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未来からの伝言  作者: 涼
27/41

人格乗り移り現象Part1

■ 2018年10月20日(土)


朝4:00に目覚まし時計が鳴って起きた。カーテンを開けて窓の外を見ると星空が見えるので天気は問題ないだろう。今日から一泊二日で神童平と孔雀平に行くのだ。本来なら日帰りできるルートなのだが、かなりのロングコースであるのと、途中にちょうどいい避難小屋があるので、シュラフとマットだけ持って行くことにした。何度もルート確認しておいたので道迷いすることはなさそうだ。今日のメンバーは笹原莉奈と黒岩優、そして村瀬真也と俺の四人だ。避難小屋はロフトのようになっていてかなり広くて水場もあるので荷物はそこまで多くない。朝から静かに登山道具のチェックだけしておいた。


5:40を過ぎたので荷物と登山靴を車の後ろに積み込んで駅前ロータリーへ向かった。5:55頃に駅ロータリーに到着すると既に莉奈と村瀬君が何か話をしていた。俺は車から降りて「おーい」と大きな声で二人を呼んだ。すると階段のほうからベージュのキャップをかぶってサングラスをかけて、ピンクと紺色のジャケットを着てグレーのトレッキングパンツをはいた黒岩優らしき人物が車のほうへ歩いてきた。俺はまた「黒岩さん、毎回だけどそれ逆に怪しい人だよ」と言った。黒岩優は「でもこうするしかないんです」と言った。みんな車の後ろに荷物を積み込んで助手席に村瀬君が座り、後部座席に莉奈と黒岩優が乗って車を走らせた。相変わらず莉奈と黒岩優が仲良く話をしている。もうすっかり親友と呼べる二人になっているようだ。村瀬君は昨日、かなり仕事で帰りが遅くなって寝不足らしく助手席で眠っていた。二時間半ほど車を走らせると国道から細い県道に入った。すごい田舎の集落を通っていき、さらに山道を奥に進んでいくと、再び小さな集落を通っていく。莉奈は「こんなところに住んでる人って買い物とかどうするんだろう?」と言った。俺は「そうだね」と言ったが、本当にどうやって生活してるんだろうと思う。さらに沢沿いの細い道をどんどん進んでいって行き止まりのところの広くなった路肩に車を駐車した。すでに時間はもう9:30を過ぎていた。


四人は車を降りて登山の準備をしはじめた。莉奈と黒岩優はさっさとザックを背負って待っていた。俺は登山靴を履いて忘れ物チェックをしてザックを背負った。村瀬君は「ちょっと待ってくださいね」と言って、トレッキングパンツにはきかえて登山靴を履いてザックを背負った。そして四人で沢を渡ってまずは林道を歩いていく。俺は「この林道は6キロメートルくらいあるから覚悟しておいて」と言った。莉奈は「えーーー」と面倒くさそうな表情をした。林道は坂道になっていてひたすらあがっていく。五十分ほど林道を歩いていくと一番高いところまできた。そこには道標があって登山道の入口になっている。しかし、神童平はまだこの先なのだ。俺は「この登山道で下ってくるんだけど、まだ林道を歩くよ」と言った。そこから今度は林道を下っていく。面白くない林道歩きがひたすら続くが、だんだん秘境感がでてきた。さらに五十分ほど歩くと林道の終点に着いた。莉奈は「この先、道がないよ」と言ったので俺は「ここから無理矢理登っていくんだよ」と言った。黒岩優が少し不安そうな表情をしている。黒岩優にとってこんなバリエーションルートを歩くのは初めてのことなのだ。無理矢理樹林帯の中を北西方向に歩いていき、徐々に高度をあげていった。樹林帯を歩いて四十分ほどすると先に明るくなった場所に出た。そこは秘境感溢れる高原地帯になっていた。その高原地帯を今度は東の方向へ直登していった。するとすっかり赤く色づいた樹林が広がって見える高原地帯の真ん中に立った。そして振り返ると付近の山々が赤やオレンジに色づいて見える景色が見えた。莉奈と黒岩優が「なにここ?すごいすごい!」と言っている。登山者など全くいない高原地帯でしかも真っ赤に染まった樹林に囲まれた秘境の地。俺は「ここが神童平だよ」と言った。村瀬君はもう興奮して撮影に必死になっている。莉奈と黒岩優は感嘆の声をあげている。紅葉の時期にこの神童平に来るのは俺も初めてだったが、これほど素晴らしい展望だとは思いもしなくて感動していた。黒岩優が「水嶋さん、よくこんなところ知ってましたね」と言ったので俺は「この付近の山は調べつくしてるからね」と言った。俺はこの付近の山が好きで本当にあちこち調べまくっているのだ。登山者の多い整備された山など興味はない。こういう秘境の地に行くのが俺にとって趣味であり登山といえる。もう時間的にお昼を過ぎていたのでバーナーを出してお湯を沸かして昼食にした。今日の昼食はカップうどんとおにぎり、莉奈も俺と同じくカップうどんとおにぎりを食べていた。黒岩優と村瀬君もバーナーでお湯を沸かしてカップラーメンとおにぎりを食べていた。


一時間ほど神童平で景色を満喫して高原地帯を無理矢理直登していった。尾根に取り付いた時は既に14:30になっていた。ここからは正規の登山ルートだが、あまりにもアクセスが悪いので登山者はいないに等しい。尾根道をそのまま南に進んでいって16:00過ぎに赤い屋根の避難小屋に到着した。小屋に入って他の登山者がいるか確認してみると誰もいなかった。ここの避難小屋の中は結構広くて外には水道があって水場がある。こんなあまり登山者がこないところに立派な避難小屋があるのは不思議な感じがするが、今日はこの小屋で一泊することにした。俺と村瀬君は一階にマットを敷いて、莉奈と黒岩優はロフトの上でマットを敷いた。そして500ミリリットルの缶ビールを12本持ってきてたので取り出して一階の広い場所に並べた。夕食はみんなでもつ鍋をする。しばらく小屋でまったりしてると薄暗くなってきた。そして俺はガスランタンを出して小屋の中を明るくしてチタン鍋を出した。そして鍋に水を入れるとホルモンとニラと豆腐やキャベツなどの具材を入れてもつ鍋用のスープの素を入れた。小屋内がすごくいい匂いがしてきた。四人で缶ビールをあけて乾杯してもつ鍋をつついた。山で食べる鍋はとても美味しい。それにビールが登山の疲れを癒してくれるような感じがした。あれこれ話をしながら鍋パーティーは続いた。すっかり鍋がなくなって話もなくなって四人はそれぞれマットの上にシュラフを敷いて寝る準備をした。俺はまだ全く眠くなかったので缶ビールを飲みながらぼーっとしていた。莉奈も村瀬君もすっかり疲れたようで既に眠っているようだった。黒岩優は夜に強いのかまだ起きているようだ。俺はあまりにも暇だったので外に出て星空を見ていた。しばらくすると黒岩優も眠れないようで外に出てきた。黒岩優が眠れなくて外に出てくるだろうと俺は予想していたのだ。


「黒岩さん、最近、毎晩のように電話してごめんね」

「いえいえ、全然いいですよ。それより水嶋さんはどうしてそこまで演技にこだわってるんですか?」

「それは、いろいろあってね。どうしてもその役になりきる技術が欲しいんだよ」

「水嶋さん、わたしが疑問に思ってることハッキリ聞いてもいいですか?」

「黒岩さんが疑問に思ってることって?」

「水嶋さんは何かわたしに隠してることありますよね?」

「うーん・・・あるといえばあるんだけど、それはちょっとね」

「わたし、誰にもいいませんよ。水嶋さん、何かすごい能力を持っているんじゃないですか?」

「どうしてそう思うの?」

「先日、わたしの前で水嶋さんは興奮状態になりましたよね?あれって普通の人じゃないみたいでした。それに演技にこだわってるのは能力を使うためじゃないですか?」

「そうといえばそうなんだけどね」

「やっぱり・・・ハッキリ言ってください。わたしは誰にもいいませんし、水嶋さんと話していると胸がモヤモヤします」

「じゃあ、ここだけの話してほしいんだけど、俺と莉奈は特殊能力者の持ち主なんだよ。だから不思議な現象を体験してる。その能力を自由自在に使うためには演技力が必要なんだよ」

「そうだったんですね。莉奈ちゃんまで・・・でもどうして水嶋さんだけ演技力が必要なんでしょう?」

「莉奈の能力はまだ弱いのと能力をあまり使ってほしくないんだよ。でも俺は能力を自由自在に使えるようにならないといけない。黒岩さん、たとえば写真を見て、その中に自分が入り込んで、まるでその風景を自分が見ているような役を演じることはできる?」

「それはできると思います。そのくらいできないと女優とはいえませんから」

「その技術を俺に教えてもらえないかな?どうしてもそれが出来るようにならないといけないんだよ」

「もしかしてその写真の中に入れる能力ですか?」

「いや、そういう能力じゃないけど、まあその写真の時代に行くとかそういう感じかな」

「それってもしかしてタイムリープですか?」

「うん。本当に秘密にしといてね。あと俺は誰かを助けるために能力を使いたいって思ってるんだよ」

「わかりました。これで胸がスッキリしました。誰かを助けるためって水嶋さんらしいですね。わたしでよければいろいろコツを教えますね」

「じゃあ早速なんだけど、その写真の中に入り込んで自分があたかもその風景を見ているかのような演技の仕方を教えてもらえるかな?」

「わかりました。まずその写真を見て自分がそこにいるんだと強くイメージしていくことからはじめていきましょう」


俺はその後、二時間ほど黒岩優にあらゆる演技のコツを教えてもらった。だんだんその役を演じるコツが掴めてきた。2033年からのメールで黒岩優に特殊能力者であることに気づかれるが協力してくれると書いてあったが、本当にその通りだった。黒岩優は必死に教えてくれた。そして夜も更けて寝ることにした。


■ 2018年10月21日(日)


朝5:00に目が覚めて四人とも朝食にパンを食べた。俺はバーナーでお湯を沸かしてインスタントコーヒーを作った。ちょうど四人分のカップがあったのでコーヒーをみんなに配った。黒岩優は昨日の夜話したことは絶対に内緒にしてくれると約束してくれたので、俺はそれを信じることにした。そして6:00になって小屋を出て孔雀平を目指して歩いていった。避難小屋から一時間ほど歩くと七ヶ岳という山の山頂に到着した。そこから二十分ほど下ったところで高原地帯に出た。ここが孔雀平だ。朝の景色は綺麗で孔雀平からは岩肌がむき出しになった迫力ある仏ヶ岳の山容が見える。ここも秘境の地といっていいだろう。莉奈と黒岩優は感嘆の声をあげて景色を眺めている。村瀬君は撮影に必死になっていた。四十分ほど孔雀平で景色を満喫して下山することにした。ここからは面白くない登山道をひたすら下っていく。一時間ほどで林道の一番高いところ、昨日通った登山道の入口まで下ってきた。そこからまた面白くない林道をひたすら下っていき、四十分ほどで駐車場所に着いた。四人で「お疲れ様でした」と言って荷物を車の後ろに積んだ。そして助手席に村瀬君が乗って、後部座席に莉奈と黒岩優が乗って車を走らせた。


帰りの車内ではみんなさすがに疲れていたのか眠っていた。俺は好きな音楽を流しながら運転していた。途中でトイレ休憩のために道の駅に立ち寄ったが、みんな起きてこない。俺は少し休憩してから再び車を走らせた。駅前ロータリーに到着してみんなで荷物を降ろして「本当にお疲れ様でした」と言って莉奈と村瀬君と黒岩優は帰っていった。俺もさすがに疲れていたのでさっさと帰って少し眠ることにした。今回の山行記録のブログ記事は今夜にでも投稿しようと思った。今回は俺にとってとても重要な一泊二日の登山となった。黒岩優から教わった演技力やその役になりきる方法をもっと訓練する必要がある。黒岩優は今や俺にとってかけがえのない重要な存在となっているのだ。


■ 2018年10月22日(月)


朝8:00に目覚まし時計が鳴って目が覚めた。カーテンを開けて窓の外を見ると曇り空に少し日が差している感じだった。すっかり朝は冷えてきて冬が近くなってきたように思う。洗面所で顔を洗った後、キッチンへ行くと母親が「祐樹、おはよう。昨日のカレーを食べてね」と言った。俺は「母さん、おはよう」と言って、昨日の残りのカレーを温めながらお皿にご飯を入れた。朝からカレーライスとはちょっとボリュームがあるように思えた。テーブルの椅子に座ってカレーライスを食べていると母親が「あんた、莉奈ちゃんのご両親にはもう挨拶したの?」と言ってきた。俺は「まだだよ」と言うと母親が「結婚前提でお付き合いしてるんだったら、莉奈ちゃんのご両親にもご挨拶に行ってきなさいよ」と言った。たしかに莉奈の両親にはまだ会ったことはない。そろそろ正式に挨拶に行くべきなんだろうと思った。朝食を食べ終えると自分の部屋に戻って着替えた。


家を出て駅に向かって歩いていく。今週末にでも莉奈の両親に挨拶に行かないといけない。それは結婚前提で交際してるからという理由だけでなく、一緒に登山に行ってることもあるからだ。莉奈と登山をして何かあった場合のことを考えると、やはり莉奈の両親にはちゃんと顔合わせしておく必要がある。そんなことを考えながら歩いていると駅に着いた。いつもの時間の電車に乗って、莉奈に”今週末の日曜日、莉奈のご両親に挨拶したい”とメッセージを送った。しかし莉奈は俺と交際してることを両親に伝えているんだろうか。あの性格からして伝えているような気がする。しかし莉奈の両親に会ったらどんな話をすればいいのかわからない。普通にお付き合いさせてもらっていますと言えばいいのだろうか。そんなことを考えていると会社の最寄り駅に到着した。


10:00前に出勤して自分の席に座ろうと思ったが、今日は社内全体朝礼があることに気がついた。前のほうで立って社長が出てくるのを待っていた。すると社長と西浦真美がフロアの真ん中にやってきて、社長の長い話がはじまった。いつもながら俺は上の空で社長の話を聞いている。みなさんの意気込みで会社は変わるなどと話しているが、そんな簡単に意気込みなんて変わらないだろうと思う。社長の長い話が終わると西浦真美が「では今週もみなさんがんばりましょう」と言って朝礼が終わった。


俺は自分の席に座ってパソコンの電源を入れた。そして業務をはじめると左斜め前の池上有希がチラッと見えた。池上有希の目を見ながら本心では小松結衣のことをどう思っているんだろうと思った。その瞬間、俺の目の前の景色が変わった。斜め左前に俺がぼーっとしながら座っている。左隣には小松結衣が座っている。まさか、池上有希になったんだろうか。俺は自分の服装を確かめると紺色のカーディガンに茶色のチェックのレディースパンツをはいている。その服装からして俺は池上有希になっていることがわかった。しかし、左斜め前に座っている俺の体はなにやらぼーっとしている。これは人格入れ替わり現象だ。しかし、以前は西浦真美と人格入れ替わりになって、お互いに意識があったが、今回の俺の体はまるで意識がない感じがした。もし、池上有希が俺の体になっていると気づいたら大パニックを起こすはずだ。そのまま隣の小松結衣のほうを見るとまるで見守っているような感情になった。小松結衣はよく頑張ってるという思った。これが池上有希の感情なのかと思った。しかし、ずっとこのままの状態でいるとまずい。どうすれば元の体に戻れるんだろうか。以前の人格入れ替わり現象の時のように15分ほどで戻るのだろうか。俺の体のほうを見るとぼーっとしていて目が死んでいるような感じだ。池上有希の目を見て入れ替わったということは、今のぼーっとしている本来の俺の目を見ると戻れるんではないだろうか。そう思って目を3秒ほど本来の俺の目を見ていると目の前の景色が変わった。俺は自分の姿を確認すると元の俺の体に戻っていた。左斜め前の池上有希はハッと目が覚めたかのように「あれ?わたし今何してたんだろう?」と呟いた。どうやらこれは人格入れ替わり現象というより人格乗り移り現象が起こったと思う。さっきは池上有希の目を見ながら本心を知りたいと思うと人格が乗り移ったので、俺は同じように小松結衣の目を見ながら感情を知りたいと考えた。するとまた目の前の景色が変わった。俺は自分の姿を確認すると黒いシャツに黒いスカートをはいている。右隣りに池上有希が座っている。向かいの席にはまたぼーっとしている俺の体が見える。まさに小松結衣に乗り移っている。なんだからもっともっと頑張らないといけないような感じがする。右側に座っている池上有希の姿を見ると仲良く仕事をしていきたいという感情になっている。これが小松結衣の感情なのか。また元の体に戻るには向井の席に座っている本来の俺の体の目を3秒ほど見た。すると再び目の前の景色が変わった。向かいの席には小松結衣が見えるので、元の俺の体に戻ったようだ。小松結衣はハッとして自分の顔を軽く叩いた。おそらく小松結衣は自分が今ぼーっとしていたと思ったんだろう。俺はすぐに西浦真美に”すぐに休憩室に来て!”とメッセージを送った。西浦真美から”わかった!”とメッセージが返ってきた。


休憩室に入って椅子に座って待っていると西浦真美が入ってきた。俺は西浦真美にさっき体験した人格乗り移り現象について説明した。


「つまり水嶋君はあらゆる人の体を乗り移れるというのね?」

「うん。相手の目を見ながらその人の感情を知りたいと考えると乗り移ってしまうんだよ」

「それで乗り移っている時間はどのくらいなの?」

「それが、本来の自分の体の目を3秒ほど見てると戻れるんだよ」

「前の人格入れ替わり現象はたしか15分ほど待っていないと戻れなかったみたいだけど、今回は本来の自分の目を見ているとすぐに戻れるってことね?」

「そういうことだね。これはまた新しい現象だと思う」

「だったら今、わたしの体に乗り移ってみてよ。すぐに元に戻ってね」

「わかった。やってみる」


俺は西浦真美の目を見ながら西浦真美の感情が知りたいと考えた。すると目の前の景色が変わった。


「あっ、前にわたしがいる。この体は水嶋君ね。これって人格入れ替わりだわ」

「やっぱり西浦さんが俺の体になっている。もしかして西浦さんは意識があるの?」

「意識はあるわよ。それより早く元に戻って」

「わかった」


俺は本来の俺の体の目を見つづけた。すると3秒ほどすると目の前の景色が変わって、本来の俺の体に戻ることができた。


「俺が他の人に乗り移った時は、本来の俺の体はぼーっとしていた。そして元の体に戻ると、乗り移られた相手は自分が何をしてたかわかってないようだった」

「でも、わたしが水嶋君の体になってる時は意識があったわよ。ただ人格が入れ替わったことはわかったわ」

「どういうことなんだろう?」

「これって、前に別の世界線からやってきた藤堂君が言ってた人格入れ替わりじゃないの?たしか特殊能力者同士の人格入れ替わりだとお互いの記憶があるけど、特殊能力者でない人だと記憶がないって言ってたわよね?」

「たしかそんなこと言ってたね。この現象は特殊能力者同士だと人格入れ替わり現象だけど、特殊能力者でない人の人格に乗り移るとその相手は記憶がなくて、自分が何をしてたかわからなくなるってことか」

「その人格乗り移りって、わたしにもできるのかしら?」

「おそらく今この現象が起こってるってことは西浦さんもできるんじゃないかな」

「だったら、誰かで試してみるわ。そうね、誰にしようかしら・・・あっちょうどいい人がいたわ」

「誰に乗り移る気なの?」

「そろそろ休憩室にくると思うわよ」

「そろそろここに来る人?」


そう西浦真美が言うと休憩室のドアが開いた。入ってきたのはネットワーク事業部に入社したばかりの藤堂晃だった。藤堂晃は「お疲れ様です」といって椅子に座った。西浦真美は藤堂晃の目を見ていた。すると立っていた西浦真美が座り込んだ。そして藤堂晃が話しはじめた。


「本当に乗り移れたわ。わたし、藤堂君の体になってるわよね」

「その話し方は西浦さん?」

「そうよ。藤堂君は一体、わたしのことをどう思ってるのかしら」

「それは感じないほうが・・・って遅かったか」

「きゃー!もう元に戻るわ」


藤堂晃に乗り移った西浦真美は本来の自分の目を3秒ほど見ていた。すると藤堂晃が「あれ?今・・・僕ぼーっとしてましたよね?」と言った。西浦真美の顔が真っ赤になっている。俺は「西浦さん、知らないほうがいいことってあるんだよ」と言うと西浦真美は「藤堂君はそんなこと考えてたのね」と言った。それを聞いた藤堂晃は「え?西浦さん何のことですか?」と言った。西浦真美は顔を赤くしながら「なんでもないわ」と言って休憩室を出ていった。俺は藤堂晃に「たまにはぼーっとすることもありますよ」と適当に誤魔化しておいた。そして俺も休憩室を出た。


自分の席に戻って今回の人格乗り移り現象について考えた。この現象は自由自在に誰かに乗り移ることができる。今まで起こった現象はタイムリープ以外はランダムに起こっていたのだ。ある意味これは特殊能力の一つなのだろう。しかし、こんな能力を使う場面などあるのだろうか。誰かに乗り移っていろんなことができたり、相手の感情がわかるのはある意味便利な能力だが、乗り移られたほうはいい迷惑だろう。それにこの現象が起こっているということは、莉奈も誰かに乗り移ることができるということになる。元の自分の体に戻る方法を知らなければ大変なことになる。すぐに莉奈に連絡したいところだが、今は仕事中だろう。大変なことになってなければいいのだが、莉奈を信じるしかないだろう。とにかくこの人格乗り移りの能力は出来る限り使わないほうがいいと思う。そんなことを考えていると昼休みになった。


会社のビルの外に出てすぐに莉奈にメッセージを送ろうとした瞬間、莉奈から電話がかかってきた。


「もしもし祐樹君、あのね、なんか体が入れ替わっちゃったの」


もう遅かったか・・・そう思った俺は莉奈の話を聞いた。


「前に赤色に光ってた同僚の保育士さんなんだけど、今日はどんな気分なのかなって目を見てるとその人の体になっちゃったの」

「それで今も莉奈はその体になってるの?」

「ううん。なんか体がぐたーってなってるわたしの目を見てたら元に戻ったんだけど、これって不思議な現象だよね?」

「えっとね、それは人格乗り移り現象って俺は呼んでるんだけど、人の目をみてその相手の感情を知りたいって考えると乗り移ってしまうんだよ。それで元の体に戻るには本来の自分の目を3秒ほど見ればいいんだよ。乗り移られた相手は特殊能力者以外は自分が何をしてた記憶にないみたい」

「そうなんだ。わたしと祐樹君の体も入れ替わることができるの?」

「それはできるんだけど、特殊能力者同士で入れ替わったら、お互いに意識があって記憶もあるみたい」

「だからわたしが乗り移った保育士さんは不思議そうにしてたんだ」

「莉奈、とにかくこの能力はあまり使わない方がいいと思うから注意してね。それと朝メールを送ったんだけど読んでくれた?」

「うん。この能力は使わないようにするね。メール読んだよ。お父さんとお母さんに言っておくね」

「莉奈は俺と結婚前提で付き合ってるって両親に話してるの?」

「祐樹君のことは話してるよ。お父さんはあまり話さない人だからふーんって感じだったけど、お母さんは一度連れてきなさいって言ってた」

「じゃあ日曜日に莉奈の両親に挨拶に行きたいからよろしく伝えておいて」

「わかった。じゃあ、わたしそろそろ仕事に戻るね」

「うん。じゃあまたね」


莉奈も既にこの人格乗り移り現象を使ってしまったのかと思ったが大変なことにならなくてよかったと思う。落ち着いたところで、とりあえず豚骨ラーメンセットを食べに行くことにした。この豚骨ラーメンはいつ食べてもゴマとマー油がいいアクセントになっていて美味しい。ご飯との相性もバッチリだ。昼食を終えて外をブラブラしながら今回の人格乗り移り現象について考えてみた。この能力は一体どんなシチュエーションで使うべきなんだろうか。タイムリープ能力と同じようにこれからずっと持ち続ける能力なのだろうか。とにかくあまり使う場面はなさそうだ。そんなことを考えていると昼休みの時間が終わりそうになったので急いで会社に戻った。


午後の業務を黙々と続けていると西浦真美から”総務部の多田さんの様子が変だったから乗り移ってみたんだけど、何か悩んでるみたいだった”とメッセージが届いた。俺は西浦真美に”そういう使い方があるんだ。でもあまりその能力は使わないほうがいいよ”とメッセージを返した。相手に乗り移ればその人の感情がわかるのだが、悩み事の詳細などはわからない。それに関しては本人でないとわからないことだが、総務部の多田さんは何かに悩んでいるんだろう。しかし、それは俺達が介入する問題でもなさそうだ。しかし西浦真美のような使い方があると知ると、俺はある人物のことが知りたくなってきた。それはカスタマーサポートの山内美沙だった。昨日、児島信二と一緒に遊園地に行ったはずだが、山内美沙は児島信二のことをどう思っているんだろう。でも、そんなことを俺が知ってもどうすることもできない。しかし俺はそんな好奇心に負けてしまって、カスタマーサポートの山内美沙の目を見ながらどんな感情だろうと考えた。すると目の前の景色が変わった。どうやら服装からして山内美沙に乗り移ったようだ。床にぐったり座り込んでる本来の俺の体を見ていると不自然だ。これは急いで児島信二を見に行こうと思って席を立った。そして児島信二を見るとなんだか優しくて心強い感情になった。すぐに山内美沙の席に戻って本来の俺の体のほうを向いて目を見た。そして俺は自分の体に戻ることができた。山内美沙はハッとして「あれ?」と呟いている。俺はさっさと自分の席に戻った。山内美沙にとって児島信二という存在は優しくて一緒にいると心強くなるという感情を持っているようだ。恋愛感情にはなっていないようだが、それは児島信二が振り向かせていかないといけない。俺は思わず「児島君、頑張ってね!」と言ってしまった。児島信二は「はあ、頑張りますね」とわけがわからないような表情で言った。


その後、この日は何事もなく勤務時間終了の19:00になって俺はさっさと退社した。帰りの電車の中で何やら考え込んでいる女子大生らしき人がいたので気になった。その女子大生らしき人の目をみながら何を考えてるんだろうと思うとその女子大生らしき人に乗り移った。どうやら恋に対して複雑な感情だった。俺はすぐに自分の体に戻った。莉奈や西浦真美にはあまりこの能力は使うなと言っておきながら、自分は気になったら使ってしまっている。これはダメだと思って、もうこの能力を使わないでおこうと思った。そして自宅の最寄り駅に到着して俺は自宅に帰っていった。


■ 2018年10月23日(火)


朝8:00に目覚まし時計が鳴って目が覚めた。カーテンを開けて窓の外を見るとすっかり曇り空で天気は下り坂といった感じだろうか。天気予報では今日はまだ雨が降りそうにない。いつものように洗面所で顔を洗った後、キッチンへ行って朝食をとる。その後は部屋に戻って着替えて家を出た。


曇り空で少し肌寒くなっていると感じながら駅まで歩いていった。駅についていつもの時間の電車に乗った。スマホで山記事を見ていたが週末は莉奈の両親に挨拶に行くことになっているので今週は山に行くのはやめておこうと思った。それに週末の土曜日は曇り時々雨の天気予報だったのでちょうどいい。それにしてもこの人格乗り移り現象は一体何のために使うんだろうと考えていた。何かいい使い方があるのかもしれないが、それが思いつかない。そういえば、もし俺がこの能力を女優の新垣優こと黒岩優に使ったら少しは演技のコツが掴めるかもしれない。しかし、黒岩優に乗り移ったところでその時の感情がわかるだけなので意味がないかもしれない。いや、スマホの山画像を見せてその景色をあたかも見ているような役を演じてる時に乗り移れば何かわかるかもしれない。これはやってみる価値はありそうだ。そう思った俺は今日の昼休みに黒岩優に電話をしてみることにした。


会社の最寄り駅に到着して10:00前に出勤した。そして俺は自分の席に座ってパソコンの電源を入れた。業務を黙々と続けていると西浦真美から”総務部の多田さんが今日も悩んでるみたいで気になるのよ”というメッセージが届いた。俺は西浦真美に”また多田さんに乗り移ったの?”とメッセージを返すと西浦真美から”今日は乗り移ってないんだけど、様子が変なのよ”とメッセージが返ってきた。俺は気になったので席を立って総務部へ行ってみた。総務部の多田美枝子は36歳、身長は155センチメートルくらいの黒髪でセミロングのクセ毛、大きな目をしていてすこしぽっちゃり系の丸顔だ。俺は多田美枝子の目をみて何を悩んでいるんだろうと考えた。そして多田美枝子に乗り移った。総務部の床にぐったりと座り込んでる本来の俺の体をみると不自然なのでさっさと感情を読み取ってみた。多田美枝子の感情はまるで考えすぎて疲れ切っているようだ。何を考えすぎているのかわからなかったが、俺はすぐに自分の体に戻った。総務部の三橋さんが床にぐったりと座り込んでいる俺の姿を見て「水嶋さんですよね?そんなところに座り込んで大丈夫ですか?」と言ってきた。俺は「あ、いや大丈夫です。ちょっとぼーっとしてしまっただけです。すみません」と言った。そしてさっさと自分の席に戻った。総務部の多田美枝子はたしか結婚して子供もいるようなので家庭の事情があるのかもしれない。とにかくこれは俺達が介入する問題ではないと思った。俺は西浦真美に”多田さんに乗り移ってみたけど、どうも考えすぎて疲れ切ってるみたいだった”とメッセージを送った。すると西浦真美から”多田さん、何を考えてるのかしら?”とメッセージが返ってきた。俺は西浦真美に”家庭の事情かもしれないし、俺達が介入する問題じゃなさそうだよ”とメッセージを返した。すると西浦真美から”そうね。わたし達が介入する問題でもなさそうね”とメッセージが返ってきた。しかし、その考えが甘かったと後で知らされることになる。


昼休みになって、俺は黒岩優に電話をしてみた。仕事中だったら電話にでないだろうと思いながらコールしてみた。ずっとコールし続けていると黒岩優が電話に出た。


「もしもし黒岩さん、仕事中だった?」

「水嶋さん、珍しいですね。今、撮影中でしたが、やっと休憩時間になりました。どうしました?」

「黒岩さん、今日の夜19:00以降はどこで何をしてる?」

「夜の19:00からテレビ局で収録が入っていますが、何か用ですか?」

「黒岩さんに10分くらいでいいから会えないかなって思ったんだけど、テレビの収録だと仕方ないね」

「テレビ局の楽屋に来てもらえれば10分くらいであればなんとか会えますよ。楽屋で待っていてもらえるなら大丈夫ですよ」

「じゃあテレビ局に行って黒岩さんの楽屋で待ってるので会ってくれるかな?」

「わかりました。テレビ局の受け付けでマネージャーの上条さんを呼んでください。マネージャーにはわたしのほうから伝えておきます」

「テレビ局の場所はあとでメールで送ってもらえるかな?」

「あとでメールを送っておきますね」

「じゃあよろしくお願いするね」

「はい。ではお待ちしていますね」


黒岩優との電話が終わって近くの定食屋に行くことにした。今日は唐揚げ定食にすることにした。唐揚げ定食の唐揚げは予想以上に大きくてボリュームがあった。食べ終わった頃にはお腹がパンパンになっていた。このボリュームでワンコインとは安い。定食屋を出るとすぐに会社に戻って、今夜、黒岩優に見せる山写真を探していた。できれば黒岩優が行ったことのない山がいいと思ってアルプスの大汝岳の写真にすることにした。山頂の写真と山頂から見える景色の写真を見せれば、あたかもここに登って景色を見ている役を演じることができるだろう。そんなことを考えていると昼休みが終わった。


午後の業務をしていると、突然、総務部のほうが騒いでいた。何を騒いでいるんだろうとみんなが総務部へ行くと多田美枝子が業務中に倒れたという。午前中に多田美枝子に乗り移った時、かなり考えすぎて疲れ切ってるような気分になったが、まさか倒れるとは思わなかった。多田美枝子は真っ青な顔をしながら立ち上がって「大丈夫です」と言っているがとてもそうには見えない。西浦真美が「多田さん、顔色がかなり悪いですよ。ちょっと病院に行きましょう」と言った。多田美枝子は「ただの貧血ですから大丈夫です」と言って席に座ったので、西浦真美は「ちょっと休憩室で休みましょう」といって多田美枝子の手を握って休憩室へ連れていった。騒いでいた従業員達も自分の席に戻っていった。俺は気になったので休憩室に行くことにした。休憩室に入ると多田美枝子が休憩室のソファーに横たわって西浦真美が椅子に座っていた。俺は「西浦さん、俺ちょっと気になったから様子を見に来たんだけど、来てよかったかな?」と言うと西浦真美は「水嶋君もそこにちょっと座って」と言った。俺は休憩室の椅子に座った。すると西浦真美が話しはじめた。


「多田さん、貧血はよく起こすのですか?」

「ええ。わたし貧血持ちなのでときどき起こします」

「それにしては昨日からずっと顔色が悪かったようですが、かなりお疲れではないですか?」

「最近、あまりよく眠れてなかったからだと思います」

「何か悩み事があって眠れないのですか?」

「いいえ。最近、主人の帰りが遅くてずっと起きて待っていたのです。主人は仕事に失敗したようで、ずっと終電まで仕事をしているようで・・・」

「ご主人の帰りを多田さんがずっと起きて待っていて、睡眠時間が少ないということですか?」

「はい。夜の二時頃まで起きていて、朝六時半には起きて朝食を作らないといけませんので・・・」

「それは大変でしたね。多田さん、今日はもう帰ってゆっくり寝てください。明日も無理をしないで休んでください」

「ありがとうございます。少し横になったのでマシになりました。みなさんにご迷惑をおかけしますので今日はお言葉に甘えて早退させていただきます」

「そうしてください。一人で帰れますか?」

「大丈夫です。もうマシになったので一人で帰ります」


多田美枝子はそう言って休憩室を出て行った。しばらくして俺は西浦真美に話かけた。


「多田さん、相当無理をしてたみたいだね」

「ご主人とのことだから、これ以上のことは何もしてあげられないけど、無理をさせたくないわ」

「思ったんだけど、明らかに様子がおかしい人がいたら人格乗り移りをして、その人の感情や気分を観察したほうがいいかもね」

「そうね。そういう使い方ならいいわね。様子がおかしな人がいたら情報共有するようにしましょうか」

「そうだね。そういう人を見つけたら、お互いに情報共有しよう」

「わかったわ。じゃあ、わたしはそろそろ戻るわね」

「うん。じゃあまた何かあったら連絡してね」


そう話して俺と西浦真美は休憩室を出た。午前中に多田美枝子に乗り移った時、疲れ切った気分がわかったが、まさか貧血で倒れるとは予想できなかった。これからはそういうことにも気づいていくべきなんだろうか。しかし、人格乗り移りで感じることには限界がある。乗り移った相手の感情や気分はわかるが、体調まではわからないのだ。その後は何事もなく業務を続けていた。そして勤務時間終了の19:00になったので、俺はさっさと退社した。そして黒岩優から届いたテレビ局の場所へ向かっていった。


黒岩優に教えてもらったテレビ局は会社の最寄り駅から電車で三十分ほどの駅で、ちょうど自宅の最寄り駅の三駅くらいの市街地だった。駅から十分ほど歩いたところの市街地の真ん中にそのテレビ局があった。テレビ局のビルに入ると受け付けの先は関係者以外立入禁止という看板があった。俺は受け付けにいる二人の女性に「新垣優さんのマネージャーの上条由加里をお願いします」と言った。すると受付の女性の一人が「失礼ですが、お名前をお願いします」と聞いてきたので俺は「水嶋と申します」と答えた。受付の女性が「しばらくお待ちください」といって内線電話でどこかに繋いで話をしているようだ。五分ほど待っていると黒ヶ岳で会ったマネージャーの上条由加里がビシッとした黒いスーツに白いシャツを着て歩いてきた。そしてマネージャーの上条さんが「水嶋さん、お久しぶりです。あの時はお世話になりました」と言った。俺は「いえいえ。それより新垣さんから話は聞いていますか?」というとマネージャーの上条さんが「このバッチをつけてこちらへどうぞ」といって関係者立入禁止の中へ入っていった。マネージャーの上条さんとエレベーターに乗っていると「新垣さんとはプライベートでよくお会いになっているのでしょうか?」と聞かれたので俺は「ときどき話をしてるくらいです」と答えておいた。一緒によく登山に行ってるなんて言えない。まして沢登りやバリエーションルートの危険な登山道を歩いてるなどと言えば大問題になるだろう。そして三階でエレベーターをおりてテレビ局内の通路を歩いているとマジックで大きく新垣優様と書かれた白い紙が貼りつけられているドアの前についた。マネージャーの上条さんはそのドアを開いて「この楽屋の中でお待ちください」と言った。俺が楽屋の中に入るとマネージャーの上条さんは楽屋のドアを閉めてどこかへ行った。芸能人の楽屋なんて初めて入ったが、大きな鏡があって、テーブルにはメイク道具が並べてあって本当にテレビで見るような楽屋だった。数十分ほど楽屋の中で椅子に座って待っていると足音が聞こえてきた。そしてドアをノックする音が聞こえたので、俺は「どうぞ」と言った。するとみるからに高級な白いワンピースを着た新垣優こと黒岩優とマネージャーの上条さんが入ってきた。黒岩優は「水嶋さん、お待たせしました」と言って、マネージャーの上条さんが「新垣さん、休憩は20分でお願いします」と言った。黒岩優は「水嶋さんと二人で話がしたいので、上条さんは少し遠慮してください」と言うとマネージャーの上条さんは「わかりました」と言って楽屋の外に出てドアを閉めた。


「水嶋さん、今日、わたしに会いに来た理由は何でしょうか?」

「黒岩さんにお願いしたいことがあるんだよ。この楽屋に誰か入ってこないかな?」

「誰も入ってこないと思います。わたしにお願いしたいことって何ですか?」

「ここで黒岩さんに二枚の画像を見せるので、この山の山頂に立って景色を見ている役を演じるイメージをしてほしいんだよ」


俺はそう言って大汝岳山頂の画像と山頂から見える景色の画像を黒岩優に見せた。


「これって大汝岳じゃないですか。わたしこの山に登りたいんですよね」

「黒岩さんが登ったことのない山でよかったよ。この大汝岳の山頂に自分が登ってあたかも自分がこの景色を見てる役を演じてほしいだけどできる?」

「わかりました。やってみますね」


黒岩優はそう言って目を閉じた。そして何か強くイメージしているようだ。そして目を開いた。


「今、イメージしましたがわかりましたか?」

「黒岩さん、目を開けながらずっと役を演じてイメージし続けてもらえますか?」

「わかりました」


その瞬間俺は黒岩優の目を見てどんな感情なのか考えてみた。そして黒岩優に乗り移ることができた。これは本当に大汝岳の山頂で景色を見てる感覚そのものだ。それにかなり強いイメージだ。ここまで強くイメージして画像の景色をあたかも見ている自分になりきるわけなのか。なんとなくコツがわかってきた。強くイメージして今ここに自分はいて景色をみている役を演じるわけか。コツはわかってきたが、これはまだ訓練する必要がある。さすがは女優だと思った。少し長く乗り移りすぎたが、もう十分に伝わった。俺は椅子にいる本来の俺の体の目を見た。そして俺は元の自分の体に戻った。


「あれ、わたし今なにしてたんだろう?水嶋さん、なにしたんですか?」

「黒岩さん、実は特殊能力を使わせてもらったんだよ。ごめん、役を演じている黒岩さんの体に乗り移らせてもらった。そして黒岩さんが感じてることを俺も感じさせてもらった」

「そんなことできるんですか!?そういば、わたし、少しの間なにしてたのか記憶がありません」

「俺が乗り移ってる間の記憶はないはずだよ。どうしても黒岩さんが役を演じてる時の感覚を掴みたかったんだよ。勝手に乗り移って本当にごめんね」

「それはいいんですが、それで何かコツが掴めましたか?」

「うん。まだ訓練は必要だけど、コツはわかってきたよ。今日、黒岩さんに会いたかったのはこの感覚を掴みたかったからなんだよ。この能力はいつまで使えるかわからないし・・・だから急いで会いにきたってことなんだよ」

「そういうことなんですね。わかりました。でも特殊能力ってすごいですね。人に乗り移ってその人の感じてることがわかってしまうなんて・・・」

「いや、黒岩さんに乗り移って女優ってすごいって思ったよ。あそこまで強くイメージして役を演じれるなんてすごいよ」

「そんなことはないです。もっとすごい女優さんだっていますよ」

「とにかく今日はありがとう。おかげで目標が見えたというか、何を訓練していくべきかわかった。これからも黒岩さんを頼ってしまうけど、よろしくお願いします」

「こちらこそ、いろんな山に連れていってもらえて、水嶋さんにはお世話になってますから、わたしでよければいつでも頼ってください」

「じゃあ、そろそろ俺は帰るね。もう休憩時間も終わるでしょ?」

「そうですね。じゃあまた山に誘ってくださいね」

「うん。えっと、このまま俺は受け付けに行ってバッチを返せばいいのかな?」

「はい。受付に行ってバッチを返せばいいです」

「じゃあ黒岩さんまたね」

「またお願いします」


そう話して俺は新垣優の楽屋を出た。エレベーターで一階までおりて受付でバッチを返却してテレビ局を出た。今回、黒岩優に乗り移ってかなりのものを得たと思う。しかしあれほど強くイメージして役を演じるにはまだ訓練が必要だろう。まずは強くイメージすることから練習してみることにしよう。そうすれば、あたかも自分がそこにいる役を演じることができるだろう。女優の場合は体をつかってそれを本当に演じないといけないのだが、俺の場合は頭の中でイメージして頭の中でその役を演じることができればいいのだ。それにしてもこの人格乗り移り現象はいつ終わるのだろうか。もしかするとこれに関してはタイムリープと同じようにこれからずっと持ち続ける能力なんだろうか。

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