第7話 魔法の帽子の問い掛け
深夜。フィール王国の王城の図書室。
イーディア女王は、魔法の帽子メメをじっと見ていた。他者の性格が分かる能力がある、などと言う彼に、興味と、そして、恐怖を感じていた。
何故恐怖を感じているのかは、自分でも良く分からない。
自分の性格を見透かされることは、誰しも快いものではないだろうが、イーディア女王は、それ以上に、決して見られてはいけないものを見られているような、そんな感じがした。
「女王様は、ゴブリンを憎んでいるのかい? 嫌いかい?」
と、メメが質問を続ける。
「憎んでは、いません。嫌い、というわけでもないです。ただ、我らフィール王国のエルフの敵、とういうことです」
イーディア女王は、言葉を慎重に選ぶようにして、答える。
「女王様は、実際にゴブリンと会話したことはあるのかい?」
「……。一応、あります。女王として、ロブ王国のゴブリンの使者と、交渉したことがありますけど……」
「それ以外は?」
「……それ以外ですか……。……覚えていません」
イーディア女王の歯切れの悪さは、まるで、メメの質問に怯えているようであった。
訊きたい事をずばずばと訊き過ぎると委縮されてしまい、肝心な質問に答えてくれない心配もあったが、相手の心を読めるメメならば、そこら辺の引き際を見極められるのだろう。と、アデルは彼を信頼して、質問を任せていた。
「じゃあ、女王様。50年前の“王城の悲劇”の事、どう思っているの?」
「……!? ……あの事件、の事ですか……」
そのメメの質問には、流石に、イーディア女王は驚いた様子だった。やや急な質問だった。彼女は身を竦め、黙り込んでしまった。
アデルは、本当にメメに任せて大丈夫なのか、心配になってきた。
沈黙は続く。長く、長く、続く。イーディア女王も、メメも、何も喋らない。ただ、お互い見つめ合っていた。
横から見ていたアデルが、痺れを切らし、口を開く。
「いや、その……女王様、実は、50年前の事件について、この歴史書に載っていたのよ。歴史好きの私達としては、ちょっと気になっていて……」
アデルは、手元にあった歴史書を指差す。
「気分を悪くしたんだったら、謝るわ。ひどい事件だったものね」
イーディア女王は、首を振る。
「いいえ、良いのです、アデルさん。……私も、変に黙ってしまって、申し訳ございません。あの事件については……。……そうですね、やっぱり、あまり思い出したくありません。すいません……」
「いや、良いのよ。悪いわね。この帽子野郎は、人の心が分からない変態だから」
アデルは、イーディア女王からメメを取り上げ、机の上に置く。彼女の緊張を解くために、メメとの距離を少し置いた方が良いと思った。
「ごめんね、女王様。嫌な質問しちゃって」
メメは、謝る
「いえ、大丈夫です。……こちらこそ、ご質問に答えられず、すいません」
「いやあ、健気だねえ。僕、そういう人、大好きだよ」
「最高に気持ち悪いわよ、メメ」
メメの言葉に寒気を感じたアデルが、引きつった表情で、メメを強く握り締める。
「話は変わるけど、僕、人の好物が分かるんだ。女王様の好物を当ててみるよ」
「もう黙れ」
メメは、いきなり別の話題を切り出してきた。アデルが冷たい目で見下ろす。
だが、イーディア女王は、律義にも話し相手をしてくれた。
「えっ……、私の、好物ですか……?」
「ワインだね」
「……すごい。当たりです」
「しかも、白ワインが好き」
「そうです。……すごいですね!」
「ワインは常温で飲むのが好き。今流行りの、氷魔法でワインを冷やす邪道を許せない」
「そうなんです!」
「ちなみに、アデルもワインが好きだよ。話が合うかもね」
しかも、メメの芸当が、思いの外、イーディア女王に受けたようだった。アデルは、何か釈然としない思いだ。
それから、アデルとイーディア女王は、ワインの話で盛り上がった。本当は、事件の事をもっと訊きたかったわけだが、ワインの話で盛り上がっているうちに、すっかり、その事を忘れていったのだった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「読書の邪魔をしてすいませんでした。私はそろそろ」
それなりに長く会話をした後、イーディア女王は、席を立った。
「貴方達と話せて楽しかったです、アデルさん、メメさん」
「私も楽しかったわ」
「僕も、僕も」
イーディア女王は、微笑む。
「今夜は何だか、もう眠れそうです。……アデルさんは、まだ読書を?」
「そうね。もうすこし、ここを利用させてもらうわ」
「そうですか。__では、おやすみなさい」
「ええ。おやすみなさい」
イーディア女王は、図書室を去っていった。
図書室には、アデルとメメだけになる。
「で、メメ、どうだった……?」
「結構、色々なことが覗けたよ。君の知りたそうなことも」
アデルは早速、収穫を確認する。
「本当? 50年前の事件の事とか、肝心な事を全然聞けてない気がするけど……。なんか、関係の無い話で盛り上がっちゃったし……」
「大丈夫だよ。直接は聞けてないけど、彼女の心の表面には色々出てきたから。ちゃんと僕が読み取った」
メメの他者の心を読み取る能力を持ってすれば、聞きたいことを、相手の口から直接言わせる必要なない。相手に話題を振り、その事について考えや思いを巡らすように仕向ければ、それで十分に情報が得られるのだった。
「まあ、確かに、ちょっと関係の無い話題をし過ぎた感じはあるけど……。女の子って、お話するのが好きだよね。アデルも女の子なんだなあ……」
「あなた気持ち悪いのよ」
今日のメメは、やたら気色悪いように思えた。イーディア女王の美貌を目にして、変に気持ちが舞い上がっているようだった。
「あと、アデル、これは、そこまで確証はないんだけど……」
「ん?」と、アデルは首を傾げる。
「女王様は明日の夜もここに寄るかもしれないよ。君とお喋りがしたくて」
「あら……」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
イーディア女王は、寝室に戻る。
イーディア女王にとって、50年前の悲劇が始まった部屋。かつて、ゴブリンが立ち入ったこともある部屋。ゴブリンの血で汚れたことがある部屋。リアリスに、頬を打たれたこともある部屋。
この寝室に入ると、50年前のことを思い出す。気分が悪くなる。それでも、寝室を変えないのは、自分を戒めるためだった。また、馬鹿げた博愛主義を考えない為に。
かつて、自分は、博愛主義に毒されていた。それが、正しいものと信じていた。
“女王様は、実際にゴブリンと会話したことはあるのかい?”
先ほど会話をした、魔法の帽子の言葉が、頭の片隅に引っ掛かっている。
イーディア女王は、思い返す。自分のかつて抱いていた理想の出発点となった、とあるゴブリンとのやり取りの事を。
それは、50年前のロブ王国のゴブリン達との戦争より、もっと前のこと。イーディア女王が、まだ、エルフの王に即位する以前の事だ。
彼女は、捕虜として牢屋に捕らえられたゴブリンと、鉄格子越しに会話を交わしたことがあった。彼女にとって、それが、初めてのゴブリンとの会話だった。
名目は敵国事情についての調査だったが、実のところ、特段大した目的があった訳ではない。ただ好奇心として、フィール王国のエルフと長い因縁があるロブ王国のゴブリンが、実際どのようなものなのか知りたくなったのだった。
第1回目の接触では、イーディア女王は、思わず逃げ出してしまった。というのも、対面した瞬間、そのゴブリンは鉄格子を掴み、鋭い目をこちらに向けて、けたたましく奇声を上げてきたのだ。今にも鉄格子破って襲い掛かってきそうな気迫に圧され、何も喋ることが出来なかった。
後で、ゴブリンの言語に詳しい付添いの通訳者に教えて貰ったのだが、“殺す”、“犯す”といった脅迫の言葉を叫んでいたそうだった。イーディア女王は、その事を聞いて、改めて背筋が凍った。
しかし、イーディア女王は、再度そのゴブリンとの会話に挑戦した。逃げ出したまま終わるのは、癪だった。第2回目の接触も、そのゴブリンは奇声を上げて喚き続けるだけで、まるで会話にならなかった。だが、彼女は、粘り強く話しかけ続けた。逃げ出さなかった。なるべく落ち着いた優しい声を努めて、長く話し掛けた。
イーディア女王は、その後も、何回もそのゴブリンと接触し続けた。鉄格子を挟んだそのやり取り__奇声を浴びながらの、一方的な話し掛けを続けた。
そして、何度目かの接触で変化が起きた。イーディア女王に、慣れてきたのか。粘り強く話し掛けてくれた彼女に、心を開いたのか。そのゴブリンが、彼女に奇声を浴びせることは無くなった。
それから、長い拘禁生活で憔悴していたそのゴブリンは、エルフに分かる言葉で、弱々しくこう言った。
“……家ニ、カエリ、タイ。……弟ガ、イル……”
その言葉を聞いて、イーディア女王は、思わず鉄格子を掴んで、身を乗り出した。付添いの通訳者に、危険だから鉄格子から離れるように注意されたが、彼女はそのまま会話を続けた。
そのゴブリンは、通訳を通して、様々なことを喋った。
狭い牢屋での生活が辛いこと。出される食事の味が薄いこと。国の家族に会いたいこと。まず話したのは、現在の状況の不満や不安だった。
そして、自分や家族の事を話すようになる。ゴブリン山の南方地区に住んでいたこと。自分は次男で、元は8人家族だったが、父親と兄は戦争で亡くなっていること。一つ下の弟は、自分と同じように戦場に出ていたが、さらに一つ下の弟は、優秀な技術者で、戦場には出されていないこと。他の弟は、まだ兵士になれる年齢じゃないこと。自分は、弟達の世話役であり、頼りがいのある兄であったこと。
ロブ王国の国内事情についても、多少話してくれた。ゴブリンは狩猟しかしないと思われがちだが、最近では、牧畜や農耕をする地域が増えたこと。ゴブリンにも階級というものがあり、それによって住むことが出来る地域が違っていること。人間やエルフの言語の学習が、国から推奨されるようになっていること。
そのゴブリンは、イーディア女王に、随分打ち解けて話してくれるようになった。二人は、不思議な友情すら感じるようになった。
それから、イーディア女王は、ゴブリンに対して、他のエルフとは違った、特別な考えを抱くようになる。すなわち、エルフとゴブリンは、分かり合えるのではないか。そして、ゴブリンの命もまた、エルフのものと同様に、尊いものではないか、と。
イーディア女王は、首を振る。
その考えは、捨てなければならない。自分は、何も考えてはいけない。
もうこれ以上、自分の理想の下で犠牲者が出るのを、耐えられない。自分には、その覚悟が無い。勇気が無い。
ゴブリンは殲滅する。そのリアリスの助言を、ただ受け止めて、実行していく。正しいかどうかは、考えてはいけない。
“王城の悲劇”があった夜に、そう決めたのだ。
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