再び未来からのメール
■ 2018年年5月30日(水)
荒知山での出来事から4日ほど経った。もう梅雨入りしたこの地域だが、天気は晴れが続いていて、週末の天気予報も曇り時々晴れになっていた。会社帰りの電車の中ではスマホで週末に登る予定の天狗岳の記事を見ていた。毎週のように登山することから一部からは山バカと呼ばれていたが、そんなことは気にもならなかった。それにしても先日出会った笹原莉奈という女の子は婚約者になるとのことだが、今の段階では名刺を渡しただけで、連絡先の交換もしていない。それに俺は一目惚れしたわけでもなく恋愛感情もないのに、今後繋がりはあるのかと思っていた。
帰宅してキッチンに行くとテーブルの上には母親が牛ステーキにポテトフライとサラダを並べてくれていた。牛ステーキとはちょっと珍しいと思いながら夕食を電子レンジで温めて、ガスコンロで味噌汁を温めて、炊飯器からご飯を茶碗に盛った。夕食を終えるといつものようにシャワーを浴びて、自分の部屋に入った。パソコンの電源を入れてメールを確認する。相変わらずニュースメールやDMなんかのメールが数件届いていたが、その中に「先日はありがとうございました」という件名のメールがあった。その開いてみると、先日、荒知山で出会った笹原莉奈からのメールだった。
”
水嶋祐樹さんへ
こんにちは。先日、荒知山でお世話になった笹原莉奈です。
あの時は大変だったけど、とても綺麗な夜景を見せていただけて
本当にありがとうございました。
名刺をいただいてから早速、水嶋さんのブログを拝見させていただきました。
いろんな山に行ったりして、とても山のことに詳しい人なんだって思いました。
ブログを読んでいると誰も知らないような秘境の地もあるんですね。
私もこんなところに行ければいいなって思いました。
それに沢登りがとても楽しそうで、私もしてみたいって思いました。
これからも水嶋さんのブログを拝見させていただきますね。
何もお礼ができなくて申し訳ないですけど、これで失礼させていただきます。
”
このメールのドメインからしてスマホから送ってきたんだと思った。俺はすぐにメールの返信を送ることにした。
”
笹原莉奈さんへ
こんばんわ。水嶋祐樹です。
わざわざメールをしてくれてありがとう。
笹原さんは沢登りに興味があるんだね。
俺は夏といえば沢登りばかりしているんだよね。
登山は暑いからテント泊で標高の高いアルプスに行ってるんだよ。
今年も沢登りに行くんだけど、よかったら笹原さんも一緒に沢登りに行ってみる?
もちろん笹原さんが行くなら初心者用の沢から行くので大丈夫だよ。
この前一緒にいた長瀬さんも誘ってくれればいいよ。
あと、誰も行かないような秘境の地は普通の登山道で行くわけじゃないんだけど、
大自然の神秘を感じれるので辞めらないんだよね。
荒知山で大変だったけど、まだ山に興味を持ってくれて本当によかった。
じゃあ、返事待ってるね。
”
このメールで沢登りに誘ってみたけど、俺は山で知り合った人でメールを送ってくれたから誘ってみたりして山仲間を増やしていこうと思っている。それも来るもの拒まず去るもの追わずといった感じなのだ。それにしてもこのメールで笹原莉奈はどんな返事をしてくるんだろう。スマホのメールなので、すぐに届いて気づいているはず。とりあえず、メールの返事を待ちつつ週末に行く天狗岳の記事を閲覧していた。もう21:00を過ぎた頃、メールの受信音が鳴った。メールを確認すると笹原莉奈からの返事が届いた。
”
水嶋祐樹さんへ
メールのお返事ありがとうございます。
沢登りのお誘い嬉しかったです。
でも、私のような登山初心者でも沢登りに行けるんでしょうか?
とても興味がありますので、行けるのであれば連れていってほしいです。
一緒にいた長瀬美歩ちゃんは荒知山のことがあってから、
しばらく登山はしたくないと言っていますので、沢登りは他の友達を誘ってみます。
それと沢登りに必要な装備を揃えないといけませんよね?
私何もわかりませんので、沢登りの装備についても教えていただけないでしょうか?
最後に大自然の神秘を感じれる秘境の地にも興味があります。
では、よろしくお願いします。
”
このメールを読んで笹原莉奈はとてもアクティブな女の子だと思った。おそらく俺と同じで山に関しては好奇心旺盛なんだろうと思える。またすぐに返信した。
”
笹原莉奈さんへ
水嶋祐樹です。早速メールの返事ありがとう。
沢登りは登山と違うので初心者でも大丈夫だよ。
それに子供でも行ける初心者向けの沢登りコースなので心配しないでね。
長瀬美歩さんは荒知山のことがトラウマになっているようですね。
残念だけど、それは仕方ないね。
沢登りの装備だけど、沢靴とヘルメット、ハーフフィンガーグローブ、
防水用のザックがあれば行けるよ。
あと、沢登りに行くならそれまでに一度、訓練のために岩登りに行ったほうが
いいと思うだけど、近々、俺の山仲間と一緒に行ってみない?
本格的なロッククライミングをするわけではないんだけどね。
岩登りの装備は貸すので普通の登山装備で来てくれれば大丈夫だよ。
じゃあ、返事待ってるね
”
岩登りにも誘ってみたけど、どんな返事が返ってくるんだろうと思いながら再び天狗岳の記事を閲覧していた。15分ほどして再びメールの受信音が鳴った。笹原莉奈からの返事が届いたのだ。
”
水嶋祐樹さんへ
メールの返事ありがとうございます。
沢登りの訓練ということであれば岩登りも行ってみたいです。
友達一人を誘ってみたのですが、登山に興味がないと言われました。
私一人になっちゃいますので、彼氏に聞いてから返事をしたいのですが、
それでも大丈夫でしょうか?
いろいろ面倒でごめんなさい。
よろしくお願いします。
”
このメールを読んで俺は少し複雑な気分になった。笹原莉奈は俺の婚約者になるという2033年からのメールには書いてあったが、付き合ってる彼氏がいるのだ。どういうことなのか全くわからないが、この先、笹原莉奈は彼氏と別れて俺の婚約者になるということなんだろうか。それともあのメールの内容が間違っているのだろうか。とりあえず、俺は笹原莉奈に「返事を待ってる」とメールを返しておいた。
■ 2018年年5月31日(木)
この日の天気はどんよりして曇っていたが、梅雨入りしたとはいえ、あまり雨が激しく降る様子でもなかった。いつものように会社帰りの電車の中ではスマホで山記事を閲覧していた。ここのところ開発案件はないので仕事はそんなに疲れない。明日は金曜日でその次の日はいよいよ山に行けるのだ。そんなことを考えながら電車に揺られていると最寄り駅に到着した。帰宅して夕食を食べてシャワーを浴びて自分の部屋に入った。パソコンの電源を入れてメールを確認すると笹原莉奈からのメールが届いていた。
”
水嶋祐樹さんへ
今日、彼氏に岩登りや沢登りに行ってもいいか聞いてみましたが、
ダメだと言われました。
せっかく誘っていただいたのに本当にごめんなさい。
また機会があれば誘ってほしいです。
本当にごめんなさい。
”
どうやら彼氏にダメだと言われたらしい。他の男性と一緒にどこかに行くのを彼氏がダメだと言うのは当然のことだろう。俺は一応「残念だけど仕方ないね」という内容のメールを送っておいた。それ以来は笹原莉奈からメールがくることはなかった。せっかく知り合って山仲間になりそうだったので残念な気持ちもあったが、別に恋愛感情があるわけでもなかったのでそこまで気にならなかった。それより週末に行く天狗岳のルートを確認していた。
■ 2018年年6月2日(土)
待ちに待った週末。朝の4:00になると目覚ましが鳴った。今日も単独だが天狗岳へ行くのだ。一週間、頑張って仕事をした御褒美なのだ。カーテンを開けて外をみると天気に問題はなさそうだ。登山の準備をして朝食は軽くトーストを焼いてインスタントコーヒーを準備した。そして5:00になって出発した。天狗岳の登山口まで車で2時間ほどで到着する。そして登山口から天狗岳の山頂までは3時間ほど登る。天狗岳の山頂に着いたのは10:00を過ぎたくらいだった。展望はあまりないが、登頂した達成感はある。これも非日常で自然を満喫できたので満足できた。かなり早めに山頂に着いたので昼食は下山をしてからラーメン屋にでも行くことにする。登山口まで下山した時は12:00過ぎ。スマホで帰宅途中のラーメン屋を調べていると、こってり系の豚骨醤油ラーメンのお店があったので、そこに行くことにする。俺はこってり系の豚骨ラーメンが大好きなのだ。1時間ほど車を走らせて調べていたラーメン屋に到着した。こってり系のラーメンは太麺でドロっとしたスープだったのでとても俺好みだ。ご飯も一緒に注文していてよかった。そして自宅に帰宅したのは15:00前だった。登山道具を片付けて、シャワーを浴びて自分の部屋に入った。早速、天狗岳の写真を整理してブログ記事を書くことにしようと思ってパソコンの電源を入れた。いつものように先にメールを確認する。すると笹原莉奈からメールが届いていた。
”
水嶋祐樹さんへ
先日は本当にごめんなさい。
やっぱり岩登りと沢登りに連れて行ってもらえないでしょうか?
彼氏とは別れることになりましたので大丈夫です。
水嶋さんを不快にさせてしまったかもしれませんので、
こんなお願い聞いて下さるかわかりませんが、
よろしければこれからも誘ってほしいと思っています。
勝手なことを言ってるのはわかっています。
本当に申し訳ありません。
よろしくお願いします。
”
このメールを読んで、俺は自分に何か責任があるんではないかと思った。笹原莉奈が彼氏と別れるキッカケを作ったのは少なからず俺が誘ってしまったからかもしれない。すぐにメールの返事をした。
”
笹原莉奈さんへ
こんにちは。
俺は不快に思ったりしてないので気にしないでね。
岩登りと沢登りを一緒に行くのはいいので気を使わないでね!
それより、もしかして彼氏と別れることになったのは、
俺が誘ったりしたからなのかな?
それだったら笹原さんに迷惑をかけたことになるよね。
別の理由だったらいいんだけど、それだけが心配です。
じゃあ返事待ってるね。
”
俺は笹原莉奈が彼氏と別れることになった理由を知りたかったのでこんな内容のメールになった。もし俺に責任があるのであれば、彼氏とよりを戻すように促したほうがいいと思う。そのことばかりを考えながら、天狗岳の写真データをパソコンに取り込んで、ブログ記事の下書きをしていた。時計を見ていると18:00を過ぎていた。そろそろ夕食の時間だと思っているとメールの受信音が鳴った。笹原莉奈からのメールの返事だった。
”
水嶋祐樹さんへ
メールのお返事ありがとうございます。
彼氏と別れることになったのは水嶋さんが私を誘ったからでは
ありませんので心配しないでください。
でも少しは関係しているかもですが・・・
もともと彼氏とはもう別れようと思っていました。
もう彼氏の束縛に耐えられなかったんです。
水嶋さんから誘っていただいて、彼氏から行くのはダメって言われた時に
残念な気分になりましたが、彼氏の気持ちもわかるので感情を抑えていました。
でも、昨日、彼氏から山にも行くなと言われました。
それを聞いて、私はもう限界だと思いました。
私は干渉されたり、束縛されるのは嫌なんです。自由にさせてほしいんです。
私の人生で登山という素晴らしいものを見つけてハマってしまいました。
今の私にとって登山は唯一の楽しみなんです。
それまでも彼氏は私から奪おうとしたのです。
だから私はもう限界だから別れてほしいと言って話し合いました。
それで別れることになったのです。
それにもう彼氏に対して好きって気持ちもありませんでした。
私は水嶋さんのように誰も見たことのない景色を見たり、秘境地に行ってみたり、
自然の中で自由に楽しみたいと思っています。
一度きりの私の人生なので、いろんな体験をしたいんです。
私の話ばかり長くなってごめんなさい。
そういうことですので、水嶋さんは気にしないください。
岩登りと沢登りを一緒に連れていってもらえるのは嬉しいです。
それと、私は保育士で土日と祝日は休みです。
ではお返事お待ちしています。
”
このメールを読んで俺はかなり共感できる部分があると思った。俺も自由にさせてほしいし、束縛や干渉されるのは何より嫌う。笹原莉奈の気持ちがよくわかる。土日と祝日が休みなのは俺も同じなので日程を調整してメールの返事を送ることにした。岩登りとなると未経験の笹原莉奈と二人でいくわけに行かない。ロープワークができるのは山仲間である俺より2歳年下の石岡秀之なので、予定を聞いて日程を調整することにした。石岡秀之によると6月16日の土曜日が空いてるとのことなので、その日に日程を合わせることにした。沢登りは7月に入ってからはじめるので、その前に毎年1回は岩登りをしてロープワークや岩登りの感覚を思い出すようにしているのだ。俺は早速、笹原莉奈にさっきのメールの返事と6月16日の予定を聞いてみた。するとすぐに「6月16日の予定を空けておきます」というメールが返ってきた。待ち合わせ場所は笹原莉奈の最寄り駅がわからないので、俺の自宅の最寄り駅に来れるか聞いてみると、近いとのことだったので最寄り駅の駅前ロータリーに朝9:00に待ち合わせになった。
■ 2018年年6月3日(日)
この日は朝10:00まで寝ていた。カーテンを開いて窓の外を見てみると天気は昨日と同じように晴れ時々曇りという感じだった。昨日は早めに家に帰宅できたので、天狗岳のブログ記事はとっくに公開していた。部屋でゴロゴロしながら次の週末はどこの山に行こうかインターネットで山記事を見ていた。するとメールの受信音が鳴った。メールを確認すると「2018年6月の俺へ」という件名のメールが届いていた。ついに2033年から次のメールが届いたのだ。恐る恐る内容を確認する。
”
2018年6月の俺へ
2033年の水嶋祐樹だ。
前回は5月に起こる出来事についてメールを送ったが、
これで信じてもらえただろうか。
俺はわざわざ未来のことを伝えるためにメールを送っているわけではない。
ただ、このメールのことを信じてもらうために送った。
さて、6月に起こることだが、重要なことだけ伝えておく。
あまり未来のことを伝えるのはそっちの俺にとっても良くないことなのだ。
1.過去の恋愛を清算する
これはお願いベースだ。2006年8月25日の金曜日のことを覚えていると思う。
あの日の花火大会で俺は片思いをしていた同級生の片桐杏奈に告白しようとしてしなかった。
それはあとになって後悔になっていて、そっちの俺の恋愛にも影響がでている。
そこでもう一度、告白するチャンスが訪れるので、必ず告白するように。
これからベッドに入って寝る前に2006年8月25日のことを思い出しながら寝るようにすること。
深く思い出すようにすること。結果は問題ではない。重要なのは告白した後の感情なのだ。
2.池上有希から告白される
→他に好きな人がいるという断り方をして嘘だと気づかれてしまう
3.一時的に西浦真美と不思議な現象が起こる
→そっちの時代では理解不能な現象。解決方法は1番と同じ過去の恋愛を清算
4.笹原莉奈に恋心を抱く
→笹原莉奈をたくさん登山に誘うようにすること
5.新しいシステム開発を依頼される
→長い残業が続き体調不良になる。無限ループ。解決方法はメモしておくこと
6月に起こることは以上。
警告すべき理由は時期がきたら伝えることにする。
またメールを送る。
前回同様にこのメールのことに関しては他言無用。
”
今回は長い文章だったように思う。差出人を見てみるとやはり水嶋祐樹となっていた。前回と同じメールアドレスのようだ。メールの詳細をみてみるとやはり送信日時等は文字化けしているが、2033という表記だけは残っている。それにしても前回に送られてきたメールと同様に今回も6月にこれほどのことが本当に起こるんだろうか。気になるのは「過去の恋愛を清算する」という内容だ。お願いベースというのも気になるが、告白するチャンスといっても片桐杏奈は今どこで何をしているのかわからないし、今更告白しろとでもいうのか。12年前の高校3年生の時のことなのに、今の俺の恋愛に何の影響があるというのだ。それに「西浦真美と不思議な現象が起こる」という内容だが、どんな現象が起こるんだろう。この時代では理解できない現象とは一体何だろう。とりあえず、前回のメールで全てのことが本当に起こったわけなので、今回のメールも無視できない。とりあえずこのメールに従って今日から寝る前に2006年8月25日のことをできるだけ思い出して考えるようにしよう。ところが、これが信じられない出来事になるのだ。