第7話 相応のお仕置き
__時は戻り、場所はボレルの町の役場の会議室。
妖精の森から来た10名程の妖精達は、ボレルの町の役人や王国討伐隊員に囲まれて、長机の上に立ち、妖精の森で跋扈している“魔物”の正体について明かしていた。
つまり、妖精の森で人間を襲っているのは、妖精であること。妖精は、昨今の異常現象である魔力の増加の影響を受けて、植物を怪物化させ操る力を得ていること。その力は、人間の傭兵隊の戦力を凌駕するものであること。そして、力を得た妖精達は、人間への復讐を企んでいること。そういった事情を包み隠さず、全て明かした。
そして、その上で、妖精達の内の一人の黒い羽の妖精__スワロウと名乗った妖精が、
「__そういう事で、妖精の森の妖精達を殲滅して頂きたいのです。これからの我々妖精と貴方達人間の未来のために」
と、重々しい声で告げた。
妖精達から真相を伝えられたボレルの役人達には、動揺が走った。いきなりそのような事を明かされても、返答に窮するところだ。
まず、妖精の言っている事が真実なのか。仮に真実だとしても、妖精の森の妖精達を殲滅する事が適当なのか。妖精の森の自然を維持するのには妖精の存在が必要不可欠であるし、それ以前に、妖精を殺すなどという非情と思える判断をするのには幾分か躊躇を覚えた。
役人達は、曖昧に意見を交わし合う。彼らは、妖精を殲滅することについては、どちらかといえば消極的であった。少なくとも、この場で即断する事は出来ないでいた。
そこへ、割って入ったのが、役人達の長々とした議論に苛立っていたアデルだった。
「そこの妖精達の言っている事は全部本当みたいよ」
アデルは、腕に抱えた魔法の帽子メメを指差して、「この帽子が言うにはね」と付け加えた。アデルは、他者の心を読み取る能力を持つメメに、妖精達の心を読み取らせていたのだった。
「で、肝心な妖精の森の自然の維持についても、そこにいる妖精達で何とかなるんじゃないの? あなた達はそう考えているのよね?」
アデルは、長机の上にいる妖精達に訊ねた。スワロウは、頷く。
「仰る通りです。__幸いなことに、私の考えに賛同してくれる妖精の仲間が、これ程いました」
スワロウは、手を広げ他の妖精を誇らしげに示した。自分に付いてきてくれた他の妖精達は、スワロウにとってみれば、誇るべき自身の奮闘の成果であった。彼女は、妖精一人ひとりに個別に呼び掛け続け、その度に拒否と暴力を受けながらも、仲間を増やしていったのだった。
「今の我々の魔力ならば、この人数だけでも森の自然を維持することが可能です。それに、妖精を殺したとしても完全に消滅するわけではありません。ある程度の時の流れは必要ですが、我々妖精というのは、また生まれた地に転生します。殺された妖精達が生まれ変わり戻ってくるまで、我々が責任を持って、あの森の自然を維持し続けます」
アデルは、わざとらしくスワロウの言葉に大きく頷くと、さらに質問を続ける。
「確認なんだけど、今回の件で、あなた達妖精が、私達人間の悪評を立てようなんてこと思ってはいないわよね? あなた達の同胞の殲滅について、私達に責任転嫁しようだなんて思っていないわよね?」
「……あなた方を悪者扱いするか、っていう意味ですか?」
「そうよ。私はそこが一番気になっているの」
「そんな事は、神に誓って、ありません。むしろ、手を貸していただけるのであれば、我々妖精の勇者として今後讃えていきます」
強い口調で、スワロウは答える。アデルは、その言葉を聞くと、腕に抱えているメメを無言でぽんと叩き、そのスワロウの言葉の真偽について訊ねる。メメは、気が進まない口調で、「本心だよ」と教えてあげる。
すると、アデルは、満足そうに役人達の方に振り向く。
「聞いたかしら。問題は何もないわ。あの森にいる妖精の殲滅をしましょう。我々の敵はさっさと殺すべきよ。何を躊躇っているの?」
冷酷な魔女の言葉に、役人達は思わずたじろいだ。傍で話を聞いていたメメや、遠くから眺めていたマグとジローは苦笑し、アルジーナについては「相変わらず冷酷な奴だな」と不快げに眉間に皺を寄せていた。
「しかし、その……何と言いますか……、些か情に欠けるのではないでしょうか?」
役人の一人が、歯切れ悪く返した。アデルは、苛立った視線を向ける。
「情に欠ける? 可哀想とでも言いたいの? 私達人間を容赦なく襲ってくる“魔物”に対して、可哀想? __なら、どうするつもりなの?」
「まずは、話し合いでもして……」
「話し合いは通じませんよ」
スワロウが、その役人に対して鋭く言った。
「私は、ここに来るまでに、あの森にいる全ての妖精一人ひとりに問いました。人間を殺すのを止めないか、と問いました。しかし、ここにいる者以外は皆、人間を殺すのを止めるつもりはないそうです。彼女達は、貴方達人間との闘争を望んでいます。ですから、話し合う必要も、義理もありません。__彼女達の悪戯には、相応のお仕置きが必要なのです」
スワロウは、有無を言わせない言い方だった。
「だ、そうよ。まさに正論じゃないの。この正論に、ぐずぐずケチを付ける奴はいるかしら?」
アデルは、長机に手を置いて、役人達の顔を睨み付ける。任務を素早く解決したい彼女は、役人達を急かす。
「……そのアデル殿……非常に言いづらいのですが……」
王国討伐隊の隊長の男は、困ったように切り出した。
「我々討伐隊としても、妖精に刃を向けるのは、少々抵抗があるのですが……」
隊長は、長机に立っている妖精達に視線を送りながら、おずおずと言った。彼の言いたいことは、何となく分かった。小さな女の子の見た目をしている妖精を、斬るのには抵抗を感じるというのだろう。
アデルは、冷たい眼差しを彼に向ける。
「あなたは抵抗を感じる。けど、私は感じない。それにあなたのその抵抗感が何だって言うの? これは、国王陛下からの任務でしょ。まさか、そんなつまらない感情を理由に逆らう訳じゃないわよね?」
「……その……我々は……」
隊長は、他の討伐隊員達の顔を伺う素振りを見せながら、言葉を濁した。他の討伐隊員も、彼同様、妖精を殺すのには消極的な様子であった。アデルは、苛立った様子で腕を組み、溜息を吐く。
「はあ……。あなた達の言いたいことは理解出来なくもない。私だって、例えば、小さな男の子だったら手が出しづらいのも」
「妖精も、小さな子どもの見た目ですが……?」
「小さな男の子ね。小さな子どもじゃなくて。性別は重要よ」
さらっと性癖を晒したアデルに、メメは苦笑を漏らしそうになる。
それはともかく__
「それは置いといて、あなた達がやらないなら、私が勝手にやるだけよ。相手の正体が分かったなら、もう楽勝。あなた達は、私の護衛でも適当にやっとくふりして、眺めていれば良いわ。良い作戦を思い付いたの」
「良い作戦ですか……?」
そうして、アデルは、その良い作戦とやらを話し始めるのだった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「スワロウ……! これは、一体……」
黒い猛犬の足に押し潰されているピエリスは、アデルの手の平に乗っているスワロウに目を見張った。スワロウは、虚ろな目でピエリスを無言のまま見下ろしている。
「何なのこれは! 何が起こっているの! 訳わかんないわよ!」
ピエリスは怒鳴り、理解不能なこの状況の説明をスワロウに求める。そんな喚き散らすピエリスの姿を、スワロウはただただ見下ろしている。その無様な姿を、じっくりと眺めている。
「私がこの森の全て魔力を抜き取り続けているの。あなた達妖精は、魔力の源を周囲の環境に依存しているから、一切魔法が使えなくなるわ」
アデルが、スワロウの代わりにそう説明した。
よく見ると、アデルの人差し指に魔法の光が灯っている。彼女は現在、魔法を行使している最中なのだ。
アデルの思い付いた作戦とは、妖精の森の魔力を空っぽにすることだった。使う魔力を環境に依存している妖精という種族に対して極めて有効な作戦だった。魔力が無い環境下での妖精は、宙を飛ぶことも儘ならず、無力に等しい。もっとも、妖精の森という広域の魔力を空っぽにすることが出来るのは、万能の魔女アデルだからこそ出来る技であったが。
そして、妖精の森の魔力を空っぽにした後は、無力化した妖精達後を狩るだけだった。ちなみに、現在妖精の森を駆け回っている黒い猛犬は、マグが森の外から操っている使い魔だった。アデルには魔法の行使回数の制限がある事に加え、妖精を殺戮する汚れ役をアデルだけに負わせまいとマグが考えた結果、無力化した妖精を狩る役割はマグが引き受けたのだった。
「森の魔力を全て抜く!? そんな事、出来る訳が……」
「出来るのよ。それを出来る魔女がここにいる。そんな芸当が出来る人間がいるなんて、あなたには、想像もできなかったかしら? そのちっこい頭では」
アデルは、手を伸ばし、ピエリスの頭を指先でつんつんと叩いた。頭を叩かれたピエリスは、屈辱感に顔を引きつらせる。
「わ……私達をどうするつもり!」
「殲滅するのよ。人間と敵対する事を選んだ妖精全てを、皆殺しにするの。このスワロウって子が、あなた達一人ひとりに訊ね回ったそうじゃないの。で、人間を殺すのを止めないって答えた奴は、始末する事にしたの」
「何ですって!?」
「妖精を皆殺しにするってことで、それなりに時間が掛かるのかと思ったけど、マグの使い魔がとても優秀で助かったわ。これなら、少なくとも半日以内には片付きそうね」
ピエリスは、アデルの手の平で黙然と佇むスワロウを睨み付ける。
「スワロウ! あんたは一体何をしたの! 黙ってないで答えなさい!」
スワロウはやはり黙っている。アデルが、代わりに答える。
「この子は、この森の“魔物”についての一切の事情を教えてくれたわ。そして、妖精を殲滅するように提案したのもこの子よ」
その言葉を聞いて、ピエリスはスワロウを睨み付け、体を震わせて叫ぶ。
「スワロウ! あんたって奴は! この裏切り者! あんた、自分が何をしているのか分かってんの!? あんたがした事は、正真正銘の私達妖精に対する裏切り行為よ!」
ピエリスは、激しい憎悪を燃やし、スワロウを罵った。
スワロウは、冷めた目をピエリスに向ける。あなたは人間との対決を望んでいたじゃないの、と内心呆れていた。
スワロウは、ピエリスの過去の発言をちゃんと覚えている。ルビアが妖精の森の魔物についての真実を人間達に伝えると告げた時、ピエリスは“望むところ”と自信満々に返していた。
「恥を知りなさい、この外道っ! あんたこそは、我ら妖精の敵! この、同胞殺しが!」
「同胞殺し?」
沈黙していたスワロウが、そこで口を開いた。“同胞殺し”という発言について、言うべきことがあった。
「同胞殺しのあなたに言われたくない」
冷たい声色でそう言った。スワロウの虚ろな目の奥に、突き刺すような怒りが僅かに光った。
「私は、同胞殺しじゃない! ……あんた、もしかして、ルビアの事を言っているの!?」
「うん。ルビアちゃんの事を言っているの。間抜けをやって死んだと、あなたが思っているルビアちゃんの事を__私のたった一人の親友の事を__情けない私をいつだって助けてくれた大事な人の事を__」
スワロウは、冷たい声で続ける。
「__あなたが殺したルビアちゃんの事を言っているの」
「だから、それは……!」
「そう言えば、言い忘れていた事を思い出した」
スワロウは、アデルに「降ろしてください」とお願いし、手の平から降ろしてもらうと、黒い猛犬の足の下敷きになっているピエリスの前まで歩いて行く。
「な、何よ……」
そして、スワロウは、見下ろしながら、言い忘れていた事を告げる。あの時、ピエリスに怯えていた自分が言う事が出来なかった事を、この場で口にする。
「ルビアちゃんを殺したあなたを、私は許さない」
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