決まりましたわ。どちらもすでに国益に準じた嫁ぎ先が決まっております。そこでわたくしにお話が回って参りましたの。もうすぐわたくしは国王陛下の叔父君の養女として隣国に嫁ぎます」
そういう侯爵家の姫君は16のはずだった。
「あちらの国王陛下は今年35歳になられるんですって。なくなられた先の王妃さまのお産みになられた王太子殿下と王女殿下がいらっしゃるそうよ」
「さんじゅ…っ」
それではほとんど親子ではないだろうか。
貴族としては珍しくないとはいえ、こんな年齢の姫が嫁ぐ先としてふさわしいのだろうか。
「だからね、その前に心ときめくことを探したかったの。それがお兄様とお姉様の恋ならなんてすてきなんでしょうと思いましたのよ」
思わず同情しそうになってから、ふと思う。
「姫さまの嫁がれるのは王家のどなたなのでしょう?」
「あら」
姫君の目がまんまるに見開かれた。おもしろがるような光を満面にたたえて、にっこりと笑う。
「わたくしが嫁ぐのは御年18の王太子殿下よ」
やっぱり、と肩が落ちる。
危うく同情するところだった。
「さすがにだまされてくださいませんのね。おしいわ」
「姫さま…」
「だって、今朝になって突然お兄様があなたを家庭教師だなんておっしゃるんですもの。なにか理由があるって思うのが普通ではなくて?」
それは、そう思う。
誰だって不審にも思うだろう。
「侯爵様の知り合いの方からこちらをご紹介いただきましたの」
「あら、普通なのね。つまらないわ」
そんなに波瀾万丈でおもしろい話があってたまるもんですか。
だいたい、どうしてお姫様の退屈しのぎを提供しなければならないの?
「姫様。わたくしの方がお聞きしたいですわ。姫様は何を教わりたいとおっしゃいますの?わたくしを家庭教師とされたのなら何か教わりたいことがあるのではな…ございません?」
なんだってこんなところでこんな話をしなければならないのだろう。
水くみや掃除をしている方がずっとずっと楽で、性にあってるのに。
貴族のつきあいなんて大嫌い。
でも今は早く解放されたいと願うしかないようだった。