第2話 決闘
「……私のこと?」
「そうよ、そこの赤いリボンの貴女よ」
ルイーザが次の対戦相手に目を付けたのはアデルだった。アデルの胸の目立つ赤いリボンが、ルイーザの目を引いたのだった。
「貴女、私と決闘しなさい」
「え、嫌よ」
アデルが、心底嫌そうにそう言うと、ルイーザは目を丸くした。ルイーザとしては、まさかここまできっぱりと、決闘を断られることを予測していなかったのだろう。
「はあ!? このルイーザの申し入れを断るというの!? 私はこの町の領主の娘よ!」
「私には貴女と決闘する理由がないわ」
理由がないどころか、5日先まであと1回しか使えない貴重な魔法を、“決闘”などと称した遊戯に使うことなど、アデルにはあり得なかった。
するとルイーザは、眉を逆立てて、杖をアデルに向けた。領主の娘である自分の名前を出してもなお、平然としている目の前の少女に、怒りを露にする。
「この臆病者! 魔法使いの誇りを持ち合わせていないのか! この私が貴女のような根性が腐った下衆に魔法使いとしての教育を施して差し上げますわ!」
これは、無理やりにでも決闘に持ち込まれる流れだった。そのことを察したアデルは、
「いや、私、魔法使いじゃないので」
しれっと、そう嘘を吐いた。相手は魔法使いとの決闘を望んでいるのだから、自分がその魔法使いではないと嘘を吐けば、決闘から見逃してくれるとの魂胆だ。
「いや、貴女、そのトンガリ帽子と、そのローブ……、魔法使いにしか見えないのだけど?」
ルイーザは、その思い切った嘘に、一瞬困惑する。
「これは、ただ魔法使いの衣装を着たかっただけよ。ほら、この町って“魔法使いの町”って言われているじゃない。だから、せっかくだから、魔法使いの恰好をして町の中を歩いてみたかったのよ。私自身は、少しも魔法を使えないわ」
よくもそう、咄嗟に、淀みなく白々と嘘が付けるものだと、メメは呆れた。そのような、雑な嘘を何の躊躇いもなく。
「ふーん……」
果たして、ルイーザは、アデルの嘘で上手く誤魔化されてくれたのか。彼女は杖を下ろさないまま、アデルの姿を上から下まで眺め、考える。
「なるほど、魔法使いじゃないのね。確かに、貴女からは、魔法使いにあるべき、気品さと優雅さが感じられない」
「ええ、そうよ。悪いわね、紛らわしい恰好しちゃって。__じゃ!」
若干気に障るような言葉を吐いてくれるが、ルイーザはアデルの嘘を信じてくれたように思えた。そうして、面倒事から逃れられたと安堵したアデルは、早々にその場から立ち去ろうと、ルイーザに背を向けた。
次の瞬間、呪文の詠唱に続いて、アデルの背中に、赤々と燃え盛る炎の玉が撃ち込まれた。
「アデル! 後ろ!」
メメが警告するも、アデルには回避する余裕はなく、炎の玉は直撃する。
炎の玉はアデルの全身を包むように爆ぜ、爆風が灼熱をまき散らしながら彼女の身体を吹き飛ばした。突然の襲撃に驚愕で声も出ぬまま、黒煙と砂埃と伴に、アデルは街路を風に吹かれる木の葉のように転がる。
ついでに、アデルの抱えていた紙袋の中身の果物とワインボトルが、派手に辺りへ転がっていくが、今はそれを気にしている場合ではない。ローブに炎の玉の残り火を乗せたまま、アデルは、自分を襲撃した人物を確認するため、上半身を起こして振り返る。
アデルに、その攻撃魔法を放った人物は、決まっている。振り向いた先には、獰猛な獣よろしく、瞳を輝かせるように目を見開き、口を鋭い笑いの形にして、杖を突き刺すようにアデルに向けている、ルイーザがいた。
「なんと、恥知らずで、罪深いメス豚! 魔法も使えぬ卑小な分際で、誇り高き魔法使いのローブを纏うなんて! 汚泥を纏うべき畜生が、人様のドレスを着飾るようなもの! 貴女の罪深さは、煉獄の炎も手に余る程よ! したがって、この気高い私の魔法の炎が、貴女の罪科の浄化を手伝ってあげるわ! ありがたく受け取りなさい! さあ、立ちあがって、その醜い面をこちらへ向けなさい!」
声を弾ませ、ルイーザは言いたい放題だ。
アデルの周囲にいた親切な魔法使いの人達が気を利かせて、魔法で水を作り、それでローブに燃え残る火を消してくれた。アデルは、消火を助けてくれた魔法使いの人達に謝辞を口にする余裕もなく、ふらつきながら立ち上がり、ルイーザに向き直る。
アデルの赤い瞳が、怒りに燃えている。
「ねえ、あなた、とんでもないことしてくれたわね」
アデルの、怒りを帯びた低い声。だが、ルイーザに、臆した様子はない。
「とんでもないことをしているのは貴女でしょ。偽の魔法使い」
「いいえ、あなたよ! 見ろ、この赤いリボンを!」
アデルは、胸の赤いリボンを掴み、見せつける。その赤いリボンは、炎の爆風を受けてもなお、一切焦げることも、綻びることもなく、鮮やかな赤色を保っている。
「私こそが、あの『赤リボンのアデル』! 万能の魔女! あなたごときでは手も足もでない、最強の魔法使いよ!」
「……『赤リボンのアデル』ですって? 貴女が、あの……?」
「そうよ! 畏れ慄け、小娘が!」
アデルは自分の正体を明かしたわけだが、ルイーザは全く信じていないようだ。ルイーザは、怪訝に眉を顰め、吹き飛ばされたアデルの方へ歩いてくる。
アデルが、自身の正体を明かしたのは、ほとんど憤激に駆られての自棄ではあったのだが、ルイーザが自分の事を本当に『赤リボンのアデル』だと信じ、恐れをなして逃げ出すことに、一抹の望みを持ってのことでもあった。だが、当然のように、そう上手くはいかない。
ルイーザは、道端に転がっていた、アデルのワインボトルを拾い上げる。何をするのかと思いきや、それをアデルの方に放り投げる。放物線を描いて、ワインボトルが持ち主の胸元に収まろうとする。アデルは、自然と、投げられたワインボトルを受け取る姿勢になる。
だが、アデルが投げられたワインボトルを受け取ろうとする直前、ルイーザが呪文の詠唱と伴に杖を振り、宙のワインボトルを爆発させる。
アデルの眼前で、ワインの液体が、ボトルの硝子とともに飛散する。彼女は、咄嗟に両腕で顔を庇うも、硝子の破片が頬をかすり、腕や脚に突き刺さる。出血に、痛みが走る。
また、硝子の破片と一緒に、ワインの液体が、容赦なく、アデルの全身に降り注ぐ。焦げた臭いが混じり汚れたワインの芳香が、彼女を包んだ。ワイン好きの彼女にとっては、あまりにも冒涜的な仕打ち。
「ぐっ……! この……っ!」
アデルは、屈辱的な暴力に、唇を噛みしめる。
「貴女が、あの伝説の魔女だというのなら、その実力を見せて頂戴よ。ほら、どうしたの、『赤リボンのアデル』さん?」
ルイーザは、嘲りに顔を歪める。
そして、もう一度杖を振り、アデルの目の前で、爆発を生じさせる。爆風を浴びせられ、為すすべなく転がっていくアデル。
「アデル、やり返したら? あと1回魔法が使えるじゃないか。あの領主の娘を倒せば、この町の平和にもなるし。……ただし、ほどほどにね」
アデルの一方的にやられる様を見兼ねたメメが、そう囁く。だが、アデルは、強く首を振る。
「ねえ、どうしたの! 『赤リボンのアデル』なんて馬鹿げた嘘まで吐いて! 何が畏れ慄けよ! 今まで貴女ほど滑稽なゴミ虫を見たことがないわ!」
哄笑し、挑発するルイーザ。しかし、その挑発に乗るわけにはいかない。
アデルは、殺意を押し隠すように、息を荒げながら、胸元を強く握る。今すぐにでも、いい気になって笑うお嬢様の喉を切り裂いてやりたいが、それはできない。
先ほどから見るに、ルイーザの魔術の腕は、確かに、相当なものだ。攻撃として有効な魔法を行使するには通常、呪文の詠唱などで、多少の準備時間を要するものだが、彼女はほぼ一瞬でそれを済ませている。並みの魔法使いが、歯が立たないと言われたのも頷ける。
したがって、アデルが、ルイーザに一矢報いるには、やはり魔法を使う他ない。しかし、あと1回しか使えない貴重な魔法を、一時の激憤に任せて消費するのは、彼女の理性が許さない。
「私は! 理性的な女! 仕返しなんてしなぁい! __ノノ! 来てっ!」
吠えるように、アデルは叫ぶ。
アデルの呼びかけに応じ、突如虚空から、一筋の光が現れ、アデル足元に滑り込み、そのまま彼女を上空へと連れていく。光の正体は、魔法の箒ノノ。意思を持ち、アデルに付き従う、マジックアイテムだ。
「このまま遠くへ!」
切羽詰まった様子で、アデルはノノへ命令する。
「逃げる気!? このゴミ虫!」
光とともに空高く舞い上がったアデルに、ルイーザは眉を逆立て、杖を振り、何発も炎の玉を射出した。炎の玉は、紅蓮の尾を引き、風を裂き、空気を焦がしながら、上空の逃げ去る獲物目掛けて、飛翔していく。
だが、ノノの動きは素早く、アデルは既に、炎の玉の射程外へと逃れていた。飛翔する炎の玉は、アデルに届く前に、炎の勢いを失っていき、消える。
アデルを乗せたノノは、主を遠くへと運んで行った。アデルはただ、無心で、箒の柄にしがみつき、身体を小さくしていた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆




