ナイトハイキングでの出会い
■ 2018年5月25日(金)
今日はすこしポツポツと雨が降っているが、明日の天気予報は午後から快晴になっている。しかし、喉を痛めて体調不良が続いていたので明日の山の計画は立てていない。また週末は家でゴロゴロするしかないのかと思いながら会社帰りの電車の中で俺のブログ記事をスマホで確認していた。すると3年ほど前に撮影した荒知山からの夜景写真に目がいった。そういえば、この時はまだ夜景をコンデジで撮影していたんだ。一眼レフカメラを購入したのはちょうど2年前のことで、それ以来、コンデジで撮影した夜景の撮り直しをするためにあちこちの山を再度ナイトハイキングしていたのだ。荒知山だけはまだコンデジで撮影したままの写真になっている。今日はポツポツと雨が降っていて明日の午後には快晴になるということは、空気は澄んでいるはず。そう思った俺は病み上がりということもあって、明日は手軽に登れる荒知山へナイトハイキングして夜景の撮影し直しに行こうかと思った。手軽に登れるといっても、それは俺が知ってる裏ルートでほとんど踏み跡などなく、ルートを把握していなければ非常に迷いやすい登山道なのだ。表ルートはわかりやすいルートなのだが、距離的にも長く、なにより岩場を登るルートなので暗くなってからあの岩場を下るのはかなり危険なのだ。そこで見つけた裏ルートは岩場などなく登頂できる。自宅の最寄り駅に到着して、帰宅するとさっさと夕食を食べて、シャワーを浴びた後、部屋に入って明日の荒知山へのナイトハイキングの準備をした。念のため、以前に登った時のブログ記事に掲載されている登山地図を確認しておいた。もちろん、GPSにも登山地図を導入して万が一、コースアウトしても現在の位置が確認できる準備もしておいた。
■ 2018年5月26日(土)
今朝は遅めの9:00に目が覚めた。体調はもう完全に回復している。部屋のカーテンを開いて外の様子を見てみるとまだ雲が少しあるものの、空気は澄んでいる。今日は夜景撮影にバッチリのコンディションである。昼間は自宅近くのスーパーでお茶と水2Lのペットボトルと非常食に4個入りの饅頭とチョコレート、そして紙コップ付きのインスタントコーヒーだが4つ入りしか売ってなかったのでそれを購入した。家に帰ってスーパーで買った食料や飲料水をザックに入れて忘れ物がないか念入りにチェックする。特に夜景撮影となるので、一眼レフカメラや三脚は絶対に忘れてはならない。あとはヘッドライトは予備を含めて2個と予備の電池も忘れてはならない。全ての確認が終わったところで日没時間をチェックしておいた。本日の日没は19:03とのことなので、18:00くらいから登りはじめればちょうどいい時間に登頂できる。ちなみに夜景の展望地は荒知山の山頂から南東側に少し歩いていった巨岩の上で、実はあまり知られていない場所である。自宅から登山口までは車で1時間半ほどかかるので余裕をみて16:00に出発すればいいだろう。これで準備も予定もバッチリ整った。16:00まではTVを見たりインターネットで山記事をみながら過ごしていた。
16:00になったので母親に「荒知山に行って夜景撮影してくる」と伝えておいた。車に乗って出発したのだが、国道で思わぬ渋滞に巻き込まれて登山口に到着したのが17:50を過ぎたあたりだった。時間的に余裕はあると思いながら車を駐車して登山の準備をした。そして道標もない登山口から登りはじめた。相変わらず裏ルートは誰も登ってる人がいないせいか踏み跡すらなく笹に覆われた道がひらすら続く。ただ、尾根道なのでコースアウトすることはないだろう。登り始めて50分ほど経った時、だだっ広い場所に辿り着いた。ここはちょうど荒知山山頂の直下で、俺の記憶ではここから荒知山のピークを巻いて南東へ進むと展望地の巨岩に着くはず。そう思って辺りを見渡すと、北東30m先あたりに二人の女の子が座り込んでるのが見えた。見るからに若くていわゆる山ガールという感じの服装だ。変なところに山ガールがいるもんだと不思議に思った俺は少し大きな声で「こんばんわ」と声をかけてみた。すると一人の女の子がこちらの方を向いて少し大きめの声で「すみません、ちょっといいですか?」と言った。どうにも変に思った俺は二人の女の子がいる場所へ走っていった。
女の子の一人は栗色をしたサラサラのショートヘアーに少し大きめの目をして小さな唇で丸顔、細身で紫色のジャケットに濃い茶色のショートパンツに黒のタイツ、登山靴は茶色で小さな赤いザックを背負っている。身長は155cmくらいだ。もう一人の女の子は黒髪のポニーテールで少し垂れ気味の目をしていて鼻筋が通った小顔、黄緑色のジャケットにゲリ柄のショートパンツに黒のタイツ、登山靴はグレーで小さな黒いザックを背負っている。背丈は160cmくらい。栗色の髪をした女の子がポニーテールの女の子に対して「みほちゃん、ごめんね」と言いながら、ポニーテールの女の子は涙目になっている。そして様子がおかしいと思った俺は話しかけてみた。
「こんな変なところにいて何かあったの?」
すると、栗色の髪をした女の子が話してきた。
「実は、道に迷ってしまって3時間ほどさまよっていたんですが、疲れてしまって休憩していたんです」
「そうなんだ。この辺は迷いやすいからね。それで、どこに行こうとしてたの?」
「荒知山から雷岩に出てストーンガーデンから下ろうと思っていたんですが、雷岩の道に出れなくて・・・」
「そうなんだ。荒知山から雷岩に出るには一旦、北東に行ってから南西に下るんだけど、道標もないしわかりにくいんだよ」
「そうなんですね。でももうこんな時間になっちゃって、どうしようか迷っていたんです。もう警察に電話しようと思っていました」
「今から雷岩に出たとしても暗くなるからストーンガーデンは下れないだろうし、荒知山の表ルートも岩場で暗くなってから下るのは危険だね」
「あーどうしたらいいんだろ・・・」
俺は涙ぐんでるもう一人のポニーテルの女の子のほうに視線を向けると、かなり衰弱してる感じがした。
「えっと、二人とも水は持ってる?」
「実はもう水は全部飲んじゃったので、持ってないんです」
「とりあえずコップは持ってるかな?まず水をあげるから飲んで!」
「コップならありますが、いいんですか?」
「水は十分にあるから大丈夫だよ。まずは水分補給しないとね」
「はい。じゃあコップ出しますね」
そう言って俺はザックの中からペットボトルの水を出して、二人のコップに水を注いだ。二人ともよほど喉が渇いていたのかゴクゴクと水を飲んでいた。そして、俺はザックから非常食である饅頭を出した。
「これ、非常食用の饅頭なんだけど、一つずつ食べて!」
「はい。ありがとうございます」
「それより大変だったんだね。これからどうするかだけど、二人は車で来たのかな?」
「いえ、電車で来ました。駅から歩いてストーンガーデンの手前から荒知山に登りました」
「だったら、裏ルートで下るしかないんだけど、かなり道がわかりにくいから、俺と一緒に下ろうか?ヘッドライトは持ってる?」
「一緒に下ってくれるんですね。ありがとうございます。でもごめんなさい。ヘッドライトは持ってないです」
「ヘッドライトの予備を持ってるから一番前と一番後ろの人がヘッドライトをつけて歩けば大丈夫だと思う。下ったら駅まで車で送るよ」
「わかりました。ありがとうございます」
「その前になんだけど、俺、実は夜景を撮影しにきたんだよ。ここから10分ほど行ったところにあるんだけど、夜景撮影してから下ってもいいかな?それまでここで待っていてもらえると有難いんだけどね」
「10分ほどですか。うーん、みほちゃん、どうする?」
涙ぐんでるポニーテルの女の子はみほちゃんという名前で少しは元気が出てきたようだ。「暗くなっちゃうと怖いかも・・・」とポニーテールの女の子は呟いた。栗色の髪をした女の子は「うーん・・・」と何やら考え込んで、話しかけてきた。
「10分ほどのところって、キツイ登りとかありますか?」
「もう東に巻いていくだけだから、ほとんど平坦な感じかな。その先に巨岩があってその上から夜景が見えるんだよ」
「じゃあ私達もついて行ってもいいですか?ここで暗くなって待ってるのは不安なので・・・」
「そうだね。せっかくだから一緒に夜景を見に行こうか。まだ歩く体力は残ってる?」
「さっき、水と饅頭をいただいたので大丈夫です。みほちゃんも大丈夫だよね?」
栗色の髪をした女の子がそう聞くとポニーテールの女の子は「うん」と頷いた。
「じゃあ、とりあえず俺に着いてきて!」
「はい」
そういって、三人で夜景が見える巨岩に向かった。10分ほど経って展望地の巨岩につくと三人で景色を眺めていた。夜景になるまで、まだ少し時間がかかるので、俺はザックからバーナーを出してお湯を沸かした。紙コップ付きのインスタントコーヒーを取り出して三人分のカップにお湯を注いだ。俺は「この景色を眺めながらコーヒーでも飲んで落ち着いてね。ミルクと砂糖はここにあるから」と言って、二人にコーヒーを渡した。すると栗色の髪をした女の子が「荒知山にこんな展望のいい場所があったんですね」と言ったので俺は「ここはあまり人に知られていない場所で穴場なんだよ」と答えた。コーヒーを飲んでいると、すっかり暗くなって景色は光り輝く夜景へと変化していった。海岸線から大都市に伸びる道路のラインやその地形は他であまりみることのできない光景であった。おそらく、この二人の女の子もこんな夜景は見たことないんだろう。俺はすぐにカメラと三脚をセットして夜景を撮影していた。すると二人の女の子は「とっても綺麗」と何度も呟いていた。撮影が終わったところでカメラと三脚を片付けて、山で知り合った人に渡すための名刺を出した。
「ところで、俺はこういうものです。よかったらここのブログ見てね!ほとんどが山記事なんだけどね」
そう言って二人に名刺を渡した。すると栗色の髪をした女の子が話し出した。
「水嶋祐樹さんっていうんですね。私は笹原莉奈と申します」
「笹原莉奈さん!?」
俺はどこかで聞いたような名前だと思って、ついびっくりして疑問形で聞いてしまった。
「はい、そうです。こっちの子は長瀬美歩っていいます」
「笹原莉奈さんに長瀬美歩さんね。よろしく」
「はい。よろしくお願いします」
「じゃあそろそろ下ろうか」
「はい」
「じゃあ長瀬さんのほうが身長高いから一番後ろでヘッドライトつけてね。笹原さんは真ん中で一番先頭は俺の順で歩いていこう」
「わかりました」
笹原莉奈・・・はじめて会った女の子だが名前は聞いたことあるのだ。どこで聞いた名前なんだろう?と考えながら下っていた。下り途中は誰も無口で話もしなかったが登山口まで下ると道路に出て、二人の女の子は安心した表情になっていた。車の後部座席に二人の女の子を乗せて近くの駅まで車を走らせた。最後に笹原莉奈が話しかけてきた。
「本当になんとお礼をすればいいのか。ありがとうございます。そしてご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
「お礼なんていいし、謝らなくてもいいよ。それより、今日は大変だったけど、めげずにまた山に登ってね」
「私、昨年の10月から登山をはじめてハマちゃったんですけど、まだまだ初心者でわからないことだらけで・・・」
「そうなんだ。登山は楽しいしいいよね!今回のことで登山を辞めたりしないでね」
「はい。辞めたりしないです!」
車の中でそういう話をしながら近くの駅に着いた。二人の女の子は何度も頭をさげながら「ありがとうございました」と言った。それにしても笹原莉奈という名前が気になって頭から離れなかった。家に帰って登山道具を片付けてシャワーを浴びた。そして部屋に戻った時、ふと頭によぎった。そういえば2033年のあのメールだ。そう思った瞬間、俺はすぐにパソコンを起動させて問題のメールを見た。そこには「山で婚約者になる人と出会う」という内容でその下に「→名前は笹原莉奈」と書いてあるのだ。あの栗色の髪をした女の子が俺の婚約者になるってことなのか!?一体この不気味なメールは何を意味しているんだろうか。5月に起こること、一つ目の会社での大きなスペルミス、二つ目の喉の腫れによる高熱と卵雑炊で改善、三つ目の笹原莉奈との出会い、全て当たっているではないか。しかし、婚約者になるということだけはまだ未知のことでどうなるのかわからない。こうなってくると本当に2033年から送られてきたメールだと信じるしかないのかもしれない。偶然がこれほど重なるとは思えない。しかし、これから起こることについてはもう書かれていないのでこの先の未来についてはわからない。「またメールを送る」と書いてあったけど、いつ送ってくるんだろうか。
実はこの先、俺はおかしな体験をしていくことになっていくのだが、今はまだそんなことを知る由もなかった。




