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アデル★リボン ~万能でサイコパスの魔法少女が、人々の心を救済していく感動物語~  作者: タキ・エーイチ
第5章 最強の力を手に入れた落ちこぼれが、神様にお祈りするまでのお話
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第13話 決断

「取引だって……?」


 レオは、思わず聞き返した。全く思いもよらない提案だった。


「そうよ、取引に応じてくれれば、この子を解放してあげる。大事なんでしょ、この子の事が?」


 アデルは、爪先で足元に転がっているエマを突く。


「ねえ、アデル、君、いきなり何をするつもりだい?」

「いいから見ていなさい、メメ。変な口出しはしないでよ」


 アデルの被っている喋る帽子のメメが、一抹の不安を口にした。アデルは、メメを軽く叩いて黙らせる。


「……何の取引をするつもりだ?」


 レオは、恐る恐る尋ねた。


「……ふふ、やっぱり。あなた、どういう訳か、この子に妙な思い入れがあるみたいね」

「そんな事はどうでも良い。何の取引だ?」

「そうね、どうでも良いわね」


 アデルは、レオがエマに対して特別な感情を抱いていることを見抜いていた。極悪非道の連続殺人鬼が、どうして魔法研究所の実験体にそんな思い入れをするようになったかは疑問であったが、そんなことは彼女にとってどうでも良い。重要なのは、この足元で眠っている少女が、取引材料になるという事実だけだ。


「私の要求は、あなたの魔導書よ。ほら、その手に持っているやつ」

「……何だと?」

「それを渡してくれれば、この子を解放するわ。じゃないと、この子を殺す。それも、とっても痛ぶって殺してあげるわ。あなたがやったみたいに、ね」

「っ!?」


 レオの頬に、冷や汗が垂れる。あどけない少女の赤い瞳に、冷酷な光を見た。眼前の魔法使いの少女は、紛れもなく恐ろしい魔女だった。

「君って奴は……」と、メメが呆れ声を漏らす。


「この魔導書が、どうして……?」


 レオの問いに、アデルは、ふふんと笑う。


「私の見立てによれば、その魔導書には、とても強力な魔法が封じ込められている。違う?」

「確かに、そうだが……」

「だから欲しいの。私の呪いを解く鍵になるかもしれないし」

「だけど、これは……、いや……」


 レオは、言いかけた事を飲み込む。


 果たして、アデルにサマウスの魔導書が扱えるのか。聞くところによれば、これは、ルダ族専用の魔導書だ。レオの頭の中に、そんな疑問が一瞬過った。だが、そんな事は言う必要は無い。アデルがこの魔導書に価値を感じていてくれた方が好都合だ。


「あなたの中に取り込んでいる力をその魔導書に封印し直して、こちらに渡してちょうだい。__取引に応じる気があるなら早くしてね。後ろに憲兵達が控えているの。ぐずぐずしていると、あいつらが不審がって乗り込んできて来るかもしれない。そうなれば、もう取引は出来ないわよ。だから早く」


 レオに取引を持ち掛けてくるアデルに対して、サマウスが吠える。


<おい、なに相棒を誑かそうとしてるんだ! 相棒、こんな女の話に乗るな!>

「……魔導書が欲しいって言ったな、お前。無理やり奪おうとしないのは何故だ?」

<おい! 話に乗るな!>


 レオは、サマウスを無視して話を進める。


「確かに、無理やり奪うことも出来る。ただ、私は出来る限りその魔導書を毀損せずに手に入れたいの。だから変な抵抗はせず、それを大人しく渡して」

「なるほど」

<やめろ、相棒!>


 レオの中に巡る黒い何かが、激しく暴れ回る。


<そんな取引には応じるな! 今は逃げるんだ! 俺を失ったら、お前はまたただの落ちこぼれに逆戻だ! そこの魔女にあっという間に殺されてしまうぞ! ただの狂った殺人鬼としてくたばる事になる! 復讐はどうした!? こんな中途半端なところで終わるのか!? 惨めに人生を終わらせたいのか!>


 サマウスは、声を荒げて説得を図る。


<お前にはまだ、可能性がある! ここで、そのガキを見殺しにしろ、相棒! そうすれば、俺はお前を認め、『リボン』を授与してやる。そうすれば、今度こそ、最強の魔法使いになれる。そこの女をも凌ぐ力を手に入れられる。誰もお前に勝てなくなる!>

「『リボン』を、俺に……?」


<そうだ! 俺の言う通りにすればくれてやる! さあ、そのガキを見捨てて、逃げろ! 逃げるだけなら簡単だろ!>

「だけど……」


 レオは、顔を伏せ、苦悩する。サマウスの説得に、心が揺らぐ。誘惑される。しかし、それでも、エマを見捨てるという選択肢を採りきれないでいた。


<繰り返すが、相棒、お前は、善人にはなれない! もう手遅れだ! お前は、このまま悪人の道を突き進むしかねえ! そうでなければ、間抜けのクソ野郎だ! お前は、あの間抜け共とは違うんだろ!?>

「それは……」

「下らないわね」


 アデルが、鼻を鳴らす。


「レオ、あなたが、そこの悪魔から善悪についてどんな説教を受けたのか知らないけど、善悪の議論なんて、お空のお星様を数えるくらい無意味なお遊戯よ。全く馬鹿馬鹿しいわ。

今までの事も、未来の事も、全く関係ない__場当たり的に今現在自分が正しいと思うものをやり続ければ、所詮人間はそれで必要十分。……あなたは、今、何が正しいと感じるの? 何をやりたいの?」


「俺の、やりたいこと……」

「そうよ、あなたのやりたいことよ」


 レオの呟きに、アデルが微笑み掛ける。悪魔的な、微笑みだった。


「勝手ながら、あなたの経歴を見させてもらったわ。経歴だけじゃない、もっと詳しい情報まで。……随分と孤独で、辛い人生だったのね。心から同情するわ」


 アデルは、レオに全く同情していなかったが、声色だけは穏やかに作って言った。


「あなたが恐ろしい殺人鬼になったのも、無理はない。可哀想なあなたを始末するのは、心苦しいけど、帝国の命令である以上、私はやるしかないの。本当に悲惨な人生ね、あなた。だけど、あなたは、今、本当に大事なものを見つけた。本当に失くしたくないものを見つけた。

私は、最期にあなたが本当にやりたかった事をさせてあげる。この小さな子の、勇者にさせてあげる。それが、本当にあなたのやりたいかったことじゃないの? あなたは、そういう人間だったんじゃないの?」


 レオの表情が揺れる。


 アデルは、赤い瞳でレオをじっと見つめる。レオ・クラインという人物に直に接したのはこれが初めてであるため、全くの見当違いな事を言ってしまっているおそれもあった。だが、レオの様子を見る限り、アデルの言葉は少なからず彼の心を動かしたようだった。


 レオの心の動きを読み取ったサマウスは、慌てて声を上げる。


<黙れ、腐れビッチ! 自分でガキを人質にしておきながら、全くひでえ一人二役だ! それに、お前に、相棒の何が分かる! __レオ、あいつはお前を誑かそうと出鱈目な事を言っている! 話を聞くな! 本当にここでくたばる気か!?>


「レオ、確かに私は、あなたの事について大して知らないのかもしれない。だから、私の話なんて聞く必要は無いわ。ただし、そこのうるさい悪魔の話も聞く必要も無いわ。だって、本当のあなたの事は、あなたにしか分からないんだもの」


 アデルの説得は、所詮、レオの心をほんの少し揺らしたに過ぎない。しかし、密かに膨れ上がっていたレオの思いを弾けさせるには、それで十分だった。


「俺は__」

<おい、相棒! 嘘だろ……!>


 レオは、ゆっくり深呼吸をする。サマウスは、レオの意志が静かに収束していくのを感じる。そして、しばしの沈黙の後、レオはサマウスの魔導書を閉じた。


 レオの体に潜み渦巻いていた黒い何かが、魔導書へと戻されていく。悪魔サマウスの力が、再び封印されたのだった。


「すまない、サマウス。お前には、感謝している。だけど、今俺がやりたいことにお前の力は必要ないんだ。……俺は、こういう人間だ」

<クソがっ! こんなのありえねえ! クソ野郎! 失望したぞ、レオ!>

「そうか、ごめんな」


 レオは、サマウスの罵倒を聞き届けると、無造作に魔導書をアデルの元に放り投げた。アデルは、身を乗り出して、床に落とされサマウスの魔導書を拾い上げた。


「素晴らしいわね、レオ・クライン。あなたの愛は本物よ。__全く、感動的ね。あなたの雄姿を見たら、この子もきっと喜んだでしょう」


 アデルは、爪先で足元のエマの体を揺らしつつ、称賛を送る。


「そうかもしなないな」

「ええ、きっとそうよ」


 アデルは、満足そうに頷く。


 レオの口元は、自然と綻んでいた。これから、自分は殺されるというのに、変なものだった。


 彼も満足だったのだ。自分のした決断に、自信をもって正しいと言えた。


__その瞬間までは。


「さあ、俺の覚悟は出来ている。俺の事は好きにすると良い。でも、約束通り、その子は解放してくれ」

「ん? 解放? ああ、約束したわね。……いや、まあ……」


 するとアデルは、何故か苦笑いを浮かべた。何かに呆れているような表情だった。


「どうした?」


 レオは、アデルの様子の変化に、首を傾げる。


 そんなレオに、アデルは赤い瞳を向けて、失笑するのだった。


「そんなこと、するわけないじゃない」


 と、言って。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 レオは、とんでもない勘違いをしていた。


 すなわち、アデルにとって、エマはレオとの取引材料としての価値しかない、という勘違いだ。したがって、レオは、自分が取引にさえ応じれば、アデルにはエマを殺す意味は無くなるものだと思い込んでいた。だが、それは違った。


「帝国から命じられた私の任務は、連続殺人鬼と、魔法研究所の実験体を始末すること。つまり、任務達成のため、この子も殺さなくちゃいけないの」

「なっ……!?」


 淡々とそう告げるアデルに、レオは、驚きで一瞬言葉を失う。


「そんな事、聞いてないぞ!?」

「あえて言わなかったのよ」

「お前は……、俺を騙したのか……?」

「ええ、そういう事になるわね」


 アデルは、微塵も悪びれた様子無く答えた。


「本当、馬鹿ねえ。約束の履行を担保する措置を講じられているならともかく、そうでないなら、目的物を受け取った後に、私に約束を守るメリットなんて全くないでしょ? そんな事にも気付かないなんて、ね」

「……アデル、君は相変わらずだなあ……」

「何が、相変わらずなのよ、メメ?」


 成り行きを静観していたメメは、アデルの鬼畜さに、溜息せざるを得なかった。


 レオの肩が怒りで震える。レオは、歯ぎしりして、眼前の魔女を睨み付けた。


「この、人でなしが……!」


 憤るレオの口から零れた台詞に、アデルは鼻を鳴らす。


「分際を弁えなさい、連続殺人鬼。何が、人でなし、よ。あなたが言えたことじゃないわ」


 アデルは、冷たく言い放った。先ほどの穏やかな声色と打って変わって、その声には、レオを嘲るような鋭い棘があった。魔女の正体を現したのだ。


「帝国は、あなた達に消えて欲しいの。だから、死んで」


 アデルの頭上で、輝く霧が渦巻き、光の刃が形成される。その刃の先は、アデルの足下で意識を失っているエマに向けられていた。


「やめろ! エマはまだ子どもなんだぞ! お前は、そんな小さい子を殺せるのか!?」

「……は? あなただって散々子どもを殺して来たでしょ?」

「それは……」


 レオは、口籠る。


 確かに、アデルの言う通りだった。レオは、何人も子どもを殺してきた。そんな過去の自分の所業を棚に上げて、アデルの行為を咎めるのは、恥知らずの極みだ。


「あなたが子どもを殺せたように、私だって子どもを殺せるの。……幼い男の子ならともかく、幼女を殺すことなんて、これっぽっちも気にしないわ。私にとって、何の価値も無い」


 アデルの目は本気だ。彼女は、本気でエマを殺す気だ。


「やっ……」


 気付けばレオは、散らばった部屋の床に転がっていた料理用ナイフを拾い上げていた。そのナイフは、魔導書を失ったレオの、唯一の武器だった


「やめろおおおおおお!」


 そして、レオは叫び、ナイフをアデルに向けて、駆け出した。握り締めたナイフは、随分と華奢な刃物だったが、レオはそれを武器に、無我夢中でアデルに飛び掛かった。


 アデルは、ちんけな武器を手に突進してくるレオを鼻で笑い、呆れたように目を眇めると、頭上の光の刃の先をレオに向け直し、射出した。光の刃は、レオの腹部に勢いよく突き刺さる。


「ごっ……はっ……」


 レオは、突き刺さった刃の痛みに意識が飛びそうになる。白目を剥いてよろめき、ナイフを手の平から滑り落とし、両膝を床に付けた。そして、口から血反吐を迸らせる。


「あなたは、もう、空っぽよ。魔導書も何もない、無力な存在。大人しく死んでいれば良いの」


 レオは、うずくまって血塗れになる。目から止めどなく涙が出た。目を閉じ、嗚咽を漏らした。


 痛くて、苦しい。


 ……空っぽ。その通りだ、とレオは思った。サマウスの魔導書を失った自分には、もう何も無い。エマを助ける力は、無い。


 寂れた小屋の中で、死にかけの殺人鬼が、間抜けにも涙を流しているだけだ。


 間抜け__まさに自分の事だった。今さら、誰かを助けないだなんて善人ぶったばかりに、こんな事になった。サマウスは正しかった。


 視界が霞み、薄れていく意識の中で、レオは、間抜けな自分を呪った。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

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