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魔法少女はじめました  作者: 椎名


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012  要注意人物?



前半の試験が終了した後、籠を持って氷川先生と一緒に書斎から出ると、廊下に篠宮家の家令(かれい)である(たつみ)さんが立っていた。


巽さんは私のお父さんと同じ年のはずなのに、見た目の年齢が全然違う。

私のお母さんは巽さんに会うと「その若々しさの秘訣を、是非詳しくお聞きしたいわ」…なんて訊いているけど、はっきりとした理由はわからないらしい。


黒のスーツをピシッと着こなした巽さんは、書斎から出てきた私達に気がつくと、頭を下げて渋い声で「お疲れ様でした」と声をかけてきた。

巽さんの傍にいた黒服の女性が、氷川先生をどこかに案内していく。


「――葵様には、先生方とは別の場所で昼食をお召し上がりいただくように…と、奥様から申し付けられております。

庭に面した小部屋に昼食をご用意させていただきました。

そちらで問題なければ、ご案内いたします」


「はい、よろしくお願いします」


私は巽さんの言葉に頷き、彼の後ろについてゆく。

いつもの「私に敬語は不要ですよ」という巽さんの言葉は、軽く聞き流しながら。


庭園に面した長い廊下をてくてく歩いていると、ここが日本だということを忘れそうになる。


相変わらず広いお屋敷だなぁ。

家の中も、庭も…お掃除大変そう。


七瀬(ウチ)では、週末の家事は自分達(かぞく)で分担してやっているから…大きさの違いはあっても…その苦労を考えると本当に頭が下がる。


そんなことを考えながら歩いていると、アルフレインが籠の蓋を持ち上げて顔を出し、私の頭の中に話しかけてきた。


[ ――七瀬では、週末は使用人たちに暇を出しているのか? ]


[『休暇』という意味なら、その通りだよ。おばあちゃんが、強制的に始めたって聞いてる ]


[ …強制的に? ]


[ うん。そうでもしないと、水澤家の人たちがお休みを取ってくれないんだって。

自分で自分の身の回りのこともできないようじゃ、一人前とは言えないから…一石二鳥で丁度いいだろう? って ]


[ 冴子らしい物言いだな ]


[ そうだね。……多分、少しだけ負い目もあるんじゃないかな ]


[ 負い目? ]


[ うん。

『魅了』の力が、水澤家の人たちに…献身的な従属を強いているんじゃないかって、思ってるような気がする。

昔から「これ以上水澤が、七瀬に縛られる必要はない」ってよく言ってるし ]


[ …。 ]


[ なんとなく、そう思っただけで…ただの勘だけどね ]


でも、きっと、外れてはいない。

そんな気がする。


[ ――そういえば、今日…私の『魅了』の力って、発揮されてたの? ]


ふと思いついて、アルフレインに尋ねる。


初対面の人に良い印象を与える程度だとは聞いているけれど、本当にそんな力が働いていたのかどうか気になって訊いてみると、わんこは小首を傾げて答えた。


[ ……いや、『魅了』の力は発動していなかった。

発動していれば、俺の…魔導士の眼には、金色の粒子が渦巻いているように見えるんだが ]


[ そうなんだ? 

確かに、氷川先生の態度は好意的とはいえない感じだったよね ]


苦笑いしながら軽く流した私の頭の中に、アルフレインの深刻そうな声が響く。


[ 血が薄れて力が無くなっているだけなのか、それとも…… ]


[ …? そんなに、重要なことなの? ]


[ クインティアの民の特徴…『魅了』の力を持たない者は、一世代に一人だけ必ず生まれていたそうだ。

クインティアの民は温和な性質故(ゆえ)に、攻撃力を誇示して他部族を牽制することが不得意で…その代わりに武力ではなく、情で融和を図るため『魅了』の力を身につけたと言われている。

そんな一族でただ一人だけ『魅了』の力を持たない者は…… ]


アルフレインの説明の途中、私の目の前の巽さんがピタリと足を止めた。

巽さんは振り返って私に微笑みかけると、流れるような動作でドアを開けてくれる。


「こちらのお部屋になります」


「…ありがとうございます」


お礼を言って部屋の中に入る。

淡いピンクの小花が散る壁紙にパステルカラーの絵が飾られている、可愛い雰囲気の小部屋だった。


窓から見える庭園には、早咲きの薔薇が咲いていた。

白いレースのカーテンは風に揺れ…気持ちのいい初夏の風に包まれる。


窓の近くに用意されたテーブルの椅子を巽さんがひいてくれたので、それにあわせて左側から座った。

テーブルの上のお皿には、美味しそうなサンドウィッチが数種類用意されていた。


私は右側の足元にそっと籠を置く。

食事の席で動物と遊ぶ(?)のはマナー違反だと思うし。


私が床に籠を置くと、アルフレインは再び籠の蓋を押し上げて、ちょこんっと顔を出した。

巽さんがお茶の用意をしながら、トイ・プードルの仔犬に視線を投げる。


「葵様、この犬になんていう名前を付けたのですか?」

「…『アル』、かな?」


正確に言えば  [「アル」でいいかな? ] …って本人(わんこ)に確かめながらの発言だった。

アルフレイン…なんて、長いし、犬むけの名前とは思えないし。


曖昧な私の答えに、巽さんが珍しく声をあげて笑う。


「まだ、ちゃんと決まってないんです。

昨日、家に来たばかりだから」


あわてて取り繕った私の言葉に、巽さんは頷いた。


「そうですか。

……申し遅れましたが、お誕生日おめでとうございます」


「ありがとうございます」


「葵様のお誕生日会に参加できないなんて…と…今年も奥様は残念がっていらっしゃいましたが」


「あははは…」


私は乾いた笑いで誤魔化した。


今でさえ面倒なのに、篠宮家が関わるともっと派手なイベントになるのは確実だから、毎年どんなにおねだりされてもきっぱり「七瀬の内々の食事会ですから」とお断りしている。


「――十四歳のお誕生日を迎えられて、何か、変わったことなどありましたか?」


巽さんの言葉に、びっくりして顔を上げた。

とっさに仰ぎ見た彼の眼差しの強さに、訳もなく身体がこわばる。


「…いえ、別に。何も?」


私は長年鍛えあげた表情筋を駆使して、平静な顔を装う。

辛うじて、声が震えるのも防げた。


「左様でございますか」


巽さんはにっこりと笑うと、淹れたての紅茶をテーブルの上に乗せた。


「大変お待たせしました。

葵様のお好きなダージリンとアッサムの葉をブレンドしたミルクティーでございます。

……それでは、ごゆっくりお召し上がりください」


巽さんが優雅な一礼をして部屋を出て行くまで、私は身じろぎひとつできずに息を潜めた。


…パタン。

ドアが閉まる音を耳で拾い、一呼吸置いてから後ろを振り返って、部屋の中に誰もいないことを確認する。


[ ――アルフレイン、聞こえてる? ]


私の呼びかけに、わんこは籠からぴょこんっと飛び出す。

床の上に座って、しっぽを振りながら私を見上げた。


[ ああ、もちろん ]


[ 念の為、声を出さずに…このまま話したほうがいいよね? ]


[ そうだな。

俺はこの念話が他の者に聞こえないように術で遮蔽することはできるが、こちらの世界の科学技術で造られた盗聴器の働きを阻害するのは…この姿では難しい ]


[ 多分そんなの無いと思うけど、あったら困るから…やっぱり声を出して会話するのは止めようね ]


私はアルフレインにそう伝えながら、紅茶に手を伸ばした。

なんだかものすごく疲れたから、いつもは入れないお砂糖を少しだけ入れてかき混ぜる。


ほのかに甘いミルクティーを飲むと、張り詰めていた緊張の糸がふっとゆるんだ。


[ 葵、食事を摂らないと、午後の試験に差し障りがあるだろう? ]


[ …あ、うん。

アルフレインも食べる? ]


[ 動物の姿に変身していると、腹は空かないんだ。

俺のことは気にせずに食べるといい ]


アルフレインに早く食べるように促され、私はお手ふきで手を拭き、サンドウィッチに手を伸ばす。

食べながらそのまま会話を続けた。


アルフレインの一族は長子の名前に『ア』を付ける慣わしがあり、愛称で呼ぶなら『レイン』と呼んで欲しい…という本人からの希望を受け、人前では『レイン』と呼ぶことになった。


[ ――あの、巽という男は何者なんだ? ]


あ、このフルーツサンド美味しい。

私の作り方とどこが違うんだろう? 生クリーム?


篠宮家の美味しいサンドウィッチの秘密にも気をとられつつ、アルフレインの問いに答える。


[ 巽さんは、鞠子おばさまのご実家…西園寺(さいおんじ)家に(ゆかり)のある人で、鞠子おばさまが篠宮家にお嫁入りするときに、補佐兼護衛として一緒についてきたって聞いてる。

今は家令(かれい)として…篠宮の家政の管理と、この家で働いている人たちを監督する仕事もしているらしいけど、詳しいことまでは私にもわからない ]


[ あいつから魔法の気配はしなかったし、昔からこの家にいる人間なら素性は確かなんだろうが…なんとなく嫌な予感がする。

あの質問の意図が、異世界(セーレン・ティーア)と七瀬の関わり…もしくはクインティアの末裔を探すものだとしたら… ]


アルフレインは悪い可能性をあれこれと想定しているようだった。


私は口の中にあるサンドウィッチを咀嚼し終わってから、口を開く。


[ ――単なる世間話だった…という可能性もあるよね? ]


[ ああ ]


[ だったら、今は『疑わしい』ぐらいでいいんじゃないかな?

片っ端からいろんな人を疑ってかかると、疲れるでしょう? ]


[ 俺は慣れてるから、平気だ ]


[ …そんなことに慣れないで。

私はそんなの嫌だし、レインひとりだけに苦労をかける気もないから ]


[ どういう意味だ? ]


きょとんっと首を傾げるわんこに、笑いかける。


[ 教えてもらえば、私にも魔法が使えるんだよね?

レインが私を助けに来るまでの時間を稼げるくらいには、上手くなるよ。

だから、そんなに心配しなくても大丈夫 ]


[ …葵… ]


私はふっと、庭園の薔薇に視線を向けた。


[ 私は温室の中で守られて綺麗に咲く花よりも…嵐にも耐える強さを持つ花のほうが好き。

そんな人に、なれたらいいなって思う。

だから、総てのものから私を守ろうとしなくても、大丈夫だよ?

傷ついて凹んでも…立ち直るまで傍にいてくれたら、それで十分 ]


[ …。]


[ レインに守られすぎて私が過保護に慣れちゃったら、『守り役』の任務を終えて自分の世界に帰るときに、心配になるでしょう? ]


[ ……そうだな。確かに、その通りだ ]


どちらからともなく、会話はそこで止まった。

ふんわり漂う薔薇の甘い香りと、そよ風が肌を撫でてゆく感覚を楽しみながら、私は食事を続ける。


美味しいサンドウィッチを食べ終わり、ミルクティーを飲み干すと、腕時計で時間を確認した。


十三時二十五分。

後半の試験開始は十三時四十五分だから、そろそろ試験会場…貴志おじさまの書斎に移動したほうがいいかも。


私が椅子から立ち上がると、床に寝そべって庭を眺めていたアルフレインがぴょんっと立ち上がった。


[ 移動するのか? ]


[ うん、そろそろ時間だから。

籠に入って ]


[ …わかった ]


アルフレインは私の言葉に素直に従う。


私が籠を抱えて部屋のドアを開けると、ちょうど氷川先生と鏡先生が廊下を歩いているところだった。


「「あ」」


鏡先生と私が驚いて声を上げている傍で、氷川先生が籠を凝視しながら尋ねた。


「…大事そうに抱えているソレには、何が入っているんだ?」





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