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アデル★リボン ~万能でサイコパスの魔法少女が、人々の心を救済していく感動物語~  作者: タキ・エーイチ
第4章 高潔ぶった聖騎士が、犬の真似を要求されるまでのお話
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第7話 犬の真似

 虚ろな目をしていたアルジーナは、アデルの姿を見た途端、その目を覚ました。銀色の瞳に鋭い光が走り、剣を握る手に力が入る。


「この、魔女めっ!」


 アルジーナは、地面を蹴り、上空で箒に跨っているアデルに、刃を向けて飛び掛かった。


 アデルは、斬り掛かられる事を、当然のように予測していた。半霊としての驚異的な身体能力を持つアルジーナは、教会の屋根辺りに浮遊していたアデルの元まで跳躍出来たが、アデルは、刃が斬り掛かってくる前に、更に上空まで退避していた。


 標的を斬れずに地面に着地したアルジーナは、直ちに、剣の鍔にはめ込まれている宝珠を用いて、身体能力向上の“奇跡”を発動させた。全身に淡い光を帯びた彼女は、教会の屋根の上まで一気に飛び上がり、そこからさらに屋根を蹴って、アデルの元まで飛んだ。


「しつこいわね、あなた。無駄よ、無駄」


 だが、アルジーナがいくら身体能力を向上させたところで、アデルとしては、さらに上空に退避すればいいだけの話だ。アデルは、教会の屋根からさらに上空へと箒を移動させ、必死の形相でこちらへ飛んで斬り掛かり、虚しく空振りして落ちていくアルジーナを、冷ややかな目で見下ろした。


「このっ! 貴様! 殺してやるっ! 醜き害虫があ!」


 アルジーナは、教会の屋根に着地すると、憎悪に顔を歪めて、アデルを見上げた。


「まあ、落ち着きなさいって」

「落ち着いていられるか! 町が、こんな有り様になって……。貴様、一体何処まで呪いを振り撒いたんだ!」

「この都市全体に」

「何!?」


 アデルは、にやりと笑う。アルジーナの驚く顔が、愛おしいくらいに愉快だった。


「もう一度、魔法を使ったの。この都市全体を対象に、同じ呪いを振り撒いてあげた。都市の端に行けば行くほど魔法の効果が薄れていってると思うけど、少なくとも、半分以上の市民には呪いが掛かったはずよ」

「……そんな、まさか……」


 アデルの告げた事実に、アルジーナは、今度こそ絶望する。団長が死して、司令部が壊滅状態の現在、もはやそこまで大きな事態を収拾するのは不可能だ。


「宗教戦争の始まりよ。市民達は、超敬虔なグロス教徒達と、そうでない者達に分かれて殺し合うでしょう。宗教戦争は、聖騎士の大好物でしょ。喜びなさい、アルジーナ」


 心が絶望感に蝕まれて、アルジーナの体は、小さく震えた。そして、呆然とした様子で、この悪夢を作り出した魔女に問い掛ける。


「どうして……、こんな事を……? こんな、ひどい……」

「どうして、ですって? まあ、言いたい事は色々あるけど、一言、あなた達の言葉を借りるなら、馬鹿なあなた達を“断罪”してあげたの。__全く、感動的ね。ついに極悪非道な聖騎士のあなた達に、然るべき裁きが下ったのよ」

「ふざけた事を……、害虫の分際で……!」

「あらあら、そんな口を利いて良いの?」


 アデルは、人差し指を立てた。その指先に、魔法の光が灯る。攻撃してくるのかと思い、アルジーナは、身構えた。


「取引をしましょう、アルジーナ」

「取引、だと?」


 突拍子もない事を提案してきたアデルに、アルジーナは警戒した。この魔女は、まだ何かを企んでいるのだろうか。


「私は、まだ1回だけ魔法を使える。しかも、魔法の使用回数が、あと少しで回復するの。だから、特別に、あなたと魔法の取引をしてあげる」

「黙れ! 誰が、魔法使いなど!」

「本当に馬鹿ね、あなた。私は、万能の魔女『赤リボンのアデル』。どんな願望だって、叶えてみせる。つまりは、この都市に振り撒かれた呪いを一瞬で解呪することが出来るのよ」


 その事を聞いて、アルジーナの心が揺れた。


 だが、聖騎士であるアルジーナが、簡単に魔法使いとの取引に応じるわけにはいかない。彼女は、魔法使いとの取引をすることを、グロス教会ひいては神に背く行為だと考えている。


「きっ……貴様が、呪いを振り撒いたんだろが! 何を偉そうに、“取引してあげる”などとほざくか!」

「偉そう? だって私の方が、あなたより優位に立っているんだもの」

「取引などには応じない! 呪いを解くことが出来るなら、早く呪いを解け!」


「本当に頭空っぽね。タダで呪いを解いてあげて、私に何のメリットがあるの? 私に解呪させたいんだったら、取引に応じるしかないのよ。取引に応じないんだったら、もう行っちゃうけど?」

「っ!? 待て!」


 アデルが飛び去ろうとする素振りを見せた途端、アルジーナは、半ば反射的に叫んでいた。


「ん? どうしたの?」

「……そ、その……」


 アルジーナは、苦悩する。どうする事が、正しいのか、分からなかった。


 魔法使いとの取引に応じることは、銀星聖騎士団に対する許されざる背信行為だ。だが一方で、この悪夢的状況を打開するほぼ唯一の手段は、目の前の『赤リボンのアデル』との取引に応じることだ。そして、この状況を打開する事こそ、聖騎士としての自分の使命。


 残酷なことに、それを出来るのは、自分しかいない。自分に、この都市の命運の全て掛かっている。


「……取引の内容を、一応、聞こう」


 アルジーナが取引に応じる姿勢を見せた事に、アデルは、微笑んだ。


「あなた、犬の真似をしなさいよ」

「……へ?」


 アルジーナは、言われた事の意味が分からなかった。思わず、素っ頓狂な声が出る。


「だから、犬の真似をするの。あなたが、今ここで犬の真似してくれたら、この都市に振り撒かれた呪いを解いてあげるって言ってんの」

「……意味が分からない」

「いや、言った通りよ」

「何故そんな事を、私に……? それこそ、貴様に何のメリットが……?」

「気持ち良いからよ」


 アデルは、嬉々として答える。


「高潔ぶった馬鹿な聖騎士が、それも、半霊のあなたが、馬鹿みたいに犬の真似をして、醜態を晒す。それも、自分の意思で。そんな無様な聖騎士の姿を見れることは、とても気持ちが良い事よ」

「貴様……っ!」


 アルジーナは、歯ぎしりをする。アデルの言葉に込められた陰険で嗜虐的な喜悦を感じ取り、怒りを覚える。


「そんなふざけた取引、応じられるか!」

「ふざけた? 良く聞きなさい、頭空っぽ女。これは、とんでもなくお得な取引よ。あなた一人が、今この時だけ、しかも私の前だけで恥ずかしい思いをする、たったそれだけで、この都市の皆が救われるのよ。そして、あなたは、まさに、この都市の危機を救った聖騎士団の英雄になるのよ」


「それは……」

「あなたが、つまらない意地やプライドをほんの一瞬だけ捨てるだけよ。それでもやらないつもりなの?」

「……」


 アルジーナは、唸り、考え、


「ほ、本当に、犬の真似をするだけで良いんだな……?」


 恐る恐る、尋ねる。


「ええ。犬の真似だけよ」

「……。貴様が、約束を守るという保証は?」

「ああ、確かに……。なんだ、あなた、少しは頭回るのね」

「どうなんだ!?」


 アルジーナは、切羽詰まった様子で、問い詰める。


「約束を守る事を保証するものは無いわね」

「なら……!」


「私は約束を守るかもしれないし、破るかもしれない。だけど、あなたが、やるべき事は、変わらないと思うわよ。今あなたが、この都市を救うためにやるべきことは、この私のご機嫌取りをする事以外無いんだから。それしか希望は無いんだから。その希望を捨ててまでご自分のプライドを優先させたいんだったら、どうぞご自由に。ただしその場合は、あなた、聖騎士失格ね」


 アデルは、悪魔的な笑みを浮かべ、問い掛ける。


「さあ、どうするの、アルジーナ?」


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


__私しか、この都市を救えない。私は、この都市を救わなければならない。この悪夢を、終わらせなければならない。それが、私の使命だから。


 アルジーナは、葛藤し、その末に、顔に苦渋の色を浮かべながら、微かに震える手で剣を鞘に収め、ゆっくりと屋根の上に両膝と両手を着いた。


 彼女は、都市を救う使命を果たすべく、犬の真似をする事を決断したのだった。


「これで……、どうだ……?」


 四つん這いになったアルジーナは、赤面させた顔を伏せたまま、尋ねた。その声色からは、羞恥に必死に耐えている様子が滲み出ている。


「それ、何?」


 アデルは、四つん這いになったアルジーナを、箒の上から見下ろしていた。


「……言われた通りに、……したぞ」

「犬の真似してんの? それで?」


 アデルは、四つん這いのまま動かないアルジーナに、失笑した。


「あなた、それじゃあ、犬って分からないわよ」

「……じゃあ、どうすれば?」

「とりあえず、犬の鳴き声出してみてよ。ほら、ワンワン」


 その要求に、アルジーナは一瞬固まる。だが、すぐに意を決した。


「ワ……ワン、ワン……」

「聞こえないわよ!」

「ワンワンワン!」

「ハハハ! 下手くそ! ハハハ!」


 アデルは、腹を抱えて笑う。アルジーナは、更に顔を赤める。


「こっ、これで……十分か……?」

「まだだよ、この下手くそ」

「そんな……」


 だが、アデルは、まだ満足しない。


「なんか、犬っぽくないわね。うーん、何か足らないわ。ねえ、メメ、何か足らないわよね」

「もう、やめなよ」とメメが、アルジーナに同情しながら言った。


 アデルの要求は、止まらない。


「どうも、あなたは、鳴き真似が得意じゃないみたいだから、別の事で犬のアピールをしてもらう必要があるわ。うーん……そうね……。じゃあ__」

「これ以上、一体何を……」

「その体勢のまま片足上げて、そこの教会の屋根に小便を引っ掛けなさい」

「なっ!?」


 アルジーナは、驚いて、真っ赤になった顔を上げる。


「人間なら、四つん這いの体勢で片足上げて、人前で小便なんてしない。これなら、完璧よ。今度こそ、あなたは、人間じゃなくて、犬になるのよ」

「……ば、馬鹿な……! 神聖な教会の屋根の上で、そんな事……」

「教会の屋根の上だからこそよ。立派な聖騎士様がしないような冒涜的な行為を私の前で披露して、楽しませてよ」

「そんな事、出来るわけない!」


 アルジーナは、頭を振る。アデルは、その苦しむ様子を、目を細めながら愉快そうに眺める。


「じゃあ、やらないの? だったら、呪いを解いてあげないけど」

「貴様、本当に、約束を守るんだな!?」

「ええ」

「その保証は!?」

「無いわ」


「私を騙しているだけじゃないのか!? どうなんだ!?」

「いいえ」

「その保証は!?」

「だから、無いって。何度も言わせないで、頭空っぽ女」

「ぐっ……!」

「ねえ、やらないんだったら、本当にもう去っちゃうわよ?」


 アルジーナは、深く項垂れる。じっと地を見つめる。苦悩する。葛藤する。


__私しか、この都市を救えない。私は、この都市を救わなければならない。この悪夢を、終わらせなければならない。それが、私の使命だから。


 アルジーナの呼吸が荒くなる。酷い熱病にでも冒されているように、体が熱く、重くなる。そして、震える。使命感と羞恥心の板挟みが、彼女を苛んでいた。


__どうして、私が、こんな目に……!


 アルジーナは、血が出るくらい唇を強く噛みながら、片足をゆっくりと上げ始めた。彼女の下半身を覆っていた純白のマントから、華奢な足がはみ出る。そして、すこし片足を上げたところで、ぴたりと固まった。


 アルジーナの頬に涙が伝う。


__私は、一体、何をやっているんだろうか。聖騎士の使命とは、高潔で、誇り高いもののはずだ。神の僕として、邪悪な敵に対して、勇ましく剣を振るものではないのか。それが、今、犬の真似をし、教会の屋根の上で放尿をするなどという、聖騎士としてあるまじき行為、いや、人としてあるまじき行為をしようとしている。しかも、この世の害虫たる魔法使いを喜ばせるために。これで、本当に、この都市は救われるんだろうか。本当に、あの忌々しい魔女は、約束を守ってくるんだろうか。そして、私は、本当に、このまま放尿姿を晒すことになるのか。そんな事、本当に、出来るのか。本当に、本当に、本当に、本当に、本当に、本当に、本当に、本当に、本当に、本当に、本当に、本当に、本当に、本当に、本当に、本当に、本当に、本当に……


 アルジーナの上げた片足が、ぷるぷると震える。


 そして__


「嫌ああああああぁぁぁぁぁぁ!!」


 アルジーナは、狂ったように叫んだ。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

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