表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アデル★リボン ~万能でサイコパスの魔法少女が、人々の心を救済していく感動物語~  作者: タキ・エーイチ
第8章 自分の弟に似た男装の幼女が、無残な灰燼と化すまでのお話
87/97

第8話 誰かの下らない願い事(前編)

 ノークの町の静かな夜。町には、灯りが微かに点っている。家屋の屋根の上で、数匹のフクロウ達が、大きな瞳を開けてレンガ造りの町の夜景を見つめていた。


 そのフクロウ達の停まっていた屋根の上に、勢いよく風を巻いて着地した、箒に乗った二人組がいた。金色の長髪の魔女と、淡い紫色の短髪の少女の二人組__アデルとコルだ。フクロウ達は、驚いたようにアデルとコルに振り向き、そのまま固まる。


「ありがとう、ノノ」


 アデルとコルが魔法の箒ノノから降りると、ノノは、光の粒子を振る舞いて、虚空に消えた。


 それから、アデルは、おもむろに夜空を見上げる。彼女の左手は、コルの小さな手に繋がれている。空いている右手を、ゆっくりと夜空へ伸ばす。暗い暗い影を落とした赤い瞳の先では、暗闇の中でぽつぽつと星々が輝いている。アデルは、その煌めきを、その手に受け止めるように、手の平を広げる。


 手を繋いだコルは、これからアデルが一体何を起こすのか、わくわくしながら黙ってその魔女の姿を見つめている。


「アデル、君は何をするつもりだい……?」


 アデルの頭上から、魔法の帽子メメが心配そうに声を掛けた。彼は、アデルの様子が変である事に気が付いていた。


 アデルは、メメに答えない。答えるのが億劫とでも言いたげだった。アデルは、メメを無視して、始めるとする。


 夜空に伸ばしたアデルの右手の人差し指に、魔法の光が灯る。


「アデル、まさか……」


 メメが、驚きの声を漏らす。アデルが、魔法を使おうとしているのだ。7日間に3回しか使えない魔法を__今週はあと一度しか使えないはずの魔法を、今この場で使おうとしていたのだった。


 アデルの指先の光は、強まっていく。彼女は、その光を、暗い暗い影を落とした赤い瞳で、ぼんやりと見つめる。


 __体が重い。思考が曖昧だ。


アデルは、まるで熱病を患っているかのような気分であった。あるいは、酩酊状態にあるかのようだった。


 アデルは、ぼんやりと思い返す。……先ほどマグの店で、そんなにワインを飲んだだろうか。そんなに飲んだ覚えはない。けれども、覚えは無くともいつの間にか、周りを空き瓶が埋め尽くしていたような経験はよくある。だから、覚えはないが、実は飲み過ぎているのかもしれない。そうでなければ、自分がこのような不合理な行動を採ることの説明が付かない。


 アデルの思考の中に、微かながら理性の欠片が残っていた。アデルの中の理性の目が、彼女自身の行動を冷静に見つめ、そして、警鐘を鳴らしていた。


 その理性の警鐘は、尤もであった。__アデルが今行おうとしている事は、魔法でコルの願い事を叶えること。綺麗な星空を見たい、というコルの願い事を叶えることだ。しかし、そのコルの願い事は、『赤リボンのアデル』の貴重な魔法とは釣り合わない願い事だ。下らない、子どもの願い事だ。いつものアデルなら、その為に魔法を使うことは決してない。


 そもそも、そのコルの願い事を叶えるのに、わざわざ魔法を使う必要性は乏しい。このノークの町で綺麗な星空を見る事が出来ないのであれば、どこか別の綺麗に星空が見える場所に行けばよい。移動手段なら、魔法の箒『ノノ』がある。


 さらに言えば、コルの願いを叶える事についての緊急性は全くない。今週はあと一度しか魔法を使えないのにも関わらず、行使回数の回復を待たずに魔法を使うなど、不合理極まりないことだ。自身の安全保障の為に、魔法が使えない空白期間を極力作らないように努めているアデルにとって、やはり、あり得ない行動だった。


 アデルの頭をそういった理性の言葉が過る。しかし、その理性の言葉は、誰かが紙切れに書いた落書きのようだった。意識には過るが、意思を動かす事はない。アデルは、その言葉に従うつもりもない。


 アデルは、思う。__コルの願いを叶えなくてはならない、と思う。今ここで、自分の魔法で、その願いを叶えなくてはならない、と思う。


 アデルの指先から眩い光が広がり、ノークの町の夜空を白く塗り潰した。


 アデルから膨大な魔力が放出される。同じ屋根の上に停まっていたフクロウ達が、彼女から噴き出した魔力の波紋に驚いて、飛び立った。


 アデルの魔力は、ノークの町全体へと広がる。町に、旋風のように魔力の波動が巡る。静かで穏やかな町の夜気が、一瞬、鋭い氷の棘を持ったようだった。町の建物がまるで怯えるように、一斉にその壁を振動させる。町の外を出歩いていた人々が、その肌に、目に見えない剃刀のようなものが過る痛みを覚える。


 町に騒めきが起こった。町の空に突如現れた白い光を見上げて、困惑する人々の声が湧き上がる。


 しかし、アデルは、そんなことなどお構いなしに、魔法を発動させるのだった。


 次の瞬間、町の夜空に広がっていた白い光が弾け、それと同時に、町の灯りが一斉に消えた。灯りを失ったノークの町を、夜闇が覆う。それから、徐々に、町を空気が冷たく、澄んでいった。まるで、町が別世界に突き落とされたみたいだった。


「見て」


 アデルが、魔法の光が灯ったままの指先を空に向けながら、コルに向かって呟く。茫然とアデルの為す事を眺めていたコルは、彼女の言葉で夜空を見上げる。


「……すごい。お星さま、きれい……」


 コルは、感動に目を見開く。


 数え切れないほどの煌めきだった。ノークの夜空に、満天の星々が広がっていた。夜空に光輝く絨毯が敷かれたようであった。先ほどまで澱んだ空気の帳に隠れていた星々が、今は夜空の暗闇の向こうから姿を現して、その美しい輝きをノークの町へと振り撒いている。


 コルは、興奮しながら繋いだ手を引っ張り、声を弾ませる。


「すごい! すごいきれい! あんなにお星さまがある! これ、アデルがやったの?」

「そうよ。この町の精霊と魔力を全て掌握した。__町の灯りを消して、そして、空気を換えたの。ちゃんと、星の光が届くように」


 アデルの魔法によって、ノークの町に異変が生じていた。


 町では今、一切の光が灯らない。アデルが町の灯りに関連する全ての精霊に干渉し、暗闇を維持しているのだ。現在、ノークの町で光を放つのは、アデルの指先の魔法の光と、夜空の星々の輝きだけだった。


 そして、魔力が混沌と渦巻いていたノークの町の空気から今、一切の魔力が消え失せている。それにより、町の空気は澄み、夜空の星々の光が地上から綺麗に見えるようになっていた。


「ありがとう、アデル! ねえ、アデルも一緒にお星さまを見ようよ! 本当に、すごくきれい!」

「ええ、そうね。綺麗ね」


 アデルは、無邪気にはしゃぐコルに、優しく微笑み返す。


「こんな事して大丈夫なのかい? 町の人が驚いているんじゃ……」


 メメは、不安そうにアデルに声を掛ける。


 だが、アデルは、やはりメメを無視する。無視して、赤い瞳で満天の星空を眺める。隣で嬉しそうな声を上げているコルの手を握り締めながら、もう片方の手を夜空に思いっきり伸ばした。そして、伸ばした手の指先を、夜空の星を突くように動かして、そっと笑う。


 赤い瞳の煌めきと、満天の星空の煌めきが向かい合う。


「いち、にい、さん、しい__」


 アデルの耳に、誰かが星を数えている声が聞こえた。あどけない少女の声だった。無意味なお遊戯に耽る、無邪気な声だった。


「きゅう、じゅう、じゅういち__」


 誰か、馬鹿な子どもの声だと思った。アデルは、そう思った。


「じゅうろく、じゅうしち、じゅうはち__」


 けれど、星を数えていたのは、アデル自身だった。アデルは、無意識の内に、夜空に向けた指を動かしながら、声に出して星を数えていた。


 アデルは、星を数えている自分自身に微かに驚きつつも、その無意味なお遊戯を止めることはしない。憑りつかれたかのように、夜空に輝く星々を指先で数え続ける。ずっと、終わりが来ないかのように、数え続ける。


 まるで、夢の中にいるかのようだった。


 このまま、ずっと、星を__


「そこのお前、何をしている!」


 その時、突風が訪れる共に、怒鳴り声がアデルに向けられる。アデルは、星を数えていた口を閉じ、夜空に伸ばしていた手を下ろす。そして、彼女は、心地良い眠りから無理やり覚まさせられた時のように、忌まわしげに周囲を見渡した。


「この町の異変は、お前がやっていることか?」


 アデルは、目を細める。


 いつの間にか、アデルは、囲まれていた。魔法使いのローブを着た5人組だった。突風と共に突如現れた彼らは、それぞれ厳しい表情をアデルに向け、杖を構えている。


 アデルは、突如現れた魔法使い達を睨み付ける。不穏な空気を感じ取ったコルは、怯えて、手を繋いだままアデルに抱き着いた。


 アデルは、コルを守るように引き寄せながら、


「あなた達、誰?」


 と、低い声で問い掛けた。その問いに、魔法使い達の内の一人は、厳かな声で答える。


「我々は、この町の自警団だ」


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 ノークの町の夜空に突如現れた白い光が弾けた後、町に異変が生じた。


 町の灯りが一斉に消え、それからは全く光が灯らなくなった。人々は暗闇を照らそうとして、火やあるいは魔法で光を灯そうとするも、不思議な力によって光は掻き消される。町を不気味な暗闇と謎の冷気が包み、町の住人達に戸惑いが走る。


 そして、町の魔法使い達は、前代未聞のある異常事態にも気が付いていた。それは、常に町に渦巻いていた魔力が、今は忽然と消え失せていた事だった。今、ノークの町の空気には、一切の魔力が感じ取れない。


 この異変に、ノークの町の“自警団”と呼ばれる者達が動き出す。自警団は、ノーク町の治安を維持するために、町に住む魔法使い同士で自発的に結成された組織だ。町の事件や騒動に駆けつけ解決する優秀な魔法使いの集まりだった。ノークの町の治安が良いのも彼らの活躍によるところが大きい。


 さて、自警団の魔法使い達が急遽集結して、動き出した。異変の原因は全く以て謎だが、その手掛かりは割と直ぐ掴めた。なぜなら、魔力の流れが凪いだ町の空気の中で、ただ一点、異様で巨大な魔力の気配があったからだ。


 町のとある家屋の屋根の上に、その魔女はいた。闇色のローブとトンガリ帽子を身に纏った、長い金色の髪の魔女だ。その魔女は、天に掲げた手の指先に光を灯し、そのまま静止している。


 自警団の魔法使い達は、その異様な雰囲気の魔女を見つけると、魔法で風を操って屋根の上まで飛翔し、彼女を囲うように着地した。そして、彼らは、その魔女の姿を間近で目にして、はっとなる。


 悪魔的な煌めきの赤い瞳に、胸に目立つ赤いリボン。__彼らは、その姿と魔力の気配から確信する。その魔女こそは、あの『赤リボンのアデル』だと。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 ノークの町の一角の屋根の上で__上空に広がる満天の星々の輝きと、眼下に広がる町の暗闇の狭間で__アデルと自警団の魔法使い達は睨み合う。


「自警団が何の用?」


 アデルは、コルの小さな体を守るように抱き寄せながら、周囲の魔法使い達に刺々しく問い掛けた。


「我々は、今現在起きているこの異変の為に動いている。……繰り返し問うが、これはお前の仕業か? 町の光が失せ、魔力が消えてしまっているのは」


 自警団の魔法使いの一人は、アデルの指先に灯る魔法の光に対して、じろりと視線を送る。その厳しい視線は、下手な誤魔化しなど許さない、と言外に告げている。


「そうよ。私よ。私が、この町から邪魔な光と魔力を取り除いたの」

「邪魔な光と魔力……? 一体、何を企んでいるのだ?」

「綺麗な星空を見たいの。ただ、それだけ。何か文句あるの?」

「戯言を……お前の真の目的は何だ?」


 アデルは嘘偽りなく目的を述べたのだが、自警団の魔法使い達がそれを信じることはない。いい加減な冗談でも口にして、真意を隠そうとしているのだと、と彼らは考えた。何か大きな企みの為に、このような大それた魔法を行使しているのだと疑っていた。何と言っても、目の前にいるこの魔女は、あの噂の恐るべき魔女だ。


「その赤いリボンに、規格外の魔力……。お前は、あの『赤リボンのアデル』だな。以前、この町でも大きな騒動を起こしたと聞いている。今回は、何をするつもりだ?」

「言った通りよ。綺麗な星空が見たいの」

「まだ戯言を……! 兎に角、お前の所為で、町の人々が混乱し、迷惑している。今すぐ止めろ」

「止める? 嫌よ」

「ならば、こちらとしても荒っぽい手段に出ざるを得ないぞ」


 自警団からの脅し文句に、アデルの頭上から魔法の帽子メメが「退くべきだ、アデル。君にはもう、魔法が残っていない」と焦燥交じり囁く。メメの言う通り、もうアデルは呪いによって魔法を使うことが出来ない。したがって、今戦って敗北するのは、確実にアデルの方だ。そんな事は、言われなくとも、アデル自身分かっている。


 しかし、アデルは、鼻を鳴らし、赤い瞳をぎらつかせて返答する。


「この私に杖を向けて、無事で済むとは思わない事ね」

「なんだと?」

「ご存知、私はあの『赤リボンのアデル』。万能にして、最強の魔女。私に馬鹿な脅しを吹っ掛けないことね。惨めに死にたい、って言うなら別だけど」

「この……っ!」


 自警団達が、アデルに杖を向ける。攻撃が来る、とアデルは息を呑む。だが、攻撃は来ない。アデルと彼らは、ただ口を閉ざして視線を交わし合う。生死を賭けた駆け引きの緊張の中、両者は動かない。


 自警団達は、眼前の魔女の恐ろしさを知っている。『赤リボンのアデル』の魔法に掛かれば、自分達など塵芥のように消し飛ばされることを知っている。しかし、町の治安を維持するという自警団の使命のため、容易には退くことが出来ない。


 一方、アデルは、仮に今戦いになれば、負けるのは自分である事を知っている。幸い、今のところ、はったりを見破られていないようだが、何時見破られるか分からないうえ、相手が激情して攻撃してくる可能性もある。今アデルは、危険な状況だった。今すぐ、退くべきであった。その事を、彼女は、十分に理解している。しかし、彼女は、退かなかった。


 両者の沈黙の緊張は、続いた。長く、長く、続いた。


 すると、アデルと自警団達の険悪な雰囲気に圧し潰されて、コルが震えた声でアデルに口を開く。


「……ねえ、アデル」


 アデルは、傍らに寄せたコルに振り向く。


「……ありがとう、もういいよ。アデルにゲガして欲しくないの」


__もういいよ、アデル。ありがとう……


 また不意に、アデルの耳に幻聴が聞こえた。


 知らない小さな男の子の声。願い事を諦めた声。か細く、愛おしい、誰かの声だった。けれど、誰の声だったかは覚えていない。


 アデルの赤い瞳に、暗い暗い影が落ちる。


__願い事を諦めたその声に、あの時、自分は果たして何と返しただろうか。他人の願い事は、所詮、他人の願い事。自分の願い事ではない。諦める事についての他人の判断に、自分が何か言うべき権利も無ければ、勿論、義務も無い。だから、適当に相槌でも打ってあげれば十分なもの。それ以上でもそれ以下でもないものだ。


……けれど、その時、何故か自分は、随分と余計な気まぐれを起こした気がする。今はもう、その感触を思い起こせない、何か、特別な感情を起こした気がする。


「“良くないっ!!”」


 アデルの喉の奥から、怒り狂ったような声が迸る。発した彼女自身驚く程に、怒りに満ちた叫び声であった。その声に、コルは身を竦ませ、自警団達は警戒を強める。


「……“良くない! 誰にも邪魔させない! あいつらの、デタラメばっかり言う神様にだって! 誰にも!”」


 口が、怒りの言葉を吐き出す。自分の言葉の意味も分からないまま、心の奥底から噴き出した熱が、アデルの口を動かす。


 アデルは、コルと繋いでいた左手を離して、その手を天高く掲げる。


「アデル、まさか……!」


 メメが驚きの声を漏らす。アデルは、一週間で3回しか使えない魔法を使い切っている。これ以上の魔法の行使は、『赤リボンの呪い』が許さない。しかし、アデルは、それに構わず、心が突き動かされるままに力を振り絞る。


「私が! ……“お姉ちゃんが、絶対に、”__」


 アデルの左手の指先から、魔力の波動が広がる。肌が焼き付くような痛みが、コルや自警団達を襲った。そして、澄んだ夜気が、泥のような熱気で歪んだ。その場の空間が爛れつつあるようだった。


 アデルの胸元の赤いリボンが激しくはためく。もがき暴れるように、ばたばたとその赤い布が彼女の胸の上で踊る。


 アデルの表情が苦悶で歪む。けれども、彼女は止めない。


「__“叶えて上げるんだから!“」


 そして、アデルの左手の人差し指に魔法の光が灯る。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ